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翔龍機神ゴーライガー  作者: 石田 昌行
第八話:宇宙刑事と三つ星将軍
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宇宙刑事と三ツ星将軍8-4

「ここが衆道さんのご自宅ですか」

 轟雷牙は、歩みを止めてそう呟いた。

 おもむろにネクタイを整え、続けざま、真っ正面へと目線を向ける。

 そこに鎮座していたのは、あまりにも時代錯誤な長屋門だ。

 それだけで二階建ての家ほどもありそうな、幅と高さとを有している。

 観音開きの門扉もまた、尋常な厚みではなかった。

 力自慢の大男が思い切りハンマーで殴りつけたとしても、そうやすやすとは破られまい。

 一般の家屋としては、まず不必要なほどの頑丈さである。

 高さも余裕で二メートルを超え、間口もおよそ三メートルに達する。

 もはやそれは、規模の小さな城門に近い。

 もちろん、注目すべきはそういった物理的サイズだけにとどまらなかった。

 その格式高く立派な佇まいは、はっきり言って時代劇に出てくる武家の邸宅そのものだ。

 威風堂々という表現が、これ以上なく相応しい。

 低い石垣と瓦屋根を持つ漆喰の塀で構成された、文化財にも似た和風建築。

 そう。

 まさに()()こそが宇宙刑事の目的地、衆道七海の生家なのであった。

 一般市民の感覚からすれば、「個人の家が? まさかそんな」と疑う向きもあるだろう。

 まあ普通に考えれば、その疑問符こそが正当である。

 だが、掲げられた表札にある「衆道」の二文字が、しかと現実を突き付けていた。

 確かに、高級住宅地のど真ん中に建つ武家屋敷の姿は、極めて常識外れな存在である。

 周囲に並ぶハイソな住宅の群れからすれば、浮き上がって見えるのもやむをえまい。

 ゆえにこそ、気圧されするのも至極当然。

 並みの胆力であっては、それもまた仕方のない環境と言えた。

 しかしながら、そんなシチュエーションなどどこ吹く風。

 顔色ひとつ変えることなく、雷牙は数歩前に出た。

 ためらう素振りなど微塵もなかった。

 天然と言うべきかクソ度胸と言うべきか。

 やけに自然な振る舞いで、呼び鈴のボタンを一度押す。

 年季の入った木造門に設けられた最新式のインターフォンが、あからさまなほど不似合いだ。

 前後して、厚い扉の向こうから、かすかな電子音が響いてくる。

 マイクを通じて『はい』という返事がやってきたのは、それからすぐのことだった。

 紛れもなく七海の声だ。

 ちょっと舌っ足らずな発音が、見事にそれを裏付けている。

「轟です」

 間髪入れず雷牙は答えた。

「お呼びにあずかり推参しました」

『お待ちしてましたァ! すぐ行きますねェ!』

 その台詞から一分も経たないうちに、目の前の扉がゆっくりと開いた。

 何か機械式のサポートでもあるのだろうか。

 人の手で開けたにしては、やけに滑らかな動きだった。

「いらっしゃいませ、轟先生!」

 その向こう側から息を切らせて現れたのは、雷牙の教え子、衆道七海当人だった。

 いったい何を思ってのことか、派手な振袖を身にまとっている。

 髪型もまた、いつものような地味目なそれとは打って変わり、バシッとセットを決めていた。

 頭部に刺した花飾りが、独特の華やかさを醸し出している。

 「馬子にも衣裳」とは決して誉め言葉の類ではない。

 だがいまの七海を見る限り、その正しさを怪しむわけにはいかなそうだ。

「こんにちは、衆道さん」

 そんな少女にぺこりと会釈。

 宇宙刑事は爽やかすぎる笑顔を浮かべた。

「随分と立派なおうちなんですね。遠くからでもすぐわかりましたよ」

「いえいえ。単に古いだけですゥ」

 謙遜気味に七海は応えた。

 両手を振りつつ、自宅の敷地に担任教師を招き入れる。

「さ、入ってください。お父さ……父が手ぐすね引いて待ってますゥ」

「そうですか。では、遠慮なく上がらせてもらいますね」

「どうぞどうぞ」

 着物姿の教え子に曳かれ、轟雷牙は門の向こうに姿を消した。

 そのなりゆきのすべてに熱い視線を注いでいた者がいたことなど、まったく気付いていない様子だった。


 ◆◆◆


「さて、問題はこれからよね」

 少女はぽつりと呟いて、通りの陰から顔をのぞかせた。

 豊かな金髪をレディース帽子の中に押し込め、大きめのサングラスでばっちり顔を隠している。

 身に付けている服装は、ややダブついた男性用のシャツとズボン。

 どこをどう考えても、おのれの正体を悟られまいとしていること丸わかりなスタイルだった。

 だがしかし、そうした彼女の目論見は、ほぼ実を結んでなどいなかった。

 髪型と双眸をカモフラージュしてもなお、その端正なルックスは衆目を集めるのに十分であり、男物の服装で隠ぺいを図っても、突き出たバストに代表される魅惑のラインを完封するには至ってなかった。

 ぶっちゃけ言うなら「誰もが振り向く究極の美少女」が「センスが野暮い金髪の美姫」に変わったぐらいの違いでしかない。

 知る人が見れば、彼女の正体などもうバレバレの状態である。

 仮にこれを「変装」と自称するのであれば、それは変装行為に対する冒涜以外の何物でもなかった。

「ねえシーラさん」

 その傍らに立つ眼鏡の女性が、恐る恐るだがそうした事実を指摘した。

「いまさらと言えばいまさらなんだけど……やっぱり、その変装はなかったんじゃないのかな~」

「なんでそんなこと言うんです?」

 少女は振り向き、そう応えた。

 片方の手でサングラスを下げ、一気に両目を険しく定める。

「尾行は目立たないほうがいいってあなたが言うから、パパの洋服借りてまで、わざわざこんな格好してきたんですよ? これでまだ目立つほうだ、なんて言われたら、わたし、いったいどんな服着てくればよかったんですか?」

「いやいやいや、問題あるのは服装のほうじゃなくってさ」

 顔の手前で手刀を振り振り、その女性──小山内久美子は少女に応えた。

 首から下げた一眼レフが動きに合わせて左右に揺れる。

 ためらいがちに彼女は告げた。

「シーラさんの場合、素材そのものがどうしても人目を集めちゃうわけでして。特に、その──」

「特に、その──?」

「特に、その、胸部前面装甲厚が」

「セクハラですよッ!」

 場をわきまえず、少女は吠えた。

「同性だからって、言っていいことと悪いことが──」

「だって事実なんだから仕方ないじゃないッ!」

 久美子の抗議は、もはや逆ギレに近かった。

 人差し指を突き付けながら、一気呵成に吐き捨てる。

「そんな『SUGOI DEKAI』を通り越した究極兵器二門も備えておいて、いったいあたしにどんな感想言えって言うのよッ! 注目するな? ガン見するな? 無理無理無理無理、絶対に無理ッ! オンナのあたしでもそうなんだから、オトコにそんなの期待するだなんて、溶鉱炉の中に指突っ込んで火傷するなって言うようなものよッ! そりゃあね、目立たないように変装しろってアドバイスしたのはあたしよッ! でもね、自分の存在感を甘く見てたシーラさんのほうにも問題があるんじゃなくって!?」

「わ、わたしに問題が、ですかァ?」

「そうよッ! どうせ変装するのなら、もっとダブダブの服着てデブの姿に徹するとか、思い切りアダルトに振って別人格になり切るとか、そういうルートもあったでしょうにッ! なのになにッ!? その中途半端な男装はッ!? ただ単に『美少女が男物の服を着てみました、テヘッ』ってだけの、典型的なやっつけ仕事じゃないッ! シーラさん、あなた、コスプレの神髄舐めてんのッ!? こんな時じゃなかったら、頭丸めて出直してこいって言いたいわッ!」

「責められるのはそこですかッ!?」

 思い切り本筋からずれた相方の放言に、その金髪の美少女──雪姫シーラは目を丸くするほか為す術を持たなかった。


 ◆◆◆


 説明しよう。

 シーラと久美子の両名が、なぜにしてこの場にいるのか?

 いったいいかなる理由をもって、尾行だの変装だのを口にする立場へとその身を置いているのか?

 事の発端は、生徒側からの個人的な要請で始まる臨時講師(轟雷牙)の家庭訪問。

 そして「セントジョージの金髪姫」が胸に抱いた小さな懸念がそれだった。

 彼女が親友(此道春香)から告げられた、冗談にも似た他愛ない入れ知恵。

 同居人である宇宙刑事とクラスメートである衆道七海とが、この一件をきっかけに教師と生徒との一線を超えてしまうかもしれない──…

 それは、本来ならば気にしたところで仕方のない、というよりは、そもそも彼女が気にする権利など持ち合わせていない、そんな個人的問題のはずであった。

 ひと月前のシーラであれば、「わたしには関係ない」と一刀両断したことだろう。

 だがひと月前の彼女ではない金髪の乙女は、そうすることができなかった。

 理由はわからないが、どうしてもできなかった。

 ざわざわと胸中に湧き立つ漆黒の雨雲。

 急速に存在感を増すその内部では、ときおり稲光にも似た煌めきが複数個所で発生している。

 事の成り行きをおのが目で確かめねば──と少女が心を決めるのに、さしたる時間はかからなかった。

 そうよッ!

 あいつはわたしの「被保護者」なんだものッ!

 これはひとりの「保護者」として、至極当然な判断なのよッ!

 そうやって無理やり自分に折り合いをつけ、さっそくとばかりに行動開始。

 小山内久美子を共犯者(みちづれ)に定めたのは、その筋の専門家だと見込んだゆえの選択である。

 シーラの指先が携帯のボタンをプッシュしたのは、午後の授業が終わって間もなくのことだった。

 なお行動開始に先立って、当の久美子が多忙である可能性については、いっさい考慮に入れられてない。

 間を置かず、電話口に出る雑誌記者。

 それは彼女にとって、ちょっとした不幸の始まりだった。

 何も知らない久美子に対し、単刀直入、一気呵成、問答無用に用件を押し付けたシーラは、とどめとばかりに渋る彼女に言い放った。

「記者なんだから、探偵ごっこはお手の物でしょ?」

「シーラさんがジャーナリストをどんな風に思ってるのか、いまの発言でよくわかったわ」

 そんな電波を介した遣り取りを経て、しかし久美子は、美少女からの申し出をなんだかんだで受け入れた。

 彼女もまた、宇宙刑事のプライベートというものに強い関心を抱いてたからだ。

 加えて言えば、もうひとりの当事者(衆道七海)の存在も、知的興味を強く惹き付けるシロモノであった。

 陸上自衛隊の将官という父を持つ、冥府魔道(オタク趣味)の同行者。

 普通に考えれば、なかなか交流を持てるような人材ではない。

 そんな人物が、普段はどのような私生活を送っているのか。

 数寄者(ディレッタント)的好奇心が刺激されたのも、仕方がないと言えば仕方のない話である。

 だがそれとは別に、ブンヤとしての本能が彼女の決断を促したこともまた、疑う余地なき事実であった。

 そう。

 久美子は知りたかったのである。

 何が、という具体的な対象を、ではない。

 自分自身ですら理解できない好奇の飢えを、ただ満たしたくて満たしたくてたまらなかったのだ。

 飢えを覚えたジャーナリストほど始末に負えない人種はない。

 彼女の段取りが首謀者(シーラ)以上に素早かったのは、そうした心情が背景にあった。

 七海の自宅を住所から割り出した久美子は、雷牙ターゲットがそこに至るまでの交通ルートを逆算して推測。

 シーラと交代しながらつかず離れずその後を追い、あらかじめ策定してあったこの場所で、再度落ち合うことにしたのであった。

 その卓越した企画力と行動力は、もはやストーカー一歩手前としか言いようがない。

 事実、彼女のカメラのフォルダには、宇宙刑事(お気に入り)を被写体とした当日データが数百枚規模で蓄積されていた。

 当然、その一挙手一投足は、微塵の隙無く注視対象とされている。

 ただその追跡は、毛の生えかけた素人技に過ぎなかった。

 専門家の目から見れば、子供の悪戯と同レベル。

 発覚しなかったというのが奇跡に近い。

 特にシーラの尾行など、道行く者がヒソヒソ話の題材にするほど、浮きに浮きまくった状態であったのだからだ。

 にもかかわらず、轟雷牙は彼女たちの存在に気付く素振りを見せなかった。

 寸分も、微塵も、これぽっちも、である。

 それはまさしく、正義の味方として大丈夫なのか?、と二人が危惧を抱くほどのレベルであった。

 まあそのおかげで、稚拙なシーラの計画は、ここまで実を結ぶことに成功したわけなのであるが──…


 ◆◆◆


「とりあえずどうするの?」

 冷静さを取り戻した久美子が、シーラに向かって問いかけた。

「轟さんは家の中に入っちゃったし、ここからじゃ中の様子はうかがえないよね」

「そんなの決まってるじゃないですか」

 呆れたようにシーラが答えた。

「壁乗り越えて、敷地の中に忍び込むんですよ」

「はァ?」

 久美子の両目が丸くなった。

「シーラさん、あなた自分が何言ってるのかわかってるの?」

「もちろんわかってます」

 豊かな胸を傲然と反らし、金髪の美姫は言い放つ。

「壁の向こうに行かなきゃ雷牙と七海が何をしているのかわからないってことぐらい、小学生だって理解できますもの。莫迦にしないでくださいな」

「いやいやいや、尋ねてるのはそこじゃなくって」

「そこじゃないならどこだって言うんですか?」

「勝手に他人ひとの家に進入するってのは、立派な犯罪行為だってことよ。バレたらどうすんの? 相手は自衛隊の偉いひとよ。下手しなくても警察沙汰だわ」

「バレなきゃいいんですよ」

 シレっとシーラは言い切った。

「万が一バレたとしても、軽い悪戯だって言い張って、七海に納得してもらいます」

「そんな無茶な!」

「無茶も緑茶も烏龍茶もなしです。行きますよ」

 なおも食いつく眼鏡の記者を置き去りにして、少女は素早く大地を蹴った。

 自分自身の行いにまるで疑問を抱いてないようだ。

 足早に塀のたもとへ駆け寄って行く。

 金髪姫はそこでピタリと足を止め、周囲に人影がないことを迅速に確認。

 間髪入れず、塀の上手に両手を伸ばした。

 幸いにして、塀の高さ自体はさほどのものでなかった。

 成人男子の背丈(百七十センチ)ぐらいといったところか。

 無論、覗き見ができる高さではなかったが、気合を入れればよじ登ることぐらいは適いそうだ。

 いま相方が行おうとしているあからさまな触法行為。

 それを目の当たりにしてうろたえるしかない久美子に向かって、雪姫シーラの叱咤が飛んだ。

「久美子さんッ! なにボケっとしてるんですかッ!? 突っ立ってないで手伝ってくださいよッ!」

「あわわわわ」

 慌てて左右に頭を振り、視線を一周させる久美子。

 眼鏡の奥で瞳を動揺させつつも、しかし彼女はシーラの要求に従ってしまった。

 あたふたと、呼ばれるがまま現地に向かう。

 久美子が現場に到着した時、身軽な少女はもう塀の上への登攀作業に成功してしまっていた。

 手伝う必要なんてなかったじゃん、と心の中で物言いをつける。

 だが、そんな彼女の心境など金髪娘の知ったことではなかった。

 その場でかがんで手を伸ばし、美少女は眼下に向かって声を出す。

「さ、久美子さん。わたしの手に掴まって」

「ど、ど、どうしても、行かなきゃいけない?」

「なにビビってるんですか? ここまできたら一蓮托生。いまさら逃げ出すのはなしですよ」

「う、うん。そうよね。そのとおりよね」

 あっさり説得される久美子。

 本心では全然納得していないものの、若さゆえの勢いに圧倒されてしまう。

 ええいッ! ままよッ!

 自分の中で踏ん切りをつけ、シーラの右手を両手で掴む。

 しかし、彼女らの行いはそれ以上進展することがなかった。

 不意を打った第三者の出現が、それを阻止してしまったからだ。

「おいおまえら。そこで何してるんだ!」

 野太い声が、二人の鼓膜を振動させた。

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