好き勝手やらせて頂こう
乾いた鐘の音が響き渡る。
それを聞いた俺は思った。
ーーああ、またか………。
見下ろせば、汗と血に濡れた服。
腕にも赤い血がこびりついている。
顔など、もっと酷い。
右目は青紫色に腫れ上がり、口からも一筋の赤黒い血を流す。
ーー何度、見た光景だろうか……。
横を見れば、自分と同じ格好、同じ年齢くらいの男が1人。
違うことといえば、顔であろう。
まったく傷ついていないその顔を見ることで、己の無力さを強く知らしめられた。
そして、マイク越しに勝者のコールがなされ、手を挙げられる男。
ーー涙が出た……。
白いマットの上を自分の血と汗と涙で汚し、階段を1人で降りていく。
最初に迎えたのは指導者だ。
絶え間なく罵声を浴びせ聞かされた。
なぜあそこでこうしなかった。
もっとうまくいかなかったのか。
指導者はひとしきり言い終えると、捨て台詞を吐いて立ち去っていった。
ーーうるせぇよ。
次は両親だった。
母親はハンカチで俺の顔の血を拭うと、こんなこともう辞めてくれと乞うてきた。
父親は目の前で大きくため息をついて、母親と同じ事を言ってくる。
ーー別にあんたらに関係あるか?
どいつもこいつもそうだ。
上手くいけば寄ってきて、思い通りにならなかったら去っていく。お前らそんなことしか出来ないから駄目なんだよ。
ーー俺は俺のやりたいようにしたいだけなのに。
俺の夢はそこで途切れた。
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「…………ん」
まどろみの中、嫌な夢を見ていたなと自覚する。
気分が良くない。
こんな時は、暖かいココアでも飲んで落ち着くとしよう。
ベッドから抜け出しキッチンに行く。
ココアはすぐに出来上がり、真っ白なソファーに座り、静かに啜った。
体が暖まる。
ココアは本当にうまい。
熱い息を吐き、家の中を見渡す。
両親は共働きなので家には俺しかいない。
静かでがらんとした雰囲気。
兄弟も友達もいない俺。
興味を示すものが無く、ただひたすら時間が過ぎていくだけだった。
けど、
「…………外出るか」
昔を思い出すのをやめ、玄関に行き母親が新しく買ってきた靴を履く。
外は雲で日差しが閉ざされ薄暗い。
冷たく凍てついた風が俺の頬を叩いた。
俺は一旦部屋に戻りマフラーを身につけると、なんとか歩き出した。
行き先など決めていないが、とりあえず動きたかった。
ずっとあの閉鎖された空間に居たくない。
久しぶりに外の空気を味わいたい。
「あれ………?」
長いこと引きこもり生活だったから土地勘が狂ったか。
どこかのトンネルの入り口まで来てしまったようだ。
「…………………」
なんとなく、行かなければ行けない。
そんな気がした。
俺はそう思い、トンネルの中に入っていった。
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「どこだ………ここ?」
着いた先は、街の中だった。
たくさんの人々が行き交い、喧噪が鳴り止まない。
日本人……ではなく、外国人?
黒目黒髪が特徴的な日本人とは違い、皆特有の特徴を持っている。
金、緑、青などさまざまな髪の色。
肌も真っ白なものから焦げ茶色のものまで。
まず間違いなく日本人じゃない。
そして、この場所。
とにかく広い。
大通りだろうか。
数え切れないほど店が建ち並ぶ。
見たこともない形や色の果物を売っている店や、液晶瓶に入った赤い飲み物を売っている店が見えた。
あれは………武器屋か?
鎧の甲冑を店の前に飾り、武器や防具が置いてある店がある。
大丈夫だろうか。
銃刀法違反を知らないのか、警察に見つかれば確実に御用である。
それらを見て悟った。
「そうか。ここはーー異世界、か」
現代日本ならアウトな店も、異世界ならセーフだからな。
それなら納得がいく。
「………納得したら駄目だろ」
冷汗を流して後ろを振り返る。
しかし、そこにあったはずのトンネルなど無く、ただ反対側の大通りが続いているだけだった。
なるほど、つまり帰れなくなったパターンか。
主人公が異世界にトリップして、地球に戻ろうと奮闘し、帰還する。
もしくは、娯楽に満ちた異世界で嬉し楽しい異世界ライフを楽しむか。
俺は断然、後者を選ぶ。
帰るなんてまっぴらゴメンだ。
俺は自分のやりたいようにするだけだ。
「ーー!そうだよ、ここなら!」
思い通りに出来る!
誰にも指図を受けずに生きられる!
それは訪れるはずの運命だったのか、はたまた偶然の産物だったのか。
ーー俺はこの世界で生きていくと決めた。