宇宙刑事と三つ星将軍8-1
「私は、本件を極めて由々しき国際問題であると考えます!」
その短髪の女性議員は、目を血走らせつつ獅子吼した。
「昨日より度々国内に出没している謎の怪獣と巨大ロボット。家屋の倒壊や負傷者の発生など、これらの破壊活動が市民生活にもたらした損害は、まさに甚大と言っていいものであります! 死者八十七名。家屋の全半壊二百六十二棟。この具体的数字が物語るとおり、その規模は記録的な自然災害にすら匹敵するものです!
にもかかわらず……にもかかわらずであります! 今日現在までの矢部政権は、本件に対する抜本的な対策に乗り出す素振りを何ひとつ見せてはおりません! 事前に防ぐことのできる事態を事前に防ごうとする意志を、国民の前に何ひとつ提示しようとしていないのです!
これは、人命を軽視した原発の稼働や他国の脅威を口実にした際限なき軍事費の増大と並び、現政権の無能と無責任、国民に対する悪意と不誠実さを表すれっきとした証拠ではないでしょうか!? 総理の目には、国民の生命財産に関するご自身の責任などというものは、いっさい映ってなどおられないのでありましょうか!?
だとしたらそれは、国家のリーダーとしてまさに言語道断の所行であります! このような最低最悪の総理大臣に、国家の運営を任せていいはずなどありません! 私は、政治に責任を持ついち国会議員として、そしてこの国を愛するひとりの国民として、矢部『戦争』内閣の即時辞任を切に要求するものであります!
ですがその事実は、矢部『戦後最悪』内閣の罪、そのほんの一部に過ぎません! 本件において本当に重視しなくてはならないのは、我が親愛なる近隣諸国とそこで暮らす十数億の人々から向けられた、矢部『独裁』政権に対する疑惑の目であります!
彼らがみな、一様にこう主張していることを、果たして矢部総理はご存じなのでありましょうか!? 彼らはみな、このような疑問を呈しております。曰く『あの忌まわしき怪獣やロボットは、ひょっとして矢部政権が密かに開発した自衛隊の新兵器なのではないか?』『極右である矢部日本が、ふたたびアジアに軍国主義的野心を抱き始めたのではないか?』『ドイツと異なり、いまだ反省の色を見せない戦犯国・日本が、性懲りもなく侵略戦争を企てているのではないか?』
矢部総理! あなたとあなたの内閣は、世界各国から向けられたこれら深刻な疑惑の声に、果たしてどのようなお答えを返されるのでありましょうか!? いみじくも一国の宰相であられるのなら、この異常事態に対してあなたの政権がいかなる対応を取っているものかを、決して聞き間違えることのないはっきりした言葉でもって、きちんと示されるべきなのではないでしょうか!?
明確な、政府の答弁を求めます!」
「木林元文防衛大臣」
年配の衆議院議長に名指しされ、ひとりの男が音もなく立ち上がった。
彫りの深い顔立ちを持つ、長身痩躯の男性だ。
年齢は、おおよそ六十前後といったところか。
右眼に被せた黒の眼帯が、発する空気と相まって異様な鋭さを醸し出している。
この眼帯はファッションなどではない。
それは、彼が完全な隻眼であることの証であった。
男はそのまま前に出て、設けられた演台の位置に付いた。
悠然とその胸を張りながら、舌鋒を差し向けてきた件の議員に目を向ける。
軽侮のこもった眼差しだった。
売国奴め──心の中で彼は告げた。
おまえを操る何者かの存在に、我々が気付いていないとでも思っているのか?
いや、と彼は慌てて思い直す。
あるいは、誰かに操られているという自覚さえ彼女の側にはないのかも知れない。
おのれの正義を心の底から信じている愚者は、それゆえに自分が何者かに踊らされているという可能性を、いの一番に排除してしまうものなのだから──…
男の目から侮りが消え、代わりにわずかばかりの哀れみが浮かんだ。
だがその変化に、質問者の議員は少しも気付く素振りを見せなかった。
男が回答を口にしたのは、それから数秒も経たぬうちの出来事であった。
「その件に関しましては、ただいま全力をもって調査中であります」
それは、あたかも木で鼻を括ったかのごとき発言だった。
激高した女性議員が、口から泡を飛ばしながら身を乗り出す。
「そんな回答が許されるとでも思っているのですかッ!?」
いまにも噛み付かんばかりの様相で彼女──野党連合を代表する論客、衆院議員・富士元喜代美は、荒れ狂う言葉の奔流を叩き付けた。
「木林大臣ッ! お答えくださいッ! あなたは、そんな子供だましの回答で国民の目が欺けるなどと、本気で考えておられるのですかッ!? 国民を莫迦にするのも大概になさってください! それでも責任ある閣僚のつもりですかッ!? 選挙で選ばれた政治家のつもりですかッ!? 理解に苦しむとは、まさにこのことですッ! 公人としての資質を果たしてお持ちであるのかを、疑わざるを得ないと言えますッ!」
富士元の口撃は、総理大臣・矢部新蔵氏にも向けられた。
激しい怒号が、会場内に響き渡る。
「総理大臣ッ! これは、決して他人事ではありませんよッ! あなた自身の任命責任にも及ぶ問題ですッ! よりにもよって、これほどまでに無能無策な人物を閣僚に置いたあなた自身の責任について、何か仰ることはないのですかッ!? トップとしての責任を取り、潔く職を辞するおつもりはどこにもないのですかッ!?
幸いにして我が野党連合は、あなたの内閣を力量面ではるかに上回る、極めて優秀にして勤勉な『次の内閣』を準備しております。矢部総理。あなたがご自身の無能ぶりを少しでもご理解なさっておられるのでしたら、国民すべての幸せのためにも、私たち野党連合にこそ、この国の未来を委ねるべきだと思われませんか? そうなさることこそが、いま矢部『ファシズム』政権が為し得る唯一無二の正義であると、そんな風にはお考えになられませんか?」
「そうだそうだッ!」
「矢部政権は即刻退陣しろッ!」
野党側から野次が飛び出し、彼女の背中を後押しする。
その幼児のごとき興奮を馬耳東風に聞き流しつつ、隻眼の男──木林=エルンスト=元文・日本国防衛大臣は、その口元に薄笑いを浮かべた。
肩の高さに右手を挙げ、議長に対して発言の許可を要求する。
「ただいま富士元議員は、本職からの回答を『無能の証』と断言なさいましたが、その発言を真摯に受け止めた上で、あえてお尋ね致します」
議長からの許しを得たのち、木林大臣は質問を発した。
「いましがたあなたの仰られた『次の内閣』であれば、本件に関していかなる対応をなさるものと、議員の側ではお考えなのですかな?」
「なぜそのようなことをお答えしなければならないのです?」
「いや失礼」
不満げに唇を歪める富士元と比べ、木林の表情には圧倒的な余裕があった。
「本職のことを口を極めて罵られたからには、国民すべてが納得できるだけの素晴らしい案をお持ちに違いないと、純粋に好奇心を刺激されただけです。あそこまで激しく本職を非難されたのですから、よもや懐に策なしというわけではございますまい? ここは先ほど議員が口になされた国民すべての幸せのためにも、野党連合がお持ちになっている対応策とやらを、ぜひこの無能な本職相手にご教授してはいただけませんでしょうか?」
それは実に巧妙で、強かに過ぎる逆撃だった。
唐辛子色に紅潮していた富士元の顔色が一転、さーっと音を立てて青冷めていく。
仮にも政治家である以上、こちらから対案を示さず、相手の意見をただ非難し続けるという非建設的な贅沢を、彼女は楽しめる立場になどなかった。
それが許されてしまうのは、なんの権力も責任も背負い込んでいない完全無欠の部外者のみだ。
あたりまえだが、一般的な有権者は、そんな輩に血税を払おうなどとは思いもしない。
厳しい現実を面と向かって突き付けられた富士元は、一瞬にして退っ引きならない袋小路に追い詰められた。
ひとたび木林の質問に答えれば、今度はそれが議論の対象とされかねず、さりとて回答を無視してしまえば、その時は無責任という誹りから逃れることができなくなる。
対立勢力を撤退不能な深みに誘引、その限界線において悠々と反撃に転ずる──…
なるほど、木林の採ったそれは、ほぼ完璧なまでに軍事理論と合致していた。
これぞまさしく戦争芸術。
役者が違うとは、この事をこそ言うのだろう。
間を置かず、野党側からの野次が消失した。
望まぬ火の粉を浴びるのを、彼らが忌避した結果であった。
それは、どことなく虐めの構図に酷似していた。
そもそも腰の据わっていない輩は、無害な誰かを嬉々として殴ることができても、その者からの反撃対象にされることをまったく覚悟していない。
国際的なレベルで見ると、人格面で大人になりきれていないのである。
そんな議員が大勢を占めるというこの状況が、野党勢力の人材不足を何より如実に物語っていた。
「しッ、質問を切り替えます」
結局のところ、富士元の選んだ選択肢は「撤退」という二文字であった。
ひょっとしたら、彼女自身はその単語を再攻勢のための「転進」なのだと考えていたかもしれないが、それに同調する第三者はひとりたりともいなかった。
ひと呼吸ほどの時間を空けて、ふたたび富士元の質問が始まる。
こほん、と咳払いをしたのち、彼女は言った。
「木林大臣。いま私の手元に一通の告発書がございます。差出人の名は秘匿義務があるためにここで公表することができませんが、自衛隊と防衛省の内部事情に精通した、とある高位の自衛官であるとだけ申し上げておきます。かいつまんで読み上げます。
『富士元議員。私はひととしての尊厳と良心とを裏切ることが出来ず、いまこのような内部告発を行う決心を致しました。それは、昨今世間を騒がせている兵器型巨大生物と人型機動兵器による破壊活動について、あれらが現政権と自衛隊上層部、そして我が国の有力産業の三つによって企まれた国家的陰謀にほかならないということです。
現政権は、我が国の国民と周囲の国々からの信頼を根本から裏切る形で、あのような新型兵器を研究・開発。さらに邪な情報操作を行うことで善良な一般市民を扇動し、ふたたびアジアに対する侵略の手を伸ばそうと目論んでいるのです。
それだけではありません。自衛隊や我が国の有力企業は、かつての日本軍が行ったような忌まわしい人体実験を繰り返し行っているのです。その犠牲者は、主に東アジア各国から自衛隊の手で拉致されてきた若者たちであり、その数は最低でも数十万に達すると聞いております』」
しらけきった会場の空気とは裏腹に、富士元の表情にはふたたび赤味が差してきた。
自分の発言に自分でヒートアップしてきたものか、声のトーンが加速度的に上昇していく。
「『このような人類史に残るような暴挙を現在進行形で実行している現政権と自衛隊、そして日本企業の上層部は、即刻地獄に堕ちるべきだと考えます。
富士元議員。もし私の告発をわずかなりとも信じていただけるのであれば、ぜひ邪悪な矢部政権に鉄槌を下すお手伝いをお願いします。過去の戦争と植民地支配によって数億を超えるアジアの民を虐殺した、その謝罪と反省をも行わない汚らしい日本人すべての頭上に正義の裁きが下されるよう、お力添えをお願いしたいのです』」
それは、荒唐無稽にもほどがある告発文であった。
莫迦莫迦しいという感想すらはばかられるほどだ。
本来なら富士元の味方をする立場にある野党連合の議員たちですらがことごとく口をつぐみ、この審議に関わることを全面的にためらっていた。
リアルタイムでテレビ中継がなされているこの場において、ひとたび彼女の援護をすれば、その時は有権者からおのれの正気を疑われかねないという恐れが、彼らの足首を万力のように把握していた。
「なかなか面白い小説ではありませんか、富士元議員」
芝居がかって両肩をすくめ、木林大臣は富士元に応えた。
「少なくとも、幼稚園児の書いた小話よりは断然興味をそそられる内容です。政治的ジョークとしては、まず一級品と言える出来映えでしょうなァ。ただし、小市民的視点からすれば、いささかブラックに過ぎると思えなくもありませんが」
「木林大臣ッ! いまのお言葉は、私を莫迦になさった上でのものでしょうかッ!?」
「まさかまさか、とんでもない。あくまでも本職自身の個人的感想を述べたまでです。幸いなことに我が国の成文憲法においては、個人の思想と発言の自由とはきちんと保証された権利でありますからな」
激高する富士元とは対称的に、落ち着き払って木林が言う。
「それでは本題に戻りましょう。富士元議員。あなたは野党の国会議員として、その告発文が事実であるとの想定の上、いかなる対応を我が政府与党に求めるつもりでありますのかな? 本職と致しましては、まずそれをうかがわないことには明確な回答をお返ししかねますゆえ」
「ではお答えしましょう」
先の質問と異なり、富士元はこの件に対して明確な回答を用意していたようだった。
その口腔が、淀みなく彼女の意見を紡ぎ上げていく。
それはある意味、揺るぎない思想を伴う文言を成した。
「まず、日本国が行ったこれまでの過ちをすべて認め、諸外国に対し、全面的かつ無限大の謝罪を行うべきです」
傲慢に胸を反らせて彼女は言った。
「そして日本国憲法九条に従う平和国家として、保有するすべての軍備を即刻廃し、原子力発電所に代表される軍事利用可能なあらゆる産業を、ことごとく第三国の管理下に置くべきであります! 加えて世界に対する国民の決意を形にするため、『謝罪税』という名の消費税を三十パーセント前後導入し、過去においてこの国の侵略を受けたアジア各国に対し、その分を無償で提供すべきだと考えます!」
「つまり、自らの意志で他国の植民地になれ、と仰りたいのですな?」
「それがなんだというのですッ!」
皮肉めいた木林の言に、富士元の一喝が見事に重なる。
「かつてこの国は軍国主義の旗の下、他国を武力で侵略し、なんの罪もないアジアの民に塗炭の苦しみを与えたではありませんかッ!? であれば、国民すべてがそれと同等の、いえそれ以上の苦しみを味わうのは当然のことッ! その程度のことができずして、どうしてアジア各国からの許しが得られるものでしょうかッ! 木林大臣ッ! 日本国に生まれ、日本人の血を引くというただそれだけをもってしても、世界的には未来永劫許されることのない大罪なのでありますッ! 大は老人から小は生まれたばかりの赤ん坊に至るまで、そのことごとくが地獄の底に突き落とされようとも文句の言えない罪人なのでありますッ! そのことを考えれば、自ら進んで隣国の奴隷となり、永久に謝罪と賠償をし続けるなど、実に容易い行為ではありませんかッ!? そうは思われないのですかッ!?、木林大臣ッ!」
「残念ながら、本職はあなたの『正義』に同意しかねます」
嘲笑しながら木林は告げた。
「先ほど申し上げましたとおり、我が国には思想と言論との自由がございます。しかしながら、自由には常に責任というものが伴うものです。富士元議員。いまあなたがいかなるお考えをお持ちになり、その正しさを盲信しておられるのかは寡聞にして存じあげませんが、本職が、そして賢明な我が国の国民がその妄言に従わなくてはならない義務も責任も、この地上には寸分たりともありはしません」
「も、妄言と仰られましたかッ!?」
「いかにも」
木林は断言した。
「いまのあなたの発言を妄言と呼ばずして、いったい何を妄言と称すればよろしいのですかな?」
「侮辱ですッ! いまの大臣の発言は、私に対する明確な侮辱行為──」
「では堂々と、それを選挙公約に掲げればよろしいッ!」
叩き付けるがごとく防衛大臣が言い放った。
これ以上の戯言には付き合うつもりがないという、まさにとどめの一撃だった。
悠然と仁王立ちして彼は言う。
「我々はあくまでも国民から信託を受けた政治家であり、神や正義の名を借りた独裁者などでは断じてないッ! あなたとあなたの属する党が自身の正しさを確信しているのであれば、真っ向からその意志を掲げ、正々堂々国民の審判を仰ぐべきではないのかッ! それすらできずして、いったい何が政治家だッ! いったい何が議員だッ! くだらない妄言を妄言と言われたくなければ、有権者からの信託を受け直してから出直してこいッ! 卑怯卑劣な能無しめッ! 俺のケツを舐めろッ!」
それは、紛れもない暴言であった。
疑いようもない罵倒であった。
だが、当の富士元はおろか野党議員の誰ひとりとして、その不適切発言に対峙しようとはしなかった。
余りに違う胆力の差が、彼らの口を完全に封じてしまったからであった。
静まりかえる議員席を一瞥したのち、木林は顔色ひとつ変えることなくおのれの席に舞い戻った。
口元を引き締め、泰然とした面持ちで腕組みすらしてみせる。
哀れな──改めて彼は思った。
おのれ自身に従うことなくおのれの神に盲従するから、いまのような為体を見せるのだ。
いざという時、間違っていたのはおのれの神であって自分ではないという逃げ道を用意するから、そのような醜態を恥ずかしげもなく晒すのだ。
自らが過ちを犯した時、その責任は他の誰でもない自分自身にあるのだと、なぜ認めることができずにいるのだ?
自分自身が間違った何かを信じているという可能性を、なぜ考慮することができずにいるのだ?
そんな有様だから根も葉もない噂話に踊らされ、いまのように公人として注ぐことのできない恥をかく羽目に陥るのだ。
哀れだ。
哀れに過ぎる。
だが、私はそれに同情しない。
それが自業自得以外の何物でもないからだ。
もっとも──心の中で苦笑いしながら、彼は小さく呟いた。
轟天計画。
我が自衛隊が国民に黙って超兵器を開発しているという話だけは、否定できない真実であるがな──…