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第七話 眠りの薔薇にも静かなひと時を 前編

 普段ならまだ太陽だって大地を照らしている時間帯。それなのにアクスベリーには、外に出ている人などほとんどいなかった。それもそのはずだ、大雨の日に外出する物好きなどなかなかいない。出かける用があっても雨ならば後回しにする。アクスベリーの住人とは、そういうものだ。


 ただし、どんなことにも例外は存在するということを忘れてはならない。例えば、初めて作った魔道具のテストのために、そして幼馴染に会いに行くために外に出る人や、その付き添いで隣を歩く猫などである。


 つまり、現在のアクスベリーでは、外出しているのはリリアとメルだけ、ということだ。


 続く大雨のせいで、街中には大きな水たまりか点在している。リリアは、その水たまりを律儀に踏んで歩き回っていた。


「ふむふむ、水たまりでも靴が濡れることはありませんね。いやあ雨の日がこんなに楽しいと思ったのは初めてです!」


 メルの予想に反して、リリアは思いきり雨を楽しんでいた。


「それは良かったな。しかし身につけているものさえ濡れないとは驚きだ」

「それは嬉しい誤算でしたね〜」


 そう、リリアの服も靴も濡れてなどいなかった。嬉しそうにメルに答えるリリアだったが、そもそも彼女に誤算も何もない。身につけているものが濡れるのではないか、ということは完全に想定に入れてなかったのだ。本当に、偶然の産物という他ない。


 リリアは笑顔で雨の中を走る。メルもその後を追いかける。するとだんだん、普段なら人通りが多い所、つまりは街の中心付近へと近づいてきた。


「全然人がいませんね」

「それはそうだろう、こんな天気なのだから」

「でも私たちは無敵です!」

「無敵?」


 何を言っているんだ、というような顔をメルがしたがリリアは特に反応しなかった。そんな二人の目に、周りの家より数段大きい石造りの建物が現れる。建物の隣には塔があり、そのてっぺんには鐘が吊り下がっていた。アクスベリーの中心地、酒場スリーピーローズだ。


「さて、それではユノちゃんに会いに行きましょう」


 リリアはそう言ってスリーピーローズの扉を開ける。以前来た時のように、騒がしい声が迎えてくれる、とリリアは思っていたが、そんなことはなかった。


「えっと……こんにちはー……」


 そうリリアが自然に自分の声のボリュームを抑えてしまうほど、スリーピーローズは静かなものだった。


「なるほど、これは確かに眠っているよう(スリーピー)だな」


 内部を見て、メルがリリアの隣でそんな皮肉をつぶやいた。だがどんなに静かでもここは酒場、働き手はいる。カウンターにいたユノや数名の従業員がリリアとメルに気づいた。代表するようにユノが声をかける。


「リリア? アンタこんな日にどうしたのよ……あ、メルもいるのね」

「いえちょっとユノちゃんにお話ししたいことがありまして」

「私に?」


 リリアの言葉を聞いてユノは少し考えると他の従業員たちと何言か話し、盆にグラスを二つ、皿を一つ乗せてリリアたちのところへやってきた。


「なんかよくわからないけど、とりあえず座りましょ。話ならゆっくりすればいいわ」


 ユノはそう言うと、カウンターから少し離れた丸テーブルに盆を置き椅子に座る。リリアもそれを見てユノの対面に座った。メルはテーブルの上にジャンプしてそこに座る。


「いいんですか? お仕事中に」

「どうせ誰も来やしないから平気よ。それよりはい、はちみつジュース」


 ユノは盆に乗せてあったグラスと皿をそれぞれリリアとメルに渡す。


「わあ、ありがとうございます」

「ありがとう」

「どういたしまして。それで私に話っていうのは?」

「えっとですね、これのことです」


 リリアはセドリックからもらった容器をテーブルの上に置いた。


「これ? ……が、どうしたの?」

「これがなんなのかわからないかなーって。私たちにはさっぱりでして」

「アンタにわからないものが私にわかるとは思えないんだけど……」


 言いながら、ユノは容器を回して様々な角度から見た。しばらくそうしていたが、蓋があることに気づき口を開く。


「開けても?」

「あっ、そうでした。蓋があるの忘れてました」

「……開けてもいいみたいね」


 ユノが呆れながら蓋を開けると、中身をジッと凝視する。そして中身から目を外してリリアを見ると、彼女は期待を込めた目でユノを見ていた。


「えっと……ごめんなさい、私には……ちょ、リリアっ! そんな顔されてもわからないわよ!」


 先ほどの期待のこもった顔とは一転、リリアは拗ねたような顔を全面的に押し出していたが、それもすぐにやめて腕を組んだ。


「困りました……ユノちゃんがわからないとなると誰に聞けばいいやら……」


 そう言って本当に真剣に悩んでいるリリアを一瞥して、今度はメルがユノに向き合った。


「実はなユノ、リリアはお前の父親に見てもらおうと考えていたんだ。学者なのだろう?」

「お父さんに? ……確かにお父さんなら色々調べたりしてるし何かわかるかも」

「まったく……提案してきたときは冴えていると思って見直したのだが……この阿呆が」


 メルが考え込んでいたリリアの額に向かってパンチすると、ようやくリリアの意識が戻った。


「痛いですよメルさん」

「話は済んだぞリリア。ユノの父親に見てもらうことになった」


 メルの言葉に一瞬リリアは呆然としたが、すぐに自分がどうしてユノに頼ったのか思い出したらしい。


「え? ……ああそうでした! ユノちゃん、お願いします」

「え、ええ。ほんと相変わらずねアンタたち」

「えへへ、ありがとうございます」


 謎のお礼を言いリリアは微笑んだ。こんなリリアでも、魔道具の知識に関しては目を見張るものがあり、しかも店を切り盛りしている。人とはわからないものだ、とユノとメルはそう思った。

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