宇宙刑事と三つ星将軍8-2
「先程の答弁は実に痛快だった」
告げながら、内閣総理大臣・矢部新蔵氏は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「まあ、マスコミどもがいつもどおり、いろいろ騒ぎ立てるだろうがね。現役閣僚によるこのような暴言を我々国民は許すことができない──と」
「申し訳ありません」
その発言を受けて謝罪してみせたのは、彼と向かい合って着座する隻眼の大臣だった。
その丈夫──木林=エルンスト=元文は、しかし悪びれもせずこう告げた。
「しかし生憎と、当木林家には何にも増して守らねばならない家訓というものがございまして」
「ほう、それは興味深いな。ぜひその内容を拝聴させてはくれないかね?」
「単純ですよ」
木林は答えた。
「『舐められたら、殺れ』です」
「ははは。それはまた物騒な家訓だ」
総理の右手が膝を打つ。
「鎌倉武士の流れを汲む木林家らしい。ドイツから嫁いできた君のご母堂も、さぞかし面食らわれたことだろう」
「ところが、総理。母の実家、フォン=バウアー家の家訓も、これと似たようなものでして」
「なんとまあ。プロイセンの軍人家系とは聞いていたが、やはりホンモノは違うようだ」
「尚武の血筋とは、どこもそういったものでしょう」
木林の顔付きが不敵に歪んだ。
「名誉に対する自覚と尊重。そのふたつなくして、どうして戦場などに身を置けましょうや」
「義務と誓約という奴か。防大の卒業式で、いたく感動させられたことを思い出すよ。いまの発言ひとつだけでも、君を大臣に推した甲斐がある。木林君。君はまさしく、私にとっての韓信だ」
「国士無双、でありますか。過分な評価、痛み入ります」
「言っておくが、これはお世辞の類ではないよ。我々政治家が必要としているのは清廉潔癖な好人物などではなく、海千山千の寝業師どもと渡り合える腹黒いマキャベリストだ。君という人物は、それが国益に適うとさえ判断すれば、世話になった恩人を裏切り、可愛がった部下を見殺しにし、この私の政治生命ですら平然と潰しにかかるだろう。そう見込んだからこそ、党内の反対を押し切って、君に防衛相のポストを与えた。その鋼のような冷徹さが、いまの本邦にとって必要不可欠だと考えたからだ」
「ご信頼に沿えるよう粉骨砕身いたします」
「心から期待しているよ。なに、無責任なマスコミどもは例の尖閣事件で国民の信を失っている。声が大きいだけの野党議員ともどもな。新聞やテレビがいまさら何を言おうとも、国内世論にさざなみひとつ起こすこともできんよ。政権支持率七割越えには、それぐらいの力がある。多少の舌禍など、気にするようなことではない」
「総理は先ほど、私を韓信に例えられましたが、だとすれば、あなたは劉邦であると同時に蕭何でもあるのでしょうな」
苦笑しながら木林が言った。
「いや、情報戦のなんたるかを熟知していることを勘案すれば、むしろ張良・陳平の立場にさえ近い」
「当然だよ。私は国家の指導者などではなく、その宰相、助言者に過ぎないのだから」
両手を振って、総理は応えた。
言外に「雑談はこれまでにしよう」という意思を、わざとらしくも滲ませる。
「ところで木林君」
真顔になって彼は言った。
「例の異星人問題についてなのだが──」
「情報本部でもデータの収集を急いでいます」
公人の口調で木林が応じる。
「詳しい現状につきましては、そこにいる衆道陸将より報告があります」
「件の異星人戦士に関しての情報は、お手元のファイルに記載してあります」
同席していた制服組のトップ──日本国自衛隊統合幕僚長の地位にある衆道洋介陸将が、大臣の発言を受け継いだ。
「ですがよろしいのですか? トップシークレットを超える最重要機密に属しますが」
「構わない。この部屋は数時間前に消毒してある」
こともなさげに総理が言った。
「いまのところだが、盗聴される恐れはないよ」
「そうですか」
「まあ、心配するのも無理はない。いまの野党連合が政権を握っていた時分、この官邸内には数え切れないほどの盗聴器が仕掛けられていたからね」
顔付きを曇らせる洋介を、気遣うがごとく総理は告げた。
「どれもこれも、いわゆる市民運動家という連中がバラ撒いていったものだ。プロの仕業ではなかったので仕掛け自体は稚拙なものだったが、とにかく数が多かった。たぶんいまでも、未発見のものがひっそりどこかで眠ってるだろうな」
「ではやはり場所を変えて」
「時間の無駄だよ。そもそもあの連中にとって国家レベルの機密情報など、さほど価値のあるシロモノではない。彼らが必要としているのは、政治家個人のスキャンダルとマスコミ受けする失言の類だけだ。それにだね。仮にこの部屋で交わされる内容がその耳に届いたとしても、彼らはどうせ、それを有効活用することなどできはしない。それをするだけの知恵と分析能力とを、そもそも持ち合わせていないのだから。できるのはせいぜい、議事堂前には集まってプラカード片手に騒ぎ立てることぐらいさ」
「わかりました」
大きく頷き洋介は身を正した。
「いまのところ、所在が確認されている異星人戦士の数は男性とみられる個体が一名。『轟雷牙』という日本人名を名乗っているようです」
「ああ、サミットで我々を助けてくれた、あの若者か」
凛々しく戦う黄金の騎士を思い出し、矢部新蔵氏は天井を見上げた。
「ということは、彼とともにいたあの金髪の少女は、異星人戦士ではないということなのかね?」
「情報本部によれば」
頷きながら洋介は答えた。
「彼女の名は『雪姫シーラ』 私立の女子校に通う高校生で、異星人国家とは無関係な人物との報告を受けております」
「とてもそうには見えなかったが」
「ただ、彼女と件の異星人戦士との間には、ある程度、個人的な繋がりがあるものと想定されております。恐らくは、私的な協力者関係にあるのではないかと思われます」
「協力者関係、か」
総理の瞳がキラリと光った。
「それはいわゆるエージェントのようなものと捉えて構わないかね? つまりは、あの薔薇十字団のような」
「それはただいま調査中です」
洋介の口調に苦みが混じった。
「しかしながら、現状では与えられた活動条件に制約事項が多すぎます。いまのままだと、政治・軍事的に有効なインテリジェンスはまず掴めないものとお考えください」
「無論、法的な制約だけが問題ではありません」
訴えを引き継いだのは、隻眼の大臣だった。
「人類政府は異星人問題に関与してはならぬ──というローゼンクロイツとの協定。その重みに関しては、本職も重々承知しております。ですが以前までならともかく、ここまで赤裸々に暴れられては、もはや彼らをアンタッチャブルとして扱うのは不可能です。だからといって、強権的な情報統制なども言語道断。空気の読めないメディアと野党陣営に、わざわざ非難の口実を与えてやるようなものです。それ以前に、そうするための法的根拠が我が国においては存在しません」
「わかっている。わかっているんだ」
総理の右手が左右に振られた。
「先日も、宮内庁を通じて今上陛下にご報告した。もはや現状は政府の手に負えるレベルではない。そもそも我々人類社会は、この惑星が異星人同士の対立場となることを、いっさい想定していない、とね」
「それで、陛下のお返事は?」
「黙殺されたよ。それはもう、すがすがしいほどにね」
「政府判断に影響力を行使するのを避けられたのでしょう」
木林大臣が擁護に走る。
「象徴天皇としては、至極常識的な対応と心得ますが」
「ありがたいことに、そのとおりだ」
矢部総理の口元が、少量の苦虫を噛み潰した。
「だが、それでは困るのだ」
「外務省を通じてローマ法王にコンタクトするのは?」
「とうにやっている。だが、あちらもまた沈黙を守ったままだ」
「つまるところ」
隻眼の丈夫が結論を下した。
「当面、我々は無力な第三者でしかいられないということですな」
「そうだ」
吐き捨てるように総理が応えた。
「極めて不愉快なことだが、いまの我々には観客としての立場しか与えられていない。自宅を勝手に舞台とされ、その維持費用まで支払わされているにも関わらずだ」
「では、本邦独自の決断を下しますか?」
木林の顔付きにかすかな喜色が浮かび上がった。
「総理のご命令があれば、自衛隊はすぐさま行動に移れます」
「時期尚早だよ」
矢部氏は小さく頭を振った。
「無責任な野党陣営なら、迷わずそうしただろうがね。彼らにとって大事なのは、おのれが主張する手前勝手な『正義』のみだ。たとえその『正義』とやらが致命的な失政に繋がったとしても、彼らとその支持者たちは自分たちの非を認めず、『正義』に従わなかった『現実』こそが間違っていると考える。そんな者たちに理性的な判断なんて求められない。自分たちが過ちを犯すことなど絶対にないと、無根拠に確信しているのだからだ。だが残念なことに我々は、複数の『正義』が交錯する『現実』という世界に生きている。伸るか反るかの大博打に、委ねられたチップを注ぎ込むわけにはいかないのだよ」
「ローゼンクロイツとの協定破りには、それほどのリスクがあると?」
「確証はない。だが相手は、こちらの常識が通用するかどうかもわからない異なる世界の勢力だ。常に最悪の事態を視野に入れ、慎重にも慎重な判断を下すのは、政治家として決して間違っている道ではないと思うよ。未知の相手と対峙するのだ。石橋をいくら叩き続けても、叩きすぎるということはない」
「全然同意致します」
「とにもかくにもだ」
肩をすくめて総理が言った。
「いまの我々に残された選択肢は、注意深く耳をそばだてながら機会が来るのを待つことのみだ。それさえも十全に行えないこの状況下で、余計な事柄にくちばしを突っ込む余裕はない。ひとまずは足元を固めることに専念しよう。大手メディアもそろそろ抑えが利かなくなってくる頃だし、野党陣営の跳ねっ返りどもも、いま一度締め付けておく必要がある。瀬田野君では手綱を捌ききれないようだからね。こちらのイニシアチブで、いささか塩を送ってやらねばなるまい」
「彼らの背後に北京の影が見え隠れしています」
声を潜めて木林が告げる。
「未確認ではありますが、国家安全部の工作員が件の異星人戦士と交戦したという情報もあります」
「まさしく内憂外患か。実に由々しき事態だな」
「現在、公安の協力を得て中国の要員をマークしております。今後なんらかの活動を起こす際には、先手を打つことができるでしょう。あくまでも対処療法に過ぎませんが」
「やはり異星人勢力との外交チャンネルが必要だな」
矢部総理の発声が激しさを増した。
「そのためにも、薔薇十字団との折衝を急がねばならぬ」
「そのことなのですが」
洋介の声が、二人の間に割って入った。
「異星人戦士との、私的なルートでの接触は許されるものなのでしょうか?」
「私的なルート?」
「はい」
頷きながら彼は言った。
「一介の高校生が私的な協力者として活動しうるのであれば、あるいは我々にも可能な選択肢でないかと考えるのですが」
「つまりはどういうことなのかね?」
「はい」
総理の問いに洋介は答えた。
「あくまでも私案ではあるのですが、彼の異星人戦士と接触する私的なルートに心当たりがあるのです」
「言ってみたまえ」
「実は件の異星人戦士、私の娘の担任教師のようなのです」