表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/13

余話 - 02 アーネット・レヴィンスクという少女が舞台に上がる小話

 色々とありましたけど、開き直る事にしました。

 恋愛タグ、少し、復活!

 問題はヒロイン()ぇ__

+

 トールデェ王国は庶民は勿論、貴族も実戦的(シュート)であるが、社交が存在しない訳では無い。

 特に春先。

 各々の所領に居る諸侯も王宮に参集し、親睦を深め情報を交換したりするのだ。

 主に戦の為、有事に貴族諸侯軍を率いる貴族の当主 ―― 指揮官同士の意思疎通の為という辺り、トールデェ王国は徹頭徹尾、軍事国家という証拠であろうか。

 兎も角、戦場で連携を取る為に平時からの交流が必要不可欠なのだ。


 とはいえ、近年の社交界はそこまで殺伐としたものにはなっていない。

 ゲルハルド記念大学が成立してははや30年近く経ち、王立(国)軍や貴族諸侯軍の指揮官の大半以上が卒業生となっている現在、意思疎通が問題化する事は少ない。

 又、そもそもリード高原をトールデェ王国が掌握して以降は<黒>の大規模な侵攻も発生しておらず、王家と諸侯が揃って合力するという事態が発生していない事も理由になるだろう。


 その他、政情の安定も大きな理由だろう。

 王家を絶対の頂点としながらも三頂五大による合議を柔軟に受け入れる女王エレオノーラの統治システムは、極めて安定しているのだ。

 無論、派閥間での政争(ゲーム)は常に行われているが、それも政治体制へ影響の出ない範囲に治まっていた。

 少なくとも現在は。


 それ故に昨今の社交は歓談と娯楽(ゴシップ)の場、となっていた。






 その日の夜会は、フォルゴン公爵家の派閥に属する某伯爵家が主催した夕食会を兼ねた歓談会(サロン)であった。

 着飾った貴族達は、軽い飲み物などと共に社交歓談し、知的会話や、或は猥雑な噂話に興じている。


 参加者は貴族の当主やその配偶者が殆どであり、それ故にそれなりの年齢の人間が多かった。

 そんな中にうら若き女性、否、少女がただ1人、混じっていた。


 スッキリとした線の細い長身を、豪奢や可愛らしさより清潔感を感じさせる黄色いイブニングドレスで着飾っている姿には、年相応とは言い難い落ち着きがある。

 否、格好だけではない。

 顔立ちも、赤髪蒼眼で整ってはいるが可愛いと言うよりも鋭利、才気が先立っている。

 或は、気の強さ。

 有体に言えば、見る者に美女美少女と感じさせるよりも、キツそうだと思わせる少女であった。

 名はアーネット・レヴィンスク。

 レヴィンスク子爵家の長女である。


 アーネットは、年を重ねた参加者たちの間を泳ぐ様に動き、会話し、或は聞き耳を立てていた。

 手慣れた仕草。

 会話。

 壮年以上の人間が殆どを占めるこの夜会で浮かない(・・・・)理由は、アーネットの立場にあった。

 レヴィンスク子爵の長女であり、トールデェ王立大学院の学生であり、レヴィンスク商会の頭取代行(・・・・)

 若干16歳にして王国有数のレヴィンスク商会を束ねる才媛であったのだ。

 無論、若さ故に、若い女性故に可愛がられたという面も少ない訳では無かったが、だが、それ以上に実力実績をもって、夜会の参加者たちから子供(リトル・レディ)ではなく淑女(ヤング・レディ)であると認められていたのだ。



 老境の男性達と談笑をしているアーネット。

 その鋭利な顔立ちからは想像し辛い、柔らかな笑い方をしている。

 爺殺しの笑み(猫被り)だ。

 そして、話題も物騒であった。

 武器や兵、或はリード高原やら接触領の戦況が主題なのだから。



「接触領の被害は看過出来ぬ__ 」



「大規模な〈黒〉の侵入が減ったとはいえ、王国東部ではまだまだ、数百の隊規模であれば珍しくもないからな__ 」



「そう言えばブラン卿の領土にも出たとか?」



「おぉ、久方ぶりに我が<突風(パルイーフ)>連隊を率いて討伐したわ。隊規模であったので物足りなかったがな」



「それはそれは。勇名をはせるブラン卿の連隊であれば群を相手にしても容易でしょうから、それが隊となれば__ 」



「ハハハハハハッ!」



 武器、名誉、武勇、それらを誇る男性的(マッチョイムズ)な会話。

 それを楽し気に聞いてみるのがアーネットの処世術であった。

 若い、それも女の出しゃばりは嫌われるという事を知悉するが故の態度だ。

 だがそれ以上に、聞く事は情報を得る事であり、それは商売の武器になるというのがアーネットの考えであった。

 笑顔1つ、金も掛けずに情報を得られるのであれば安いものだ、と。



「そう言えば最近の魔道具用上級蒼鉄(ブルー・メタル)値上がりが酷過ぎるとは思わんかね?」



「ですなぁ」



「そう言えば下級のものですら、4~5年前の倍以上に値上がりをしておるな」



「品不足が原因とは言うな」



「それはヴァルカールの商会でか?」



「如何にも。商伯(ヴァルカール伯爵家)が紹介で会った交易商会だったが、相場の3倍出さねば所要量は揃えられぬと言っておったわ」



 一般に蒼鉄(ブルーメタル)とは魔道具、魔力を持った武器や道具を作る際に利用される鉄だ。

 本来、武器や道具などに魔法を帯びさせるには真銀(ミスリル)が最適であるのだが、余りにも高価である為、その半値以下である蒼鉄(ブルーメタル)が一般的に利用されているのだ。

 とは言え、安いと言っても金の倍以上の値段ではあった。

 中でも上級のモノは、複数の魔法を帯びさせる事が出来、命を掛ける武器や防具に用いられる為に高額 ―― 値段が高騰する前ですら、一本の魔法剣を作り出すためにgr金貨50枚(約500万円)が必要であったのだ。

 それが今では倍、さらに老伯爵は3倍の値段(3000万円)となっているのだ。

 老伯爵がキレるのも当然であった。


 これ程に蒼鉄(ブルーメタル)が高騰している理由は、需要逼迫が主原因であるが、それは、元をただせば、蒼鉄(ブルーメタル)の原料となる蒼鉱石はトールデェ王国では産出しておらず、全量を輸入に頼っているのが原因であった。

 要するに、交易商会の言い値で買わざる得ないのが現状なのだ。


 憤懣を滲ませて言う老伯爵に、アーネットは見えぬ様に笑う。

 笑った。

 それは獲物を見つけた狩人の笑みだった。

 だがそれも一瞬。

 笑みを完全にかみ殺し、老伯爵の気持ちに寄り添うように悲しみの表情を浮かべる。


 獲物を前に舌なめずりをするのは2流とアーネットは理解していた。

 聞き耳を立て、相槌を打ち、そして用心深く静かに機を待って商売を行うのだ。



「それは大変でしたわね。同じように商いをするものとしてお詫び申し上げますわ」



「なに、アーネット嬢が頭を下げる問題ではない。態度が悪いのはあの個人よ、商いの者たちは国の為に良く頑張っておる」



「そう言って頂けると幸いですわ。しかしブラン卿は、蒼鉄(ブルーメタル)で何か作られるお積りで?」



「おお、初孫が生まれてな! それで護身剣(ロングソード)の一振りでもと思っておったのだ」



「まぁ! それはおめでとうございます。初孫となれば可愛さもひとしおなのでしょうね」



「アーネット嬢、余りブラン卿をおだててやらんでくれ、最近は孫自慢が多くてな」



「さよう。昔、私の初孫の際に、喋りたいのであれば井戸にでも向へと言っておったのが嘘のようにな」



「すまぬすまぬ」



 和やかな雰囲気。

 だからこそ、アーネットはそっと聞く。



「であれば、まだ蒼鉄(ブルーメタル)は御入用なのですか?」



「であるが、中々に難しくてな」



 必要量が多すぎて、と言う。

 この老伯爵、ヤーコブレナ・ブラン伯爵は孫の為に奮発して総蒼鉄で作ろうとしているのだから、如何に伯爵家とは言っても簡単に出せる額で無くなるのは必然であった。

 概算、素材代だけでgr金貨で1200枚(1億2千万円)を突破し、これに複数の魔法を掛けようというのだ。

 甘く見積もってもgr金貨2000枚(2億)は下らぬ ―― アーネットは湧き出る呆れる気持ちを隠すように、眉を顰めた。



「お困りですわね」



 だが、正にそれこそが商機でもあった。



「宜しければ、我が商会ででも探してみましょうか? 最近では鉱物も扱っておりますから、もしかしたら以前(・・)に仕入れた分があるかもしれませんから」



 かもしれない ―― 嘘である。

 レヴィンスク商会の倉庫には、値上がりが始まった頃から売り渋って蓄えている蒼鉄(ブルーメタル)が眠っているのだから。

 とはいえ、それを正面から口に出しては足元を見られる。

 弱く引いてみせて、相手に食いつかせるのだ。

 モノを売る為に、そして恩を売る為に1クッションを置くのが、アーネットのやり方であった。


 外見の強さとは反比例する弱さ、そのギャップが年上に好かれる事(爺殺し)に繋がるのだ。



「おお、アーネット嬢の所であれば安心だ! 是非、頼むよ」




 満面の笑みを浮かべる老伯爵。

 売るモノは満足。

 得るモノは金と信頼。

 積み重なった金と信頼は、商売を大きくする。

 ここ数年のレヴィンスク商会の躍進は、こんな頭取代行の持つ(社交性)が大きかった。


 しばしの歓談後は、女性陣のもとへも向かう。

 八方美人と言うなかれ。

 男性の側ばかりでは媚売り娘(ビッチ)などと噂されるからである。

 そもそもアーネットという少女は噂話など相手にしない類の人間であるのだが、商売をする上では味方が多い事も大事だが、敵が少ない事はもっと大事なのだから。




「あらアーネットちゃん、お久しぶり」



「若い子が見えなくて、寂しかったわよ!」



「お元気してたかしら?」



 馴染み(お得意様)の女性陣に囲まれて、アーネットは笑みと共に挨拶をする。



「有難うございます、少し遠い場所へ行っておりましたので。お久しぶりです御姉様方(超オブラート表現)



 年上を()と呼ぶのは間違ってない。

 間違ってないが多用はされない表現を、柔らかな笑顔で行使するアーネット。

 笑顔。

 感情激情の類を腹の奥底に押し込んで笑っている。

 顔立ちの強さや気性は変えられずとも、表情 ―― 愛嬌(ネコ)で補っているのだ。


 商売()の為なら我慢なんてなんのその。

 伊達や酔狂で商会の頭取代行など勤められないというものである。



「まぁまぁ、大変ね」



「まだ若いのに、アーネットちゃんは」



「そう言えば、何処まで行ったのかしら?」



「ノルヴィリスまで、少々」



 ノルヴィリスの名に、ご婦人方が盛り上がる。

 何故なら、それは物流的な意味で<白>の中心だからだ。


 <白>の領域は流通している公式(国際)通貨や地理などから3つに大別させられる。

 トールデェ王国が在り<黒>と接触する東方域(グラム)

 メッドニアン海を中心とした海洋経済圏である海洋域(ダイン)

 そして<白>の本領、その始まりの地を含む本域(スラグ)


 ノルヴィリスは、それら3域との交流の要衝であるが故に流行の最先端知れる場所、最先端そのものの都なのだ。

 いわば華の都ラ・ヴィル・リュミエール、それがノルヴィリスなのだ。



「まぁ!」



 興奮するご婦人方。

 流行りに弱い女性心理を突く事でアーネットは、夜会のご婦人方の歓心を買っているのだ。


 適度に情報を流しつつ、同時に、情報(ゴシップ)を得る。

 噂話(ゴシップ)を、だ。

 男性を介さない女性の間だけで流れている噂話という奴は、馬鹿に出来ない情報源になるというのがアーネットの考え方であった。

 曰く、火のない所に煙は立たぬ ―― と。



「最近はヴァルバスカール商会の出す小物のセンスが宜しくて__ 」



「あらあらまぁまぁどうしましょ?」



 笑顔を浮かべながら一言一句の(貴重な情報)も聞き逃すまいとするアーネット。

 幾ばくか話が転がった辺りで、1人の女性が口を開いた。



「そう言えば__ 」



 そう口を開いたのは、事情通でしられた某男爵夫人。

 楽しそうに、だが小さな声でアーネットの母校、王立学院での醜聞を続けた。

 それはアーネットが不在であった時に開かれた舞踏会(プロム)の話題だった。



あの(・・)チャールズ殿が__ 」



 チャールズの名に、笑顔を崩さないまでも、手で隠した口元がアーネットの気分を表すように微妙な角度へ曲がった。

 知る必要も無いかも、というか、積極的に知る気になれないな、と。


 仕事(頭取代行)の事もあり、学園を休みがちなアーネットにとって、チャールズは気取り屋で自惚れ屋の生徒会長(ガキ)でしかなかった。

 否、面倒くさい相手(クソガキ)であった。

 生徒会長という立場からか、余り公言もしていないアーネットが頭取代行 ―― レヴィンスク商会のお金をある程度自由に動かせる立場に居る事を知り、自分(チャールズ)へと投資させようとするのだ。

 何時かはフォルゴン家は俺が仕切ってみせる。だから俺に掛けろ、と口説いて(・・・・)くるのだ。


 その都度アーネットは慇懃に曖昧に謝絶しつつ、内心で鼻で笑っていた。

 馬鹿に投資する奴が居るか、と。


 アーネットから見てチャールズは、そこそこ有能であっても腐った投資先だった。

 伯爵家の人間と言う肩書があるとはいえ大過無く生徒会長を勤められるのは無能では無い証拠だが、同時に、生徒会長として大きな成果は1つとして挙げれてない。

 そもそも、周囲の人間を腰巾着(イエスマン)で揃える為に生徒会の運営で生徒から肯定的にみられる事は少ないのだ。

 学園の生徒会1つ仕切れない奴が、三頂五大の一角を仕切れる筈も無いのだ。


 更に言えば、能力もだが男としてどうだろうかという所がある。

 婚約者(クリスティアナ)が居て他の女(ラッヒェル)にうつつを抜かすのは、一夫多妻を認めるトールデェ王国では男の甲斐性だから、否定する気は無い。

 する気は無いが、そもそも一夫多妻は全ての妻を平等に愛せてこそ許されるのだ。

 だが、アーネットの見る所、チャールズはラッヒェル程にクリスティアナを大切にしてはいなかった。

 要するに甲斐性無しなのだ。

 しかも口説くのと同時に投資を口にする辺り、アーネットの財布(レヴィンスク商会)を当にしているのだ。

 それはもう、甲斐性無しの下種(ヒモ)野郎としか言いようが無い。


 そんなチャールズの秋波に、アーネットが被った猫を追い出して、その顔立ち同様かそれ以上の気性の強さを全開にして面罵していない理由は、腐ってもチャールズが伯爵家の人間で、アーネットが子爵家の娘だからだった。

 非才無能(スカポンタン)でも、他人の悪評を作る事は出来るからだ。

 特に、名家の身内であれば。


 そんな、控えめに言っても社会的に破滅して欲しい人間が、舞踏会(プラム)で不面目をしでかした上で完膚なきまでに破滅(永蟄居)したのだ。

 最初の興味の無さから一転、内心で喝采をあげつつ食い入るように聞いていた。

 否、アーネットだけではない。

 他のご婦人方も、他人の醜聞(ゴシップ)に隠しきれない喜色を浮かべて聞いていた。



「まぁ!それはそれは!! チャールズ殿はフォルゴン公爵家に入られるには些か元気が良すぎる(・・・・・・・)方でしたからねぇ」



「ええ、全くですわ。その意味でフォルゴン家の縁者としては安心しておりますわ」



「あら、奥様ったら」



「ほほほっ」



 拍手喝采万々歳。

 体面重視で、高笑いをしたい気分を押し殺し、アーネットは手で口を隠して小さく笑った。

 だが、笑っていられたのもそこまでだった。


 愉悦を隠したその手の隙間から、耳へ(爆弾)が1つ、届いたのだから。



「 __ という話らしいわ」



「え?」



「その点で言えばゼキム家のウィルビア殿は中々の好青年だと伺っておりますから、内の人間としては安心ですわ」



「そう言えば、舞踏会(プロム)では姫を護る騎士の如きだったとか」



「あら、素敵ねぇ」



 アーネットの、笑顔が、固まった。











 夜会が終わり、帰りの馬車。

 固まった笑みを張り付けたまま、アーネットは対の席に座った父親をじっと見る。

 座った眼(三白眼)

 その眼力は、人すらも射貫けそうな勢いである。

 なまじ笑顔が崩れていない分、迫力がある。


 射貫かれている小柄な父親、レヴィンスク子爵であるリヒターは、人のよさそうな ―― 気の弱そうな顔を更に引き攣らせて、汗をダラダラと流している。

 肩を縮こませている頭取()と、腕を組んでいる頭取代行()

 貫目の差が如実に出ていた。

 夜道、車輪と蹄の音だけがする車内で、ポツリっとアーネットが口を開いた。



お父様(・・・)



 笑っている。

 笑っているアーネット。

 それは、笑顔というものの攻撃性を存分に証明する迫力があった。



「家で、お話(・・)があります」



「あ、はい……」






 冨家街区の一角。

 宮廷爵家向けの長屋(タウンハウス)とは違う一軒家、それがレヴィンスク子爵家だ。


 帰宅し夜会ドレスを脱いだアーネットは、夜会向けの厚手の化粧を落とすと、柔らく動きやすそうな室内着(チェニック)に着替えてから応接室(パーラー)に行く。



「あら」



 と、リヒターはタキシード姿のまま、ソファに座っていた。

 アーネットはその向かいに座る。



「着替えてくれば良かったのに」



「いや、まぁ、落ち着かなくてな」



「……そうですか。ではお父様、お聞きします。どうして(・・・・)ですか」



 ビクっと肩を揺らすリヒター。

 外行きの猫が居ない素のアーネットの目力は、実の父親であっても簡単に耐えられぬものであった。



「私はお願い(コマンド)しましたわよね? ウィルを、ゼキム家の次男、ウィルビア様を婿(入り婿)にしたい、と。それがどうして小娘(物理)(クリスティアナ)との縁談の噂が流れているのでしょうか」



 ウィルビアの愛称を呼ぶアーネット。

 2人は所謂幼馴染、ウィル(こまっしゃくれ)アーネ(おてんば)と呼び合うような仲だった。

 ご近所だったからという訳では無いし、派閥が一緒だからという訳でも無い。

 ただ2人の母の仲が良かった為、幼い頃に何度か避暑地で一緒のバカンスを楽しんでいたのだ。

 それはアーネットの母親が儚くなるまで続いていた。

 とはいえ、それだけが理由で婿にしたいという訳では無かった。



「婿に入れる事でゼキム家の領内にある港を使う権利を得て、あの小煩い商伯(ヴァルカール)家からの干渉を撥ねるという計画でしたわよね?」



 政略(実利)面も実に大きかったのだ。


 アーネットが頭取代行に就いてからトールデェ王国に本拠地を構える商会の中でも十指に入る規模を誇る規模にまで成長したレヴィンスク商会。

 故に、狙われた。

 所詮は子爵家の商会と侮られ、王国の商会で最大規模の商会を持つヴァルカール伯爵家が、誼を通じましょうと3男とアーネットの結婚の話を持ち込んできたのだ。

 付随として、将来的なレヴィンスク商会とヴァルカール商会の合併を。

 無論、ヴァルカール商会による吸収合併である。


 トールグレッション川の水運利権の大半を握り、国外との大口貿易を支配するるヴァルカール商会にとって、同じように海外貿易で成功しているレヴィンスク商会の存在は目障りだった。

 大口の貿易を独占するが故に得られる利益を削っていく相手だからだ。

 故に、その原動力となったアーネットを取り込もうとしてくるのだ。


 最初に持ち込まれた時は謝辞した。

 政治的な圧力を掛けようとしてきた時には、ヴァルカール伯爵家の政治的ライバルであるオルディアレス伯爵家と協力関係を作る事で無力化した。

 更に大物であるダニーノフ伯爵家(ヴァルカール伯爵家はダニーノフ伯爵家の派閥筆頭であった)を動かしてきた時には、フォルゴン公爵家の協力を取り付けたのだ(今宵の夜会に参加した理由も、半分はフォルゴン公爵家派との友好関係の為であった)。


 気弱そうなアーネットの父、リヒターは政治的な、或は交渉能力に限って言えば一角の人物であったのだ。

 だが、それでも無理なものはあった。

 水運である。

 正確には、王都の港に於ける荷揚げだ。

 水運利権の1つとして、ヴァルカール伯爵家は王都に於ける民需用の港湾設備の運用や、人員の差配に関して強大な権限を持っており、そこから、レヴィンスク商会に対する各種様々な嫌がらせをしてきているのだ。

 水運船会社の仕事拒否。

 荷揚げ組合の仕事拒否。

 港湾使用料の値上がり。

 果ては、港の船の小火(ボヤ)騒ぎなんてものまであった。


 そこでゼキム伯爵家が出て来るのだ。


 ゼキム伯爵家の領地は王都からやや西側、トール湖とトールグレッション川の河口部にほど近い場所にある。

 アーネットがウィルビアと共に遊んだ避暑地も、この湖に面したゼキム伯爵家領内の地方邸宅(カントリーハウス)だった。

 そんなゼキム伯爵家の領地は、大陸交易路に面していおり、荷揚げした荷物を簡単に陸路で王都まで運べるという優良物件なのだ。

 それが今まで開発されていなかったのは、基本的に遠浅である為、開発投資の予算が膨大であると云う事と、そもそも、王都の港を使えば良いという事が原因であった。

 ゼキム伯爵家からすれば手間が掛かる割に必要性が低かったのだ。

 だが、レヴィンスク商会からすれば話は違う。

 必要性は高く、手間の面倒さは怒りが押し飛ばすのだ。

 しかもアーネットは抜け目なく、港湾への投資に関してレヴィンスク商会だけではなく、密かにヴァルカール商会へ反感を持ってる諸商会と連絡を取り合い、反ヴァルカール商会連合というものを作って投資を募ったのだ。


 恐るべしはアーネットの商才か、その絵図面を成し上げたリヒターの交渉術か。


 とも角、大規模な投資によって大水運港へと仕立て上げようというのが、アーネットの描いた絵図面であった。

 金の力で、奢るヴァルカール商会 ―― 伯爵家の横っ面を殴り飛ばそうという算段なのだ。

 その第一歩がアーネットとウィルビアの婚約なのだが、それをリヒターは成していなかった。

 アーネットが怒髪するのも当然であった。



「それをお忘れですか。ウィルビア様がクリスティアナ様と婚約され、フォルゴン公爵家に取り込まれてしまっては、我が家の予定は狂う処ではありませんわよ」



「だ、だがアーネット。私は君を政略の駒になどしたくないのだ。大丈夫、大丈夫だ。あの土地を使わずとも、きっと道はある……」



「お父様……」



 娘の為を想う父の心に、アーネットは感動___ してはいなかった。

 ソファのひじ掛けを壊れんばかりに握りしめ、俯き、歯を噛みしめている。

 或は、感動を堪えている様にも見えるが、その実態は、堪えているものは怒り(・・)だった。


 淑女らしくないし、そもそも夜中だし弟妹や母親()に怒鳴り声を聞かせたくないとの良識がアーネットを押しとどめているが、そうでなければ怒鳴り、リヒターの襟元を掴んで揺さぶりながら怒鳴り続けていただろう。



「アーネット、君は私とカタリーナの宝物だ。だから__ 」



 自由に生きて欲しい。

 せめて恋愛だけは ―― と。

 リヒターとカタリーナは恋愛結婚であった。

 だからこそ、娘に政略結婚などと言う真似をさせたくなったのだ。



「エヴェリーナやエリザベスとも話したんだ。親が子供の未来を縛ってしまうのは良くない、と」



 そんな親心に触れて、アーネットは毒気を抜かれてしまった。

 大きくため息をつく。

 顔を上げて笑う。



「お父様、有難うございます、お父様とお母様達のお気持ち、大変嬉しいです」



「大丈夫だ。代わりの港は見つける。私達を信じてくれ」



 善良な父。

 愛深い父。

 だが、1つだけ問題があった。



「ですが、その前に1つ ―― ねぇお父様、私はっ! 嫁ぐならばっ! ウィルビア様がっ! 良いとっ! 申し上げてた筈ですがぁっ!」



 腕を組んで立ち上がりテーブルに足を載せて睨みながら、1小節毎に力を込めて言い放つ。

 大激怒。


 幼い頃の思い出。

 小さな頃からませてたアーネットを受け入れてくれたウィルビア。

 更に、政略的な理由からも掴める、夫として確保するべきだと知った喜び。


 基本、それを表に出さない(ツンデレ)が為、リヒターも回りも気づかなかったのだ。

 だが今は違う。

 顔を真っ赤にして吠えた姿に、リヒターもアーネットの本意をしっかりと理解した。



「え、あれ?」



 理解したから、混乱もするけれども。

 そんな父親に畳みかける娘。



「宜しいですね、お父様? ウィルビア様との、ゼキム家とのお話!」



「あ、はい」






 役者が出そろう。







アーネット・レヴィンスク

挿絵(By みてみん)


 爺殺し(営業スマイル)の笑み。


 ウィルビアルートに於けるライバルポジ。

 あだ名は、パワフルな行動力からゴリラ令嬢(クリスティアナは踏み台令嬢)

 ウィルビアルートに入って少ししたら、政略で婚約者ですと登場する。

 ウィルビアを縛ろうとしてヒロインと衝突し、その時のヒロインの健気さにウィルビアは恋に落ちる__

 この為、ヒロイン()はアーネットの未登場に違和感を感じていなかった。




挿絵(By みてみん)


 猫が行方不明になりました__

  (※本人には睨むつもりは御座いません)


 なぉ、ウィルビアルートでアーネットにザマァすると、レヴィンスク家は潰れてヴィスカール家3男の奴隷愛人の身に落ちる事になる。



 割と正統派ツンデレ(素直になれない)娘。

 なので外見は某2号機の人がイメージになります。

 山下いくとさんの描く17歳頃の奴をイメージすると、実にベネェェェ!!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ