宿に連れてこられた
「ここが私の泊まっている宿屋よ」
「へ、へぇー」
ギルドを出た俺とセレナは大通りを通ってではなく、裏側の細道を複雑に通り抜けた。
着いた先は、質素ではあるが、趣のある二階建ての小さな宿屋だった。扉の所に、文字が表記した横長のプレートがかかっていた。読めないが、きっとこの宿の名前だろう。
……もちろん、ここまで来る時に逃げようとしたさ。
けど何回も捕まるうちに諦めちまったよ……。
「私はこの宿屋を拠点に活動したいと思っているわ。ここなら安いし快適。おまけに景色がいいのよ」
「…………ここ、なんかどんよりしてないか?」
大通りの繁華街とは違い、埃臭く重たい空気を纏っていた。
「中に入ってみたら考えも変わるわよ」
俺に軽くウインクして宿屋に入っていく。
その仕草に内心ドキッとしてしまう。
「くっ、意外に茶目っ気があるヤツなのか!?」
俺はセレナの後に続いて入った。
「シタリア!居ないの!?」
「シタリア?誰?」
「ここの宿主よ。あなたにも紹介してあげるわ」
「…………………呼びました?」
ギィィと開いた奥の扉から、一人の少女が出てくる。
明るい茶色の頭髪。
小さく華奢な体躯。
そして印象的なのは服装だ。
「赤いメイド服」
「そうです……。可愛いでしょ……?」
「え?あ、う、うん」
「……………照れちゃいます」
「……………………」
もじもじとスカートについた白いフリルをいじりながら体をくねらせる。
それだけ見れば確かに可愛いであろう動作も、彼女の表情が台無しにしていた。
全くの無表情。ぶすっと顔を拗ねたようにさせ、目は眠たげな半開きである。
「シタリア。この人が私と新しくパーティーを組む人よ」
「……そうなんですか?」
「ええ、今日からこの宿で私と暮らすからよろしくね」
「……お金はちゃんと払って下さいよ?」
「心配しないで。この人と組んだからには、たくさんこの宿にお金を入れてあげるから」
「……宿代だけで十分です」
常に無表情を保っているシタリアは、奥の部屋へと帰っていった。
「え?ちょっと待て。あんな少女が宿主やってるの?」
「まあ、色々とあるのよ」
「大人の事情と言うやつか」
「そう言うこと。さあ、この話はここで終わりにしましょう。部屋を案内するわ。着いてきて」
そう言うと、セレナと俺は二階に上がっていく。
短い廊下に三つの扉。
その中の一番近い扉のドアノブに手をかけ引いた。
六畳ほどの狭い部屋。
女の子が暮らしている部屋にしては、飾り付けのなされていない簡素な部屋。
必要最低限の物しか置いていない。
けれど、一つだけ目を見張る光景がそこにあった。
「どう?」
両開きする窓が全開の空間の先には、
「凄い。街の景色が遠くまで見える……」
大きな建物。
小さい建物。
様々な形、大小を備えた建物は大通りを中心として並列していた。
レトロな雰囲気のある建物たちは、まるで中世の世界を写し出したかのようだ。
繁華街は盛んで騒がしい。
太陽に照らされているはずの昼時に、街の人々は生きる活力が感じられた。
ここからだから気づくことがあった。
この街は、ぐるっと大きな城壁に囲まれた巨大な都市なのだ。
「綺麗な所でしょう?色々な所を回ったけど、ここ以上の景色がある場所なんて無かったわ」
「…………………」
ふいに、セレナは俺に語り始めた。
「ここの人たちは素晴らしいわ。皆その日を生きることを楽しんでいる。辛い仕事も、家事も、冒険も、全力で取り組んでる」
「…………そうか」
「私は帝国時代、騎士として誉れあると信じて帝国に忠義を尽くしてきたわ。けど、あの国は荒廃していった。欲にまみれた王族に貴族。自分の保身にしか大事にしない民衆。……吐き気がしたわ。こんな奴らの為に今迄、帝国騎士としてあり続けたことが」
「………………」
俺はセレナの言葉に耳を傾ける。
「けど、ここの人たちを守れと言われれば何の迷いも憂いも無い。だって、守る価値があるから」
「価値?」
「そう、価値よ。昔の私は、幼かった頃の夢、正義の味方になるという夢の為に剣を振るってきた。正義の味方とは、安寧秩序を破る悪い者たちから、その日その日を一生懸命に過ごす弱き者たちを守る為、その身を賭す者よ。
そして、ここの人たちはまさにその価値のある人たちなの。だから、私は冒険者に成れることを心から喜べる」
彼女の顔は曇りの無い晴れやかなものだった。
「…………」
正直、俺にそんな昔話や夢を聞かされても困るだけだ。
興味のないことを他人に押し付けても感心が持てないのと同じ。
この語りに俺は理解も共感も出来ない。
それに俺は無理矢理連れてこられただけだからな。迷惑もいい所である。
けど、だからという訳では無いが。
少しだけ…、ほんの少しだけ、
ーー人生で初めて俺を欲してくれたこの人に興味を持った。
「それは、俺も入るのだろうか?」
俺はセレナに、自分の過去を語り始めた。