相談に乗ってください
東から出てきた太陽が、ユラユラと揺れながら西に沈んでいく。
ここから見えるってことは、あっちが西か。
地球と同じならだけど。
水色の青空は、ゆっくりと濃いオレンジ色に侵食されていく。
青と橙色の間の境界がやたらに目立つ。
生暖かい、けど心温まるそよ風が俺の頬に靡いてく。
「それは、俺も入るのだろうか?」
「?、何を言ってるの?当たり前じゃない」
「違う、お前は本当の俺を知らない。だから簡単にそう言えるんだ」
「??、どういう意味?」
首を傾げるセレナ。
分からないよな。
俺も分からないよ。
なんで今日会ったばかりのヤツに話そうとしてんのか。
どっかで俺の過去を話せば、幻滅して諦めて離れていくと考えてるからだろうか。
あいつ等みたいに……。
「俺さ、引きこもりだったんだよ」
「ヒキコモリ?聞いたことの無い単語だわ」
「だろうな。あったらびっくりするよ」
「それって何なの?どういったことをするの?」
「………………」
他意は無い。
悪意も無い。
ただ探究心から聞いただけ。
こんな無知なヤツだからこそ、俺も話そうと思えるのか。
出来るだけ軽い感じで話しを続ける。
「読んで字の如く。家に引きこもってたんだ。両親のスネ齧ってばかりの穀潰しだよ」
「それはまたどうして?」
「……言いにくいことズケズケ聞いてくるな」
「言いたくないなら言わなくていいわよ」
「……いや、聞いてくれ。アンタの反応が知りたい」
俺の言葉は空と同じようにトーンを暗くしていった。
「最初は、試合での負けだな。そこからだな。おかしくなったのは」
「負け?」
「ああ、完璧な敗北。
惨めな姿だったよ。ズタボロとなった体。それは負けた証とばかりに残り続けた」
「今も?」
「今は無い。さすがに消えたよ。けど、一生消えなかったものがあったんだ」
「それはもしかして、心の傷?」
「ッ!」
そうだろう?、という顔で俺の顔をのぞき込んでくる。
俺はセレナの顔から逃げるように、視線を左、南西方向に向ける。
「そうだ。あの時、俺には堪えがたいことがあった」
「誰かに何か言われたとか?」
「違う。何も、何も言われていない。ただ……」
「ただ?」
「…………っ」
息が詰まる。
自分の過去を思い出しながら話すんだ。
俺にとっては辛い。
辛いことだった。
「人の目に対して、凄く怖くなった。俺が負けた時の周りの目は、まるで失望したような、汚物を見るような目だったんだ。
その視線が頭にこびり付いて離れない。
そっからは、人の視線ばかりを気にするようになった」
「そんなの、気にしないようにすればいいじゃない」
「ハハ、俺も最初はそう思うようにしてたさ。けど、駄目だった。そんな簡単な話じゃなかった。親は失望の眼差しを、友達は汚物を見るような眼差しを向けてきた。たった一回の負けでここまで変わるのかよ、て思ったのを憶えてる」
「酷い話ね」
「だろ?そのうち、名前も知らない人間の視線まで恐怖しだした。学校に行けなくなって、外に出れなくなって、家で過ごす時間が増えた。その方が楽だしな。他人のこと考えなくてすむ」
「…………………」
セレナが初めて長く沈黙した。
そりゃそうだろう。
こんな暗くて重たい話をしてるのだ。さぞかし内心で困っているだろう。
だが、お互い様だ。
こっちだって聞いたのだからセレナの方にも聞く義務があるはず。
俺は挑発するようにセレナに問いかけた。
「どうだ?アンタが招き入れた男は、アンタが守りたいうちに入るのか?……ええ!?どうなんだよ!!」
怒気を込めて叫ぶ。
セレナに対してじゃない。
情けない自身に対してだ。
何が悲しくてこんな話をしてしまったんだろう。
話した挙句、キレて怒鳴りつけて、最低だ。
「安心しなさい」
「ッ!?」
突然、セレナが俺の頭を胸に抱き、近づいた耳元に囁くように呟く。
「あなたも、私の守りたい中にあるわ」
温かい。
なんだよこれ。
セレナの豊かな胸は、とても柔らかくいい匂いがした。
「口だけならなんとでも言えるな。同情なら願い下げだ。アンタが今、俺を切り捨てても文句は言わねぇよ」
「あなた、何か勘違いしてない?」
「………どういう意味だ?」
セレナは形勢逆転とばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、私が守りたくないといったのは、皆考えることを放棄して、他人に寄りかかって生きる人たちのことよ。
でもあなたは違う。自分の立場を理解し、考えている」
「買いかぶり過ぎってやつだ。それしか出来なかっただけだ」
「いいえ、そんなこと言って、現にあなたは今ここにいるじゃない」
「………それは」
俺はこの世界の人間じゃない。
こことは別の世界の人間なんだ。
そう言えず、俺は口ごもってしまった。
セレナは更に畳みかける。
「一歩でもいいの。あなたは自ら行動し始めた。それだけで、あなたの価値はどんな宝石よりも強く輝きを放つ。私はそれを守りたいの」
「………………」
「外の世界を余すこと無く知ってみたい。このまま狭い家の中で燻ったまま、世の中に埋もれていくなんて我慢出来ない。そういった反骨精神が私は大好き」
「…………………っ」
「だから、あなたもそうだと信じたい。私の目に狂いは無かったわ、と言いたい。そう信じてみたい」
「ッ!!」
なんて、なんて真っ直ぐなのだろうか。
何故、今日会ったばかりの男にそこまで信用出来る?
何故、社会的にも、人間的にもクズな俺にそこまで希望を持てるんだ?
俺は猜疑心が抜けきらないまま、恐る恐るといった感じに口を開いた。
「じゃあ、俺はどうしたらいいのかな?」
すると、セレナは俺の顔を見て、
「じゃあ、私とパーティーを組んでみたらどう?」
と、笑顔で右手を差し出してきた。
その爽やかなまでの笑顔を見てると、毒気を抜かれた気分になる。
そして、俺はコイツとならもしかすると、という妄想を考えさせられた。
俺は、その差し出された右手をしっかりと握り返すことで応えた。
「これで、契約成立ね」
「一応、そう言うふうに取ってもらっても構わない……」
「ふふ、素直じゃないのね」
「………………うるせぇ」
口ではそんな事を言っても、俺は案外悪く思うことは無かった。
むしろ、ホッとしたような。
そんな気持ちに似ている。
セレナが何か思い出したような顔をして、俺に聞いてきた。
「ねぇ、あなたの名前はなんて言うの?」
「え?」
「まさか、人に名乗らせておいて、自分だけ教えないなんてこと、無いわよね?」
「……そういや、言ってなかったっけ」
ん?でも、待てよ。
この場合、なんて名乗ればいいのだろうか。
俺はこの世界で新しく生きていくと決めたんだ。
だったら、前世界での名前を名乗るのは止めておこう。
深い思考の後、俺はセレナに名乗った。
「オトル。俺は、オトルだ」
「そう、オトル。いい名前だわ」
クスっと笑った笑顔が俺には、ひどく眩しく思えた。
あと、よく笑うヤツだなとも思った。
でも、コイツのいい所であることは、まず間違いないと確信した。
「では改めて、私はセレナ。オトル。今日から仲間としてよろしくお願いするわ」
「ああ、よろしく」
ーーこうして、俺とセレナの長い冒険生活が始まった。