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翔龍機神ゴーライガー  作者: 石田 昌行
第七話:戦場は即売会!
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戦場は即売会!7-5

 悲鳴の数は、それこそひとつやふたつで済まなかった。

 和気あいあいとした場の空気が、たちまちのうちに一変する。

 男女を問わず、さまざまな叫声が辺り構わず林立した。

 混乱が、うねりを上げて会場を揺るがす。

「何ッ!? 何が起きたのッ!?」

 思わぬ異変に横っ面を叩かれ、久美子と七海は弾かれるように立ち上がった。

 強ばった顔付きで頭を振り、騒ぎの元を探し求める。

 そんな態度を示したのは、もちろん彼女たちふたりだけではなかった。

 この場にいる者ほとんどすべてが、等しく同じであったと言える。

 その眼差しが、間を置くことなく捕捉した。

 異様な雰囲気を醸し出す、乱入者たちの存在を、だ。

 それは、各々が銃器を抱えた黒尽くめの集団だった。

 ブンドール帝国の下級戦闘員、ザッコスどもの一団である!

「あれは、いつぞやの」

 目を見開いて久美子が吼えた。

「なんであの連中が、こんな場所に現れんのよッ!?」

「悪の組織だからじゃないですか」

 空気を読まないツッコミが、七海の口から放たれる。

「幼稚園バスを襲わないだけ、まだ現実的かも」

「ボケてる場合じゃないでしょうがッ!」

 眼鏡娘を一喝した女性記者が、一気にまなじりを険しくした。

 癖なのだろうか。

 乱暴に、右手の親指の爪をかむ。

 乱入者どもの指揮官が衆目の前に姿を見せたのは、ちょうどその瞬間の出来事だった。

 十数人のザッコスどもが、銃口で周囲を威嚇しつつ形成した一本の通路。

 子供のごとき体躯を有する醜悪奇怪なその老人は、手下どもが立ち並ぶ回廊の中央を傲慢不遜にのし歩き、漆黒のマントを大きくバサリと翻した。

 頭頂から右目までを覆う、どこか骸骨を思わせるヘルメット。

 明らかに一般的なセンスとはかけ離れたその風貌。

 間違いない!

 あれは、ブンドール帝国の暗黒医師・ドクター=アンコックそのひとだ!

「虐げられ、苛まれ、迫害されてきたオウ・タクどもよ! 儂の言葉をよく聞くがいい!」

 会場中央に陣取った老人が、居丈高に謳い始めた。

 しゃがれた声が、有無を言わせず名乗りを上げる。

「我が名はアンコック! 偉大なるブンドール帝国が大幹部、ドクター=アンコックである!」

「ブンドール帝国だってェ!?」

 ざわめきに混じって、驚きの声が複数弾けた。

「この間のサミットを襲った、テロリストの連中じゃないか!」

 だが怪老は、そんな雑音を意に留めようともしなかった。

 あたかもおのれが舞台俳優になったかのごとき素振りで、朗々と独演会を継続する。

「この場に集うオウ・タクどもよ。類い希なる創造の才の持ち主どもよ。この儂は、我が主、寛大なる総統エビルが名代としてここに来た。そなたらオウ・タクのことごとくに、等しく救いの手を差し伸べるためにじゃ!」

「救いの手? つーか、オウ・タクって俺ら(オタク)のことか?」

「いかにも」

 大仰な頷きひとつと前後して、アンコックの声色が一転する。

「思い出すのじゃ、オウ・タクどもよ! これまでの永きにわたり、世の大勢を成す者どもたちから、おぬしらオウ・タクがいかなる仕打ちを受けてきたものかを! ただおのが嗜好と異なるというだけの理由で、彼の者どもらがいかにおぬしらを差別し、嫌悪し、白眼視しようとしてきたものかを!」

 奇怪な老爺の発言が、するすると群衆の耳に忍び込む。

「この世には、数限りない思想があり発想がある。それらすべてを代表する絶対無比なイデオロギーなどそこにはあり得ず、それゆえに大勢と異なる哲学が否定されるいわれなどはどこにもない!」

「……」

「にもかかわらずじゃ! おぬしらオウ・タクは、そんな実態のない視野狭窄に焚き付けられた、いわゆる『世論』だの『常識』に責め立てられ、胸を張って自分自身をさらけ出すことすらできずにきた。斯様なことがあっていいものだろうか! 否! 他者と迎合することしか頭にない無能な大衆どもの偏狭によって、その希有な精神が芽を出すことなく枯れ果てるなど、断じてあっていいはずがない!」

 その内容は、これまで好事家たち(ディレッタント)が押し殺していた本質的な不満の心を、真正面からくすぐるものだ。

 聴衆たちの反応が、秒を経るごとに受け身のものへと変化していった。

 暗黒医師の言葉遣いに、異様な自信が満ちあふれていたせいもあろう。

 反抗的なざわめきが見る見るうちに姿を消し、それと入れ替わるようにして、老爺の言葉に傾けられる耳が俄然その総数を増していく。

 無論、そうした彼らの反応を異様と感じる者もいるだろう。

 いやむしろ、そう感じる者のほうが多数派であるのがあたりまえだ。

 だがしかし、こうしたケースは、これまでの世界史上において決して希有な事例というわけではない。

 社会的に抑圧された勢力がちょっとした扇動によって理性的な判断力を奪い去られるという事態は、むしろメジャーな出来事であるとさえ言える。

 いまでこそそれなりの市民権を確保するに至ったものの、この国においては、趣味的なマイノリティーに属する勢力は、常時、嘲笑と侮蔑の対象とされてきた。

 病的な同調圧力の片鱗とでも言うべきだろうか。

 社会の大多数とは一線を画す存在を、「自分たちが理解できないから」という不寛容によって、おのが周囲より排除排斥しようとする動き。

 それはある意味で、意図的な無知から来る宗教的運動(魔女狩り)と見なすこともできた。

 そこに合理的な理屈などは、当然のごとく存在しない。

 だからこそである。

 そうした圧力に反発する感情もまた、理屈によって制されたりなどしなかった。

「オウ・タクどもよ! 我らブンドールは、おぬしらの存在を歓迎する!」

 両腕を広げ、大仰な仕草で暗黒医師が宣言する。

「我々は、いかなる思想をも排除せん! 異なる発想を異端視せん! 異は、常に進化へのきざはしである! 種が前進するために必要な、いわば絶対不可欠の栄養素である!

 オウ・タクどもよ! おぬしらを虐げ、嘲り、屈辱の縁に追いやってきた者どもを見返すべき刻がここに来たのじゃ。我らブンドールが、いまこそその手助けをしてやろうではないか! おぬしらオウ・タクを皆等しく我らが同志として認め、その才を思う存分発揮できる楽園を数限りなく提供してやろうではないか!」

「冗談じゃないぞッッ!」

 誰かの声が会場に響き渡った。若い男性の声であった。

 心なし震えを帯びた滑舌で、彼は我が意を叩き付ける。

「アンタの言うとおり、確かに僕らサブカル好きは、世間一般からずっと冷たい視線で見られてきたさ。もちろん、それはいまでも変わりない。『萌え』だの、『二次元』だの、『受け×攻め』だので楽しんでるのを一般人に知られた日には、それまでの評価がどんなものであったって、次の日からは『キモいオタク』に大変身さ。

 はっきり言ってムカつくよ!

 アンタの言うとおり、見返してやりたい気持ちもないわけじゃない!

 でもなッ! それでもアンタらみたいなテロリストの仲間になって、そこいら中でドンパチやるほどには落ちぶれちゃいないんだッ! 鉄砲抱えて生き死にのかかった戦場へ行くなんて、心の底からまっぴらごめん! 頭の天辺から願い下げだ!

 僕らは、ただ放っておいて欲しいだけなんだよッ! めんどくさいしがらみから離れて、自分自身を解放して、自分のしたいことに自分の時間を目一杯注ぎ込みたいだけなんだよォッッ!」

 一気にそれだけ言い放った勇気ある発言者──それは、同人作家の男場であった。

 シーラたちが本の販売をサポートした、あのサークルの主力作家だ。

 相方(秋月チェリー)の制止を振り切り、衝動の赴くまま持論を口走った彼であったが、心中の熱量が冷め切るまでの時間は極めて短いものだった。

 ただおのれだけに向かって注がれる冷たい怪老の眼差しが、その心臓をひと息に貫く。

 こ、殺される──…

 大それたことをしてしまったという後悔が、すぐさま彼に土下座という謝罪の選択を強制する。

 しかし、それが形を成すよりわずかに早く、暗黒医師から笑声が上がった。

 何事か、とばかりにきょとんとする男場を余所に、ドクター=アンコックは断言する。

「そうかそうか。ならばなんの問題もない」

 胸を反らせて怪老は言った。

「ただ放っておいて欲しい。自分のしたいことに自分の時間を注ぎ込みたい。そのおぬしらオウ・タクの願い、この儂が、総統エビルの名にかけてしかと叶えてやろうではないか」

「なんだって!?」

 集団の内からかすかなどよめきが発生するなか、暗黒医師はきっぱりと言い切る。

「我らは、おぬしらオウ・タクに戦闘力など期待しておらん。そもそもじゃ。下級戦闘員ザッコスどもにすら劣るこの惑星ほしの軍事力など、我らブンドールは端から問題視しておらん」

「じゃあ、アンタらは、僕らオタクに何をさせようって言うんだ?」

「発想の模索じゃ」

「発想の模索?」

「そうじゃ!」

 ドクター=アンコックはうそぶく。

「我らブンドールがおぬしらに求めるものは、そなたらの言葉で言う『自由な発想』 つまり、凝り固まった従来の常識などにはこだわらぬ、奇抜で、幅広く、突拍子もない可能性そのものの探索じゃ。戦に勝つため必要なのは、思いも寄らぬ独自の発想。合計三つの選択肢における、およそ四つ目の回答にほかならぬ!」

「四つ目の回答……?」

「この過酷な宇宙を生き抜くためには、常に新しき発想を生み出していかねばならん。なぜならば、いまこの瞬間の正解が、瞬きののちにも正しく正解であり続ける保証など、およそどこにもないからじゃ。ゆえにこそ、我ら勝利者たらんとするブンドールは、新しき発想を模索する。新しき発想を模索する才を、世の何よりも重視する。その才の持ち主を、心の底より歓迎する。

 オウ・タクどもよ! 未来の勝利者たらんと欲するのであれば、我が主・総統エビルの膝下に集結するのじゃ! 我らがおぬしらに求めるのは、その類い希なる思考の才のみ。節度や信義、品行の有無などに、我らはいっさいこだわらぬ! その能力を我が主の覇業に費やす限り、おぬしらを無意味な労働に従事させるつもりもない。生産や管理のような雑業におぬしらの時間を割くことが、いかに無益かを熟知しておるからじゃ!」

「そ、それはつまり、働かなくてもよくなるってことかッ!?」

 男場とは別の誰かが、弾けるように質問を投げた。

「アンタらの仲間になれば、働かないまま、俺らの()()をずっと続けていけるってことかッ!? 仕事なんかしなくても、自由気ままにゲームやったり漫画描いたり、遊びたい時に好きなだけ遊んで、寝たい時に好きなだけ寝ててもいいってことかッ!?」

 それは、成年向けの美少女漫画を得意とする、ベテラン男性作家だった。

「そのとおり!」

 彼の問いかけに対し、ドクター=アンコックは大きく頷く。

「我らが望みは、あくまでもおぬしらがおぬしらのままであることじゃ。こちらが欲する利潤と(ことわり)は、おぬしらの反応を精査・観察することで我らが勝手に獲得する。その無軌道な方向性を手前勝手なテンプレートに沿わせてしまえば、おぬしらオウ・タクがオウ・タクである意味がなくなってしまうからのう」

 発言がひと段落付くと同時に、どよめきがひときわ大きなものとなる。

 皆々の心中に迷いが生じているという、それは何よりの証だった。

「おいッ、いまの聞いたか?」

「マジかよッ!」

「スッゲェ憧れるッ!」

 その認識を裏付けるように、かすかに漏れ聞こえてくる声は怪老の誘いを好意的に受け止めるものばかりだ。

 ただしそれは、彼らの総意を覆い尽くすまでには至っていない。

 「美味しい話には裏がある」という常識的な判断が、感情的な軽率に見事なブレーキを掛けているのである。

 しかしながら、そのブレーキが次第にフェードしつつあることもまた、隠しきれない事実であった。

「まずいわね」

 人混みの陰に身を隠しながら、小山内久美子はぼそっと呟く。

「みんなが話を聞き出してる。このままじゃ──」

「考えすぎですってば、久美子さん」

 隣にいる衆道七海が、ささやくようにそう応えた。

「いくらなんでも、あんな与太話に乗っちゃうような人間なんて、この国にはそうそういないと思いますよ。お花畑な政党が選挙で負けてる現実見ても、それぐらいは簡単にわかるじゃないですか」

「残念だけど、七海ちゃん。みんながみんなあなたみたいな考え方してたら、詐欺師なんて連中はこの世の中からとっくに根絶させられてるはずよ」

 久美子が親指の爪をかむ。

「責任感のない大衆ってのは、ほんのささいなきっかけで一気に扇動されるものなのよ。これまでの歴史が、ちゃんとそれを物語ってる。百人のノンポリに右向かせるには、その中のオツムの緩い何人かを選んで煽って同時に右向かせれば済むだけの話。あとはその連中に右ならえした人間がまた別の誰かを右ならえさせて、最終的には集団全部に右向け右をやらせられる」

「……」

「哀しいけど、それが世論っていうものなの。耳に心地良いだけの世迷い言が、時に厳しい現実論を駆逐することがある理解不能な世界なの」

 断言口調の久美子の意見に、眼鏡娘は顔をしかめた。

 言いたいことはわからないでもないが、それを受け入れることもまたできない。

 自分と同好の仲間たちが、それほど愚かであるとは思いたくなかったのだ。

 だが状況は、そんな七海にとって不本意な方向へと移行しつつあった。

 男性陣の中の数名が、怪老の意向に従う旨をやんわり示唆してみせたからだった。

「いま言った約束をアンタらが守るって保証は、いったいどこにあるんだ?」

 挙手とともに質問の声を上げたのは、いかにも、といった感じの若い男だった。

 恰幅のいい身体を小刻みに揺すり、ふたつの瞳をぎらつかせる。

 彼は言った。

「アンタらが約束を守るって言うんなら、俺はアンタらの仲間に加わってもいい!」

 曲解のしようもない言い切りに、周囲の視線が集中する。

 そのほとんどが批判のこもった眼差しだった。

 反社会的武装組織に与するなんて、おまえ正気か?、とでも言いたいのだろうか。

 されど、そんな空気に青年は屈しなかった。

 冷たい風に逆ギレをかますかのごとく、おのれの説を一気呵成に吐き捨てる。

「なんだよッ! なんだよッ、その眼はッ! おまえらだって心の底じゃあ、いまの世の中に復讐したいって気持ちは持ってんだろうがッ!?」

 両手を広げ、青年は力説した。

「持ってないだなんて綺麗事は言わせないぞッ! 人間だもんなッ! 俺らはさッ、ただ好きなものを好きって公言するだけで、これまでずっと犯罪者予備軍みたいな眼で見られてきたんだッ! マスコミの報道なんか見てみろよ。酷いもんじゃないかッ! 誘拐犯だの殺人犯だの部屋にアニメや漫画があったってだけで、俺ら罪のないオタクまで一緒くたに犯罪者扱いだッ! アニメなんか見てるから犯罪者になる? 漫画なんか読んでるから人の道はずれる? もうたくさんだッ! そんなに世の中が俺らを犯罪者扱いしたいのなら、いいさッ、そのとおりになってやろうじゃないかッ! 本当にいるかどうかわからない一般人とやらの評価を気にして自分を殺して生きるくらいなら、自分を認めて好き勝手やらせてくれるテロリスト連中に与した方が何百倍もマシだッッッ!」

 それは文字どおり魂の叫びだった。

 鬱積された憤懣が、言葉となって弾け出す。

 解放された情動は、久美子言うところの「百人のノンポリ」たち、その心根を真正面から貫いた。

 じっと押し殺していたはずの本音が、せきららな共振を開始する。

「歓迎するぞ。勇気ある者」

 暗黒医師が口を開いたのは、まさしくその矢先でのことであった。

 歯をむき出しにした怪老が、件の若者を褒め称える。

「言うまでもなきことじゃが、栄光とは、おのれの手でもってのみ掴み取るものじゃ。他の何者かから授けられた誉れなど、しょせんはガラクタの一種に過ぎぬ。おのれの意志で明日へと踏み出す第一歩。その最初の足跡をも刻めぬ臆病者に、輝かしい未来など断じて訪れるはずがない。おぬしはその第一歩を自らの意志で踏み出した。勇者じゃ。我が意をもって他者に先んじる道を選んだ、類い希なる豪勇の士じゃ。我らブンドールは、おぬしのようなともがらを、心の底より歓迎する。ともに明日への道を行かんとする、掛け替えのない同志としてじゃ」

 部外者の口から次々と告げられる、完全無欠な賞賛の意。

 それは、承認欲の肥大した創作界の住人にとって、最も耳に心地よい言葉の羅列にほかならなかった。

 求めてやまない三嘆を受け、憤っていた場の空気が次第次第に鎮まっていく。

「やだッ!」

 そうした流れをいち早く察した久美子が、短く小声で口走った。

「これって、ミュンヘン一揆のポケット版じゃないッ!」

「ミュンヘン一揆?」

「むかしのドイツで、ヒトラーナチスが台頭するきっかけになった出来事よ」

 いらつき気味に、彼女の前歯が爪をかむ。

「目一杯膨らんだ風船に対する問答無用の針のひと刺し。心の奥底に貯めていた不満を言葉の力で破裂させる。こういうのって、極右政党だの極左政党だのが政権取る時に見られる万国共通の風景なの。人間っていう生き物はね、本質的に莫迦だから、手間暇かかる現実的な対処法より、本当にあるかどうかわからない特効薬のほうに飛び付いちゃう傾向があるのよ」

「それって、いずれみんながあの怪しい一味に加わっちゃうかもってことですか?」

 うろたえながら七海が尋ねた。

 久美子が何を言いたいのかを理解したのか、わずかに唇を震わせている。

「ど、ど、どうしましょう、久美子さん?」

「全員が全員そうなるってわけじゃないと思う。そのことだけは断言してもいい」

 七海の問いに久美子は答えた。

「ただ、扇動っていうのは理性より感情に訴えるものだから、この時点であたりまえの正論ぶち上げても、正直言ってどうしようもないわね。救えない連中にとっては、そんなの馬の耳に念仏以外の何物でもないもの」

「ええ~ッ、そんな他人事みたいな風に言わないでくださいよォ」

「だって他人事なんだもん。仕方ないじゃないッ!」

 噛み付く七海に久美子が思わず声を荒げる。

「さっきも言ったけど、基本的に大衆ってのは無責任なのッ! 綺麗事と感情論に煽られたら、怪しい儲け話にだって乗っちゃうような、そんな軽率な生き物なのッ! 七海ちゃんだって、自分の信じてる何かを完膚なきまで否定されたら、たとえそれが莫迦正直な正論であっても納得する以前にムカついちゃったりしちゃうでしょ? それと同じ事よ。時間が経って、連中の茹だった頭が自然に冷めるのを待つしかないわッ!」

「そんなの悠長すぎですって」

「じゃあ、あたしにいったいどうしろっていうのよッ!?」

 事態が動きを見せたのは、それからすぐのことであった。

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