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秘メ事アリ Part1

ファンタジーです。

<主要メンバー>

紅納桂梨(こうなけいり) …… 饗場北高校一年二組

芹沢美芹(せりざわみせり) …… クラスメイト、幼なじみ

帆村吾山(ほむらござん) …… クラスメイト


<饗場北(あいばきた)高校>

南凪周防(ななぎすおう) …… 饗場北高校・生徒会長

二之宮栄真(にのみやえいま) …… 饗場北高校・生徒会副会長

津上里緒(つがみりお) …… 饗場北高校・吹奏楽部部長


<青柳院(せいりゅういん)学園>

四方山秀一(よもやましゅういち) …… 青柳院学園・生徒会長

加賀弓羽(かがきゅうは) …… 青柳院学園・生徒会副会長

伊野真霧(いのまきり) …… 青柳院学園・吹奏楽部部長


<???>

函南蜜姫(かんなみみつき) …… クラスメイト

戸咲彩歌(とざきさいか) …… 函南の知り合い




「君は自分が狂っていると思うかい」

「正常だと思うだろう、それはそうだ、世界は君の一人称でしか語られないんだから」

「つまりそれを捨てるも拾うも最終的には君の判断に委ねられるということだ」

「人と狂人が紙一重なはずがない。本来両者は同義で同値、何の変哲も無い人間が突如凶悪な殺人鬼に変貌するように、そこには何の原因もロジックも無い」

「君は一生それに付き合っていくしかない。そしてきっと世界は君の事を排除しにかかるだろう。それが世界の常識という名の斥力だからだ。その斥力に打ち負けてしまう奴を私は何人も見てきた。君にはそうなって欲しくないのだ――紅納桂梨君」





 函南蜜姫は夜風に髪を靡かせながら、家のベランダで携帯電話で誰かと話していた。

「――恐らくは、そうだと思います。まだ、どれほどのものかは分かりませんが、きっと――」

 電話の相手も女性のようだった。強風で乱れた髪を直しながら、長髪の少女は話し続ける。

「でも、想像していたよりかなり早かったですね。恐らく私が卒業後も更に五年はかかるという見込みでしたのに――」

『――――――――』

「いいえ。若い力は、この世を動かす権利を持っているんですから、行使するのは当然です」

 その後少しばかり話した後、函南は通話を切って夜闇に広がる町の風景を見やる。

「見つかりましたよ、戸咲さん。あなたが探し求めていた、『イツザイ』が――」





 ここは饗場北高校、一年二組の教室。初夏の教室には、入学したての初々しさがほぼなりを潜めてきた生徒達の、何となくゆるい雰囲気が漂っている。

「なぁ、聞いてんのか、ケイ? 再来週から、学校交流だってさ」

 目の前の席に座っている大男――帆村吾山が興奮気味にそう語りかけるのを、紅納は完全に無視する。紅納と帆村は中学からの同級生であったが、一年生になってまで同じクラスになるとは紅納自身予想だにしていなかった事態であった。

「学校交流って……別に退屈なだけだろ」

 彼らの学舎である饗場北高校と、数キロ先の私立高校である青柳院学園との学校交流会が開かれようとしていた。内容は部活動交流、校内展示、等々。主に生徒会が主体となって行うため、大概の生徒は退屈を強いられることになっていた。

 それを喜ぶ神経が、紅納及びその他の生徒には分からないのも無理はない。

「だって、青柳院と言えば美人揃いで有名じゃないか! ひょっとしたら可愛い子が俺にお近づきになってくれるかもしれないだろう?」

「お前に近づく可愛い子なんて、底が知れてるっつーの」

「そりゃあこの高校にも函南とか逸材は一杯居るけどさ、綺麗な薔薇はやっぱりトゲだらけじゃないか? だから、他校に花を摘みに行くのも時には必要だと思うんだ」

 薔薇は余所に咲いてても薔薇だろという突っ込みを、紅納はぐっと飲み込んだ。

 ――どうせ俺が言わんでも、他の奴がガッツリ怒ってくれるさ。

 その予感は実にピッタリと当たった。

「――馬ッッ鹿じゃないの? そもそも当日だって、一部の生徒以外は交流演奏会が終わったら半ドンで下校になっちゃうんだから、そんな出会いなんかあるワケないでしょ?」

 昼に帆村がその計画を自慢げに話したところ、クラスメイトの女子にがなり立てられた。彼女は芹沢美芹、紅納の幼なじみでもある。

「何だと……! そういう事実は先に言ってくれないか、芹沢!」

「何遍もホームルームで言われてたでしょ? 下らない事に浮かれて話を全然聞いてないあんた達が悪いの!」

「待て。今、何で俺まで『達』で一括りにした」

「ケイだって似たようなもんでしょ」

 紅納の顔がますます不服そうになる。

「じゃあつまり詰まれば詰まるところ、俺の壮大な計画は頓挫に乗り上げちまったって事か……」

 帆村は混乱しているのかそれとも元からバカなのか、ことわざさえ上手く言えなくなっていた。その塩をかけた青菜の如く憔悴しきった様子が流石に心に刺さったのか、芹沢は若干トーンを落として話し出した。

「……でもまぁ、チャンスがないワケじゃないわよ?」

 乾いた砂漠に川を引き込んだかのような勢いで顔を上げる帆村の立ち回りに、紅納はすっかり呆れる。

「やっぱりか! 流石は天下の芹沢美芹御大、最後に信じるのはお前だって思ってた!」

「ここまで異様に持ち上げられると、やっぱり引くわね。――ともかくも帆村、あんた学校交流会の委員に立候補すればいいんじゃない? 一年生なんだからあんな場で大役を任せられるはずもないし、小間使いされる事になると思うけどね」

「そうか……やるしかないな、ケイ!」

「俺はやらんぞ」

「そう連れない事を言うなって! 俺たち、心の友だろ!?」

「お前が今やってることは大長編じゃなくて本編のジャイアンだよ」

「そうか……残念だ、ケイ。お前は、側に寄れる男もなく夜さめざめと泣くことがあっても一人であらざるを得ない一人の少女に手を差し伸べる事すら出来ない、ちっぽけな男だったって事だな」

 彼の目が若干目が潤んでいるように見えたのは、紅納の視力に陰りが出てきたからかもしれない。

「美芹。お前も当日は仕事なんだろ?」

「うん。クラス委員は強制参加だから函南さんと神去君がやる予定だったんだけど、神去君が体調崩しちゃってるから、私が代理」

 瞬間、帆村は上げた顔をずいっと芹沢の方へ近づけた。

「って事は、函南も来るのか!?」

「え、ええ。そりゃまぁ、話の流れで何となく察して頂戴よ」

「そうか……やる気が倍加したな」

 そう言って勝手に頷く帆村を、紅納は死んだ魚のような目で見つめるほか無かった。

 バカにつける薬はないのだ。

「――ええ。構いませんよ」

 翌日、紅納と帆村は交流会の手伝いをしたいという旨をまず担任、後に函南蜜姫に話した。

 紅納自身は函南と話したことは一度も無かったが、実際に見てみると不思議な印象を受けた。どこがどう不思議かを述べるのは難しいが、何となくふわふわとしていてつかみ所が無く、生気がない。

 この世のモノではない雰囲気が、返って魅力になっているのかもしれない――紅納はそう結論づけた。

 普段はその長身に似つかわしくない俊敏さで話題を振りまいているはずの帆村が、こういう時に限ってガラにもなく大人しくしていたため、特に勘ぐられることもなく二人の申し出は快諾された。

「これで、準備は整ったわけだな。いやー、この高校に通えて良かったぜ」

「帆村、お前な……話聞いてたか? 一年は昇降口で受付か駐車場誘導手伝いぐらいで、お前の目論見を達成できる時間も隙間も場所も無いんだよ」

「見るだけでも我が心の農場からすれば十分な収穫である」

「この期に及んでハードル下げやがったな、てめぇ!」

 紅納は、少しでもこの男を高く評価しようとした事を心の底から後悔した。





 饗場北高校から徒歩で十五分程度の所にある住宅街の一角に、紅納桂梨の家があった。

「ただいま」

 返事はない。元より習い性となっていただけで、紅納もそれを求めていたわけではないのだが。

 そんな事より、と紅納は通学鞄を投げて学ランを脱ぎ、先ほど郵便受けに刺さっていた荷物を見る。

『紅納桂梨様へ』

 茶封筒に入ったそれの中身は、折りたたまれた便箋であることが分かる。紅納は丁寧に切り取り、慎重にそれを取り出す。

 変なモノは入っておらず、純粋に手紙だけであった。ただし、その中身を見た紅納の手が止まる。

『函南蜜姫に近寄るべからず 彼女は不幸の象徴 近しい人、場所に不幸を呼び寄せる 忠告者より』

 紅いインクで殴り書きされたそれは、明らかに対象に敵意を向けているかのようなそれであった。何より紅納が不気味だと思ったのは、背景に数字のような文字列が無数に書き込まれていたことであった。

「(これ……適当だと思ったけどひょっとして、ある程度の数字の塊を列べているだけか?)」

 紅納が眼光紙背に徹した結果、どうやら数字列は『11 43 44 61 51 32 21 32 41 12』を一塊としているようであった。また、『21』だけがやや濃く書かれているのも彼の目に留まっていた。

 彼は数字列を側にあったルーズリーフに書き下すと、居間のソファに腰掛けながらそれとにらめっこを始める。数分の後、彼はその紙と先ほどの便箋を一緒くたに折りたたむと、制服のポケットに突っ込み、嘆息した。

「ふーん」

 紅納桂梨はそれだけ言うとテレビを点け、その頃には既に夕飯のメニューを考える事に脳を切り替えていた。





 翌日、晴天の朝。

「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます。青柳院学院を代表して、お礼申し上げます」

 体育館にこんなにも人が集まっているのを、紅納は小中と経験している中で初めて見た。と言うのも、ここに饗場北の全校生徒と青柳院学院の一部の生徒、更に両校の父兄を呼んでいるためである。

「あれが青柳院の生徒会長か……何というか、覇気がないな」

「惜しいな。俺ほどの人間になるためにはもっと筋肉が要るだろう」

 何が惜しくてどの点であの生徒会長が帆村吾山以下なのか紅納にはさっぱり分からなかったが、確かにひいき目に見ても格好いいとは言い難かった。

 紅納は昇降口の受付から拝借した交流会のしおりを見る。どうやら、あの眼鏡に暗い表情の生徒会長は、名を四方山秀一というらしかった。

「なぁ見ろよ、あそこに立ってる女子。可愛くないか?」

 後ろに座っている帆村が紅納を突いて指し示した先に居たのは、四方山と同じ青柳院の生徒会メンバーの一人だった。

「あれ、副会長じゃないか。お前なんかはお近づきになれねーよ」

 紅納がしおりに視線を落とすと、どうやら彼女の名前は加賀弓羽というらしかった。ちなみに、隣に立っている饗場北の副会長である二之宮栄真に帆村は目もくれない。群青フレームの眼鏡が特徴的な生真面目っぽい表情の女子は紅納的には近寄りがたい印象なのだが、帆村はもはや見境が無くなっているのだろうか。紅納は一抹の不安を覚える。

「男なら……何でも食べてこそ雑食だろうが!」

 紅納は嘆息し、突っ込みを拒否した。これから外に出て作業をするというのに、逐一帆村の言う事にあれこれ言っていると仕事が疎かになってしまう。

 話は進み、両校の校長の話や展示の簡易紹介などが終わると、午前中最後のイベントがやってきた。

「それでは、青柳院学園と饗場北高校の交流を記念したスペシャル・セッションをお楽しみ下さい」

 饗場北の生徒会長がそう言って幕裏に引っ込むと、ステージの幕が開く。両校の制服を着た吹奏楽部員が入り乱れて配置に就いている姿は、紅納を何とも言い難い気持ちにさせた。すると青柳院の女生徒が幕裏からやってきて、指揮台の前に立つ。彼女は全体を見回してから遠くへ向けてニコリと微笑むと、指揮棒を振りかざした。

 ざわついていた体育館全体が、その演奏が始まった途端急に静かになった。音が空間を切り出し、言葉にならぬ一体感を作る。紅納自身に音楽の素養は無いものの、それが聞いていて心地のよいものである事だけはハッキリと分かった。

「――いやぁ、凄い演奏だったな。思わず涙腺が爆発四散しそうになったぜ」

「お前の目には爆弾でも仕掛けられてんのか」

 演奏会が終わると、関係者以外の饗場北の生徒は下校となる。全員が居なくなった後は各々持ち場について行動を開始する。紅納と帆村は、駐車場の誘導係を任されていた。

「そういや、芹沢とか函南は何してるんだ?」

 紅納はそのことがふと気になって、向こう側で駐車のサポートを終えたばかりの帆村に聞く。

「俺に聞くなよ……と言いたい所だが、さっき見たぜ」

「校舎内かよ?」

「ああ。芹沢は体育館で見たし、函南さんは部室棟の方に居たぜ」

 饗場北高校は大まかに見ると一般校舎、部室棟、体育館や柔剣道場と三つに分かれている。部室棟では部活動関連の展示をしていると、紅納はさっきのしおりで確認していた。

 現在正午まであと数分と言ったところ。体育館での発表が再開されるのは十二時半から、二時まで。紅納達はそこまでを一区切りとし、残りは終了予定時刻の四時頃まで本校舎内の展示会場での誘導係を任されていた。

「(いや、まぁ……手空きになってからでもいいか)」

 紅納は朝からとある事についてずっと考えていたのだが、今はどうやらそんな暇もないらしいようだった。

「おいケイ、車すっげぇ来てるぞ! 団体客か!?」

「おっ……二人じゃ面倒だ、ちょっと向こうの方からも呼んでくる」

 そう言って紅納が校舎の方を見やったとき――彼は二つの影を見た。

「(あれは――)」

 高校の階段には当然窓が備え付けられていて、そこから中を見る事が出来る。その、校舎最上階である四階よりも更に上――屋上へと繋がる階段に、紅納は人の影を見た。

 珍しい、と紅納が言う前に、事態は発生した。

「(おい、待てよ――)」

 紅納には、ふわりと影が手前に浮いたように見えたのだ。手前に浮く、という事はすなわちその影が空中に投げ出されたという事であり、次の瞬間に予想されるのは――。

「まずい!」

 彼は既に走り出していた。実行委員が集まっている体育館ではなく、校舎の方へ。

「ケイ! どうしたんだよ!」

「(応援なんか呼んでる場合じゃない!)」

 紅納は帆村の呼び止めも聞かずに昇降口に駆け込むと慌てて中履きに履き替え、校舎中央の階段を二段飛ばしで駆け上る。

 先ほど見た両校生徒会のメンバーが体育館の方から走ってくるのを尻目に、紅納も階段を駆け上る。

 四階に着いたとき、既にそこには数人の来賓と生徒、教師が集まっていた。

「どいて! 保健室まで緊急用担架で運ぶから!」

「あと、踊り場は花瓶の破片があるから、掃除が終わるまでは立ち入らないこと!」

 紅納に見覚えがあると思ったら、それは饗場北の体育教師だった。生徒を見回すと、饗場北の制服が多めだが、数人は青柳院の制服だった。

「凄い音だったわよね、ガシャーンって」

「驚いて見に行ったら、二人して踊り場に倒れてるんだもの、怖かったわ……」

 父兄が口々にそんな話をしているのを聞きながら、紅納はある生徒を注視していた。

「何故、こんな事に――」

 そう言って唇を噛み締めていたのは、先ほど紅納が体育館で見たことのある生徒。青柳院学園の生徒会長、四方山秀一であった。その前を、教師数人と担架が通り過ぎる。

 担架に乗っていたのは、二人の女子生徒だった。

 一人は先ほど体育館で指揮をしていた青柳院の吹奏楽部部長、伊野真霧。そしてもう一人の、饗場北の制服を着た女生徒は――

「里緒! 返事してよ、里緒!」

 青柳院の制服を着た女子――青柳院の副会長が担架に駆け寄ってそう叫ぶ。紅納は慌ててしおりを確認し、そして見つける。

 津上里緒。それは饗場北高校の、吹奏楽部部長の名だった。

「――起こってしまいましたね、紅納君」

 その声に、紅納はぞっとして振り向く。

「……函南」

 紅納は、こうなることを想像していた。想像していたはずなのに、鳥肌が立ったまま収まらない。

 人だかりの向こうに、函南蜜姫が笑みを浮かべて立っていた。

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