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翔龍機神ゴーライガー  作者: 石田 昌行
第六話:事件記者久美子・二十三才
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事件記者久美子・二十三才6-3

「ふぅ~ん。で、あなたはその申し出をふたつ返事で受けちゃった、というわけだ」

 絶対零度の視線を送り、シーラは雷牙をめ付けた。

 言葉の端にも刺がある。

 疑問の余地なき軽侮の色が、この時、彼女の端正な顔付きにははっきりと浮かび上がっていた。

 なまじとんでもない美形である分、その威圧感は半端なものではない。

 例えるなら、般若の形相が天使の微笑みに見えてきそうなレベル、とでも言い換えることができようか。

 並の胆力の男性なら、きっと肉体の一部を縮み上がらせていたことだろう。

 ところがである。

 てきぱきと食卓の準備を整えている当の雷牙は、家主の放つその否定的反応を完膚なきまでにスルーしていた。

 むしろおのれの下した判断が誇らしいとばかりに、「ええ、そのとおりです!」と朗らかに破顔しながら胸を張る。

 空気を読めないキャラクターというのも、このステージにまで辿り着ければもはや立派な武器だと言えた。

 彼が久美子との出会いを雪姫シーラに語ったのは、ふたりがちょうど夕餉の卓を挟もうとしていた、そんなおりでの出来事だった。

 時刻は、およそ午後七時。

 それは、雪姫邸におけるいつもどおりの夕食時と言っていい時間帯であった。

 この時、LD(リビングダイニング)に設けられたテーブルの上には、すでに雷牙手製の料理の多くが所狭しと並べられていた。

 土鍋で炊いた新米に魚のすり身と隼人瓜の味噌汁、秋鯖の味噌煮、豚肉とニンニクの芽の炒め物といったところが主戦力で、シーラご自慢の香の物とTKG(卵かけご飯)用の地鶏卵、粒の大きなわら納豆などがしっかりとその脇を固めていた。

 季節ものをふんだんに利用し、かつ栄養価にも十分気を配ったその献立は、とても素人男性が作ったものと思えなかった。

 年季の入った家事職人によるメニューだと主張しても、あるいは通用したかもしれない。

 だがそれをこしらえた本人は、自分の仕事をひけらかすような素振りなどいっさい表に出さなかった。

 自分に求められた役割をあたりまえに果たしただけだ、と、その表情が淡々と訴えている。

 青年はすべてのお膳立てを滞りなく完了すると、少女と向かい合ういつもの位置に着席した。

 そして、改めて会話の続きを口にする。

 ニコニコと笑いながら彼は言った。

「こちらから取材を断るだけの理由は、特にありませんからね。知りたがってるひとに正しい情報を提供するのも、いいかげん悪くないかなって思ったんですよ」

「あ──そう」

 そんな回答を受け取った美少女は、気の抜けた返事をした直後、深々と大きなため息をひとつ吐いた。

 居候とともに祈りの言葉を唱えたのち、まず初めに小さな器へと手を伸ばす。

 それは、彼女の大好物であるわら納豆が入れられたものだ。

 気持ち分だけそこに醤油を注いだシーラは、箸を使って中身を激しく攪拌した。

 無言のまま、ただひたすらにぐりぐりぐりぐりかき回す。

 軽く十数秒が経過したあたりでのことだろうか。

 つとその手を止めた金髪娘は、目線を手元に落としながら、「雷牙──」と相対する青年の名を口にした。

 まるで叱責でもするかのごとく彼女は述べる。

「正義の味方がさ、軽々しく正体ばらしていいわけないでしょ! あなた莫迦なの!? それとも死ぬの!?」

「ええッ!?」

 心底驚いたように、雷牙の両目が見開かれた。

「そうなんですか?」

「遭難も救助もないもんだわ。一般常識よ。いっ・ぱ・ん・じょ・う・し・きッ!」

 たっぷりと糸を引いた納豆をとろりとご飯の上にかけながら、シーラは雷牙を諭しにかかる。

「はっきり言っちゃうとね、あなた、宇宙刑事とかなんとか名乗ってる割には脇が甘すぎ。どこの誰だか得体の知れない自称ジャーナリストに個人情報教えたりなんかしたらさ、それがそのまま悪い連中(ブンドール)の耳に届いて、この家とか学校とかで不意打ちされたりするかもしれないじゃない。邪魔者のあなたを先にやっつけちゃおうって目論んでさ。いままで、そんな風に考えたことってなかったの?」

「もしブンドールの連中がその気になったら、僕やシーラさんの居所なんて隠しようがないですよ。むしろ、とっくのむかしにバレてるって考えたほうが自然です」

 苦笑いを浮かべて青年は応じた。

「でも大丈夫。奴らが僕たちの日常を狙って攻撃してくることなんて、まずありえないことですんで」

「なんでそんな風に言い切れるのよ? やけに自信満々じゃない」

「そりゃあ、そういう協定がちゃんと存在するからですよ。『警察活動中にない宇宙刑事とその関係者を主たる攻撃の対象とすることは、全面的にこれを禁ず』っていう──あれ? シーラさん、いったいどうしたんです? いきなりそんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔しちゃったりして」

「きょ、協定……って、あなた」

 口をあんぐり開けながら、少女は言葉を絞り出す。

「ブンドール帝国って、あなたたちにとっての『敵』じゃなかったの?」

「ええ、まあ、一般的にはそうなんですけど」

「じゃあなんでそんな協定なんてものがあるのよッ! 出来レースじゃあるまいし、どうなってんのかちゃんと説明してッ!?」

「はァ」

 料理を口に運びつつ、間を縫って雷牙は答えた。

「話せば長くなっちゃうんで、わかりやすくかいつまんで、でも宜しいですか?」

「構わないから、さっさと言いなさい」

「では、さっそく」

 訥々とした口調で青年は語った。

「まず大前提として、この宇宙には『大協約ギャラクティックコード』という決まり事がありましてですね」

「『大協約ギャラクティックコード』?」

「はい。銀河中央に君臨する『旧神エルダーゴッド』と呼ばれる偉大なドラゴンたち。その、僕たちよりずっと上位の生命体である彼らとの間に結ばれた絶対の約束が、ひとの言葉で言うところの『大協約』という奴なんです。乱を好み、常に秩序を破壊しようとするブンドールの連中も、この『大協約』だけは守ります。それが、この宇宙に暮らす者たちの最低限維持しなくちゃならない根幹だからです」

「それってさ、わたしたちにとっての『テスタメント』みたいなものなのかしら?」

「その『テスタメント』ってのがなんなのかは存じませんけど、それが高位の存在との契約行為なのであれば、多分そうなんじゃないでしょうか」

 雷牙は言った。

「これまでの歴史上、この『大協約』に正面切って攻撃を仕掛けた無謀者は、たったひとりしかいません。セイレーンという名を持つ稀代の女魔道師。彼女は異界から禍々しい兵たちを募り、僕たち銀河連邦だけでなく、銀河中央に君臨する『旧神』に対してまで反旗を翻したんです」

「ふぅん。で、そのセイレーンとやらはどうなったの?」

「当時の宇宙刑事たちが制圧しました。犠牲も多かったと聞きます。罰を受け命脈を絶たれた彼女の魂は、その復活を恐れた『旧神』たちの手によって、いずこかの星に封じられたそうです。

 ああ、話がそれましたね。

 とにかく、その『大協約』が宇宙刑事の立場をある程度保証している以上、ブンドールの連中が、こうやって日常を満喫している僕たちを襲撃したりすることはありません。仮にそういう事態が起きたとしても、それは極めて偶発的なもので、たびたび起きたり計画的に実施されたりしたものではないはずです。だから、その点に関しては安心してもいいと思います」

「ひとつ質問」

 わざとらしく右手を挙げてシーラは尋ねた。

「その『大協約』ってのをブンドール帝国が遵守するんならさ、そもそも連中が悪さしないよう、その『旧神』とやらにお願いして新しい取り決めを作ってもらったほうがいいんじゃないの? そうすれば、あなたたち宇宙刑事が危ない真似して戦わなくてもよくなるじゃない」

「『旧神』は、君臨するけど統治はしてくれないんですよ」

 あっけらかんと雷牙は答えた。

「彼らはですね、僕たちひとの営みについては哀しいほどに無関心なんです。僕たちのご先祖さまに『大協約』を与えたのも、基本的には『自分たちとは関わるな』っていう、はっきりした意志の表れですし。もし彼らが自ら動くとすれば、それは自分たちのテリトリーに悪意を持った侵入者が現れた時ぐらいですかね。かの魔女セイレーンのように」

「な~るほどね。で、もうひとつ質問」

「なんでしょう?」

「よく、ルールってのは破るためにあるって言うじゃない。だったらさ、ブンドールの奴らが目の前の利益に目が眩んで、その『大協約』を無視することだって考えられるんじゃないの?」

「あり得ない話じゃないかも、ですね」

「でしょ? だったら──」

「でもその場合、奴らの相手となるのは僕たち宇宙刑事じゃなくって、『旧神』たちそのものになるかもしれません。『大協約』に対する積極的な違反行為を自分たちに対する反逆の意志と受け取って、これまでのように宇宙刑事警察機構を通した間接的介入じゃなくって、自らの手で直接介入を果たしてくるかもしれません。だから、少しでも理性的な考えを持っている連中なら、そんな博打は打てないですよ。宇宙刑事ひとりを手に掛けるのと引き替えに、自分たちはすべてを失うかもしれないんですから」

 それを聞いて、うんうんと納得したように頷くシーラ。

 しかし雷牙は、そんな彼女に「でも──」と続けた。

「それでもなおブンドールが僕たち宇宙刑事を排除しようと試みるなら──」

「試みるなら?」

「それはそれで、ゆゆしき事態と言えるでしょうね。なぜならそれは、奴らブンドールが『旧神』の懲罰に対抗できるなんらかの自信を掴んだ、いわば明確な証というわけなのですから」

「結構重い話よね」

 おもむろに味噌汁をすすり、シーラは言った。

「でもまあ、いまのところわたしたちにとっちゃ関係なさそうな話なんでしょ? そうよね、雷牙?」

「ええ、まあ」

 雷牙はそれに笑顔で応えた。

「もし奴らがそれだけの力を蓄えていたなら、とっくのむかしにもっと大きな問題へと発展してるでしょうし、その場合、僕やシーラさんが、いまこうやって夕食を楽しんでる余裕なんてなかったでしょうしね」

「だったらいいわ」

 切り捨てるようにシーラが言った。

「端っから起こり得ないことを心配したところで、限りある時間と労力とエネルギーの無駄だし。いちいち空が落っこちてこないかどうかを気になんてしてたら、とてもじゃないけど平穏な毎日なんて送れないわ。まさに杞憂よ。き・ゆ・う」

 いつもどおりの上から目線で自慢げに言い放つ彼女のことを、宇宙刑事もまた、いつもどおり「慧眼ですね、シーラさん。さすがです」という追従をもって褒め称えた。

 もっとも、少女の言葉がやや芝居がかったそれであるのに対し、青年の台詞はなんともナチュラルな雰囲気を醸し出している。

 ひょっとしたら、それはおべんちゃらや何かの類いなのではなく、本心からこぼれ出た本当の意味での賞賛なのかもしれなかった。

 普段からところどころ天然の香りを漂わせる雷牙のことだ。

 あり得ない可能性ではあるまい。

 だが、そんな彼も続くシーラの発言には目を丸くしなければならなかった。

 熱いご飯をネバネバの納豆ごと箸で掴んだ彼女は、さもそれが当然のことであるかのごとく雷牙に質問を投げかけたのであった。

「んじゃ、まあそういうわけで、待ち合わせはいつなわけ?」

「は?」

 問いかけの内容を把握しきれず、つい素っ頓狂な反応をしてしまった青年に向かって、少女は思わず声を荒げる。彼女は告げた。

「鈍いわねェ。あなたがその女記者から取材を受けるのは、いったいいつの話なのかって聞いてるのよッ?」

 戸惑う居候をきっと睨んで、金髪の美少女は一気呵成に言い放つ。

「あなたが余計なボロを出さないよう、このわたしがちゃあんと横でサポートしてあげるわ。要するに、その取材の現場にわたしも一緒に行ってあげるって言ってるの。ああ、一応言っとくけど、あなたに拒否権なんてこれぽっちもないから。もし黙ってひとりで行こうものなら、その日から続く三日間は、晩ご飯抜き決定だから。わかった? わかったら三秒以内に返事ッ!」

 ガラス細工のような碧眼ブルーアイの奥に、激しい感情が渦巻いているのがわかった。

 とても拒否できる状況ではない。

 この時、若き宇宙刑事には、その意向を受け入れるほかに道がなかった。

「とほほ」

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