第十話 店主不在の魔道具店
ユノがゆっくりと〈おひさま〉の扉を開ける。扉にかけてあったベルが静かに鳴った。すると、カウンターの上で寝ていたであろうメルが目を開け立ち上がる。
「ユノか。すまんな、よく来てくれた」
「いいのよ、あの子だって風邪ひくときくらいあるわ。お見舞いの品、買ってきたから」
ユノは買ってきた見舞いの品を見せるように持ち上げた。それと同時にユノの腰あたりからひょっこりとノエルも顔を出す。それを見てメルはうんざりとした顔をした。
「ボクもいるよメル様!」
「はぁ……なぜ坊主も一緒なんだまったく」
「だからノエルだってば」
面倒くさい、と言いたげにノエルから顔をそらすメル。その様子を見てユノはポカンとしていた。
「メル……この子にもしゃべるのね。というか、様? アンタたち一体どういう関係よ」
「いや、これには少し面倒な経緯があってな……まあそこで立っているのもなんだ、入れ」
ユノはメルの言葉に頷き、扉を閉めてユノとノエルは店内に入る。いつ見ても不思議な光景だ、とユノは感じた。
店内には上下二つの棚があり、高いところには、ビンに入れられた様々な色の薬品が丁寧に並べられている。残念ながらユノには、これがなんの薬品なのかはわからない。少なくとも商品であることは間違いないだろう。
低いところにはランタンに指輪、お面、紙のようなものが置かれていた。こちらは用途はわかりそうなものばかりだが、この店に置いてある時点で普通のものじゃない。やはりユノには、これらがなんなのかわからなかった。
アクスベリーにも様々な店があるが、商品を見てもなんだかわからない、なんて体験をするのはここだけだろう。
「メル様ー! ボクと遊ぼう!」
ユノが店内を見まわしていると、ノエルがメルに飛びかかっていった。彼にとって、あまり内装は興味ないのだろう。ノエルのその行動を合図に、猫と少年の鬼ごっこが始まった。
「やめろ! お前の相手をしている暇はないのだノエル!」
「いいじゃん! 子どもは猫と遊びたいんだよ!?」
「私は猫じゃない!」
二人は器用に、店の商品に危害を加えずに追いかけっこを展開する。ユノはそれをボーっと見ていたが、やがてノエルがメルを捕まえるという結果で終了した。そしてノエルが一言。
「メル様は猫じゃん」
「……猫だったな」
メルはもう観念したように、力なくノエルの腕に垂れ下がっていた。するとノエルはメルを抱きかかえてない方の腕で自分のポケットをまさぐり、あるものを取り出す。
それはまごうことなき、ねこじゃらしだった。ノエルはそれをメルの顔の前で細かく揺らす。それを見たメルは、ノエルの腕の中で暴れ出した。
「私を猫扱いするな!」
「でも猫じゃん」
「猫だが……!」
メルは自分の体をあらゆる方向に動かしてノエルの腕から抜け出そうとするが、残念ながら無駄な努力だったようで、ため息を吐いた。
そんなやり取りを見て、ユノの顔から自然と笑みがこぼれる。
「アンタたちずいぶん仲良さそうね」
「うん!」
「どこがだ!」
正反対の返事がユノに飛んでくる。ユノはそれを聞いてさらに笑ってしまった。
「ふふっ、じゃあ私はリリアのところに行ってくるわね。この奥にいるんでしょ?」
「!? 待てユノ! 私とこいつだけにしないでくれ!」
「行ってらっしゃいお姉ちゃん!」
ユノが行ってしまうことを恐れギョッとした表情をするメルと、笑顔でユノに手を振るノエル。そもそもノエルはリリアを心配してきたはずなのだが、いつの間にか目的はメルへと変わっていたようだった。
ユノはそんな二人に手を振って店の奥へと入っていった。ここへはユノも何度か来たことがある。店の奥は何千もの魔道具の材料で埋め尽くされていた。ここにはリリアはいない。いるなら二階にある自分の部屋にいるはずだ。
ユノはそう考えて、二階に上がりリリアの部屋を見つけ、木でできた扉を叩く。「どうぞ~」という力のない間延びした声が聞こえたので、ユノはゆっくり扉を開けた。
「あ、ユノちゃん。来てくれたんですね、わざわざすみません」
リリアの部屋は簡素なものだった。机に本棚、それとベッドがあるだけ。本棚には本がぎっしり詰め込まれていたが。ベッドの上で寝ていたリリアはユノの顔を見て笑顔を見せた。ユノもそんなリリアの顔を見て微笑む。
「いいのよ別に。気分はどう?」
「ん~……どうでしょうか。少しは楽になった気がします」
「そう。それならよかったわ」
ユノはリリアの近くに椅子を持っていって座り、見舞いの品として買ってきたものを机の上に並べていく。リリアはそれを見て「おお~」と声をあげた。
「リンゴにモモ……果汁を絞って薬に混ぜ込んでみましょうか。新しい効果が期待できるかも──あいたっ」
「食べなさい」
リリアが言葉を言い終わらないうちにユノはリリアの額をコツンと叩いた。
「えへへ、冗談ですよ」
「本当に冗談かどうか怪しいものだけれど……ああ、このミルクはメルに買ってきてあげたんだったわ。リリア、アンタ食欲は?」
「今はあんまり」
「ん。なら果物は後で切って持ってきてあげるわ」
ユノは買ってきたものをすべて取り出すとリリアに向き直った。
「それで……いきなり風邪だなんてどうしたの? 街の人たちも心配してたわよ」
その質問を聞くと、リリアはユノから目をそらして天井を見上げた。おそらく原因を考えているのだろう。
「多分なんですけど……昨日ユノちゃんに会いにスリーピーローズに行ったじゃないですか」
「あのどしゃ降りの中でね。……ん? アンタまさか」
ユノは何か思い当たることがあったのだろう、顔を引きつらせる。そしてリリアもユノが何を考えているかわかったらしい。以心伝心というやつだ。「はい」と言って笑う。
「雨に打たれたのが原因でしょうね」
それを聞いて、しかしユノは違和感を持ち首を傾げた。
「ちょっと待って。アンタ秘密兵器……えっと」
「シズクバライですか?」
「そう、それよ。シズクバライがあるから雨に濡れないって言ってたじゃない」
リリアはそれを聞いてため息を吐いた。
「シズクバライは雨を弾いてくれる魔道具なんですけど……どうやら体温の低下を防ぐことはできなかったみたいで」
「ええ……は?」
「えっと、濡れないだけで感覚的には雨に打たれてるのと変わんないんですよね」
「……ダメじゃない」
「ダメなんです」
リリアはもう一度大きくため息を吐いて、それを見たユノもため息を吐く。
「唯一よかったのはセドリックさんにお金貰わなかったことですね」
「アンタもいろいろ無茶するわよね。……まあとっとと風邪治しなさい。アンタは元気が一番よ」
「はい、ありがとうございます」
その言葉を聞いてユノは満足したように椅子から立ち上がる。そしてリンゴを手に取った。
「じゃあ私これ切ってくるわ」
「すみません」
「いいのよ。それじゃ台所借りるわね」
ユノはそう言うと部屋から出て行った。リリアはそれを見送って小さく呟く。
「ありがとう、ユノちゃん」
そして小さく笑いながら、ゆっくりと風邪を治すために眠りについた。
アクスベリー魔道具店〈おひさま〉、お日様が出ていても本日は休業。




