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翔龍機神ゴーライガー  作者: 石田 昌行
第八話:宇宙刑事と三つ星将軍
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宇宙刑事と三ツ星将軍8-3

「轟先生ェ。今度の日曜、お時間ありますかァ?」

 突如として職員室に現れ、食事にいそしむ宇宙刑事にそう切り出してきたのは、学園を代表するオタク系ディレッタント、衆道七海そのひとだった。

 タイミングは、まさに昼休憩のど真ん中。

 さすがの雷牙も、山と積まれた弁当箱を、まだ半分ほどしか処理できてない。

「日曜日ですか? そうですね。日曜礼拝が終わった後でなら、時間を取れないこともないですが」

 とりあえず口の中身を空にし終えて、若き講師はさらりと答えた。

 肩越しに向けられた眼鏡の奥で、ふたつの瞳が真摯に揺れる。

「何か僕にご用でも? 困った事があるのなら、なんでも力になりますよ」

「いえいえ、そんな大したことじゃないんですゥ」

 両手を振って応じる七海。

 口元が意味深そうに吊り上がる。

「実はですねェ、ウチのお父さんが轟先生とぜひお話がしたいって言ってるんですよォ」

「衆道さんのお父さんが、ですか?」

 椅子をくるりと回転させて、教え子と宇宙刑事は向き合った。

「ひょっとして、僕、何かヘマしちゃいました?」

 眉をひそめて雷牙は尋ねた。

 究極のド天然であるこの若者が、あろうことか自分の落ち度を不安視する。

 それは、同居人・雪姫シーラによる「躾け」の成果に相違あるまい。

 身を乗り出すようにして彼は言った。

「だとしたら、お詫びの品を用意しないと」

「そういうわけじゃないんですけどォ」

 ニパッと笑って七海が答えた。

「お父さんから先生のこと聞かれたんでいろいろ話したら、お世話になってるようだから一度お礼を言わせなさいってなりまして」

「なるほど」

 教え子からの説明を聞き、雷牙は大きく頷いた。

 深く得心したものか、安堵の色が顔付きに浮かぶ。

「そういうことでしたら喜んで」

「よかったァ!」

 歓喜とともに七海の両手が打ち合わされた。

「じゃあ今度の日曜日、お仕事が終わったら、家庭訪問よろしくお願いいたします! お茶菓子と最新刊用意して待ってます!」

「はい。確かに承りました」

 それは、さほど珍しくもない、どこにでもある遣り取りだった。

 強いて言うなら、生徒の側から教師の側へのアポイントメントが、いささかレアケースであるといったことぐらいか。

 だが見方を変えれば、邪な深読みの可能な、そんな遣り取りだったとも言える。

 そして事実、この他愛ない遣り取りが、学園内にちょっとした騒動を巻き起こすことになるのである。


 ◆◆◆


「ねえねえ聞いた? 七海がさ、轟先生をデートに誘ったんだって!」

「ウソ!? 寄りに寄って、あの七海が!?」

「薄い本の題材にするつもりなんじゃないの?」

「それがさァ。親とご対面させるために、自分の家に招待したらしいよ」

「え~ッ! それってお見合いじゃん!」

「あのシーラを差し置いてかッ!」

「やるじゃん! 七海!」

「で、それっていつの話?」

「今度の日曜日だって」

「こりゃあ、あとでこってり面接しなきゃいけないようね」

「だよね~。洗いざらい白状させないと」

 少女たちの間にその情報ネタが行き渡ったのは、午後の授業が始まるまであと十分ちょっとといったあたりの出来事だった。

 壁に耳あり障子に目あり、とは、よく言ったモノだ。

 職員室でのあの遣り取りを、いったい誰が聞きかじったのか。

 ただでさえ正確さを欠くその内容が伝言ゲームで増幅され、終いにそれは、ちょっとしたスクープネタの様相さえ醸し出していた。

 いつの世も女子校生は噂話が大好きである。

 ことそれが自分の身近な事柄となれば、盛り上がることは必須の事態。

 低俗だから黙っていろとは、なかなか言えないのが筋ではあった。

「ねえシーラ」

 そんな空気にも我関せず、孤高の態度で授業の用意を続けている金髪姫に、此路春香が声をかけた。

 にやにや笑いを顔中に張り付け、あっけらかんと尋ねてかかる。

「例の噂、気にならない?」

「生憎と、ぜ~んぜん気にならないわね」

 眉を微塵も動かすことなく、雪姫シーラは親友に答えた。

 教科書その他を取り出しながら、つっけんどんに吐き捨てる。

「というよりさ、なんでわたしがそんなガセネタ、いちいち気にしなくちゃならないわけ?」

「だって、轟先生が七海とデートしちゃうって話でしょ」

 そんな級友の反応に、春香はあっさり言い切った。

「自分のオトコがほかのオンナとデートするの、シーラは我慢できちゃうの? あたしだったら、とーてい無理な相談だけどなー」

「あの空気読めない宇宙人が、いつ、どこで、どんな経緯でわたしのオトコになったのか。わたしの目を見て説明してちょうだい?」

 恫喝に近い力強さで、美貌の少女は机を叩いた。

 必要以上に音が出て、周りの視線が嫌でも集まる。

 にもかかわらず、真っ赤になって彼女は吠えた。

「いいことッ! あいつはあくまで同居人ッ! ただの同居人がプライベートで何しようと、このわたしには、まったく、ぜんぜん、これぽっちも関係あ・り・ま・せ・んッ! だいたいなんで、わたしがあんなののオンナ扱いされなきゃならないのッ! 完全無欠な名誉棄損じゃないッ! いったい誰よッ!? そんな世迷言言い出した不届き者はッ!?」

「ツンデレの言い訳、ごちそうさまです」

 シーラの抗議を右から左にスルーして、春香はディープに頭を下げた。

 付き合いの長い分、親友の扱いに慣れているのだろうか。

 ニヘラと笑ったその表情に、金髪姫も毒気を抜かれる。

 そうしたタイミングを見計らったように、少女は素早く話題を変えた。

 先のおのれの発言に、自分自身でオチを付ける。

「ま、実際のところ、マジで家庭訪問の類いなんだろうけどねー」

「家庭訪問ねェ」

 鼻を鳴らしてシーラは応えた。

 口を尖らせつつではあるが、こちらもすかさず路線変更に同意する。

「でもさ。生徒の親がわざわざ娘の担任に会わせてくださいって、家庭訪問のきっかけとしては、めちゃくちゃレアなケースじゃない?」

「あ~、あんたが気にするのはそっちのほうか」

 目を輝かせて春香が言った。

「だってほら、七海のお父さんってさ、自衛隊の偉いさんじゃん。ウチの学校、ついこの間もあのブンドール帝国とやらに襲われたばっかだし、職業柄、いろいろ心配になっちゃったんじゃない? ここ何年かみたいに新聞テレビがうるさい時期じゃなかったら、あの娘(七海)にSPが付いててもおかしくない事態だと思うよ。というか、外国だったらとっくのむかしに付いてる状況なんだと思う」

「な~るほど」

 親友からの説明を聞き、シーラはあっさり得心する。

「春香らしくない的確な推理ね。何か悪いものでも口にした?」

「おっとォ。らしくないは余計じゃないスか? らしくないは?」

 おどけた態度で春香が応じた。

「あたし、いまひょっとして莫迦にされてたりする?」

「まさか」

 軽く吹き出し、シーラは告げる。

「真面目な回答がちょっと予想外だっただけよ。褒めてるに決まってるじゃない」

「ふ~ん」

 それを聞いた春香の両目に、怪しい光がギラリと宿った。

 親友からの弁明を虚言のひとつと捉えたのだろうか。

 意地悪そうな口振りで、鋭い指摘を突き立てる。

「そんな風に言われちゃったら、あたしとしても聞かないままでおられましょうか。あんたさァ、さっき『噂なんか気にならない』って言いきってたくせに、七海の親御さんが轟先生に会いたがってるって情報をご存じなのは、いったいなんで? なんでなの? もしかして、きっちり気にしちゃったりしてたりしたの?」

「うぐッ! そッ、それは」

「ねえねえ、なんで? なんでなの~ 周りが噂してるのをたまたま聞いただけ~なんて子供騙しの言い訳は、ひとまずナシにしましょうね。言っとくけど、そんなの信じるお人好しはウチの学校には皆無だから。そもそもあんた、他人に上手な嘘つけるほど、わかりにくいキャラじゃないし」

「むぐぐぐぐ」

 形容しがたい面相を構築し、美貌の乙女は言葉に詰まった。

 そう。

 この雪姫シーラという女子校生、そのクールな容貌とは裏腹に、緊急事態に直面するとハングアップを引き起こしやすいのである。

 そうでなければ、感情的に暴走行為を始めるかだ。

 確かに彼女、頭の回転自体は悪くない。

 学力その他を見る限り、むしろ優秀なほうに属するだろう。

 だがしかし、その頭脳は即効的なクーリングスペックに欠けるのである。

 いやこの場合は、消火能力と言い換えるべきか。

 中学生時代の渾名が「ニトログリセリン」だったという逸話が、それを端的に物語っていた。

 切れ味鋭い美少女が見せる、イメージ瓦解の挙動不審。

 そうした反応を面白がってか、彼女をいじりの対象とするクラスメートは、それこそ両手の指では数え切れない。

 春香もまた、その末端に籍を置くイジラーたちの一員だった。

 否、彼女の立場を末端というのは明確すぎる誤りだ。

 むしろ、問答無用の代表格だと確言しても構うまい。

 返事に窮する親友めがけ、改めてヤらしい目線を春香は送った。

 立ち直る前の金髪娘に、トドメの騎兵をすかさず放つ。

「ま、あんたであれ誰であれさ、気にするなってほうが間違ってるのよ」

 勝者の余裕で彼女は言った。

「だって、衆道の家(七海の実家)って、旧華族の血を引く由緒正しい名家なんだよ。あのはさ、そんなウチに生まれたたったひとりの跡取り娘。普段はあんなのだったりするけど、親戚一同から『跡継ぎはまだか? 跡継ぎはまだか?』ってせっつかれててもおかしくないんだよ」

「それが……いったいどうしたっていうのよ?」

「にっぶいわね~」

 ビシッと指差し春香は告げる。

「つまりィ、七海のとこの親戚筋が轟先生をお婿に迎えようって考えてても、全然不思議じゃないってことよッ!」

「ん゛な゛ッッッ!」

 それを聞いたシーラの両目が思い切り見開かれた。

「いくらなんでもそんなこと──」

「絶対ないって言いきれる?」

 メフィストフェレスもかくやの口調で、彼女は少女に駄目を押す。

「あんたがどう思ってるのかは知らないけどさ、轟先生って、結構なお買い得物件なんだよ。特に七海んちみたいな太い実家が後ろにあると、夫の収入が多いか少ないかなんて、ちっとも考えなくていいんだもん。大事な娘を進学させてウェイ系男子につまみ食いされるくらいなら、清い身体のうちに最高のオスと合体させちゃえってあの界隈が目論んだとしても、戦略としてはあながち間違ってないんじゃない? そもそもああいった旧家って、娘の自由恋愛より、家柄的に優秀な血筋を残すってほうに舵切ることが多そうだし」

「でも、あいつ宇宙人よ!」

「じゃあシーラはさ、チャラい地球の大学生と地球人じゃない轟先生、もし付き合えって言われたら、いったいどっちを選んだりする?」

「そ……それは確かにそうだけどさァ」

 歯切れも悪く答えるシーラ。

「そういう極端な二択って、このケースだと相応しくないんじゃ──」

「では質問を変えます」

 サクッとシャープに春香が言った。

「いざという時、轟先生より頼りになる男性ってどれぐらいいると思う?」

「それは……」

「ふたりきりになった時、轟先生より安全確実な男性は?」

「むむ……」

「轟先生より物知りで、轟先生より運動神経のいい男性は?」

「む……」

「轟先生より女子力高くて、イケメン度の高い男性はッ!?」

「……」

「いないっしょ? ね。いないのよッ! マジにッ! そりゃあ、ああいうパーフェクトガイがタイプじゃないって女の子はそれなりにいるでしょうけど、そんなの問題にならないくらい、あのひとは長所が短所を上回ってるのッ! ある意味さ、子作り用のDNA提供者って割り切っちゃえば、宇宙刑事の現地妻でもひとまず問題なしってわけよッ!」

「で、でもさ」

 うろたえつつも、シーラは応えた。

「七海のほうがそれでよくても、雷牙のほうが納得するとはいえないんじゃ──」

「そうね。そのとおりよ」

 親友の言葉に春香が頷く。

「あの先生、莫迦が付くほどクソ真面目だもんね。寄りにも寄って、あんたとひとつ屋根の下で寝起きしてるのに、浮いた話のひとつもないし。実にツマラン。つまんないこと、この上なし!」

「あのね」

「だけど、いつまでそうだと言い切れる? 轟先生だって健康的な男の人だよ。相手があんな七海であっても、一時の気の迷いがって展開に持ち込まれないって保証はないじゃん。仮にその気がなくっても、あっちの家で一服盛られて既成事実って流れになったら、開き直れるひとじゃないし、そうなったらそうなったで『じゃあ責任取ります』ってことになっちゃうかもよ。というより、その可能性って激高じゃん!」

 無根拠のまま、断言する春香。

 それはいわゆる、アジテーションの類にほかならなかった。

 発言者自身に覚えがなくても、紛れもなくその界隈に属していた。

 ゆえに、その瞬間からシーラの反応が滞った。

 複雑そうな表情を浮かべ、俯きながら考え込む。

「確かに──」

 やや間を置いて、金髪姫は呟いた。

「見定める必要がありそうね」

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