どうやら体が目当てだったみたい
翌日、俺の新たな一日目はセレナの一言から始まった。
「オトル!クエストを受けにいきましょう!」
「クエスト?」
一階の小さなリビングにある長方形の四脚机。
その上にある香ばしい芳香を漂わせたシチューに口をつけながら、セレナに問い返した。
ちなみにシチューは、宿主のシタリアが調理したものでチョーうまい。
ニートだった頃、部屋で寂しく一人で食べていたカップラーメンとは訳が違う。
クリームは濃厚で甘過ぎず、香辛料で絶妙なバランスで作られている。
スープで煮込んだ鶏肉は満足のいく歯ごたえを与えてくれた。
さすが異世界の料理。
いや違うか。
ここは作った本人の料理の腕を褒めるべきか。
さすがシタリア。
「……………呼びました?」
「うえぁぁ!?」
隣から急に声が聞こえ、思わず飛び上がりそうになる。
俺の隣には、いつの間にやら小さな体で椅子にちょこんと座ったシタリアが、シチューを口に運んで咀嚼していた。
服装は昨日と同じで赤いメイド服。
幼さを残した小顔から可愛らしい印象を受ける。
髪はセミロングの綺麗な茶髪で肩にかかるぐらいまで伸ばしている。
「………呼びました?」
「え、いや、呼んでないけど。居たんだ」
「……ずっと居ました」
心做しか眠た気な表情が怒っている気がする。
気まづくなりセレナに助けるように視線を向ける。
しかし、セレナは納得いく助け船を出してはくれなかった。
「オトル。私を無視してシタリアと仲良くお話しないでくれるかしら?」
「どこが仲良くだよ!明らかに空気が重たくなっただろうが!」
「………私は重くありません」
「シタリア………ちゃん?君のことを言ってるんじゃないよ?」
「……気安く名前で呼ばないで下さい。……私はあなたより年上です」
「嘘だろ!?」
どう見ても見た目中学生ですけど!?
シタリアは最後の一口を食べ終わると、奥の部屋へと戻っていった。
………。
ぶすっとした顔のままで………。
「完全に怒らせたわね」
「お前なぁ!……はぁ」
朝っぱらから怒鳴る元気は無く、肩を落として脱力する。
もうヤダ。
なんで朝からこんなに疲れなきゃいけないの?
切り変えるとばかりに残りを口にかき込んで、セレナに向かい直った。
「で?クエスト受けるったって、どうすればいいんだ?」
俺の問いに簡単な説明で返す。
「冒険者ギルドよ。あそこにはクエストを提示した紙を貼って、冒険者達が依頼を引き受けられる掲示板があるらしいの」
「今日はそれを見に行こうって?」
「そういうことよ。もしもいい感じの依頼があれば、さっそく受けたいと思うの、どう?」
「俺は別に構わない。構わないんだが……」
言いよどみながら下を見る。
見えているのは、黒と赤を基調とした安物のジャージだ。
俺は異世界に来た時、手持ちのものを何も持たず、ジャージだけを着て来たのだ。
もっと別の服を着てこいよ。とか、せめて生きるための必要最低限の物は持ってくるべきとか思うだろうが、およそ異世界に転移するなど考えもしなかったのだ。
そこはなんともご了承願いたい所である。
つまり、何が言いたいのかと言うと、
「俺、装備とか無いんだけど」
それどころか、着替えさえ無い。
昨日からジャージを着っぱなしである。
引きこもりなだけに、何日も着替えていないことは多々あって慣れているがそれではいけない。
俺は今、外の世界で活動しているのだ。
中途半端な格好で出て人前で恥をかきたくない。
異質なものを見るような目で見られたくはないからな。
そんなことされたらトラウマが甦る。
服装も大事だが、クエストは冒険者にとっての仕事であり、稼ぎであり、男のロマンである。
カッコイイ防具を着こなし、強力な武器でモンスターを倒して色んな人からチヤホヤされたい。
何が言いたいのかと言うと、格好が大事。
……いや、もちろん装備の性能とかも必要なのはわかってるよ?
けどさ、やっぱ形から入ることも大事だと思うのですよ。
てなわけで、
「セレナさん!いや、セレナ姐さん!俺の武器防具その他もろもろ買うの付き合って下さい!もちろん金は姐さんの奢りで!」
両の手のひらをパンッと合わしてセレナを拝む。
セレナは俺を見て目を丸くすると、不思議そうに首を傾げる。
「何言ってるの。あなたに装備なんて要らないじゃない」
「は?」
「え?」
二人して頭に疑問符を浮かべた。
待て待てウエイト。
何やら会話の内容に手違いがあるようだぞ。
俺は慎重に不明な点を聞きただす。
「俺って、冒険者だよね?」
「そうね」
「登録証なる冒険者カードもある」
「レノンに作ってもらってたわね」
よしよしここまでは順調だな。
「だから、装備とか必要じゃん?」
「何故?」
「いや、なぜって……。だったら俺、どうやって戦えばいいんだよ」
それを聞き、セレナが合点がいったとばかりに微笑んだ。
「そういうこと。オトル。あなたは大きな勘違いをしているわ」
「??、どういうことだ?」
再び疑問符を浮かべる俺に、セレナはとんでもないことを言い放った。
「私は戦闘面に関してはオトルに何も期待していないわ」
「ええっ!?」
「当たり前じゃない。昨日の今日で冒険者になったばかりの人に戦わせる方がおかしいと思わない?」
「そう言われたら、そうなんだろうけど……」
……あれ?
もしかして俺、やくたたズ……?
己の存在価値に気付き、落ち込んでいる中、セレナは優しげな微笑みを絶やさず俺に話しかけた。
「大丈夫よ。あなたにも重要な役割を担えるわ」
「マジか!どんな?」
「それは、ーー壁よ」
「は?」
思わず素っ頓狂な声を上げた。
すると、セレナは俺の顔に指をさし、その透き通る声で静かに語り始めた。
「私、攻撃力には絶対の自信があるの。でも逆に、防御力はてんでダメ。それも絶望的に。
だからオトル。あなたがその身を賭して、私を強力なモンスター達から守りなさい。その間に私がモンスターを屠るわ」
「ふざけんなああぁぁぁぁぁ!!!」
俺が放った大声量が部屋に響き渡る。
セレナはそれを不愉快だと言わんばかりに耳を塞ぎ目を細める。
「何?まさか嫌なの?」
「まさかじゃねぇよ!嫌に決まってんだろ!?これで嫌じゃなかったら俺、真性のドMだよ!?」
「あなたの最大の長所、他の人にはない耐久値を上手く活かせた案だと自負しているのだけれど?」
「鬼か!なに自分がさも当然ですよ、みたいな顔してんだ!俺はそんなの絶対にやらないからな!」
全力の抗議をセレナにぶつけるも、当の本人は何事も問題無いようなすまし顔である。
このアマ〜〜ーッッ!!
しかし、セレナはすまし顔から一転、困った顔をする。
「だったらどうするの?オトルは剣が振れる?複雑な魔法が撃てる?」
「ぐっ…………」
そこを突かれれば、何も言えない。
俺には重い剣を振り回す力や、冒険者が最初から常時するような初級魔法さえも無い。
これは冒険者カードに記載されたステータスを見て分かるのだが……。
俺は見た時、思わず目を疑ったよ。
ステータスの内容は、力、敏捷、耐久、体力、知恵、魔力の六つ。
それぞれにSSSからFまでのランクの評価が書いてある。
そして俺のステータスはほとんどがFばかり。
その中で、耐久だけSが三つ並んでいるから違和感がハンパない。
………クソ〜っ!何故だ!?
よりにもよって耐久がSSSなんだよ!?
どっちかっつーと、俺って肉体的にも精神的にも打たれ弱い方だぞ!?
他人の視線が必殺になるくらいだからな。
重傷だ。
………言ってて悲しくなるな。
あ、でも、知恵の欄はランクがCと高めの評価がされてあったからちょっと嬉しかったわ。
じゃなくて!。
話が脱線したが、確かにセレナの言う通りだ。
こんな戦闘で役立たずなヤツは参加さえさしてもらえないだろう。
むしろ、俺の長所を活かした提案をし、俺のことを考えてくれたセレナに感謝さえしなきゃならないのかもしれん。
だから俺は、
「……………わかったよ」
と、渋々嫌々ながら小さく頷いた。
俺の了解を得たセレナは、浮かべた微笑みを絶えず向けてくる。
納得いかない気持ちから、顔を背ける。
そこで、ふと思った。
俺のポジションに不服は無い。能力を最大限に活用できるのは壁、つまりタンクというわけだからな。
でもさ。
戦えない、魔法も使えない、装備さえない。
そして、壁としてしか役に立てないって、これいわゆる肉かb…………。
「あなたは要らない子じゃないわ。立派に戦えるのよ。ーー肉壁として」
「あああぁぁ!?俺が気づかんとしていたことを!もうこんなパーティー辞めてやるぅぅ!!!」
「さぁ、オトル!私達の冒険の始まりよ!」
「うるせぇぇぇ!入るとこ間違えた!」
それ、俺が『ただじゃすまない』って前提だろうが!
悲壮にくれる俺の首根っこを掴み、セレナは冒険者ギルドに向かうのだった。