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第五話 お日様に嫌われた男

「退屈ですね〜……」


 リリアはカウンターの上で頬づえを突いて、自分の言葉の通りに退屈そうな表情を見せていた。その隣にはメルがたまに尻尾を動かしながら寝ている。窓を見ると、そこには大量の雨粒が押し寄せてきていた。それを見てリリアは何度目かもわからないため息をつく。


 いつも青い空の中、さんさんと日の光を降り注ぐ太陽は今日はお休みらしい。代わりに灰色の雲が敷き詰められていた。本日のアクスベリーは雨。晴れの日が好きなリリアにとって、確かに辛い日だ。


 全く客が来ない、なんてことがないこの魔道具店も今日は別だ。こんな雨の日だ、わざわざ〈おひさま〉のある街の端(こんなところ)までこないだろう。


 退屈だ、しかしこんな雨の中外に出たくはない。リリアはそんなことを延々と考え続けていた。もういっそ雨を止ませる道具の開発でもしてみようか、などというぶっ飛んだ思考に行き着きそうになった時、突然魔道具店のベルがなった。


 来客を知らせる音だ。音に気付きメルが静かに起きる。こんな雨の日に? とリリアが扉を見ると、


「ごめんください」


 そう言いながら全身を覆うコートを羽織りフードを被った、いかにも怪しいといった感じの男が現れた。その客を見た瞬間、リリアとメルの小声での緊急会議が勃発する。


(メ、メルさん……あの人なんでしょうか)

(わからん。強盗の類かもしれんな)

(強盗!?)

(あくまで『かもしれない』というだけの話だ。お前は堂々と接客しろ。少しでも不審な動きをしたら私が奴を粉微塵にしてやる)

(は、はい……頼りにしています)


 メルの物騒な物言いを胸に、リリアはこれでもかというほどぎこちない動きで男に向き合う。


「ほっ、ほほ本日は……おぉお日柄もよく……」

「はい?」

「ひぃ!? すすすみませんっ」


 メルはそんなリリアの様子を見て、頭を抱える。対して男は察しのいい性格らしく、すぐにフードをとって自分の非礼を詫びた。


「これは申し訳ありません、確かにこの格好では怖がらせてしまうのも無理はない。私は旅のものでして、セドリックと申します」


 フードの下から出てきたのは艶のある短髪に若く整った顔だった。それを見てリリアはホッと胸を撫で下ろす。緊張が解けたのだろう。ようやくいつもの調子で話し始めた。


「今日はどのようなご用件ですか?」

「ああ、すみません。実は歩いていたら雨に降られてしまいまして……ちょうど見つけたこのお店に入らさせていただいたんです」

「そうでしたか。酷い雨ですものね」

「ええ。私が行くところはしょっちゅう雨が降るんですよ。困りものだ」


 リリアと世間話をするセドリックを、メルはジッと見つめていた。先ほどのセドリックの言葉に違和感を持ったのだ。だがこの男は少なくとも危険なものではない、とメルは本能で感じ取り、それ以上の詮索はやめた。


「セドリックさんは雨男さんなんですね」

「はは、そうですね。なんとかしたいものですよ」

「なんとかしたい……なるほど、確かにそうですよね」

「?」


 セドリックのその言葉を聞くとリリアは少し考え、しばらくしてポンと手を打った。


「残念ながら雨を止ませる道具は作れませんけど……雨を除ける道具なら作れますよ」


 リリアはそんなことを言い出した。


「なんと。ああここは魔道具店でしたね……ですが私はこの国の通貨を持っていません、気持ちは有難いのですが」

「お金はいりません。実は私も試してみたい魔道具だったんです。商品段階まで進んでないのでお金の代わりに被検体ということで一つ」

「な、なるほど。そういうことであれば、お言葉に甘えて」


 ものがものなら恐ろしいリリアの言葉だが、作ろうとしている魔道具は命を脅かすものではない。


 リリアのペースに完全に乗せられたセドリックは、そのまま流れで頼むことになった。呆気にとられていた彼だったが、リリアはそんなことは気にせずに道具を取ってきた。


 用意したものは実に単純なものだった。ビンが一つ、ハスの葉が一枚、ロウソクが一つ、透明の液体が入った容器が一つ。たったそれだけ。


 早速リリアは調合に取り掛かり始めた。まずはハスの葉をつかみ液体の入った容器に入れる。するとジワジワと液体の色が緑色に変わり始めた。


「この液体はなんですか?」

「これは精霊の力が溶け込んだ魔水です。ハスの葉の、水を弾く特性を魔水が取り込んでいるんです」

「ほう、これは面白い」


 リリアがわざわざ客前で調合するのはパフォーマンス的な意味合いが大きい。セドリックのように夢中になってくれる客もいるからだ。また魔道具に少しでも興味を持ってほしいというリリアの願いも込められている。


 しばらく経つと、ハスの葉から色が消え白く変わった。魔水が色をハスの葉の特性を吸収した合図だ。


 リリアはそれを見て満足そうに頷くと、次は窓を開けて空のビンを外に出し、そしてすぐに戻した。そんなことをすれば、当然ビンの中には少量の雨水が入っている。その雨水を先程の魔水の中に注いだ。


「それは?」

「魔水に雨水を記憶させました。こうすることで水は水でも雨水のみを除けることができます」

「ふむ。魔道具とはすごいものですね」

「ふふっ、ありがとうございます。あとは……メルさん、ロウソクに火をつけてもらっていいですか? 火力はおっきくお願いします」


 リリアの言葉を聞くと、メルはロウソクをジッと見つめる。するとボウッと大きく火がついた。


「これは驚いた。その猫は魔法が使えるんですか」

「そうなんですよ」


 火に魔水の入ったビンを持っていく。魔水は驚くべき早さでみるみるうちに蒸発して、やがて緑色の粉だけになった。


「できあがりました! これを少しでいいんで自分の体のどこかにかけてください。雨水を弾くことができます」


 それを聞き、セドリックはおそるおそるその粉を手にかけると一旦外に出る。しばらくして彼は興奮した面持ちで戻ってきた。


「これはすごい! まさかこんな魔道具を作り出せるとは! 是非お礼をさせてください!」


 セドリックの言動から読み取るに、魔道具は正常に効能を発揮したのだろう。大成功です! とリリアは小さくガッツポーズをする。


 するとセドリックは自分のコートの中から、手のひらに収まるくらいの小さな丸い容器をリリアに渡した。


「え?」

「それは持っていてください、私からのお礼です。ありがとうございました、今日はいい日になりそうだ。それでは」


 容器を持ってぼーっと立つリリアに礼を言い、セドリックは興奮したまま店を出て行った。


「……いったいこれは何でしょうか?」


 リリアとメルは二人して首を傾げた。

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