第二話 道具の依頼と報酬の素材
アンリは、端っこの街アクスベリー出身の冒険者である。彼女が幼少の頃は、周りの大人からガキ大将という認識を受けていたほどのじゃじゃ馬っぷりであった。
アンリは身近にいる年の近い男子に決闘という名の喧嘩を仕掛け次々と打ち負かしていき、結果的には男のプライドを引き裂いて回っていった。
そのうち彼女は人間では物足りないと気づき、モンスターを相手に自分の力を振り回すことにした。そしてアンリが成長するにつれて、自分が楽しむためではなく人々のために力を使うという考え方に変わり、冒険者という道へと進んでいったのだ。
そんなアンリは、世話好きという意外な一面を持っている。特に彼女が五歳の時に出会った二人の少女、リリアとユノのことは、実の妹のように可愛がっていた。
三人はよく一緒に遊んでいたが、アンリが冒険者になってしばらくすると、彼女は二人のもとを離れ、アクスベリーから出ていき、モンスター退治のため世界に向けて旅立った。
旅立ったのだが……。
「いきなり帰ってきてびっくりしましたよアンリちゃん」
こうしてアンリは今アクスベリーに帰ってきて、〈おひさま〉の中にいた。
リリアは店の裏にアンリを連れていき紅茶を淹れる。
「ん? いきなりかな?」
「いきなりですよ。アンリちゃん世界中のモンスターを倒しきるまで帰らないとか言うから私寂しかったんですよ?」
「あー……そんなこと言ってたっけか」
言ったような気がするが、言ってないような気もする。アンリにとってはその程度の発言だったのだが、リリアは真面目に捉えていたらしい。
「悪かったよ、ありゃ冗談だ」
「冗談だったんですか!?」
「だから悪かったって」
怒ったように頬を膨らませるリリアの頭を撫でて落ち着かせながらアンリは謝り、そして気になったことを尋ねた。
「そういえばお前、さっき爆弾持ってたよな?」
「へ!? いやあ……なんのことでしょうか?」
冷や汗をかきながらアンリから目をそらすリリア。
「とぼけんな。アタシだってあれが爆弾ってことぐらいわかるよ。何回もお前の調合見たからな」
「……はい」
「で? なんであんなもの持ってたんだよ」
仕方ない、とリリアは腹をくくり、アンリを強盗だと勘違いしたということを包み隠さず話した。それを聞いたアンリは、
「あっははははは!」
大笑いした。強盗扱いされたくらいでは怒らない、むしろ笑い飛ばす。それがアンリという人間である。
「もうっ! 笑わないでください! 私本気で怖かったんですよ!?」
「いや悪い悪い。そうだな、確かに勢いよく扉を開けすぎたかもしれないわ」
怒ったのはアンリではなくリリアであった。それも仕方ないことなのかもしれないが。
「でも……どうして急に戻ってきたんですか? ……まさか本当に世界中のモンスターを倒してきたとか……」
「んなわけあるか、逆だ逆。手に負えないモンスターに出会っちまってな……。で、リリアに道具を作ってもらおうと戻ってきたんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
リリアの中で合点がいった。慌ただしく店に入ってきたのはそのモンスターに対抗する手段が早く欲しかったからなのだろう。
「それでもビックリですね、アンリちゃんが苦戦するモンスターですか。なんていうモンスターなんですか?」
紅茶を口に含みながらリリアは尋ねる。
「ノヴァ・ウィスプって呼ばれてるんだけどな、知ってる?」
「知らないです」
即答するリリア。彼女に魔道具以外の知識を尋ねることがそもそもの間違いである。
そのことに気がついたアンリも、小さくため息をつきつつ紅茶を飲む。
「あつっ……」
が、すぐに口からカップを離してしまった。
「ああ、そういえばアンリちゃん、猫舌でしたっけ?」
「まあ……ちょっとだけな」
不本意そうに口を尖らせるアンリと、それを見てクスクス笑うリリア。どうやらすっかり昔のペースに戻っているようだった。
「って、そんなことはいいんだ。アタシはノヴァ・ウィスプに対抗する道具を作ってもらいに来たんだから」
思い出したように言うアンリに、リリアは言われてから思い出す。
「そういえばそうでしたね。それでその……のば? なんちゃらはどういったモンスターなんでしょう?」
「ん? ああ、ドラゴン」
「へ?」
「ドラゴン」
しばらくリリアは呆然とする。その様子を見ながら、アンリは紅茶を冷ましつつ待った。
「ド、ドラゴン!?」
「おう……どうした?」
珍しくリリアは興奮しているようで、さすがのアンリも圧倒される。
するとリリアは机に身を乗り出してアンリの顔のすぐ近くにまで自分の顔を持って来た。あと少しで鼻の頭がくっつくくらいの距離にまで。
「私にも協力させてください!」
「あ、ありがとう。まあそのつもりで来たんだけど……」
「その代わり私にのば・なんちゃらの鱗をください!」
「…………」
アンリはようやく理解した。リリアは素材が欲しかったのだ、ということに。
ドラゴンの鱗といえばかなりの希少素材だ。少なくともリリアのような戦闘力皆無の少女には一生かかっても手に入れることは叶わないだろう。
「なるほど、どっちにとっても嬉しい取引ってわけだ」
「その通りです」
二人してニヤリと笑う。それはなぜか、完全に悪事を企む顔であった。
「それで、どれくらいで出来上がりそうなんだ?」
「そうですね……三日、長くても五日あれば完成するはずです」
「よし、取引成立だ」
リリアとアンリは立ち上がり握手を交わす。強敵にリベンジを果たすために。貴重な素材を手に入れるために。そう誓い、二人はなぜか悪人の顔をするのであった。




