第六話 雨の日の置き土産
セドリックが〈おひさま〉から出て行った後、リリアは彼にもらった容器を振ったり叩いたりしてみる。が、特に何か起こるわけでもなく、リリアは困惑した。
「これは……うーん」
唸るリリアの隣でメルもジッと容器を見てみる。するとその容器に蓋があることを見つけた。
「おいリリア、その容れ物開けられるようだぞ」
「へ? あ、ほんとですね」
リリアは特に躊躇うことなくその蓋を開ける。その瞬間に彼女の顔が輝いた。
輝いた、というのは比喩でもなんでもない。容器の中にあった〈なにか〉の輝きがリリアの顔を照らしたのだ。
「何が入っていた?」
メルも気になっていたのだろう。輝きに照らされているリリアが持っている容器に向かって、全身を伸ばして見ようとする。リリアは静かにそんなメルの顔を見て──首を傾げた。
「は?」
リリアの動作を見てメルが呆気にとられたように声を出す。
「いや、わかんないんですよ。中に入っているのが何なのかさっぱり」
言いながら持っていた容器をカウンターに置いてメルにも見えるようにする。果たしてメルの反応は、
「……なんだこれは」
リリアとほぼ同じようなものだった。しかし、二人してそんな反応をしてしまうのも無理はない。容器に入っていたのは一見するとただの砂だった。粒がとても細いが、だからといって砂の枠を超えることはないだろう。それでも2人が砂だと言い切れないのは、容器を覗く顔をすら照らしてしまうような輝きがあるからだ。
リリアは顎に人差し指を置いてしばらく考え込んでいたが、結論は出なかったようで指を離し伸びをし、代わりに提案をした。
「ユノちゃんの意見でも聞いてみましょうか」
「ユノ? あいつにこういう物の知識があるのか?」
「どうなんでしょう? でもユノちゃんのお父さんは学者さんですから何かわかるかもしれません」
「なるほど。今日は珍しく頭が回るな」
「むぅ……私はいつもキレキレじゃないですか」
「ふっ……そうだな」
メルは鼻で笑ってリリアの言葉を受け流す。もし百人がこの場にいたら百人とも、メルは適当にあしらったと見るだろう。
しかしその百人の枠に捕らわれないのが、リリアという少女である。
「わかればいいんです。メルさんはもっと素直にならなきゃダメですよ? 私は褒められて伸びるタイプなんですから」
「…………」
メルの本心がまるで伝わっていないどころか、イラつかせにかかっていた。メルは一周回って呆れてしまい、ため息を吐く。
「……もうそれで良い。で、この雨の中スリーピーローズまで行く気か?」
チラッと窓の外を見ると、相変わらず大量の雨水が窓を叩きつけてきていた。先程よりも強くなっている気さえする。
それにスリーピーローズは街のど真ん中にあり、〈おひさま〉は街の端にある。 その距離はなかなかのものだ。普段は余裕で歩いて行けても、この雨の中では勝手も違うだろう。
しかしリリアには秘策があった。「ふっふっふっ」と得意げに笑うと、これまた得意げな顔をしてカウンターの上に何かを置いた。それを見てメルがつぶやく。
「これは……先程の男に作った魔道具か?」
そう、リリアが置いたのは、セドリックが絶賛した雨を弾く粉だった。なるほど、とメルは笑う。するとリリアは思い出したように口を開いた。
「あっそうだ、これも商品化できそうなので名前をつけましょうか」
「そんなもの後でも良いだろう」
「だめですよ、ちゃんと今のうちに決めないと」
リリアは腕を組んで考え始めた。こうなるとどうしようもない。メルは経験上からそう導き出し、商品名が決めるのを待つことにした。
「雨……弾くから……アメハジキ? うーん、ちょっと単純すぎますかね。えっと……粉だからパウダー……レインパウダー……なんですかそれは」
コロコロと表情が変わるリリアは見ていてなかなか面白いものだった。メルはしばらくそれを見ていたが、飽きてきたのか窓の外を見ながら何気なく口を開いた。
「シズクバライとかで良いのではないか?」
「それですっ!」
「うおっ!?」
突然リリアの顔が目の前に現れメルは目を丸くして驚く。
「なんだいきなり」
「シズクバライ……ステキな名前です」
「そうか?」
自分で言ったにも関わらず、メルはよくわからないといった風にリリアに応じる。
「ではさっそくこのシズクバライを使ってユノちゃんの所へ行きましょうか」
「……まあ、お前が満足したならそれで良いが」
「あ……お値段も決めなきゃいけませんでした」
「それこそ後にしろ。スリーピーローズに行くならとっとと行くぞ」
「は〜い。それじゃ準備しますね」
リリアはシズクバライと命名したその粉を、少量だけ自らの手に振りかける。すると粉が手の中に染み込み体が光り、少しすると収まった。
セドリックの時にも確信していたのだろうが、自分で試して成功を噛み締めるリリア。その喜びを隠そうともせずにニヤニヤしながらメルにもシズクバライを少しかけた。
「なんだそのまぬけ面は」
「まぬけ面なんかじゃありません、これは勝利の微笑みです」
「ずいぶんとニヤついてたがな。それも微笑みか」
「そうです。ふふ、さあ外に出ましょう!」
言い切ると、リリアは外に向かって飛び出していった。だが店に残されたメルには心配事があった。
何よりも日向ぼっこが好きなこの店主が、果たして雨の中どれだけ耐えられるのだろうか。ということである。
そして、ユノに見てもらうと言ったはずの、セドリックからもらった砂がカウンターの上に置きっぱなしなことに気づき、メルはまたもため息を吐いた。