3* 常識が通じる奴じゃないんだな
屋上と言えば、よく小説やら漫画やら何やらで使われるだろう。
が、大体の学校の屋上は鍵がかけられていて、一介の学生が漫画の見せ場的な時とかで使えることはめったにない。
中学の時とか時々『屋上で待ってます』風の果たし状をなぜか女子からもらったが、あの時はもちろんそれを理由に逃げた。
俺のようなもやし男子が、たとえ女子と言え喧嘩を吹っかけられて勝てるはずがないだろう。
まったく、教室でもいつも一人だったのにどこで嫌われたのか…今でも謎だ。
おっと、話題(?)がすり替わっていたな。
そんな盲点を突いて、今俺は屋上の床に座って弁当を広げている。
どうやって入ったかというと簡単だ。……ピッキングってすごく便利。
元は自分の家が泥棒に入られないように技術を学んだだけだったんだが…まさかこんな時に役に立つとはな。
ああ、素晴らしい。俺の全力は美味いし、静かだし。
天気がいいのは花粉が飛びそうで不満だが、いくら俺でも青い空を見て毒を吐くほど暗い奴じゃない。
太宰を片手に「この世などは…」と憂いて見せる気もないしな。
ていうかそんなの実行するヤツ馬鹿だろ。
…太宰か…本でも持ってくれば良かったな。昼休みが終わるまでここにいればあの教祖女と会う事もない。
普通の常識をもった奴ならこんなところへやってこないだろうし…
「あ、見つけたー!」
…そうか、常識が通じる奴じゃないんだな。覚えておこう。
俺は、終わりを告げた平穏な時間へと手を伸ばすように弁当のふたを閉め、あきらめの色が濃い視線で屋上の入り口の扉を見た。
そこには、茶色のツインテールを揺らしながら満面の笑みを浮かべる、夜坂千鶴の姿があった。
「…あんた、なんでここに…」
「ほら、一度屋上って上がってみたいなーと思ってたんだ!」
馬鹿だった。普通鍵がかけられてるだろう。俺が開けたんだけどさ。
「ちょうど良いや、日高君一緒にお弁当…」
「断る。俺はもう食べた」
嘘だ。本当はほうれん草のお浸しを一口食べただけである。正直に言えば空腹だ。
ただこう言えばあきらめるかと思ったのだ。
「じゃあ、ちづのメロンパンあげる!」
この女、どういう思考回路してるんだ。
…ここは、あの方法を使うしかないか…。
俺は深くため息をつき、嬉しそうに近寄ってくる教祖女の頭上を指さす。
「あ、カラーひよこが空飛んでる!」
「え、ウソ!?」
もちろん嘘だ。ひよこが空を飛ぶわけがない。
しかし教祖女の視線はすぐに空へと向かう。ああ、馬鹿で良かった。
同じ手に引っかかる奴に呆れながら、教祖女の横をすり抜けるように走り抜ける。
無駄に身長が高いから姿勢を低くする。下を見たまま歩くのは得意だぞ!
そのまま屋上の扉を通り抜けようとして…がしっと両腕を掴まれた。
……ん?
「…日高さん、でしたっけ? お弁当を一緒に食べるくらい良いじゃないですか」
「せっかく千鶴さまがパンをくださるんですから、ご一緒しましょ…?」
…右手は赤毛の男子が、左手も赤毛のショートヘア女子が掴んでいた。
女子の方は、さっき食堂の前で見た…てことは、こいつら愛澤の双子か…?
掴まれた腕が、妙にぎりぎりと締め付けられているのは、気のせいではないだろう。
妙に威圧感のある子分の登場に、俺は降参するしかなかった。
教祖女と子分×2から、人一人分距離を取ってメロンパンをかじる。
空腹は空腹なのでありがたくいただいたのだ…でも俺は餌付けされたりしないぞ。
自分で焼いたパンの方が美味いからな。
「日高君、メロンパン美味しい?」
「ふつう」
「ちづのクリームパン一口いる?」
「拒否する」
「メロンパン一口ちょうだい?」
「断る」
さっきからこんな調子だ。なぜ黙って食べない。
というか子分どもの視線が恐ろしいんだが。そんなに羨ましいならパン貰えばいいだろう。
分かった、あとでパンの代金を返そう。そうすればこのパンは『教祖女からの頂き物』から『買った物』へと変わる。
あいつらが羨ましがる理由もなくなるはずだ。
「…日高君、あーん?」
「…帰っていいか」
俺は無遅刻無欠席無早退が自慢だ。大学進学に悪影響が出るのは嫌だからな。
だがそれを放ってもいいくらい帰りたい。
『あーん』を言い出した瞬間の…子分の嫉妬がすごく痛い。
…進級から一週間もたってないのにこの女はクラスの99%を友人にした。それで満足しないのは何故だ。
100%にならないと満足しないのか。
俺は一人が好きで友人を作らないのであって、出来れば逃げ切りたいわけであって。
となると一年この鬼ごっこorかくれんぼを続けなくてはいけないのか?
登校拒否したくなってきた。いやそんな将来に悪影響が出そうなこと意地でもしないが。
いくら教祖女でも、一か月ぐらい逃げ切ればあきらめるだろう。それに期待しよう。
「日高君、つれない~」
つられる気はないからな。
「千鶴さま、だれしも最初は恥ずかしいんですよ」
オイこら子分B(多分弟)なに訳知り顔で励ましてんだよ。
「そうですよ、千鶴さま。まあこの日高さんは他の人より激しく逃げますが…」
「そだね! 璃子ちゃんと理緒君も最初は冷たかったしね! 日高君はすごい恥ずかしがりさんなんだね!」
「もう、千鶴さまったら…」
子分A(多分姉)…小声だったけど聞こえたぞ、誰がメガネだ。眼鏡だけどさ。
…頭痛くなってきた。
なんだろう、俺、帰っていい? 真剣に。
メロンパンももう食い切ったし…『一緒にお弁当食べよー』はもうクリアだよな? 罰ゲームは終了だよな? 教室戻っていい?
「日高君、あーん?」
「…だからいらん」
教祖女が差し出してきたクリームパンを片手で押し戻し、深くため息を吐く。
風が強くなって来たから、屋上にいるのもな…
俺は立ち上がって、屋上のフェンスから校庭を見下ろしつつ一応言った。
「俺は戻る。あんたらも、早い所切り上げとけよ」
「え、もうちょっと一緒にいようよ!」
「…どうせ隣の席だろ」
不本意だが。非っ常に不本意だが。どうして俺は奇数クラスの一番後ろの席とかじゃなかったんだろう。
「えー、でも日高君真面目だから、話しかけても勉強するか本読んでるかなんだもん!」
それは俺が真面目なんじゃなくまともだからだ。そして休み時間は無視してるからだ。
まさか気が付いてなかったとは…『美女』とはよく言った物だな。
「…戻る」
「待ってよー!」
歩き出そうとして、教祖女にぐいっと力いっぱいブレザーのすそを引っ張られた。
…不幸だったのは、足元に教祖女の食べたパンのビニールが残っていた事。
俺はビニールを踏んで思いっきり足を滑らせ、足をひねりながら勢いよくフェンスに倒れこんだ。
そしてもう一つの不幸は、屋上の整備がしばらくサボられていた事。
『バツンッ』とフェンスを留めるさびたネジがはじけ飛ぶ音がして、俺が倒れるまま、フェンスは外へと倒れて行った。
―――あ、俺死ぬ。
即座に最悪の事態を想像できる俺は、まさかこんな間抜けな死因で死ぬとは思ってなかった。
そりゃあ交通事故で突然、とかは想像したことはあったけど…
目の前で驚いたように目を見開く教祖女…夜坂だっけ…と、子分ABが遠ざかって行く。
視界いっぱいが青空に染まり、足元から地面が消える。
すべてがゆっくりに感じた。
その中で、俺に手を伸ばす影を見て、妙に冷静な思考が働く。
―――めんどくさくて、うっとおしくて、ヘンな女だけど。
―――夜坂は、助かるといいなぁ。
ちょっと展開が早いかも?
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