戦場は即売会!7-4
秋晴れの眩しい、とある日曜日の朝。
七海たちが参加する同人誌即売会は、滞ることなく幕を開けた。
会場となったのは、地元の産業展示館。
大都市圏の会場とはさすがに比べものになどならないが、その千坪に迫る大展示場は、この手のイベントを開くには、まず十分過ぎる規模だと言える。
この日集まった百人越えの来客、それを余裕で受け入れられたという事実こそが、その何よりの証拠であった。
なおこのイベントでは、参加サークルの扱う題材に関するいっさいの制限が設けられていなかった。
作品内容が一次創作だろうが二次創作だろうが一向に構わない。
俗に言うところの「オールジャンル」という奴である。
開催者側から注文を付けられた項目は、ぶっちゃけ言ってただひとつ。
いわゆる年齢制限の付いた内容の作品群は、あらかじめ決められた場所以外で扱ってはならぬ──ただそれだけであった。
正直な話、注目を集める大規模イベントなどでは到底まかり通らないであろう、あまりにルーズな縛りと言えた。
これで過去なんの騒ぎも起こしていないのだから、まったくもってたいしたものだ。
主催者側の人選と当局その他への根回しとが、よほど上手くいっているに違いあるまい。
その力量は、文字どおり賞賛するに値した。
ただ、そんな平和を絵に描いたようなこのイベントにも、今回に限って言えば初っぱなからある種の異変が生じていた。
とある参加サークルの売り場前に、あろうことか二本の行列が発生したのである。
それぞれの列を成しているのは、数十人の男女の群れ。
即売会全体の規模から換算すると、異常なほどの人数だ。
そして、その性別による色分けは奇妙なほどにくっきりしていた。
つまり、男だけの列と女だけの列が同じサークルの売り場前に各々一本ずつ伸びているというわけである。
ありえない、とまではいかないにしろ、極めてまれな現象と言えた。
何よりも、彼らが並んでいるサークル側に問題がある。
言い方は悪いが、そこは到底これだけの人数を動員できるような人気サークルではなかったのだ。
このサークルが前回のイベントで販売できた作品数は、わずかに一桁。
その実績を見る限り、弱小サークルの極北に近い。
しかも、扱っているのはボーイズラブのオリジナル本。
とてもではないが、男性諸君が列を成す題材とは考えられないシロモノだった。
だが、ひとたび列の先頭に視点を移せば、その謎はたちどころのうちに氷解する。
このサークルの売り場には、いわゆる客寄せという奴がいたのだ。
それも、尋常の枠には収まらない、とんでもないレベルの客寄せが──…
「お買い上げありがとうございます。七百五十円になります」
目映い笑顔も鮮やかに、「エルフの姫」がそう告げた。
黄金の髪が、雪のドレスを見事に彩る。
画面の向こうでしか見たことのない、幻夢のようなその美貌。
ただ微笑むだけのワンアクションで、それは買い手のハートを鷲掴みにした。
「あ、あ……はい」
言われるがまま、リュックを背負った男性客が野口英世を一枚差し出す。
まるで人見知りする子供のような、おどおどしっぱなしの反応である。
「エルフの姫」の胸の谷間が、彼の視界で自己主張した。
そのサイズは、メロンと言うよりもはやスイカ。
グラビアの世界でも希少価値がありそうな、それは絶対魅力の塊だった。
彼はいま、その恐るべき蜘蛛の糸からおのれ自身を取り戻そうと、必死の努力を続けているのである。
だがそんな健気な抵抗を、オトコの本音が蹂躙した。
圧倒的な吸引力が、見え見えの見栄を破砕する。
「あのォ」
男性客が、ひと呼吸置いて口を開いた。
意図して視線を合わさぬよう、「エルフの姫」に問いかける。
「あの看板に書いてあるのは、マジですか?」
「あ……あれ、ですか?」
その瞬間、姫の笑顔が引きつった。
背後に陣取る眼鏡の少女に、求めるような目配せをする。
「もちろん、マジですよ」
姫に変わった眼鏡の少女が、進み出てきて客に答えた。
「バックナンバー含めて三冊以上お買い上げになったお客さまには、我がサークル自慢の売り子たちが、感謝の握手などなど、独自のサービスを行っております!」
「じゃ、じゃあ。これとこれもください」
「はいッ! お買い上げありがとうございますゥ!」
それを聞いた眼鏡の少女が、ニパッと一気に破顔した。
非の打ち所など欠片もない、完全無欠な営業スマイルである。
接客担当なのに、尻込みしてちゃ駄目じゃない──笑顔の主から無言でそんな圧力を受け、姫の意気地は塩を降られた青菜となった。
白百合のごとき左右の手が、差し出されてきた男性の手をややぎこちなく包み込む。
無論、「エルフの姫」の浮かべているのは、百パーセントの作り笑いだ。
にもかかわらず、その温もりとの接触は、世慣れしてないオトコたちには禁断の果実に等しかった。
男性客の顔面が、一瞬にして紅潮を果たす。
それは疑いようもない、恋する男子の顔付きだった。
されど姫君はそのことに気付かず、続く刹那、おのれの注意を、隣の行列をあしらうもうひとりの接客担当に向け費やしたのであった。
「では三冊で二千二百五十円になります!」
視線の先で群がる女性を捌いていたのは、黒の鎧を身にまとった凜々しいひとりの剣士であった。
「エルフの姫」とは対称的な、華を廃した質実剛健。
姿形の印象は、あちらが百合なら、こちらはまさにむき身の剣そのものである。
だが、それも仕方のないことだろう。
なんといってもこの剣士、元ネタとなったキャラクターが、「魔刃の化身」というズバリそのものであったのだからだ。
「ラインハルトさま! 写真撮ってもよろしいですか?」
「ラインハルトさま! こーんな感じで、決めポーズとってもらえます?」
「ラインハルトさま! よかったらぜひ、ウチの同人誌読んでみてください!」
「ラインハルトさま!」
「ラインハルトさまッ!」
「ラインハルトさまァッ!」
女性客たちから次々と投げ込まれる黄色い悲鳴と理不尽な申し入れ。
はっきり言って、ただの売り子がそれに応える義理などない。
しかしながら、そうした打算主義的一般論など、彼にとっては考慮の外にあったようだ。
終始笑顔を浮かべたままで、このイケメン剣士は、殺到してくる要求をいちいち律儀にクリアしている。
雷牙。それ、ひとが良いにもほどがありすぎでしょ──…
そんな相方の姿を目の当たりにし、「エルフの姫」は天を仰いで嘆息した。
「あーあ、なーんでまたこんなことになっちゃったんだろ」
小声でそんなことを呟きながら、彼女──「セントジョージの金髪姫」こと雪姫シーラは、改めて自分の仕事に取りかかるのであった。
◆◆◆
このサークルが完売御礼の札を掲げたのは、販売開始から数えて一時間も経たないうちの出来事だった。
過去の実績から勘案すれば、まさに奇跡的なペースと言える。
これまで見向きもされてこなかった、血と汗と涙と妄想の結晶。
それら恥辱の証明がぎっしり詰まった複数の段ボール箱は、いまものの見事にすっからかんとなっている。
およそ信じられない結末だった。
出展者ですら予想してない、完全無欠の大勝利だ。
「まさか、あの『相撲暗黒伝』まで完売しちゃうなんて……」
そんな現実を突き付けられ、男場という名の男性作家が、思わずぽつりと呟いた。
彼のパートナーであり、このサークルを主催する女性作家の秋月チェリーが、そんな様子に苦笑いを浮かべる。
余談だが、男場の口にした「暗黒相撲伝」という作品は、「相撲」と称する実際の相撲とは似ても似つかぬ競技を舞台に、業を背負ったイケメン男子たちが肉体言語で語り合う、そんな意味不明の世界を描いた物語であった。
もちろん、成人向けBL作品であるから、オトコ同士の恋愛事情も濃厚なちゃんこ鍋に等しい密度で詰め込まれている。
次々に登場する個性豊かな男性キャラと、やたらと肌色率の高い展開。
その部分だけを取り出せば、ある意味、非常に手堅い造りとも言える。
だがしかし──…
断言するが、この作品に商業として受けるためのファクターなど、それこそひとつも見当たらなかった。
過去の販売実績、わずかに一冊。
初版で五百を刷り上げて一冊しか売れなかったというこの事実が、同作品の完成度を完膚なきまでに表している。
創作家としては、思い出したくもない黒歴史だ。
なろうことなら過去の経歴から抹殺したい、問答無用の駄作であった。
にもかかわらず、それほどのシロモノが、たった小一時間をもって完売を果たした。
描いた本人が半ば茫然自失してしまうのも、ある意味当然の帰結と言える。
「要はですねェ。商売は、頭の使いようひとつってことですよォ」
客足の引けたブースで催されている、気持ちばかりの勝利の宴。
その場において眼鏡の小娘──衆道七海は、遅い朝食を楽しむ面々に向かって、鼻高々に放言した。
「ことわたしたちみたいなオリジナル創作の部門は、手段を問わず、お客さんに『手にとって読んでもらう』ことから始めないといけないんですゥ」
「ほ、ほォ」
「二次創作とかと違ってオリジナルの作品は、どれだけ中身が良くっても特定のお客さんを確保するのが難しいんですから。だ・か・ら、お客さんの注意を惹くためには、あらゆる策略が肯定されるてしかりなんです。これって、販売戦略のイロハって奴ですよォ」
「早い話が詐欺じゃない」
コンビニ弁当を平らげたシーラが、すぱっと鋭く吐き捨てた。
割り箸とともに、空いた容器をゴミ袋の中に投擲する。
「本を買ってったお客さんの中で、いったいどれだけのひとがその中身にまで目を通してくれてると思ってるのよ。あんなあこぎな売り方でさ。あれじゃあ、本を売ってるんじゃなく、本の形をした握手券の販売だわ」
「読んでくれるお客さんの数は、ゼロじゃなければそれでいいんだよ」
悪びれもせず七海が答える。
「いまをときめくアイドルグループだって、握手券付きの円盤発売して、ふつーに売り上げ伸ばしてるでしょ? 商品に付加価値を付けて販売するのって、むしろあたりまえのことだと思うんだけどな」
「はいはい。商魂逞しいことで、よーございました」
自分の容姿を見世物にされたことが、よほど癪に障っていたのだろう。
その放たれるオーラが隅から隅まで刺々しかった。
今回、シーラたちが装ったのは、人気ゲーム「復讐のジークリンデ」に登場する主要キャラクターたちであった。
ゲームのあらすじは、暴虐な人間の帝国に平和な祖国を滅ぼされたエルフの王女・ジークリンデが、魔刃の化身である黒衣の剣士・ラインハルトとともに復讐の旅をするというもの。
ひと言で言えば、典型的なダークファンタジーだと言えようか。
その登場キャラのうち、シーラの扮していたのが物語の主人公である美貌の姫君・ジークリンデ。
そしていま、即席のファンに呼ばれて席を外した轟雷牙の扮していたのが、彼女の相棒兼守護者たる黒衣の剣士・ラインハルトだ。
そのどちらもが、現在のコスプレ界では図抜けた人気を誇っていた。
だがその一方で、ゲーム自体の方向性は男場や七海が扱っているボーイズラブの傾向とは、まったくもって絡んでこない。
早い話、本件の発案者である七海は、創作の題材とはいっさい無関係なキャラクターを、ただ客寄せパンダのためだけに用いたということだ。
醜悪ッ!
グロテスクなまでに卑劣ッ!
これがまっとうな商いのやりかたッ!?
七海ッ!
あなたの心にフェアプレイの精神は存在しないのッ!?
シーラの中のいささか過大な義侠心がついつい鎌首をもたげてしまうのも、あるいは自然なことなのかもしれなかった。
「ところでさァ」
身にまとった白いドレスを指先でつまみ、口先尖らせ彼女は言った。
「わたし、もうひとつだけ、どーしても腑に落ちないことがあったりするんだけど、単刀直入に聞いていい?」
「オッケーポッキー。なんでもどうぞ」
「じゃ聞くけど……なんで雑誌記者の久美子さんがこの会場に来てるわけ?」
「えッ!? 伝えてなかったっけ?」
「エルフの姫」から尋ねられ、眼鏡の娘はあっけらかんとそう答えた。
「わたしと久美子さんって、結構前からソウルメイトの間柄なんだよ」
「ソウルメイト?」
「いかにも」
傍らに座る鶯色の吟遊詩人が、大仰に頷きながら追従した。
「コスプレとコミック。選んだ道は違っても、あたしたちふたりはオタクに染まった魂の同志。ましてや、あなたたちふたりが即売会にやってくるって聞かされたなら、そりゃあ足を運ばなきゃ嘘ってもんでしょ」
そんな風にさぱっと言ってのけたのは、「週間スマッシュ」の専属記者兼カメラマンである小山内久美子そのひとであった。
彼女はいま、シーラたちと同じく「復讐のジークリンデ」に登場する女性キャラ、緑の楽士・エイプリルのコスプレをたしなんでいる。
聞くところによると、出来映え見事なその衣装は、久美子自身のお手製とのこと。
だとしたら、プロ顔負けのたいした技量だ。
「職業選択を誤ったのでは?」と素朴な疑問を呈してみても、あながち間違いではないだろう。
「なーるほど」
シーラが瞳を光らせたのは、そのタイミングでのことだった。
嫌みったらしく目を細め、久美子に向かって言い放つ。
「要するに、あなたたちふたりは端から共謀してたってことですか。どーりで手際がいいわけだ」
「えッ?、共謀って、何が?」
「わたしと雷牙がこんな恥ずかしい格好で接客するってのは、あなたと七海との間であらかじめ話が付いてたってことなんでしょ? 違いますか?」
しらばっくれる久美子に向かって、美貌の少女はきっぱり答えた。
「まさかァ」という彼女の頬被りも、いっさい耳に届かない様子だ。
「いまさらとぼけなくても結構ですよ。別に責めてるわけじゃないですから」
頭を振ってシーラは続ける。
「だって、そう考えないと説明が付かないですもん。この娘からの情報なしで、こんなに凝ったふたり分の衣装を──それも、このわたしのサイズにぴったり合わせた特注品なんて、作れるわけがないじゃないですか」
「いやいやいや。それ誤解だって」
ペットボトルをひと口やって、久美子は片手を左右に振った。
「あたしが七海ちゃんからお呼ばれしたのは、マジな話で金曜日のことよ。だから今回のコスプレ劇は、徹頭徹尾、あたしの独断。七海ちゃんや秋月さんには、報告だってしてないもの」
「じゃあ、なんで衣装のサイズがぴったりなんですか?」
「そんな情報、わざわざ聞かなくても実物を見ればわかるわよ」
不敵に微笑み彼女は言った。
「シーラさんのそれ、七十五のKでしょ?」
「なんでわかるんですかァッ!!!」
最高秘密を寸分違わず言い当てられ、シーラは顔を真っ赤に染めた。
いま久美子が口にした数字は、彼女の最新データだ。
学友たちに公開済みの公式数値とは、若干の隔たりが存在する
七海を通じて漏れ出した情報でなどあるはずがなかった。
「コスプレイヤー兼ジャーナリストの眼力を舐めてもらっては困るわね」
ふふん、と小さく鼻を鳴らし、久美子は右手をあごにやる。
「もっと言うと、あなたの存在は『ゴーライガールズ』のキモなんだもの。その鑑定には、嫌でも力が入っちゃうわ」
「な……なんですか? その『ゴーライガールズ』ってのは?」
「フッフッフ。どーしても聞きたいというのなら、直接聞かせて進ぜましょう」
もったいぶりつつ、彼女は言った。
「『ゴーライガールズ』とはッ! すなわちッ! 宇宙刑事・轟雷牙を補佐するため特別に結成されたッ! 地球の美少女五人組のことよッ!」
「ばばーん」と自ら擬音を口にし、久美子はすかさず立ち上がった。
強く拳を握りしめ、熱い口調で力説する。
「そのセンター役たるレッドの立場は、悔しいけれどシーラさん、究極兵器を持つあなたに譲るわッ! で、このあたしの立場は、熱血漢のレッドを支えるクールで知的なブルーってわけッ! そしてカレー担当のイエローは、そこにいる七海ちゃんが相応しいと思ってたりするのッ!」
「あの……カレー担当って、いったい?」
「カレー担当は、もちろんカレーを食べる役に決まってるわッ!」
テンション高く彼女は答えた。
何を説かれているのかさっぱりわからない金髪娘を置き去りにして、久美子の言葉はなおも続く。
「ここまでそろえば、あとはお色気担当のセクシーなピンクと、お笑い担当の陽気なグリーンを用意するだけで、見事『ゴーライガールズ』の結成完了よッ! どう、シーラさんッ!? この乙女の妄想満杯の、脳汁溢れるプロジェクトはッ! 最ッ高の思い付きだと思わないッ!?」
「そうですね。ある意味、とってもステキなお考えだと思いますよ。久美子さんのその発想、わたしなんかが到底及ぶところじゃないですね。アハハハハー」
乾いた笑いを浮かべつつ、棒読み台詞を吐き出すシーラ。
その心中では、「久美子さん。あなたの歳で、いくらなんでも『美少女』はないんじゃないの、『美少女』は」と、野暮なツッコミが成されていたりもするのだが、それを表に出したりはしない。
だが一方、そんな久美子の熱弁に付き合う意志も彼女の側にはなかったのだろう。
間を置かずして、シーラはゆるりと席を立った。
「どこ行くの?」
「トイレ」
斬り捨てるようにシーラは答えた。
それを聞いた七海が、眉根をしかめてクレームを付ける。
「駄目だよ、シーラちゃん! ジークリンデさまはね、排泄行為なんてしないんだよ!」
「生憎ですけど、わ・た・し・は・ふ・つ・う・の・お・ん・な・の・こ・な・ん・で・すッ!」
美貌の少女は、忌々しげに吐き捨てた。
「ゲームの中の美少女キャラじゃなく、現実世界のオンナなのッ! 食べるもの食べたら、出るものだって出ちゃうのが当然でしょッ!? 生き物なんだからさッ!」
「う~、それはそうなんだけどォ~」
そんなシーラに、七海はなおも絡みつく。
「シーラちゃんの場合だと、できればオトコの子の夢を壊すような言動は控えたほうがいいと思うんだよねェ」
「なんでよ?」
「だって、破壊力が違うんだもん」
「知らないわよ、そんな一方的な相手の都合」
叩き付けるようにそう応えると、踵を返した金髪娘は人混みの向こうに姿を消した。
あっけにとられた緑の楽士が、身体を反らせて口を開く。
「あちゃ~、ひょっとして怒らせちゃったかな」
「大丈夫ですよ。シーラちゃん、ああ見えて根に持つタイプじゃないですから」
「ならいいんだけど」
七海のフォローに久美子が応じた。
「たださァ、改めて思うと今回のコスチューム、ちょっとあのふたりのイメージには合わなかったのかもしれないかな、なんて感じちゃったりするのよねェ」
「えッ、なんでですか?」
眼鏡娘がすかさず尋ねた。
「シーラちゃんのジークリンデも轟先生のラインハルトも、周りがビックリするほど似合ってたじゃないですか? お客さんの反応見ても、それは間違いないと思いますよォ」
「う~ん、言いたいのはそっちのほうじゃなくってさ。なんと言うか、その……あのふたりの設定がゲームの設定とうまくスイングしてなかったんじゃないかって、作り手としては思っちゃうのよ」
「ゲームの設定、ですか?」
「そ」
言いながら、久美子は大きく天井を見上げた。
「七海ちゃんが『復讐のジークリンデ』をまだやってないなら、これ、重篤なネタバレになっちゃうんだけどさ。プロローグでジークリンデの両親を殺したのって、まだ人間の帝国に仕えてた頃のラインハルト本人なのよ」
「そうなんですか?」
「うん。でね、そんな彼がなんでジークリンデと行動を共にしているかって言うと、早い話が、その贖罪のためなんだよね。そしていつの日か、強くなった彼女の手で自分自身が討ち果たされること。それこそが、彼の望む究極のゴールポストってわけなのよ」
「うッわ、暗い話ですねェ」
「だってダークファンタジーなんだもん」
姿勢を戻し久美子が言った。
「だからさ。そういったドロドロのゲーム内設定が、あのご両人、特に轟さんには合ってなかったのかな、なんて感じちゃったりしたわけ。でもって勘の鋭いシーラさんには、もしかしてそのあたりの違和感がこそっと不快だったのかもしんないな、なんてこともちょっぴり、ね」
「そう……かなァ」
しかし七海が口にしたのは、それに対する同意の意志ではまったくなかった。
眼鏡娘は真剣な目をして、自分の知見を久美子に告げる。
「わたし、そういう黒い設定、轟先生にどんぴしゃなような気がする」
「えッ?」
「うん。間違いなくそう思う。根拠はないけど、間違いなくそう思う」
◆◆◆
会場の各所から突発的な悲鳴が湧き起こったのは、それから数分後の出来事であった。