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第九話 幼馴染と冒険者

「こんにちは、アニータさん」

「あらユノちゃん、いらっしゃい!」


 先日の大雨は一体どこに行ったのやら、今日のアクスベリーは眩しいくらいの太陽に照らされていた。


 まだところどころに水たまりが残っているものの、この天気ならすぐに渇いてしまうだろう。


 現在ユノがいるアクスベリー市場でも、先日の静かな街の様子が嘘のように人で賑わっている。と言っても、これが本来の姿だ。


 ユノは一人で、アニータという小太りの中年の女性が経営している八百屋に顔を出していた。


「今日は何の用だい?」


 アニータが笑顔でユノに訊ねる。この笑顔は人を安心させると評判の顔だ。ただ、今のユノにはどうやら安心させる効果はあまりなかったようだ。


 ユノの顔には、少しかげりがあった。が、すぐに気を取り直してアニータへ注文をする。


「リンゴとモモ、ミルクをください。あ、何? 蜂蜜なんてあるんだ?」

「ああそれかい? 今朝旦那が採ってきたんだよ。ユノちゃん買う?」


 蜂蜜は蜂蜜酒や蜂蜜ジュースの原料だ。酒場でもよく出すので、蜂蜜は材料棚になくてはならないものだと言っても過言ではない。


 だから、そんな簡単に蜂蜜を採ってこられる旦那さんは酒場に欲しいものだ、と考えながらユノは蜂蜜も頼むことにした。


「毎度あり。……人の買ったもんを詮索するほど趣味の悪いもんはないんだけどさ、なんかアレだね、お見舞いって感じの買い物だね」


 それを聞くとユノはため息を吐いた。


「あたり。アニータさんすごいわね」

「ありがとう。まあユノちゃんがちょーっとだけ暗い顔してたからね、それでわかったのよ」


 ユノの顔にあったかげりを、アニータは見逃さなかったようだ。それに驚きユノは自分の顔をペタペタ触る。


「うそ、私そんな顔してた?」


 目を見開くユノに、アニータは笑いながら頷く。


「してたしてた。それで? 誰が風邪ひいたのか聞いてもいい?」

「ええ、別に隠すようなことじゃないし。リリアよ」

「リリアちゃんが風邪!?」


 アニータが大声をあげる。その声は八百屋周辺にいる人たちに届いたようだ。ぞろぞろと人が近づいてくる。


「おいおい、それ本当か? あの元気な店主さんがなあ」


 最初にやってきたのは、隣の店の、若い男。


「リリアがねえ……私あの魔道具店には何回もお世話になってるの。お大事に言っておいて」


 次にやってきたのは、隣の店で買い物をしていた、ユノより少しだけ歳が上そうな女。


「リリアちゃんが風邪ってのは驚いた。こりゃ雨でも降るかもなあ」

「もう降っただろ爺ちゃん」

「あとでお見舞いにでも行こうかしら」


 そうこうしているうちに、どんどんユノの周りに人垣が出来てくる。ユノは誰に対応すればいいのかわからず、しばらくあたふたしていた。だがこの場は退散するのが一番と判断し、こっそりと人垣をくぐって抜け出すことに成功した。


「ふぅ」


 ひと息ついて人垣を見るも、誰もユノが抜け出したことに気づいていないようだった。この人垣の大きさが、そのままリリアの人望なのだろう。


 そんな幼馴染を持ち、誰かに少し自慢したい気持ちを抑えながらユノはその場を後にした。


 そんなユノの後ろ姿を、ある少年がジッと見ていた。少年はユノに声をかけようかどうか迷いながら、歩みを進めるユノの後を追う。


 少年の正体は、リリアを姉と言って慕っていた冒険者、ノエルだった。


 しかしノエルの視線など気づきもせずユノはどんどん街の中心から離れるように歩いていく。しばらくノエルは声をかける勇気がなくユノの後を追いかけていたが、ユノが石でできた小さなアーチ状の橋を2つ渡ったあたりで、ついに近づく決心をした。


 二人の距離は少し離れていたため、ノエルは走る。しかし橋の上までやってきた時、彼は足をつまずかせ、バランスを崩した。


「うわっ!? わわわわわ」


 ノエルの頓狂な叫び声は、前方にいたユノにも聞こえたようだ。ユノは振り返ると、橋の上で手をバタつかせ今にも川に落ちそうな少年の元に駆けつけ、その体を支えた。


「あ……ありがとうお姉ちゃん」

「どういたしまして。浅い川だけど気をつけるのよ?」

「うん……」


 ノエルにとってそれは、想定していたものよりずいぶんと格好悪い出会いになってしまったが、ユノに声をかけるという目的は達成できた。


「それじゃ私は行くわね」


 ノエルは、そのままこの場を立ち去ろうとするユノを慌てて止めた。


「ま、待ってお姉ちゃん!」

「ん? どうしたの?」

「あのさ、リリ姉が風邪ってほんと?」


 つまるところ、ノエルが聞きたいのはこれだった。これを聞くために、ユノに声をかけようか迷っていたのだ。


「リリ姉……リリアのこと?」

「そう!」

「……リリアったらいつの間に弟ができたのよ」

「本当の弟じゃないけど」

「ええ、まあ、わかってるわ」


 ユノはコホン、と咳払いするとこの場を仕切り直した。


「リリアが風邪っていうのは本当よ。それで、君は誰かしら。私はユノよ、リリアの幼馴染」


 ユノの質問にノエルはくるりと振り返り、背中にかけている剣を見せた。


「ボクはノエルっていうんだ。冒険者だよ、リリ姉の弟」

「やっぱり弟なのね……」

「本当じゃないけど」

「大丈夫よ。わかってる」


 先ほどと同じような問答を繰り返した後、ユノはノエルに提案した。


「もしよかったらだけど……私と一緒にリリアのところへ行く? お見舞いに行ってあげようと思ってたんだけど」

「行く!」


 即答だった。


 というより、元からノエルはこの言葉がユノから飛び出すのを待っていたのかもしれない。すべての目的が果たせて嬉しいのか、ノエルはニコニコとしていた。


「ノエルはどうしてリリアの弟になったの?」


 ユノが訊ねる。その質問にノエルはしばらく考えたが、最終的な答えは。


「よくわかんない。なんでかな?」

「……わからないのね」


 ノエルにわからなくてもユノにはなんとなくわかっていた。リリアは小さい子から好かれることが多いのだ。魔道具以外のことに関して、主に思考回路が似ているから。


 子供もリリアに対して心を開きやすく、それはノエルも例外ではなかったわけだ。


「リリアったらいいわね、モテモテで」


 ユノは小さく笑って、ノエルはそんなユノの言葉に首を傾げながら。2人は〈おひさま〉へと歩みを進めた。

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