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余話 - 03 淑女の正面闘争に関する小話

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 淑女決闘(レディ・デュエル)

 名こそ優雅であるが、やる事は足を止めての平手打ち(ビンタ)合戦。

 ハンカチの端と端とを摘まみあい、交互に打ち合う。

 正に、乙女と乙女の意地と意地とのぶつかり合い。


 その事をラッヒェル・ランメルツは知らなかった。

 中程度の商家に生まれ、その愛らしさから蝶よ花よと愛でられ、長じては学園でも上位の権威を持ったアバランテ伯爵のチャールズに庇護されてきたのだ。

 武断の国、トールデェ王国では珍しい程に鉄と血から離れた人生を送って来た。

 庶民よりは裕福で、貴族よりは責任が無い ―― そんな立場故の、ある種の奇跡の少女だった。

 純粋培養されていたと言っても良いだろう。


 故に、淑女決闘(レディ・デュエル)を知っている筈も無かった。

 小さな競い合い(ミニゲーム)だと思っていた。

 その過ちは、強烈極まりないアーネット・レヴィンスクの平手打ちを右頬に受ける時まで続いた。



 さようなら甘い世界(ゲーム)

 こんにちわ厳しい現実(リアル)



 打たれた頬に手を当てて、ラッヒェルはアーネットを呆然と見た。

 それは、痛みよりも驚きであった。



「何でこんな痛い事をするのよっ!?」



「決闘が痛いのは当然ではなくて?」



 鼻で笑うアーネット。

 その態度に、ラッヒェルの感情が一気に沸騰する。



「暴力を振るって偉そうに、暴力脳(ゴリラ)の癖に!!」



――叩音


 感情のままに振り抜かれたラッヒェルの平手は、見事にアーネットの頬を打つ。

 なかなかに鋭い痛み。

 だが、その痛みをアーネットは笑う。



「悪くは無い一撃ね。だけど足りないわ」



――叩音


――叩音


――叩音


 数度の応酬を越えた時、2人とも頬を真っ赤に腫らしていた。

 睨みあい。

 共に引かぬとの意思の応酬、正に淑女の戦い。


 叩音


 と、叩かれたばかりの頬にラッヒェルは手を添えた。



ヒール(癒しの光)!!」



 手が、頬が柔らかな光に包まれる。

 見る者に癒しの力を感じさせる温かみのある力だ。

 アーネットも感嘆の声を上げる。

 魔法神レオスラオへの祈り ―― 詠唱をせぬままに複雑な魔法を発動させる事は簡単では無いのだから。



「凄いのね。そんなに短い詠唱(ショート・センテンス)で魔法を発動できるなんて」



「伊達に治癒魔法の寵児(セインット)って訳じゃないわ! あなたみたいな端役(ゴリラ)とは違うのよ!! (スキル)が!!!」



 自慢げに笑うラッヒェル。

 叩かれて真っ赤になっていた頬は、数秒と経たずに元の艶やかな肌を取り戻していた。



「痛々しいわね、そんな頬っぺた。治癒魔法も使えないモブ(脳筋令嬢)なんだから、とっとと降参したら」



 調子に乗って笑うその顔に、アーネットは躊躇なく全力の一撃(ビンタ)を叩きこんだ。

 予想外の一撃に、思わず顔から地面に倒れ込んだラッヒェル。



「へぇっ!?」



 揶揄われる様にハンカチが顔に乗った。

 顔を土にまみれさせて呆然とアーネットを見上げる。

 頬を赤く腫らしながらも、アーネットは力強く笑っている。

 目は鋭くラッヒェルを睨む。



「えっえぇ!?」



「私は魔法を使えない訳じゃないわ。それよりも叩きたいだけ」



「ひっ、卑怯者!!」



 1叩き交代の筈なのにいきなり叩く何て酷いと憤慨するラッヒェルだが、アーネットは嫣然と笑った。

 嗤いながら告げる。

 ラッヒェルは叩く代わりに治癒魔法を使ったではないか、と。



「そんな話聞いてない!!」



 矛先を立会人であるクリスティアナ・フォルゴンに向ける。

 ルール違反であると、アーネットの失格だと喚く。

 その声に、クリスティアナは艶やかに笑いながら答える。

 常識である、と。

 その態度にラッヒェルはあからさまに馬鹿にされている事を理解し、癇癪を起す。



「知らない! もう知らない!!」



 地団駄を踏んで、帰ろうとするラッヒェル。

 その肩をアーネットが掴む。

 何処に行くの? と。



「ハンカチを落としたから私の負けでしょ!!」



 振り返ったラッヒェルの目に飛び込んできたのは、しなやかに振り抜かれた手のひらだった。


――叩音



「何の話かしら? 貴方は動いたわ(・・・・・・・)。だから私の番をしただけよ?」



「そんな話って無いわよ! 卑怯者!! 見たでしょゴリラのやった事、私の勝ちよね!!!」



 ラッヒェルの訴えを立会人であるクリスティアナは却下する。

 悠然と椅子に座り、足を組んだまま笑って却下する。

 その上で宣告を行う。

 無慈悲であり、絶望的な宣告を。



「勝負はついていないわよ。所で立会人の私に訴えるのも1動作(・・・)ね」



――叩音


 加減の無い一撃に、鼻血を撒き散らしながらラッヒェルは倒れ込んだ。

 そこに乙女らしさは無い。



「酷い! 虐めじゃないのこんなの!! あなたたちって最悪よ!!!」



「ねぇ貴方、私は悪役よ? 無慈悲で非道、血も涙もない尊大で平民を足蹴にする様な冷酷な貴族の令嬢 ―― そう言ったのは貴方よ? そんな悪逆非道な貴族令嬢が慈悲の心を見せるとでも?」



 言葉を区切る様に言うクリスティアナ。

 それはかつて、あの舞踏会(・・・・・)でラッヒェルに突きつけられた言葉だった。

 大貴族の娘だからと図に乗っていると罵り、傲岸不遜だと罵り、婚約者であるチャールズ・アバランテを縛る毒婦だと言い放った時の言葉だった。



「どうかしらね」



 その時になってラッヒェルは気付いた。

 この場所に自分の味方となる人は1人として居ないと言う事に。

 常に自分が罵って来た相手たちと、その従者しか居ないと言う事に。


 チャールズを筆頭に、男を侍らせてきたラッヒェルは淑女としての常識を知らなかった。

 淑女決闘(レディ・デュエル)

 人前で行わぬ、関係者のみで行われるソレが制裁(・・)の側面を持つ事を。

 武断国家であるトールデェ王国らしい側面と言えた。



「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」



 悲鳴が木霊した。






 1つの事(・・・・)を片付けたクリスティアナとアーネットは差し向かいで黒茶を飲んでいた。

 方や、公爵家令嬢として十分な教育を受け社交界で生きぬいてきた乙女。

 方や、子爵家令嬢ながらも商会の頭取代行として世間と渡り合ってきた乙女。


 言葉を操り、手管を学んできた2人の会話は、だが只管に単純(ストレート)であった。

 ティーカップを静かに下したクリスティアナが先制する。



「私はウィルビアを婿にしたいわ」



 誇り高く宣言する。



「ウィルビアは私のものよ」



 堂々と受けて立つ事を宣言するアーネット。


 2人は共に誤解していた。

 相手がウィルビアを政略的見地から独占し、利益を得ようとしていると思い込んでいた。

 クリスティアナから見てアーネットは、商会の影響力拡大を狙って伯爵家の子息たるウィルビアを狙っている様に思えた。

 アーネットから見てクリスティアナは、中立派であるゼキム伯爵家をフォルゴン公爵家派に取り込もうとしている様に思えた。

 だが、現実は少し違う。

 ウィルビアのゼキム伯爵家は、伯爵家としては上位に入る権勢を持つが、クリスティアナが思う程に商会に取り込まれても影響が出せる家では無かった。

 ウィルビアのゼキム伯爵家は、政界に於いて一角の影響力を持ってはいるが、アーネットが思う程に政界のバランスに影響力を持っている家では無かった。


 言うなれば恋は盲目であった。

 自分の恋した男は一角で在ると言う思い、先入観が2人に無意味な対立を強いていた。

 或は、それも又、恋と言うべきであった。

 淑女の戦いは次の段階(ステージ)へ登る。



 対象となるウィルビアの意向をそっちのけで、加速(ヒートアップ)していく事となる。







文章量とか起承転結で少し迷っていたけど、もういいやと前に進める事を決断しての投稿です。

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