06 - 先攻、ゴリラ令嬢
恋愛をしている!
している筈だ!!
しているよね!?
+
王立学園での食事は、基本、先生や生徒を問わず、学校内に作られている食堂で食べる事になっている。
とはいえ、貴族様から一般庶民の特待生までが一緒の食事という訳にはいかない。
別に差別では無い、区別だ。
金持ち側は値段は問わないから良いモンを食べたいと言うし、貧乏側は味はともかく量と値段が手頃なモノを要求するし、と。
なので、自分の懐具合その他に応じて3つの食堂を選ぶのだ。
まともな格好とマナーが駄目だと馬鹿にされる日替わりコース料理限定の高級食堂、メニューは少ないけど味と量と値段のバランスが良い一般食堂、そして手軽に食事をしたい人向けの屋台となっている。
一番人気はバランスの良い一般食堂だが、ほぼ同じレベルで人気なのが、実は屋台なのだ。
学園の庭でピクニック感覚で食べるもよし、弁当っぽく教室などに持ち込んで食べるもよし、何より安いというのが人気の理由だ。
かく言う俺も、主に屋台飯だ。
美味いし気楽なのが良い。
竹っぽいので編まれた籠に紙を敷いて皿代わりにし、そこに好きな屋台から料理を買って入れてもらうのだ。
食事後は返却する。
籠はそのまま再利用、紙は洗って再生紙との事。
エコである。
後、衛生的だ。
このトールデェ王国、中世+剣と魔法な世界と侮れない。
何たって、魔法で冷蔵庫っぽい道具まで発明しているのだから。
安い奴は冷却の魔法が、高額な奴には時間停止の魔法が掛けられているのだから、ある意味で前世の平成日本より凄いかもしれない。
これだからトールデェ王国の食事事情はバラエティーに溢れ、元日本人としては実に素敵だ。
中世ヨーロッパとかの様に、冬場の肉は塩気の聞きすぎたハムやソーセージだけというのは実に味気ないから。
ハムもソーセージも大好きだけどね。
尚、俺が滅多に行かない高級食堂は教師と金持ちが固定客という所だ。
あ、そう言えば前生徒会さん達は、生徒会権限とか言って窓際で日当たりの良い一等席を占拠してたっけ。
そう言えば、何故か非生徒会員の俺まで電波娘が誘って来てたな。
鼻で笑って拒否したが。
何が悲しくて自分で食べるものも選べない、しかもハイカロリーを昼から食わねばならぬのか、だ。
しかも同席は馬鹿阿保電波、才能やら女にモテるのを鼻に掛けた連中と飯を喰う気になる筈も無い。
というか、連中の話題は才能自慢と家柄自慢が中心で、後は他人を馬鹿にする事ばかり。
学生らしい哲学他の学業に関する事は殆ど無い。
その意味で追放されて当然だったのかもしれない。
ここは学校、勉強の場所なのだから。
今日は穏やかな日差しなんで、外で飯をシェンと連れ立って屋台に向かう。
炭火と脂の焼ける香ばしい匂いが実に素敵だ。
食欲を掻き立てるという意味では、実に反則的ですらある。
或いは、販促。
「毎度思うが、この匂いには勝てないな」
シェンが笑う。
全く同意だ。
「しかし、何を喰うかい?」
「取りあえず肉だな、肉」
「芋肉豆、それに肉」
「肉肉肉で肉じゃ駄目なのか?」
「野菜は健康に良いんだぞ?」
「そうか?」
シェンが嫌そうに顔を顰めた。
本当に本当だよ。
証明するものは無いけど。
そもそも、栄養学とか余り発展してないトールデェ王国は、偏食に対しても割と寛大だ。
何かあれば魔法で癒せば良いというのが発想の根元にあるらしい。
実際、魔法の治癒というのは万能と言っても間違いのない話だ。
とはいえ、栄養バランスは大事なのだと、肉も良いけど野菜も食べないと駄目だと、元日本人としての魂が囁くのだ。
そもそも、肉ばかりじゃ飽きる。
口のリフレッシュに野菜はとっても大事だ、と。
その囁きに乗って屋台を見れば、盛大に匂いと煙を噴き上げて豚のばら肉っぽいのを炭火で焼いている店が見えた。
アレだ。
だが、ただ焼く店とは違って工夫があった。
割と大きく切られたばら肉の塊に、豆を煮込んだ甘辛ソース掛け。美味しそうだ。
だけどそれだけでは量が足りないので、ジャガイモの様な芋を蒸かしてバターを乗っけた奴を挟んだ薄焼きパンを追加しよう。
これに、後は焼いたソーセージだ。
辛子を付けて喰うと実に美味い。
肉が多めな気もするけど、野菜も食べるから大丈夫。
「ウィルビア」
屋台に並ぼうとしたら名前を呼ばれた。
クリスティアナ嬢だ。
コッチに居るなんて、珍しい。
「ああ、クリスティアナ嬢、お昼?」
「はい。偶には屋台も、と思いまして」
「これだけ良い天気だと外は気持ちが良いですよね」
物怖じしないシェンが笑顔で絡んでいく。
ゴマすりという訳じゃない。
大身のクリスティアナ嬢との誼って奴は、独立貿易商人を目指す奴にとって強い武器となるからからだ。
そこら辺、実に抜け目がない。
「ええ。全くですわ」
笑ってるクリスティアナ。
うん、良い笑顔だ。
馬鹿が居なくなって、心なしか笑顔が多くなった気がする。
良い事だ。
「所で、お二人は__ 」
「ウィルビア様!」
良く通る声で名前が呼ばれた。
張りのある声、この響きだけで誰かが判る。
我が幼馴染殿、アーネットだ。
様なんて珍しく付けているが俺とアイツは貴様俺、そう畏まった仲じゃない。
きっと、遠くから声を上げたので、付けたのだろう。
割と自由な王立大学院だが、儀礼に五月蠅い奴も居るから。
見回す。
居た。
長身細身の体で颯爽と歩いてくる。
「アーネット! 帰って来たのか」
確か、先秋の頃に大口の仕事があるからと、遠くまで行くと言っていたが元気そうだ。
強い奴だ。
顔が強いとは言わない。
ソバカスも含めて、本人も少し気にしているから。
そこら辺、メンタル面は可愛い奴だ。
「ええ先週に。色々あったけど、今日から学業に復帰出来たわ。あらシェンもお久しぶり」
「やあアーネットさん。お元気そうで」
「元気は商人の基本だもの」
アーネットとシェンは仲がいい。
同じ商人志望って事で、商売な話で盛り上がったりしているのだ。
チョッとだけ微妙な気分になるけど、余り考えないようにする。
「あ__ 」
と、アーネットがクリスティアナ嬢に気付いた。
小さいから俺に隠れて見えなかったんだろう。
マジマジト見てから俺を見た。
幼馴染の特権で、その顔で何を言おうとしているのか判る。
だから問われる前に紹介する。
「アーネット、此方はクリスティアナ・フォルゴン、フォルゴン公爵家のお嬢さんだ」
そう言えばこの2人、初顔合わせか。
アーネットは家業の絡みで学校は休みがちで、クリスティアナが鍛錬場に良く来る様になった頃には、それこそノルヴィリスまで旅立った後だったし。
「……初めまして、クリスティアナ様。私、レヴィンスク子爵家の娘、アーネットと申します」
「初めまして、アーネット様。クリスティアナ・フォルゴンです」
クリスティアナ嬢は言うに及ばず、アーネットも見事な淑女の礼をした。
何かハイソな雰囲気だ。
公爵家と子爵家の令嬢同士だから当然だけど、何だろう、何かがこう、ね。
見つめ合う2人の雰囲気は、何か、そう、何だろう。
シェンを見ると、笑ってた。
イイ笑顔で俺を見てた。
「何だよ」
「いや、両手に華だなっと思ってな」
確かに、2人とも華のある美少女だけど、何だ、シェンめ、妙に含んでやがる。
可愛い女性と知り合いだって焼いてって、無いか。
知り合いと仲が良いのはシェンもの筈だ。
「お前は何を言っている?」
「さてね。他人の事は良く見えるって事さ」
同時に、自分の事は見えにくいとも続けた。
意味が分らない。
「お前、本当に色ko―― 」
「所でウィルビア、今から食事なの?」
「ああ、その予定だけど?」
「ああ、良かった。なら、今から少しだけ時間を貰えないかしら?」
「ん、今からか? 別に良いけど食事の後、今日の終業後じゃ駄目なのか?」
「昼からはまた少し抜けないといけないから……」
少し困ったように、出来れば今でと言うアーネット。
顔立ちから気が強いと言われ、実際に強いけど、他人に無理強いだけはしない奴だった。
学生と頭取代行の二束わらじは大変だって事だろう。
「あ」
シェンを見る、笑ってる。
人の悪い笑い方をしてやがる。
後で、鍛錬の時に〆よう。
クリスティアナ嬢は、少し困ったように笑ってる。
あ、そう言えば何か話しかけて来てた。
「あー」
と、俺の視線に気づいたのか、アーネットがクリスティアナ嬢に話しかけた。
「クリスティアナ様、久しぶりなので少し2人で話をしたいのですが宜しいでしょうか?」
「……そうでしたか。ええ。私は毎日の様に話をしていますし、ね__ 」
「私も子供の頃は毎日でした。お互いの家に泊まったりもしておりましたし」
「……あら…仲が、宜しかったのですね」
「はい。ウィルと、愛称で呼んでおりましたし」
「…………あらあら……あら」
「ふふふふっ」
「くすくすっ」
笑って会話しているけど、何だろう。
何だか、微妙な緊張感を感じる。
何かこの2人、馬が合わないのだろうか。
仲良くやって欲しいものなんだけど。
クリスティアナ嬢達と分れて向かった先は高級食堂だ。
個室を予約しておいたと言う。
高級食堂の女給さん、下手な家のメイドさんよりも仕草の綺麗な人に案内されて、割と重厚というか上品な装飾のされた通路を歩く。
ここは教職員でも上級の管理職な人が、それも接待用に使うような場所だ。
或は、伯爵家の中でも五大かそれに準じた家から上の王侯貴族の子弟にマナーレッスンなどで使用する場所だのだ。
スタッフに隙が無いのも当然だ。
思わず背筋が伸びる ―― 躾けられた礼義が出る場所だ。
肩が凝りそうだ。
「何だ、高いだろうに」
そんな訳で、並の生徒じゃ借りるなんて頭にも浮かばないし、伯爵家子息の俺だって値段を見る無理じゃないけど躊躇する様な値段だ。
それは、あの気取り屋の見栄っ張りとその取り巻きが常用しなかった辺りでお察し下さいのなのだ。
「私、稼ぎは良いのよ?」
歩きながらも胸を張るアーネット。
揺れる筈なのに揺れない理由は、小ぶりだからではなくて筋肉だからなんだろう。
多分。
「はいはい、頭取代行殿」
「それに実は接待なのよ? ウチからゼキム伯爵家のウィルビア様を、ね」
「おいおい。職権乱用って知っているか?」
「知ってるわよ。自分の目的と公の目的を一緒に出来ない奴の泣き言の事でしょ?」
お澄ましお嬢様。
そう言えば、昔っからこのお転婆娘に口で勝てた事が無かったな。
俺、人生経験だと倍以上の筈だけど、脳みその不出来さは経験で補えないみたいだ。
実に残念。
「どうぞ此方へ」
俺たちの馬鹿話を気にすることなく、部屋へと案内してくれた女給さん。
音も無く扉を開けて、頭を下げた。
食事は見事なものだった。
コース料理とは言っても、フランス料理みたいな面倒くさい感じは無いのが良い所。
そして内容も肉魚野菜肉位のバランスで実に美味しい。
ただ、午後に授業を受ける事を考えると、少し多すぎる様にも思える。
取りあえず、食後直ぐには動きたくない位には。
そんな量の食事を残さず食べたアーネット。
パンはお代わりもしている。
良く喰う。
その割に太く(一部は、残念ながらも豊かでない)無いのは、その分動いているからだろう。
後、体格。
筋肉と言うエンジンが大きい ―― 女性としては長身で、筋骨のしっかりした体格をしているから、太る事がないのだろう。
談笑しながら食事をし、〆は黒茶だ。
日本が緑茶、英国が紅茶なのと一緒で、トールデェ王国で飲み物の嗜好品と言えば黒茶が定番だ。
個人的にはコーヒーも好きだけど、残念ながら見た事が無い。
黒茶も美味しくはあるけども、時々、口が寂しくなる。
「美味しかった」
良い笑顔だ。
余所行き用じゃない、穏やかな顔をする。
可愛いものだ。
「故郷の料理は格別か?」
「そうね、それもだけど船旅の食事って基本、保存食だから……」
「あぁ」
納得する。
冷蔵庫の様な魔道具はトールデェ王国では大分普及しているけど、船用はそうでもないのだ。
特に、航海期間が一ヶ月を超える様な長距離の船は。
長距離を行く船は、船体が大きくなる。
大きな船体には多くの船乗りが必要になる。
多くの船乗りを載せて長期間の航海だと、その旅程全ての食事用食材を積み込める数を準備しようとすると、洒落にならない金額が掛かるのだ。
アーネットのレヴィンスク商会で船を建造した時に、興味本位で建造コストを聞いた所、呆れると言うよりも唖然としたのを覚えている。
最悪、冷蔵庫な魔道具の整備費用だけで大型の帆船が1隻建造出来そうな額になっていたからだ。
船自体の高速化と省力化を進めない限り、快適な船旅ってのは無理っぽい。
黒茶と共に食後の口直しを配り終えた女給さん達が下がった。
割と豪華な部屋に2人っきりになる。
あ、部屋付きの給仕さんが居るけど、この人達は居ないのと一緒だ。
少なくとも、俺の受けた貴族としての教育では。
立場の違い。
命の値段の違い何て言うと大仰だけど、人それぞれの分を弁えると表現するべきかもしれない。
元日本人としての感覚としては違和感もあるが、これがこの世界の流儀とあれば受け入れざる得ない。
俺は、世界に我で喧嘩を売れる程に強くは無いし、そもそも“日本人”という奴は先天的な機会主義者 ―― 長い物には巻かれろと言うし、という事である。
という訳で、概念的な意味ではやっぱり2人きりである。
とはいえ今更に俺とアーネット、幼馴染の間柄では色っぽい事になる訳も無いのだ。
なので、実務的にやってみる。
「しかし、どうしたんだ? 態々にこんな場所を取って」
「―― 美味しい食事を食べたかったというのが1つの。そして、あー、その、ね___ 」
口ごもった。
俯いた。
珍しいものを見た。
即断即決速攻型のアーネットにしては珍しくも、乙女っぽい。
いやアーネットが強くともうら若く愛らしい乙女である事は否定しないけども。
「うん、お土産、お土産なの。少し、特別な」
手を挙げて給仕さんに合図した。
恭しく出された小さな。だが装飾の施された木の箱。
「開けても?」
「気に入って貰えると嬉しい、かな」
箱の中には白みを帯びた皮革の、魔法陣が描かれている布っぽいものに包まれた小さなナイフがあった。
刃渡りは10㎝か15㎝といった所か。
細身の刃先は暗褐色で、柄も同じ色で、デザインは工業とは違う、何処か生々しさにも似た不格好さがある。
手に取ってみる。
軽い。
それに、模様が柄や刃に走っているが、これはもしかして年輪か。
「木で出来た……ペーパーナイフ?」
にしては、何というか、力を感じるが。
「残念、もっと凄いものよ」
見れば、自慢げな顔をしている。
確かにお大尽のお土産にしては、と言えるかもしれない。
「なら……うん、魔力が感じられるから魔道具か?」
「正解。だけど只の魔道具じゃないわ。神話の時代から生きるというビプム王国の神木、皇の樹の双子の枝より削りだされた神具、生きる木刃よ。その名の通り生きていて、使い魔でもあるの」
思わず口笛を吹きたくなった。
ピブム王国と言えば、大陸西方端にあるエルフの王国じゃないの。
そこの神木とか使ってバチは当たらないのかと心配してしまう。
それに、確か使い魔とは、魔法で生み出された知性、或は生物の総称だったか。
主の魔法行使を助けたりしてくれる存在でもあった筈。
余り専門で学んでないから詳しくは判らないけど、取りあえず凄いモノであるのは確かだ。
胸を張ってるアーネット。
確かに凄い逸品だ。
お土産で貰って良いのかと悩むレベルで。
「とんでもない代物だな、高かっただろうに」
「本物ならね」
「おいおい」
「由来なんてそんなものよ。だけど、その生きる木刃の力は本物よ」
「良く分るな」
「判るわよ。だって私も試したから」
「なら、これはアーネットが持つべきだろ? 国の内外を問わずに飛び回っているんだ。身を護る道具は多ければ多いほどに良い」
「アリガト。だけど大丈夫よ、この生きる木刃の素材で言ったでしょ、双子の枝って。もう1本は私が持っているのよ」
そう言って上着の中から抜き出してた、俺の持つものよりも少しだけ小振りな生きる木刃。
脇鞘に入れていたようだ。
渡され、手に持てば少しだけ温かい。
使い魔の契約をしているからか、それともアーネットの体温か。
とも角、無防備過ぎる。
幾ら幼馴染とはいえ俺は男なんだ。
年も重ねて10代後半、思春期真っ盛りな男なんだが、時々忘れられている気がする。
身体は大きくなったが、コイツが色恋に目覚めるのはもう少し先なんだろうな。
「私のは生きる木刃陽の雌刃、そしてウィルビアのは陰の雄刃」
契約者に知の力を与えるのが陽の雌刃であり、命の力を与えるのが陰の雄刃だと言う。
更には、木の属を基として陽の雌刃は水と火の魔法を、対して陰の雄刃は風と土の魔法を、それぞれ操る力を契約者に与えるという。
何という破格の魔道具。
というか対刃なんで、お揃いなんて言う単語が浮かんできたが、アーネットが恥ずかしくなるかもしれないから、言わない。
そもそも、コレ、絶対に高い。
規格外な値段に決まっている。
「こんな凄いもの、貰って良いのか?」
出来れば辞退したいと思うのは、俺の性根に小市民的に日本人の性がこびりついているからだろうか。
「貰って欲しいな、だってこの程度じゃ返せないものをウィルビアからは貰っているから」
「判った。有難く貰うよ」
凄く綺麗な笑みと共に言われたら、断れる奴は男じゃない。
「それに、……を貰うつもりだし___ 」