表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

4* まさかの夢オチか

 目を開くとそこにあったのは、見覚えのない天井だった。

 白くて狭い部屋。手の届かない場所にある窓から光が差しこんで、目が痛い。

 …俺の伊達眼鏡、どこいった?

 そこにあるべき異物感が無いと逆に気持ち悪い。辺りを探るが、眼鏡は見付からなかった。

 まあ無くちゃ見えない訳でもないからかけなくてもいいんだが…。

 ん、今何時だ? 窓から見える日の光の高さからして、もう昼じゃないか?

 …遅刻か! とそこまで考えて首を振った。


 いや、たしか俺死ななかったか? ビニール踏んで、足捻って、屋上から落ちた。

 だが起き上がって足を回してみても、ひねった様子はない。

 それどころか窓しかない真っ白な部屋の中、呆然と突っ立っている体には傷一つなかった。


「…まさかの夢オチか!?」


 そんな馬鹿な! 一体どこから夢だ! 最初からなのか!? あの教祖女との追いかけっこからか!?

 …俺はなんてイタイ奴なんだ…絶望した。鬱だ。


 だって…俺が落ちる時に、馬鹿な事に手を伸ばして一緒に落ちてきたあの女が生き残ればいいとか、そんな事を考えてた…。意識を失う少し前までは、あの女のクッションになることまで覚悟してたのに。

 そうか…俺も気がつけばあの女の信者か? なんて嫌な夢なんだ。そうだ、夢だな。


「夢じゃないよ」

「うわっ!?」


 背後から聞こえてきた女の声に振り返ると、そこにいたのは茶色のツインテールの女。

 奴だ。夜坂千鶴だ。いつものように反発する前に、俺は聞き返していた。

 多分、俺もパニックになっているんだ。


「夢じゃないって…?」

「ちづ、見たもん。ちづが引っ張ったせいで、日高君が転んで、屋上から落ちて行くの」


 つまり、俺一人が見たイタイ夢ではなく、現実だったと。

 じわっと涙を浮かべた教祖女が、俺の制服のすそを握って俯く。

 震えているのは、落ちたのが怖かったからか、俺が落ちた罪悪感からか。

 …こういう時、俺はなんて言えばいいんだ。こいつのせいで死にかけた(?)のは確からしいし…

 正直「生きてるからいい」とか楽観的なことを言える性格でもない。

 そもそもここはどこだ。


 しかたなく俺はため息を吐き、教祖女の手を制服から外させ、片手で握る。


「…泣きやむまでだ」


 それ以上は俺の精神衛生上の影響で断る。

 姉が言っていた事を実行したのだ。姉は良く、『女の子は…落ち込んだ時と不安な時、あったかい物がそばにあると少し安心するのよ…』と言って俺の愛犬・アキをモフる為に俺の部屋へ居座る。

 自分の部屋へ持っていけばいいのに、俺の部屋にいるのは人恋しいからだと。

 で、この真っ白い部屋には暖かい物…つまり生き物は俺と教祖女しかいない。

 自分で自分を触るのも気持ち悪いだろう。見てる俺が。

 だから片手を提供した…めんどくささで言えばそっちの方がマシだからな。


「じゃあずっと泣いてるー」

「馬鹿かあんた」


 伊達眼鏡が無いから、少しクリアに見える教祖女は、泣きながら笑っていた。

 うんまあ、とりあえず恐怖は抜けてきたかな。俺のパニックも落ち着いてきた。

 さて、状況の確認と行こうか。


「ここ、どこだ?」

「ちづは知らないよ。起きたらこの部屋で、隣で日高君が『夢オチか?』って呟いてた」


 つまりこの女が起きたのは俺の少し後。俺の後ろにいたらしい。

 気付かなかった俺も俺だが、なんか言えよ。

 …なら次は…


「この部屋、扉がないな」

「そだね。窓だけ」


 ひょろっと身長が高い俺が、立って背伸びして手を伸ばしても届かない位置にある窓。

 それも人一人が通るには小さく見える。


「…ちょっと、覗いてみるか」

「どうやってー?」

「……どうでもいいが泣きやんだなら手を離せ」

「ええー、もうちょっとー」


 こいつは反省してないのか。一瞬振り払おうかと思ったが…しっかりつかまれた手を振り払うのは…屋上を落ちたトラウマが出てきてできなかった。

 案外、人の温かさに落ち着かされているのは俺かもしれないな…。




 俺が床に手をついて四つん這いの姿勢になる。

 一年の体育祭で、体格から一番下の段にされて潰れかけた、苦い記憶が思い出された。


「…おまえ、重いぞ」

「あれー、パン食べすぎたかなー…」


 背中に乗った重みが躊躇うように動く。いいからさっさと終わらせてほしい。

 作戦は簡単。俺が土台になる、上に教祖女が乗る。教祖女が外を見る。

 すぐにすむと思ったんだが…俺の上に乗っても、教祖女の目線は微妙に窓の下らしい。

 奮闘する気配が上からする。普通に、背伸びすればいいだろう…。


「よーし、えいっ」

「うわッ!?」


 ああそうだ…忘れてた、こいつ馬鹿なんだっけ…。

 教祖女が俺の上でジャンプした事により、俺は蹴り飛ばされて床に転げた。

 もやし男子の実力などこんなものだ。

 …そのすぐ後に床に落ちた奴を見て、「ざまぁ」と思ったのは俺が悪いわけじゃない。


「痛た…でもちょっと外見えたよ、日高君!」

「…そうか。どんなだった?」


 あえて突っ込むのはやめた。なぜ俺が床に転がっていたのか、心底不思議そうな顔だったから。


「んとね、空だった!」

「は?」

「一面、青い空と白い雲だった! 太陽はなんかね、ヘンな形だったよ!」


 …理解不能。嫌違うな…理解したくない。

 地面が無いとか。は、笑える。今更だがそんな場所に、なぜこんな部屋が…。

 扉はどこだ。俺達はどこからここに入った? …分からない。疲れた。


「どう、日高君なんかわかった?」


 少しは自分で考えろと言いたかったが、こいつは馬鹿だ。

 たとえ考えたとしてまともな事が出てくるかわからないな…。


「…とりあえず仮説を立てた」

「うん!」

「一つ、俺達はあの時死んで、ココは棺桶の中。実は生きていて、意識を取り戻して困っている」


 俺の仮説に教祖女が微妙な表情をしている。

 まあ、窓の外が教祖女のいう通り変な空だとしたらこれはただの空想だ。絶対違う。


「二つ、俺達はあの時死んで、ココは地獄。なんかの罪で牢屋の中」


 何かの本で読んだが、人間のもっとも辛い物と言うのは単調な事を延々とやる事らしい。

 たとえば同じ曲を外せないイヤホンでずっと聞くとか、何もない部屋で最低限の生活だけさせるとか。

 それを行うと、わずか数週間程度で人は狂うらしい…と、書いてあった気がする。うろ覚えだが。

 で、それがこの真っ白の部屋を地獄だと思う理由。

 だけどそれだとしたら、俺とこの女は別々に入れられるべきだ。

 自分ではない誰かと喋る、という事はすでに単調な生活ではないのだから。よってこれも違う。


「三つは…考え中だ」

「あのさ、なんで実はちづ達は生きてるとか、死んだとしてもここは天国、とか言うのは無いの?」

「俺が死んだ時天国に行けるなどあり得ない。おまえはどうか知らないが」


 それに、悪いほうに悪いほうに考えていれば、実際の時に想像よりましだと思えるものだしな。

 生きてる仮定で考えると…そうだな。

 ここが実験施設で、俺達は何らかのマウスとしてここに閉じ込められている?

 で、扉が無いのは横に開く形の扉を壁と同化させているから、ていうのはどうだ。

 …だめだ、突飛な発想しか出てこない。


「…手分けして、この室内を探ってみよう。何か出口があるかもしれない」

「わかった! 宝探しみたいな感じだね!」


 楽しそうに床を探り出した教祖女に脱力し、俺は壁を均等にたたきながら歩き出した。






 結果・何もない。

 壁の向こうに空間があれば、叩くと音が変わると言う。

 そのため俺はひたすら壁を叩きながらぐるっと歩いて部屋を一周した。

 狭い部屋の壁はあっという間に一周できてしまい、何もないと気力的に疲れた。

 ならばと部屋の角を探ってみた。

 壁紙のはがれ目とかがあれば、べりっとはがせないかと思ったのだ。

 はがれ目どころか、汚れすらなかった。

 イラッと来て壁を蹴り飛ばしてみたが、もやしな足が悲鳴を上げただけだった。


「ねー、日高君、これ何かな?」


 俺が蹲って悲鳴を上げる足と格闘していると、小首をかしげた教祖女が手招きしてくる。

 何か見つけたのかと近づけば、彼女の足元にはなにか銅製のプレートのようなものがあった。

 ……さっきはこんなもの、あったか?


「なんて書いてあるのかな?」


 聞いてくる教祖女の隣に座り、プレートを見る。

 プレートには、まるで押せ! とばかりにボタンが一つあり、その下に文字が刻まれていた。


「かなり崩れた…ローマ字だな」


 ひどく擦り切れている上に、ミミズがのたくった様な汚いローマ字。

 まあこのレベルなら読めなくもない、と教祖女を見ると、目をそらしていた。

 ……高校二年生にもなって、ローマ字が読めないのか。

 何度目かのため息と、頭をかする馬鹿の二文字。それを無視してプレートに指を滑らせた。


「『…ょ…かん………ま……いし…』…ここまでしか読めない」

「日高君すごーい!」

「すごくない。勉強しろ」


 というか小学生で習う。覚えろ。

 しかしこれだけだと何を言っているかさっぱり分からないな。


「全然分かんないよ」

「俺に言うな。解読するにも擦り切れて読めない」


 ただでさえ汚い文字なのに、どうやって擦り切れたところまで読めと言うんだ。

 しかし意味不明だ…。これは今の所放置した方が


「とりあえず、押してみよっか!」


  ぽちっ ガチャンッ


 は? 俺が止める暇もなく、教祖女が伸ばした手は、床に張り付いたプレートのボタンを押していた。

 何かが動き出す音と同時に、プレートを中心に床が何かの文様を描きながら光り輝く。

 その光に目を押さえながら、俺は心の中で何度も呟いた言葉を声に出していた。


「この、馬鹿がぁあーッ!!」


 叫んだのはいつぶりか。現実逃避をしながら、意識の途切れるぶつりという音を聞いた。

はい、千鶴ちゃんは安定の馬鹿です。

何も考えてませんよ、彼女。

もともと根暗無口キャラに作ったはずの日高君が叫ぶくらいですからね。


これからも、日高君には叫んでもらう事でしょう。

無口キャラは、作者には無理だったw


感想・評価・指摘お待ちしてます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ