07 - 踏み台令嬢、反撃のどらむろーる
女性の戦いって、もう少しこーさー
優しい感じでやりあうものじゃないの?
と思う今日この頃。
コワイワー(怖いLevel 2
+
「オゥッ!」
一足の踏み込みで打ち込む。
当たる ―― 当たらない。
身体の前に盾が生まれた。
力の盾だ。
呪文の詠唱なしに魔法が使えるのは、それだけ積み重ねて来たって事だ。
今は単純に賞賛は出来ないけども。
――快音
30㎝四方も無いような小さな半透明の盾が、微動だにせずに俺の木剣を止めている。
「やるな」
「そう簡単にっ!」
声変わりのしてない子供の声、ベルベット坊やだ。
割と本気だったんだが簡単に止められた。
「なら、これはどうだ? ―― オオオオッ!」
脚を止めての連続攻撃。
一撃、二撃、三撃。
剣線を少しづつ変えて打ち込むが、全てを防ぎやがった。
四撃目、力の盾が消えた。
消えたなら踏み込む。
四撃目をそのまま刺突に変える。
逃がしはしない。
踏み込む。
捉えられない。
ベルベット坊や全力で退きやがった。
身軽い。
子供で筋肉は無いけど、その分に素早さがある。
俺の4足の距離か。
思いっきりの良い奴だ。
今の俺に距離は関係ないのに、だ。
「風よ奔れ! 衝撃」
呪文に、胸に吊るした生きる木刃が魔法を発動する。
半透明な、丸太の様な風が塊となって相手を打つ。
「――発動! 硬き風」
普通に呪文を唱えても、速い。
というか短い。
これが天才か。
天才の発動した風の魔法が、俺の一撃を逸らす。
中和とか対消滅ではなくて逸らす。
上手いものだ。
「単純な魔法だといなされます、簡単に! だから工夫が要ります、こんな風に!! ――発動! 風よ昇れ!」
見える、下から打ち上げてくる鋭い風が。
いなすには、強烈な勢いがある。
「っ! 土よ、壁を成せ! 防壁」
ポッコリ生まれた土の壁。
だけど風での昇竜に、一発で崩された。
「密度が甘いです!」
怒られた。
アーネットに貰った生きる木刃は、魔法の苦手だった俺に魔法を簡単に使える様にしてくれた、文字通りの魔法の道具だった。
呪文で複雑な魔法が行使出来るとか、実に凄い道具だった。
問題は、的確な魔法を使う為には俺が魔法の構成に習熟し、使いどころを学ばねばならないと言う事。
ある意味で魔法使いの為の戦闘補助手段であり、どっちかと言うと剣術格闘戦主体の俺には向いてないのかもしれない。
選択肢が広がって、逆に、行動が縛られたっぽく感じる所がある。
使い方、もう少し考えなければいけないな。
「負けた負けた」
仰げば空が眩しい。
地面に転がる羽目になって付いた泥やほこりを叩く。
「使いこなせるまでの道は険しいな」
「正直、前の方が手ごわかったですけど、これは仕方が無いと思います」
ベルベット坊やがやってくる。
今日は1発も当てられなかった。
「悔しいぞ、正直」
「僕は、嬉しいです」
「酷い事を言うなよ。泣きそうになる?」
「あ、ごめんなさい。何か、僕が此処で役立ってて嬉しいって、その、思っちゃって」
顔をクシャらせた。
泣きそうになってる。
子供だ。
本当に子供だ。
なので坊やの頭を撫でてやろう。
「馬鹿言うな。ここは我が儘の場所だ。みんな居たいから居るんだ。ベルベット、お前は居たくないのか?」
「違います! 居るのは嬉しいです!!」
「ならそれで良いじゃないか」
「その、良いんですか」
「悪いって誰か言ったか?」
「言ってません。だけど僕、僕はクリスティアナさんに酷い態度をとったし……」
「あー なら早く謝っておけ。クリスティアナ嬢は誠意を無下にする人間じゃない」
「はい」
暗い顔で頷かれた。
魔法の天才とか言われながらのこの自信の無さ。
ここら辺、ある意味で電波娘が彼是と人間関係を遮断しまくった影響だな。
一種の洗脳だ。
本当に胸糞の悪い奴だ。
「さて、一汗かいたから飲み物でも飲もう」
「お疲れさま」
休憩所に戻ってみたら、話題のクリスティアナ嬢が来ていた。
優雅な仕草で黒茶を飲んでいる。
本当の貴人という奴は、余裕が違うね。
「どうぞ」
クリスティアナ嬢お付きのメイドさんが、そっと俺とベルベット坊やに黒茶を出してくれる。
このメイドさんの淹れた黒茶は旨いので実に嬉しい。
自分でも淹れるけど、矢張り専門で学んだりしたんだろう。
味が段違いなのだ。
手を挙げて謝意を示して、カップを掴む。
実に良い匂いだ。
「中々に見事でしたね」
「恥かしい所を見られたな」
「まさか。新しい事に挑むという事は素晴らしい事だと思いますわ」
誰しも最初というものはある。
そこで挫折しさえしなければ先はある、と。
「そう言ってもらえると助かるよ」
「本音よ?」
澄まして言うクリスティアナ嬢には勝てる気がしない。
ま、男なんて女性に尻に敷かれてた方が天下泰平とも言うし、そう言うものかもしれない。
「クリスティアナさん!」
と、ベルベット坊やが立ち上がった。
真っすぐにクリスティアナ嬢を見ている。
有言実行、それも即々か。
若いな。
「舞踏会の事、本当にすいませんでした」
「そう……そうね、あの時は辛かったわ。それは事実」
「はい。許してなんて言えません。だけど、本当に、すいませんでした」
この世界に土下座の習慣があるなら、土下座をしかねない勢いで頭を下げてるベルベット坊や。
だから見えないだろう。
クリスティアナ嬢は優しく微笑んでいるのが。
「だけど素直に謝るのは、立派です。赦します。だから、頭を上げて下さい」
「えっ」
顔を上げたベルベット坊や、もう泣いてる。
ポロポロと零している。
男だろ、とは今は言わないでおこう。
と、メイドさんと目が合った。
頷き合う。
「男性がそんなに簡単に泣いては駄目ですよ?」
ハンカチで涙を拭ってやる。
そしてハグ。
頭を撫でてやってる。
何だろう、コレ。
クリスティアナ嬢、子供の扱いが上手いな。
泣いた分、水分を摂りなさいとクリスティアナ嬢はメイドさんに、ベルベット坊やへ甘いカフェオレ風味な黒茶を出すように指示をする。
甘い甘い甘い、黒茶。
お砂糖タップリで、正直、俺は飲みたくないがベルベット坊やは美味しそうに飲んでいる。
というか、飲みながら眠そうになっていく。
何というか、ここに顔を出すようになって日々幼く、というか年相応になって行ってる気がする。
可愛いものだ。
「ベルベット、少し横になると良い」
「あ、すいません。夕べ、少し研究で……」
泣いて甘いものを飲んで、それでリラックスして疲れが出たのだろう。
ベンチを、と言おうとする前にテーブルに突っ伏した。
ああ、本当にベルベット坊やは坊やなのだ。
寝てしまったのなら、動かすと可哀想なのでそのままにと思ったら、クリスティアナ嬢、上着を掛けてやっていた。
身体が冷えたら可哀想だから、という。
そっと髪を撫でてあげている。
何とも何とも自然な仕草だ。
「手慣れてるね?」
「弟と妹が居るもの。子供は好きなの」
「確かに、お姉さんって感じだ」
好きな弟にって部分には影があったけど、そこは気づかない事にする。
恐らくあの可哀想な弟君、アレの電波に脳みそを洗われたんだろうから。
多分。
「母親にだって成れるわ」
「そうだね、クリスティアナ嬢ならきっと良いお母さんになれる」
「あ、アリガト」
お母さんって事で、色々と考えたんだろう
耳まで真っ赤にして俯いた。
可愛いね、本当に。
花嫁衣裳とかも実に可憐になるんだろうな。
結婚式にはぜひ、呼んでほしいものだ。
「そう、そう言えばウィルビア。お母さんになるにはお父さん、必要よね?」
「ん?」
二度見した。
まさか、子供はキャベツ畑かコウノトリとか言い出すのか? 大丈夫か、フォルゴン公爵家の性教育。
他人事ながらも心配になる。
「その、ね……」
何か悩んでいる風だ。
まさか、あの馬鹿野郎絡みじゃないよな?
永蟄居だ。
あんな糞野郎がクリスティアナ嬢をこれ以上悩ませるなんて、許しがたい。
アレ、死ねば良いのに。
何か緊張した空気の中、ゆっくりと、クリスティアナ嬢が発言するのを待つ。
「その__ 」
「ウィルビア。ここに居たんだ!」
アーネットだ。
手には木剣。
それに地味な大学院の制服から、ズボンと綿シャツという動きやすい格好になってる。
練習に参加する気か。
「お、アーネット」
手を挙げて、それからクリスティアナ嬢に向き直った。
と、大きく大きくため息をついていた。
「あら、クリスティアナ様。こんにちわ。失礼しますね」
「こんにちわ。アーネット様」
ん?
「お邪魔だったでしょうか?」
「そういう訳ではありませんから、お気遣い無く」
「良かった」
淑女の会話、だよね?
何だろう、この違和感。
良く分らないので、黒茶を飲んで誤魔化す。
うむ、旨い。
「ウィルビア」
「ん?」
「久々に手合わせ、良い?」
「準備万端だな、なら断れないが__ 」
話の途中だったかもとクリスティアナ嬢を見れば、ニッコリと笑った。
行ってらっしゃいませ、と。
どうやら話はまた今度っぽい。
確かに馬鹿が馬鹿やった話を誰彼構わずに聞かせるのは上品とは言い難い。
特に、アーネットはあの時、あの場に居なかったのだから。
「よし、やろう」
気分を切り替えて立ち上がる。
「ウィルビアは強い人が好きなのかしら、ね」
「お嬢様__ 」
「ねぇオリアーナ。私、弱いかしら?」
「いえ。我が主、フォルゴン公爵家の誇るクリスティアナお嬢様が弱い筈などありません」
「有難う」
アーネットとの試合は中々に気持ちが良い。
戦闘スタイルが近い ―― 剣と魔法を併用するが、俺が剣寄りの魔法補助だけどアーネットは魔法寄りで剣は自衛用という感じなので、剣で撃ち合ってよし、魔法を使ってよしとなるからだ。
とはいえ今日は分が悪い。
剣か魔法かと迷ってしまう。
その為に、仕掛けるのが1アクション遅くなる。
魔法攻撃だと不慣れさから更に1アクション遅くなる。
考えれば考える程無様になる。
対するアーネットは、見事としか言いようが無い。
魔法の手数が増え、剣は冴える。
魔法を生きる木刃に任せて剣に集中したり、自分の魔法を更に載せたり。
本当に見事だ。
単純な力技以外で勝てる気がしない。
で、男女で力比べなんて情けない真似なんてしたくない。
「止める?」
目の前に突き付けられた木剣の切っ先。
両手を挙げる。
寸止めで情けを掛けられた悲しさ。
俺、もう少し強い積りだったんだけどな。
溜息しか出ない。
「鍛錬が足りないな」
「使い始めたばかりは、そんなものよ」
「なら、未来に期待して頑張るよ」
「鍛錬は好きでしょ?」
「大好きさ!」
1からやり直しの積りで頑張ろう。
取りあえず、黒茶を飲んで。
そう思った矢先に甲高い、素っ頓狂な声が聞こえた。
「何でゴリラが居るのよ!!」
「ごり、ら?」
又、懐かしい名前をというか、この世界にゴリラって居ない。
誰が叫んだかと見れば、電波娘だ。
何しに来やがった。
警備員、不審者を入れるなよ。