第二話 魔道具店の在庫事情
「お散歩をしましょう! メルさん」
ある晴れた昼下がりのことである。リリアは、〈おひさま〉のカウンターで頬杖をついて退屈そうにしていると思ったら、突然そんなことを言い出した。
それを聞き、カウンターの上で丸くなっていたメルがため息を吐きながら起き上がる。
「お前……店はどうするつもりだ」
「今日は店じまいです」
即答したリリアに対して、メルはジャンプして頭突きをかます。
「いたいっ」
「まだ昼時だろう! そんなことだと明日にでもこの店は潰れるぞ!」
「まあまあ、今に始まったことじゃないんですし」
「何を他人事のように!」
メルは怒鳴りながらも内心ではわかっていた。確かにリリアの気まぐれで店を閉じることなど最早恒例と言ってもいい。しかしそれが原因で経済的な危機に陥ったことなど、ただの一度たりともないのだ。
ただ、実はメルにとってそんな事実はあまり関係がなかったりする。どうにかして、こののんびり店主を店に縛り付けたいだけなのだから。開店時間と閉店時間をしっかりと決めて、その時間だけでも店の中にいて欲しいのだが……。
そんなメルの心中虚しく、リリアはいつの間にか制服から着替えてカウンターから出て行った。
それを見てメルは仕方なくリリアの後をついていく。そして店を出たところで、リリアの格好に気づいた。
「リリア……なんだお前、その色気も何もない格好は」
リリアは、腕も足も完全に防備されるような革でできたオーバーオールを着ていた。髪の毛も後ろに一つにまとめている。
「むぅ……いくらメルさんでも怒りますよ。私はピチピチの十六歳なんですから、何を着ようと色気ムンムンです」
「年頃の娘が色気ムンムンとか言うな……まあ良い。お前まさか、そんな格好して街を歩く気か?」
リリアがメルに対して歩幅を合わせているのか、はたまた歩くペースがゆったりしているからなのか、やはりメルが合わせているだけなのか。それはわからないが、少女と黒猫は絶妙な速度で並んで歩いていた。
「いえいえ、さすがにこの格好で街を歩いたらドン引かれそうなので早々に街は抜けます」
「ドン引かれるという自覚はあるのだな……」
今でこそ街の端なので人通りは少ないが、小さいと言えども街の中心は人がごった返す。顔なじみも多いものの、知らない人もいる中でこの格好で歩くのは厳しいのだろう。
「ならば一体どこに向かっているのだ?」
「さあどこでしょうか? 一回で答えられたら美味しいミルクを買ってあげますよ」
「……街の外だろう?」
メルの適当な答えに、しかしリリアは感激したらしく目を輝かせて拍手した。
「メルさん凄いです! とっても頭いいです! 尊敬しちゃいます!」
「一応聞いてはおくが……お前、私を馬鹿にしている訳ではないんだよな?」
「はい?」
きょとんとしているところを見ると、どうやら素で感激しているらしい。先ほど自分で「街を早々に抜ける」と言っていたのだが。
「馬鹿にしているわけではないなら良いとして……私が聞きたいのはその先だ。街の外のどこに行くつもりなんだ?」
「では第二問! 一体どこに──」
「言え」
「……おばけ林です」
「おばけ林だと?」
おばけ林──正式名称はノーブレスガーデン。アクスベリーに隣接する林だ。その昔、貴族の庭のように美しい光景をしていた平原だったが、時が経つにつれ草花は枯れ、木々が鬱蒼と生い茂り地面にはほとんど陽の光が届かなくなった。そんな不気味な見た目から、周辺の住民から付けられた名前が〈おばけ林〉。
今や、子供も大人もおばけ林と呼び、ノーブレスガーデンという名前は皮肉以外で使う者はいなくなった。
ちなみに余談ではあるが、おばけ林にてゴーストを始めとするアンデッド系モンスターの目撃例は一切無い。なんとも不憫な土地である。
「日向ぼっこが好きなお前が珍しい。あんな陰鬱な場所に何の用だ?」
「ホウオウゴケを採取しに行こうと思っていまして」
「……ほう、なんだ採取か。散歩に行くというから呆れ果てていたが仕事の要件だったのだな」
よく考えてみれば、確かにリリアの今の格好も採取に適したものである。そういうことだったのかとメルが感心していると、リリアは照れたように笑った。
「いや〜えへへ。実は昨日ノエルくんの為にツバキザクラを作ったじゃないですか。その時に材料棚を見たらちょうどホウオウゴケが無くなっているのに気がつきまして」
「私の感心を返せ。相変わらず行き当たりばったりで経営しているなお前は」
メルは文句を言うが、在庫管理などした事がない店主にそんなことを言っても仕方がないことだった。
さて、最初リリアが言っていた通り早々に街を抜けると、二人はおばけ林の中に入っていった。
「ホウオウゴケはありそうか?」
「はい。それ自体は珍しいものではないので、すぐに見つかると思いますよ」
「そうか」
ならば素材探しはリリアに任せることにしよう。そう決めてメルは普段来ないおばけ林の見学をすることにし、キョロキョロと辺りを見回す。すると木の根のそばに、青く輝く綺麗な草を見つけた。
「ほう、こんな淋しい場所にも宝石はあるのだな」
そう言ってメルはその草に近づいていく。するとリリアがサッとメルを持ち上げた。
「ダメですよメルさん。あれはドクナシ草と言って猛毒を持ってるんです。いくらメルさんでも触れたらひとたまりもありません」
リリアは普段の天然からは考えられないほど博識だ。ただし魔道具やその素材に関する知識のみだが。
リリアの言葉を聞いたメルは、彼女の腕の中でため息を吐いた。
「……毒、あるのではないか。よくもまあ、そんな名前をいけしゃあしゃあと言えたものだ」
「私が名付けたわけじゃないですし……あっ、見つけましたよホウオウゴケ」
どうやらリリアは、あっさりと目的のものを見つけたらしく、その場所へ向かう。そしていざ採取しようかという時になって、「おや?」と声をあげた。メルはリリアを見上げて声をかける。
「どうした、早く採れば良いだろう」
「メルさん……これ見てください」
リリアは大きく目を見開いていた。体も震えているように見える。彼女が指さした先には、黄金に輝くキノコがあった。また輝いている……と、メルはウンザリする。
「どうせそれもドクナシキノコとかいう猛毒持ちの珍物なのだろう?」
「違いますよ! これ、コウテイ茸です……」
「なに!?」
コウテイ茸。メルも名前は聞いた事がある。確か一本数万リールはくだらないと言われている……。
元々丸い目を更に丸くするメルをよそ目に、リリアは大胆にもコウテイ茸をブチッと引き抜いた。
「なっ!? 何をしているんだお前は!」
「ユノちゃんに見せてきます!」
リリアはそう言うと街に走って行ってしまった。メルはその場に取り残される。ユノというのはリリアの幼馴染であり、この時間帯なら酒場で働いているのだが……。
「リリアめ、街の住人には引かれると言った服装でユノに会いに行くのだな……。酒場など街の中心だというのに」
リリアが走って行った方向的にも、〈おひさま〉方面ではなく、酒場方面だ。着替えるつもりはなく、ユノのところへ一直線なのだろう。
しかし、モンスターに襲われるなどという心配はないから好きにさせるか。メルはそう考え、自分も酒場へと歩き出した。