第三話 幼馴染と暴風雨
「おーい姉ちゃん! 俺んとこにビール一つくれるか!?」
「はいよー! ちょいとお待ち!」
「うーん……何かお金になりそうな依頼はあるかな?」
「これとか……うっわ、こりゃだめだ。相手が悪すぎる」
「それ、いい剣ですね。ボクにも見せてくれますか?」
「これか? おう、いいぜ」
「さて、そろそろ仕事に行きますか!」
アクスベリーにある唯一の酒場、〈スリーピーローズ〉は今日も今日とて賑わっていた。街の中心というだけあり、そこでは様々な会話が飛び交っている。
スリーピーローズはただの酒場ではない。もちろん、真昼間から飲んだくれている人が多くいるのは他と変わらない。他の酒場と違うところは、冒険者のためのギルドがあるということだ。
また、最近では新たなサービスで宿としての営業も始めた。それだけ大きな酒場だと言える。冒険者の集会所としての意味合いも大きい。
そんなスリーピーローズで、数多くの冒険者を相手に仕事を紹介している少女がいた。少女の名はユノ。綺麗な金色をした長い髪をポニーテールにしてまとめている。彼女は現在、カウンターを挟んで1人の冒険者と話をしていた。
「はい、これが今回の報酬金。お疲れまさです」
ユノは微笑んで、布でできた小さな小包を冒険者の男に渡す。おそらく、その中に金貨が入っているのだろう。
「おう、ありがとなユノちゃん」
「ところで、大丈夫だったの? 結構危ないモンスターが相手の依頼だったのだけれど」
「ん? そりゃまあ、俺にかかれば……って言いたいところなんだけどな」
「何よ、含みのある言い方ね」
「いやー、多分リリアちゃんが作ってくれた爆弾が無かったらアンデッドになってここに来てたかもな」
男は幽霊の仕草をして笑う。
「ちょっと、怖いこと言わないでよ。……でもそう。それならリリアに感謝しなきゃね」
「そうだな。そういやユノちゃんはリリアちゃんと仲よかったよな?」
「ええ。幼馴染だしね、昔からよく遊んでるわ」
「そっかそっか。じゃあユノちゃんからも感謝してるって言っといてくれ。じゃあまたな」
「わかった。お気をつけて」
男は最後まで笑いながら、酒場を後にした。
「ふぅ、しっかしリリアもどんどん腕をあげてるのね。そんな爆弾を作っちゃうなんて」
ユノはいつものんびりしているリリアを思い浮かべながら、依頼完遂の書類をまとめ上げる。こんなものでいいか、と書類にザッと目を通していると突然酒場の扉が物凄い音とともに勢いよく開いた。
「!?」
あまりに突然の出来事に硬直するユノや酒場の従業員、酔っ払いたち。扉を豪快に開けた人物は、すぐにユノを見つけるとズンズンと近づいてきた。
「ユノちゃん、見て見て、見てください! 凄いもの採ってきちゃいましたよ!」
「凄いのはアンタよリリア! 扉くらい静かに開けなさい!」
ユノに思いきり怒鳴られるが、当の扉を開けた人物──リリアはキョトンと首をかしげる。
「静かに開けたつもりでしたが……はて?」
「全然静かじゃなかったわよ……」
乱入者が魔道具店の店主だとわかると、酒場はまた元どおりの騒がしさに戻った。それと同時にユノが気づく、リリアの珍妙な格好に。
「アンタ……その格好何? よくそんなんで街の中心まで来れたわね」
「へ? ……っ!?」
リリアはようやく、自分の言う〈ドン引かれる格好〉でここまで来てしまったことに気づいたらしい。顔を赤くしてユノに訴える。
「ユノちゃん……あんまり見ないでください……」
「……アンタが来なきゃ見なかったんだけどね」
リリアは少しでも周りの視線から逃げようと両手で顔を抑えようとして、自分が持っている物に気がついた。
「そうでした! 服なんてどうでもいいんです!」
「アンタ今女を捨てたわよ」
「知ったことですか! ユノちゃん、これを見てください!」
持っていたコウテイ茸をユノの眼前にグイッと持っていく。
「……何これ?」
「ふっふっふっ、何を隠そうこれはコウテイ茸です」
「コウテイ茸?」
メルとは違い、ユノはその名前を聞いてもあまりピンと来ていない様子だった。
「コウテイ茸ですよ? わかんないですか? 最強なんですよ?」
「最強……? っていや、ちょ、待って」
疑問符がつくたびに近づいてくるリリアをユノは手で押しもどす。
「その、ごめんなさい。よくわからないわ」
「……そうですか。まあ簡単に言うとですね、これすっごい貴重なキノコでして。もちろん食べても美味しいんですけど魔道具調合の材料としてもすごい重宝するんですよ」
「ふぅん……ならアンタがとっておきなさいよ」
「いや〜とっておきたいのは山々なんですが、これって土から離して1日以上経つと枯れちゃうんです」
そう言って残念そうな顔をするリリア。ユノはあまりコウテイ茸の価値がわかっていないため、ぼーっとリリアを見つめる。
「それでですね、ユノちゃん前に言ってたじゃないですか。どんな料理にも合う調味料が欲しいって」
「言って……たわね、そういえば」
ユノが言葉に詰まるのも無理はない。本当に何気なく言っただけなのだから。だがありがたいことに、リリアはきちんと覚えてくれていたらしい。
「それを作るにはコウテイ茸が必要なんです。だからこれで作れますよ!」
「え? いやいいわよ。せっかくなんだから自分のために使いなさいって」
「ユノちゃんのためが私のためです! だから作らせてください」
「そこまで言うのなら……お願いしようかしら」
若干リリアに圧された感じになったが、ユノは頼んでみることにした。
「お任せください。すばらしいものを作りますよ〜」
リリアは気合を入れて出口の方を向くと、ちょうど酒場に入ってきたメルと目があった。
「メルさん、遅かったですね」
「お前のようにゆっくり歩いていたからな」
メルは、きっとリリアには伝わらないだろう皮肉を言いつつカウンターの上に登った。
「いつも通り元気そうねメル」
「おかげさまでな。ここも相変わらず忙しそうだなユノ」
「おかげさまで」
そんな簡単な挨拶を交わしたところで、「ああそうだ」とメルはリリアに声をかけた。
「今日は予想外の収穫があって良かったな」
「はい、とっても」
リリアはとても気分がいいのか、メルの言葉に笑顔で返す。
「だが目的の収穫はどうした? お前の手にホウオウゴケは無いようだが」
「…………」
ここに来てリリアは気づいた、今日最大の失敗に。
「もう一回おばけ林行きますよメルさん!」
そう言ってリリアはメルを抱えて、来た時と同じような騒がしさで酒場を飛び出した。その光景を見てユノは静かに笑う。
「まるで暴風雨ね」
ただでさえ騒がしい酒場よりも騒がしくしてしまうのも何かの才能なんじゃないのか。なんて冗談を考えながらユノは再び書類に目を通し始める作業に戻っていった。