余話 - 01 クリスティアナ・フォルゴンという少女とその家族の小話
今回、ウィルビア君はお休み
クリスティアナ嬢のお話
家族のお話
青春だよね、甘酸っぱい青春風味だよね!?
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それは少しだけ前の話。
年を越える前、クリスティアナ・フォルゴンという少女の話。
クリスティアナ・フォルゴンにとって、人生とは常にままならぬものであった。
幼少の頃より常にフォルゴン公爵家の為、翻ってはトールデェ王国の為に生きる事が要求されていたからだ。
そこに選択肢は無い。
自由意思も無い。
クリスティアナはその事を受け入れて育っていた。
王家に近い血、フォルゴン公爵家に生まれた人間の義務というものを教育されてきたから。
だから、7歳の頃に伝えられたチャールズ・アバランテとの婚約も異を唱える事無く受け入れていた。
「お父様が仰られるなら、それが家の為であれば受け入れます」
そこに是も無く非も無い。
それが、クリスティアナ・フォルゴン。
貴族に生まれ出たのだから政略で婚姻するのも当然と受け入れる、早熟な少女であった。
だからこそ、チャールズ・アバランテに対しても、一歩下がって受け入れていた。
婚約当初のチャールズは、公爵家令嬢との婚約を自分が評価されての事だと理解していた。
だからこそ、その評価が正しかったと証明する為に努力していた。
評価を積み上げようと努めていた。
努力家の少年と、陰に居る少女。
婚約をして1年は平和だった。
逆に、1年しか平和は無かった。
チャールズの、三頂五大に認められた者という立場は、周囲の人間との距離を変えた。
それまで周囲に居た者が、友人から未来の利益を見込んだ取り巻きに変化したからだ。
人を腐らせる甘言。
傲慢を助長するお世辞。
まだ幼かったチャールズは、それまでの立場 ―― その他大勢から、場の主役へと成り上がった事に舞い上がり、それらを全て飲み干してしまったのだ。
その結果、いつかはフォルゴン公爵家を差配してやるとの野望を抱く事となる。
才能故に現公爵家当主より見いだされた自分なのだ。
それ位は出来て当然であると、それ位は要求されているのだと思い込んだのだ。
増長するチャールズ。
だがフォルゴン公爵家側から何かを言われる事は無かった。
それを無言の認可と思ったチャールズは更に増長する。
見えていなかったのだ。
否。
子供故に見える筈も無かった。
人身御供と捨扶持で縛る相手が故に ―― 最初から相手にもされていなかったという現実は。
哀れなるチャールズ。
そんなチャールズの陰で生きていたクリスティアナが変わったのは、トールデェ王立学院に入学した事が切っ掛けであった。
自由。
学び、本を読み、学友と思索を交える場。
友。
友、ウィルビア・ゼキム。
ある時、薬学の本を読んだクリスティアナが、学院の裏山に植物を求めて入った時に出会ったのだ、道に迷っていたクリスティアナを助けた。
裏山を彷徨い疲れ果てていたクリスティアナを鍛錬所に案内し、黒茶を振る舞った。
それからクリスティアナは度々、鍛錬場を訪れる様になった。
静かな森の中に作られた鍛錬場は読書をするのに最適であり、ウィルビアは博識であったが為に思索の相手として中々のものだったからだ。
又、シェン・カーら他の参加していた面々もクリスティアナを受け入れていた。
だから通っていた。
静かだから、自由だから。
面白かったから。
その頃、チャールズが女性をとっかえひっかえし、見せびらかし、取り巻きを作って自由奔放にしていた事も、それを助長した。
当初はチャールズを諌めようともともしたクリスティアナであったが、何を言っても取り合って貰えなかった為、諦めていた。
チャールズの愛人となった女性が、クリスティアナに攻撃的に接して来るのが鬱陶しかった。
更には、公爵家令嬢として自分から作ったものではないにせよ、派閥的なものを主催する羽目になってしまっていたのも面倒だった。
それら学院内の諸々から離れられる場所として、クリスティアナは鍛錬場を利用していた。
それだけだった。
それだけと、自分で決めていた。
あの日、あの夜、舞踏会で悪意に立ち向かってくれたウィルビアの背中を見るまでは。
チャールズとの婚約解消。
それに伴う雑事で疲れ、ソファに座っていたクリスティアナ。
「苦労をかけたね、クリス」
話し掛けてきたのは父親、アレックス・フォルゴンだ。
筋骨隆々とした体躯を誇る武人の鏡の如き人物であるが、その位は文官の長 ―― トールデェ王国宰相を務める男であった。
「いいえ、そんな事はありませんわ」
立ち上がろうとするクリスティアナを止めるアレックス。
そのまま、隣の椅子に座る。
煙草を取り出し、銜えて火を点ける。
側にいたメイドが、そっと灰皿を椅子の側に用意した。
大きく吸い、そして吐き出す。
天井に盛大に登っていく紫煙。
「父上?」
アレックスは立ち昇る紫煙を眺めながらポツリと漏らす。
クリスティアナが見るその横顔には感情は何ら浮かんでいない。
言わば無貌。
宰相、政治家という存在だけがそこに存在している様であった。
「私は知っていたのだよクリス、お前の苦労を。そして知っていたにも関わらず対応をしなかったのだ」
管理する対象として考えた場合、チャールズが盆暗に落ちていくのは便利だ。
下手に有能で成果を上げられても困る。
成果を上げた人物が実は王族であったとなれば、どんな面倒事が発生するか考えたくも無い、と。
チャールズの価値、否、問題点は血である。
血だけであるのだ。
生きていれば、後はフォルゴン家の内に飲み込んでしまえば問題が無い。
それが、宰相、アレックス・フォルゴンの判断であった。
「愚かなチャールズ。オズウェルが罵っておったが、親として私も無罪では無かろう。お前にも、アレクにも、そして義父としてチャールズにもな」
アレックスの自責。
宰相としての事から、家族だけの事になって生まれた言葉。
それは苦みが顔に浮いた、父親の表情であった。
「父上…………」
「しばらくは自由にしなさいクリス。婚約も、何もかも。それに、そうだな。何なら自分で連れてきても良いぞ? ウィルビアと言ったか、お前を守った男などどうだ。衆目を敵にして立ったというのは中々に出来るものではないからな」
突然に出されたウィルビアの名に驚くクリスティアナ。
どうして!? という愛娘の表情に、父親は笑う。
「政治故に手を出せずとも、娘の境遇を知ろうとはせぬ父親はおらんよ」
楽しそうに笑って、タバコを吹かす。
それは何処にでもいる父親の姿だった。
「別に丸っきり冗談という訳でも無いぞ? 本人の資質、学業は優秀。家柄も悪く無い。ゼキム家は所領の場所故に北方武伯、テルフォード伯爵家に近いが中立寄りだ。政治的に見て悪い選択肢でも無い」
舞踏会の前より、鍛錬場の面々の背景は調べていた事を漏らす父親。
近づく虫は悪い虫かそうでないかを調べていたのだ、と。
「そのような事、今まで考えた事も無かったです」
それが正直な気持ちだった。
チャールズが如何に不貞であろうとも、クリスティアナはフォルゴン家の姫として貞淑たらんと決めていた。
色恋の話1つするでも無く、学院での事を話す際にもウィルビアも誰も、男の話をその口に登らせる事は無かったのだ。
だからこそ、アレックスは父親として言う。
「だから、だ。お前はチャールズに、家に全てを捧げていた。だから、自由にして欲しいのだ。今更の言葉かもしれんがな」
「父上」
「今回の件、少しオズウェルに叱られてな、だから__ 」
「父上!」
「おお! 噂をすれば、オズウェル」
大股で部屋に入って来たオズウェルは、勢い良く椅子に座った。
メイドにワインを持ってくる様に指示を出す。
「どうした、不機嫌ではないか?」
「誰がそうさせたと思ってらっしゃるか!」
父親としての茶目っ気で言えば、オズウェルも子供らしい口調で反論する。
そっと出されたワイングラスを一気に飲み干し、卓に置く。
「家中のチャールズ支持者の相手を私に押し付けたではありませんか! あの者たち、実に欲深い!!」
チャールズはクリスティアナと結婚した際、結婚祝いとしてアレックスの持つ幾つかの爵位(領地)の1つ、子爵位を譲渡してもらう予定となっていた。
分家としてである。
その事に絡んで、フォルゴン家の家中で幾つかの移籍などが予定されていたのだ。
生臭く言えば、家臣たちの次男などの就職先とされていたのだ。
それが全て消えた事で、フォルゴン家の家臣団から不満が出るのも当然であった。
尤も、オズウェルがアレックスを呪ったのは、先ほどまでの相手達をチャールズ派と評した様に、チャールズ自身に投資した連中であった事だ。
家臣や商家の人間。
彼らは少なくない金額を提供し、見返りに将来の領地にて美味しい役職を得る約束だった。
だからこそ、その約束が反故にされそうになって慌ててやって来たのだ。
最初はチャールズの復権を嘆願し、それが不可能としれば投資資金の回収、或は対価をフォルゴン公爵家が代弁してはくれないだろうかと、低姿勢ながらも要求してきていた。
答えは全て否である。
そもそも、婚約者とはいえ婚姻の成立していない他家の人間であるチャールズ本人が行った契約なのだ。フォルゴン公爵家が代弁する法的な責任も根拠も存在しなかった。
だが、投資者たちも、それで簡単に納得出来る様な金額は提供していなかった。
そこを何とか! と必死になってオズウェルに泣きついていた。
「公爵家の当主ともなれば、様々な嘆願のあしらい方を学ぶのも必要だからだ。父の愛だ。それとも次期当主では無く愛し児と呼ばれた方が良いか?」
「………父上、口の上手さも当主の条件ですかね?」
「当然だ」
自分の皮肉を軽く流す父親の姿に、全く持って! と嘆息したオズウェル。
もう一杯とメイドにお代わりを入れさせて、飲み干した。
「全ては解決しましたよ。請求は当然ながらもアバランテ伯爵家に。悪い筋の出資をした家中の者の情報を得られました」
「宜しい」
「後は………父上、やはりアレクは私が受ける訳には参りませんか?」
長男として、そもそも家族思いの人間としての言葉だった。
アレクシスへの処罰は、オズウェルが団長代理として管理するフォルゴン〈焔馬〉騎士団の従者として受け入れたい、と。
だがそれを父親は却下する。
「それは認められん」
「しかし父上、アレクもフォルゴンの血を分けた相手、それを下級文官として領内辺境に追いやるというのは………」
「駄目だ。お前では、如何に厳しくしようとしてもどうしても加減をしてしまう。アレクには今、厳しい環境が必要なのだ」
「とはいえ、無期限でとは!」
「期限があれば甘えも出る。己を磨かねば戻れぬという環境こそ、人は必死になる。情報を精査し、物事を考えるようになるのだ」
父親としての厳しい言葉に、オズウェルが反論しようとした時、その手をそっとクリスティアナは握った。
「兄上、今はアレクを信じましょう。愛に目を誤ったとはいえ兄上や私の弟なのですから」
「クリス………」
ある意味でアレクシスが道を誤った事の一番の被害者の言葉に、オズウェルも不承不承ながらも頷くのだった。
只、完全に納得した訳では無く、その気持ちがワインのお代わりを、アルコールの強い蒸留酒へと変えさせていたが。
「愚かな弟の新しい未来に、そして妹が愚か者から逃れられた事に乾杯!!」
ヤケクソ染みた口調で宣言し、小さなグラスになみなみと注がれた蒸留酒を一気に空ける。
ワインから数えて3杯目、オズウェルの顔は酒精で赤くなりつつあった。
その様に、アレックスも笑いながらメイドへ自分の分の蒸留酒と、適当なツマミを用意する様に命じる。
「黒パンにラードか、豚のパティを塗った程度のもので構わん」
「俺にはチーズを頼む」
魔法という存在のお蔭で豊富な保存食のレパートリー。
その中からアレックスは好みを口にし、オズウェルもそれに乗る。
ワイワイと盛り上がっていく2人。
脱する機を失ったクリスティアナも、ワインを手に話を聞いていた。
領地の事、騎士団の事、王家の事、家中の事、色々な事を話す2人。
と、オズウェルが酔いも深まった顔でアレックスに説教をしだした。
もう政略だけでクリスティアナの結婚相手を決めるな、と。
政略の結婚も大事ではある。だが政略だけでは無く相手の人品能力が適正である事や、クリスティアナを大事にしてくれる相手である事も大事である、と。
「我がフォルゴン家は王家第1の藩屏であり、あーあー何だ、要するに、王家以外には頭を下げる必要も余り無い家なのです。であればぁ、あー私の可愛いクリスの相手は、選ぶ自由があっても良い筈です!」
酔っ払いである。
チーズをあてに更に2杯の蒸留酒を飲んでいるオズウェルは呂律も回らなくなりつつあった。
常であればこんな酔い方などしない男であったが、チャールズに関する処理のストレスが、蒸留酒の杯を空ける速度を上げさせていたのだ。
チャールズが愚かである事は知悉していた。
だが、愛しき妹を悲しませるどころか攻撃する様な阿呆であるとは思わなかった。
その暴挙を止められなかった事に切歯扼腕し、又、そんな姉を守らぬどころか攻撃に回った愚弟に怒りにもにた感情を抱いていた。
要するに、悪い酔い方をしているのだった。
だが、その目は真剣であった。
真剣に妹を思うが故に、言葉を発していた。
「無ければ、家で守ってやれば良いのです。私が守ります」
オズウェル・フォルゴン。
家族思いであり、シスコンである。
だが、その思いは折られる。
アレックスが笑いながら答える。
「良い候補者を見つけたぞ。クリスも憎からず思っている様だしな」
「父上!?」
「誰、誰ですか?」
慌てるクリスティアナ。
対してオズウェルは、ゆっくりと、だが地の底から響くような声で尋ねた。
「ウィルビア・ゼキム、ゼキム伯爵家の次男だ」
「ゼキム家?」
「父上おやめください! 兄上も、私はその様な事はまだ考えておりませんから」
否定するクリスティアナ。
だが、その表情にオズウェルは否定するだけでは無い感情が浮かんでいる事に気付いた。
「そうか。ウィルビア、ウィルビア・ゼキムか」
深く頷いたオズウェル。
フォルゴン家の、或はクリスティアナ・フォルゴンという少女の物語は、ここから始まる。
肉食系、捕食者としてクリスティアナを想定していたのに、なに、この健気系少女。
間違えても悪役令嬢とかナイワー
そしてパパンは見事にパパンです。
政治かで父親です。
そして兄者は、実にシスコンです。
凄くシスコンです。
ここまで酷い人になる予定は無かったのに(wwwww