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ホワイトデー

作者: 田中田直

「流石、北海道……」


私は窓からしんしんと降り積もる雪を見て呟いた。


3月の第3週に入っても、まだ外は雪景色。

新雪のようなやわらかい雪たちが、味気ないアスファルトの上に深々と積み重なっていた。


じっと、目の前の道路に降り積もる雪を見ていると、私の心にいいアイディアが浮かんだ。


「この雪なら、かまくら作れるよね……」


まだ、日が出てちょっとしか経っていない。

かまくらを作るのは大変だけど、今からはじめればお昼までには間に合うかも。


思い立ったが吉日、玄関前においてある雪かき用のスコップを手に、私は近所の公園まで急いだ。



竹桃公園に到着した時、私は心の中で歓声を上げた。

近所の家が、自分の家の前に積もった雪をこの公園に捨てているのか、竹桃公園は雪で山のようになっていた。


これならすぐ済むや!


私は山と化した公園に登った。

足が雪に埋まり、長靴の中に雪がずぼずぼと入ってくる。

足を覆いつくす冷たさに懐かしさを感じながら、構わず公園の中心部、ブランコの頂点の部分がかすかに出ている場所まで進む。


ブランコの頂点に腰掛け、一休み。

靴の中に入った雪をすべて出し終え、再び履いた靴でその場の柔らかい雪を踏み固める。


十分に踏み固め、拠点を確保したら、拠点の横におもむろにスコップを突き刺す。

誰も足を踏み入れていない柔らかな雪は、スコップを阻むことなく奥深くまで誘った。


そこから思い切り、掻き出す。

掻き出し、横にほうり捨てる。


効率的に作るには、もっと良いやり方がたくさんあるんだろうけど、そんなことは気にしない。


掘る。捨てる。掘る。捨てる。


単純作業を繰り返しているうちに、額から汗が滲み出してきているのに気が付いた。


こりゃあダイエットにいいかもね……


そう思うと、スコップを握る手にも力が入る。

ずるずると引きずり続けた正月太りも、今日で解消しちゃいましょうか。


そんなことを考えながら、一心不乱に掘る、掘る、掘る。


いつの間にか、四人家族が入れそうなほどの穴が出来ていた。

そこに足を伸ばす。

ずぼずぼっと足は雪の中へ入っていったけど、それを引き抜いてまた踏み込む。


何回かやっていると、穴の中はかなり頑丈になっていた。


よしっ。あとは周囲に雪で囲いを作って……


見事なかまくらが出来た。

囲いが多少歪で、不恰好だけれども、それでも私だけの秘密基地。


「床穴式かまくら1号」


私は勝手につけた名前をぼそっと呟き、公園を降りた。



「由紀、どこ行ってたの?」


リビングに入ると画面のタモリを見つめていたママがこっちを向いた。


「ちょっと、公園。今からもう一回行くけど」


「お昼ごはん、どうする?」


「今日は遠慮しとく」


私はリビングを通り抜け、キッチンにおいてある餅を手に取った。


「七輪ってどこにあったっけ?」


ママは私の問いに答えず、その場から立ち去り、どこからか七輪を持ってきた。

汚れも少ない真っ白な七輪。


「あんた、また変なことしようとしてるでしょ」


「ばれたか」


あきれ返ったような笑みを浮かべるママに、にやりと笑みを見せ、私はリビングから出た。



再び公園の前。

七輪、炭、餅、その他いろいろ入った真っ白いリュックを背負い、私は公園を登った。


先ほど通った時、雪が踏み固められたおかげで、今度は難なく登れる。

すらすらと登り、先ほど完成させたかまくらの中へ入り込み、リュックから取り出した七輪を置く。


七輪の中に着火材と炭をいれ、適当に火をつけると、着火材の量が多かったせいか火の勢いにびっくりしてしまった。


慌てて、かまくらから飛び出し、ブランコの頂点に腰掛ける。

火の勢いが収まるまで、ここでゆっくりしてよう。


暇になってあたりを見回すと、すでに雪はやんでいたことに気が付いた。

空は全面雲だらけ。

白と白に挟まれている私は、白い服を着ている。


空白のホワイトデーに、白尽くし。


ブームに乗っても、商業に踊らされないよ、私は。


こんなことを思っている私の心は純白ではないのだろうけれども、見て見ぬ振りを決め込むことにした。


そんな事を思いつつ、かまくらの中をのぞいてみると、すでに火は沈静化し、いい感じに炭が赤く熱を帯びていた。

その上に網をしき、餅を乗っける。


私は七輪に当たりながら、代ゼミの大学入試の過去問集、通称「白本」をリュックから取り出し、ページをめくった。


15秒で飽きた。全然わかんない。


つい2年前には一生懸命これを使って勉強したはずなんだけどな……


大学は遊ぶところとはよく言ったものだ、などと一人で感慨に耽っていると、いつの間にやら餅はいい具合に焼けていた。


雪で指を冷たくしてから、餅を手に取る。

餅の熱さが冷えた指にじんわりと伝わる。


そのまま口に運んで、一噛み。


熱さともちっとした感触が口に広がったけど、ただそれだけ。

味付けをしていない餅は、心なしか苦く感じられた。


噛み切った餅を七輪に戻す。


空白の日に、白い服着て、白い雪に囲まれながら、白い七輪で、白本を読む、まさにホワイトデー。


朝思いついた時は、あんなにも愉快だったのに、何の盛り上がりもなく終わってしまった。


空白の日というよりは、空虚な日と言った方が正しいのかもしれない。


駄目だな、やっぱり。


ため息混じりにその場を立ち去ろうとすると、突然リュックの中のケータイがなった。

白いケータイを取り出し、受信メールを見てみると、新着メールが一件。


「バイト、予定より早く終わったよ。今から行くから待ってて!」


電話の返信をするのはやめた。ホワイトプランだし。


変な言い訳でいじわるを正当化しようとする私は、やっぱり純白の心の持ち主ではないな、と自分で自分にあきれ笑いが起こる。


さて、と。家で待ちますか。


私が網を外そうと七輪を見ると、餅が真っ黒にこげていた。


ホワイトデー、失敗。


失敗したけど、顔がにやけてしまうのはきっと気のせいだ。



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