宇宙刑事と三ツ星将軍8-6
「では轟先生。改めて話しを続けると致しましょう」
部下たちの演じる漫才のような遣り取り。
それがひと段落したのを見届けたのち、洋介は背筋を伸ばして雷牙に告げた。
こころなしか、瞳の奥に強固な光が宿って見える。
彼は尋ねた。
短い言葉で。
「単刀直入にうかがいます。あなたはいったい何者なのです?」
雷牙は答えた。
これ以上なく率直に。
「宇宙刑事警察機構に所属する宇宙刑事です」
次の瞬間、シーラの額がテーブル表面と激突した。
捻りもへったくれない同居人の回答が、彼女にめまいを覚えさせたからだ。
天然ボケはわかっていたけど……天然ボケはわかっていたけど……
顔を机上に埋めたまま、美少女は呆れの言葉を口内で重ねる。
なんでそこで、本当のことを言っちゃうかなァ……どうせ理解なんてされないのに……
脱力したまま、やんわり目線を上へと伸ばすシーラ。
その眼差しが、心配そうにこちらを眺める雷牙の視線とわずかの間交錯した。
だが、それもすぐに解放され、保護対象の安泰を見て取った宇宙刑事は、改めて館の主と向き合った。
間を置かず、大和男が口を開く。
「隠しだてなさらないのですな」
「無意味だと判断しました」
真っ直ぐに雷牙は答えた。
「たとえこの場を言い繕っても、なんの利益ももたらさないでしょうからね」
「卓見です」
深く頷き、洋介は言う。
「ここは、そのような術策を施す場ではありません」
「家庭訪問ですから」
「だからこそ、私の娘に同席してもらっています」
「ローゼンクロイツ対策ですか?」
「いかにも。『上に政策あり。下に対策あり』という奴ですよ」
「面倒そうな話です」
「体裁だけは整えておかねば、と思いましてな。公僕の辛いところです」
「さて、先生」と前置き言葉を間に挟み、洋介は話の筋を切り替えた。
「いましがた、宇宙刑事警察機構、と申されましたね?」
シーラが両目を丸くしたのは、続く刹那の出来事だった。
洋介の放った問いかけは、極めて真摯なそれだった。
少なくとも、揶揄や嘲笑の類いが含まれた発言ではない。
シーラにとって、それはまったく信じられない対応だった。
完全無欠に想像外のことだったと言える。
轟雷牙が口にした、中二病的としか言いようのない固有名詞。
その名称を、洋介は、あろうことか真正面から受け止めたのである。
自分は、初めて耳にしたその言葉を、真に受けることなんてできなかった。
それが現実社会に生きてきた人間の極々自然なリアクションなのだと、疑うことは微塵もなかった。
にもかかわらず、このクラスメートの父親は、それがさもあたりまえのことであるように、平然とした態度を崩さなかった。
理解不能と困惑するでもなく、冗談の類だとして苦笑いを浮かべるでもなく、洋介は、自分に向かって放たれたその台詞を真面目な顔でキャッチしたのである。
それはまさしく、そうした答えが想定内だと言わんばかりの振る舞いだった。
金髪の美姫が言葉を失うのも無理はない。
とてもじゃないが、常人の理解力とは思えなかった。
さもなくば、本当にそうした答えを予測していたか、だ。
だが、この時のシーラに事の真相を掴むだけの材料など与えられてはいなかった。
もちろん、いかに直情径行な彼女であっても、二人の対話に介入する、それだけの決心をすることなどできなかった。
だからこそ、硬直する金髪姫をよそに、彼らの会話は滞りなく継続した。
瞳の奥に淀みを浮かべることもなく、洋介は淡々とした口振りで言葉を紡ぐ。
「確認しておきますが、それはこの星の外にある組織、つまり我々から見た場合の、いわゆる異星人によって運営される組織だと認識してもよろしいのでしょうか?」
「構いません」
こちらもまた、迷うことなく雷牙は答えた。
「あなたがたこの星の民は知らなかったことでしょうが、我々宇宙刑事警察機構は、はるか古の時代より、宇宙の秩序を守る努力を連綿と積み重ねてきたのです」
「そうですか」
両目を瞑り、頷く洋介。
「容易には受け入れがたい話ですが、我が国で起きた複数の出来事が、どうしようもなくあなたの言葉を裏付けている。事実とは小説より奇なり、とは実によく言ったものですな」
「それを承知した上で、あなたがたは僕をどうなさるおつもりです?」
微笑みを浮かべ雷牙は尋ねた。
「答えによっては、こちらも態度を改めなくてはなりませんので」
口調はとても穏やかで、かつ極めつけに友好的だと断言できる。
だがしかし、その目は笑ってなどいなかった。
洋介の背負う責任ある立場。
そしてその後ろで糸を引く、力持つ者の存在を感じ取ったゆえなのだろうか。
「警戒なさるのも当然です」
そんな雷牙の眼差しに、軽く破顔し洋介は応えた。
「私が先生の立場でも、九分九厘、同じことを考えたでしょう。ただ──」
「ただ?」
「仮に私がこの場で何事かを企んでいたとしても、いまの先生をどうにかできるとは思えない。それぐらいの計算は、私にだって容易に適う。かつて、米ソの軍隊をも手玉に取った異星人戦士。もし私が先生を害する意思を持っていたなら、あなたは即座に、そんな私を殺すことすらできるのでしょうな。赤子の手を捻るより容易く」
「僕がそうする道を選んだとしたら、あなたはいったいどうなさいます?」
「どうもしません。黙って結果を受け入れますよ」
両肩をすくめ、洋介は笑った。
「それぐらいの覚悟なしに、この状況下に臨みはしません。これでも一応『武人』でしてね。威力偵察に相応の危険が生じるのは最初から折り込み済みです」
「威力偵察ときましたか」
「ええ」
軽口めいた同意の言が、宇宙刑事の鼓膜を揺らす。
「あなたという個人が有する戦闘力に、我が国の保有する軍事力はまったく対抗できません。法律的にも、物質的にもです。つまり先生。あなたはまったくの個人でありながら、政治的には一国の軍隊、それを上回る特別な存在だというわけです。そんなアンタッチャブルであるあなたがいったいどれほどのものかを知る行為は、いまの段階では、私自身の身の安全ごとき、引き換えにしてなお、お釣が来るだけの価値を持ちます。まさしく、虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですよ」
雷牙と洋介とが連綿と交わす重々しい会話。
それはもう、学校教師と生徒の親との間でなされる、そんな語らいを時空レベルで超えていた。
ジャーナリストの端くれである久美子が、そっとICレコーダーのスイッチを押したのも、当然と言うべきレベルであった。
これは──息を呑みつつ、久美子は思った。
これは外交交渉だ。
外交交渉に間違いないのだ。
教師と保護者とが成立させるそれなどではなく、もっともっと、市井の個人が関わることない高みの次元で為される折衝。
まさか自分が、そんな舞台に同席すること適うとは。
報道を司る者としての義務感が、胸一杯に湧き上がってくる。
話の内容次第だが、この会談がスクープとなる可能性は、尋常ではなく高かった。
恐らくだが、特殊な機関がこちらの口を封じかねないと思われるほどに。
無論、一方の当事者である洋介からは、そんな空気を感じはしない。
そういった実力の行使は、性格的にも彼の本分ではないのだろう。
その存在感が押し出してくる雰囲気は、どちらかと言えば調整型の実務官に近い。
だが彼の後ろで眼をぎらつかせている加藤という男は、紛れもなく、それとは真逆の集団に属している人物であった。
抜き身の刃と言うよりは、突き付けられた銃口。
そんな表現が相応しいとさえ感じさせる、それほどの男であった。
人を殺した経験がある──そう伝えられても即座に納得がいっただろう。
「ですが」
全身を汗で湿らせる久美子の様子を知ってか知らずか、ひと息吐いて雷牙は言った。
「あなたは、この僕がそういう選択をしないものだと信じてくれてる」
「信じるに足る材料は、それこそ山のようにありましたからね。何よりあなたは娘の担任教師でもある。こちらの都合で来訪いただいた娘の恩師を信じないようでは、親としての沽券にかかわります」
その言の葉に洋介は応じる。
「もっとも、それはあくまで個人的感想に過ぎませんが」
「でしょうね」
「困ったことです」
彼は続けた。
「そもそもの始まりは、我々が『キューバ危機』と呼んでいる一連の事件です」
「人払いをなされなくてもいいのですか?」
洋介が何を話そうとしているのかを迅速に察し、雷牙は静かに釘を刺す。
「このままでは、無関係の方々を巻き込むことになると思いますが」
「あなたや私と個人的な繋がりがあるというだけで、既に巻き込まれてしまっていますよ。ここにいるすべての者がね」
この時、久美子の脳裏に浮かんだもの。
それは、先日、某国のエージェントにさらわれそうになったという自分自身の経験だった。
MIB。
異星人来訪の痕跡を隠すため人知れず活動する、非合法の政府機関。
陰謀論の類だとしか思えてなかったその手の存在と直面すること。
それは、少し前までの久美子にとって虚構の中の現実だった。
だから彼女は、これから自分たちが知ることになる真実とやらが、いったいどれほどの重みを持つものになろうかを、ほぼ正確に察することができた。
できることなら、耳を塞いでこの場を離れたい。
その一方、その内容を知らないままでいる自分を受け入れたくもない。
人並み外れた好奇心と常人レベルの保身の気持ちが、対立したままこんがらかった。
いたたまれずに目線を泳がす。
向けられた先は、真横に座る金髪の美姫だ。
いくら人外の美少女であっても、しょせんは一介の女子高生。
我が身の置かれた立場を察して、さすがにおののいているだろう──自分と同じく。
さよう小市民的な心情をもって、久美子はおのれの道連れを彼女に求めた。
だがしかし、久美子の視線が捉えた少女は、この時、隠すことなく小さなあくびをかみ殺してしていた。
いかにも、退屈な時間が早く終わりを迎えないかな、とでも言いたげな風情で。
唖然とした久美子が、小声でシーラに突っ込んだ。
「ちょ、ちょっとシーラさん。あなた、いまあたしたちの置かれた立場、理解してます?」
「? なんのことです?」
「あたしたちこれから、人類史の秘められた真実を聞かされちゃうかもしれないんですよッ!」
久美子の声には、いくばくかの怒りがあった。
「ああ、なるほど。そういうことですか」
顔色ひとつ変えずシーラが応える。
「で?」
「で?って……あのですね」
まなじり険しく、久美子は言った。
「なんでそんなに悠然としていられるんですッ? 場合によっちゃあたしたち、『おまえたちは知りすぎた』みたいなベタな理由で政府機関に消されちゃうかもしれないんですよッ? それでもいいんですかッ?」
「な~にをいまさら」
肩をすくめてシーラが応える。
「いいですか、久美子さん。わたしたちセントジョージ女学院の生徒はですね、いまそこで、『耳にしただけで政府機関に消されちゃうかもしれないネタ』を口にしようとしてる宇宙人が先生やってる学校に通ってるんですよ」
「はッ!」
「し・か・も、このわたしに至っては、リアルタイムでそんな宇宙人とひとつ屋根の下に暮らしてて、そいつと力を合わせて宇宙からきた侵略者だの、侵略者が連れてきた怪獣だの戦闘員だのと戦ったうえに、北海道のサミットにふたりそろって乱入したりしちゃってるわけです。ヤバい連中が口塞ぎに来るとしたら、とっくのむかしに来ちゃってますよ」
「それは……確かに」
美少女が語る正論に、記者は思わず圧倒された。
そのうえで、なお反論を試みる。
「でもこの間、あたしが拉致されそうになったのは事実だし」
「そこなんですよね」
久美子の言葉を、シーラはあっさり肯定した。
「あんな経験しちゃったんじゃ、久美子さんが心配しちゃうのも当然だとは思いますよ」
「だったらやっぱり」
「でも手遅れですよね」
「は?」
「だってそうじゃないですか。久美子さんの記憶が誰かにピカッと消されたわけじゃないんですから、あの時の連中が久美子さんの前に現れる理由だって、あいかわらず健在なわけです。少し考えたら、それぐらいわかると思うんですけどー」
金髪姫が鼻で笑う。
「ということはですね。知っちゃいけない情報をもういち段階積み重ねたところで、久美子さんの置かれた状況にまるで変化はないってことです。だったら久美子さん的にはこういう話、むしろ聞いておいたほうが気が楽なんじゃないですか? 一応は雑誌記者なんですし。一応は」
「一応ではなく、れっきとした雑誌記者なんですが」
「ま、わたし的にはどっちでもいいんですけど。いまさら退室させてもくれないみたいですし、ここはオンナらしく覚悟決めて一緒に堕ちていきましょうよ。自称ゴーライガールズのブルーなんでしょ? 久美子さんって」
「ウッス」
もうどうにでもなれ──この時、久美子はそう思った。