10* もちろん、悪い意味で
じくじくと主張する痛みと、手のひらから流れる赤。
俺がそれに冷めた視線を送っていると、背後で小さな悲鳴が上がる。
確認するまでもない。夜坂だ。
「遠君、血が出てるよ!?」
...普通、大理石を素手で割ったらまず怪我を疑わないだろうか。
まあ別にそれが原因じゃないんだが、その辺考えないのはさすがだと思う。
もちろん、悪い意味で。
「たいした事無い」
ただちょっと深い爪痕だし。
だがやはり夜坂は放って置いてはくれなかった。
「ダメだよ、血が出てるもん! “はしょーふう”になっちゃうよ!? バンソーコーあげるからさ」
「いらん」
気のせいだろうか、破傷風の発音が平仮名だった気がする。
難しい言葉を使ってみたかったのかもしれないが、壮絶な馬鹿に聞こえる。
と言うかこんな短時間で破傷風になってたまるか。
それはもう新種の病気だと思う。
「ダメだってば。血、止めなきゃ! えーと、バンソーコー…はい!」
「…いらん」
多分俺は夜坂の差し出してきた絆創膏をちらっと見た瞬間、露骨に嫌な顔をしたはずだ。
何が楽しくて『ピンクの花柄に国民的に有名なモンスター育成ゲームの黄色い妙な兎がプリントされた絆創膏』を手に付けなくちゃいけないんだ。
教室片隅系地味男子にはハードルが高すぎる。と言うか回れ右して逃げるレベル。
「遠君は恥ずかしがりだなぁ」
「そうだな、良い歳こいて対象年齢一桁のキャラクター絆創膏を持ち歩く女子高生に少し分けてやりたい位だ」
せめて普通の女子高生のように、世界で一番有名な、無駄に爽やかに喋るネズミとかソレ系列に出来なかったんだろうか。
「えードラ○もんが良かったの?」
「それは猫に見せかけた青い狸だ!」
それに夜坂が取り出したのは狸じゃなく、狸にべったりなヘタレメガネ少年の泣きっ面がプリントされていた。…苛めか。
「アンパ○マン?」
「どんどん対象年齢が下がっていくのは何故だ!」
なんて事だ、あまりの馬鹿さ加減に感傷にすら浸れないだと。
…自分がさっきまで何を悩んでいたのか不思議になってきた。
「えぇー…じゃ、普通の?」
「最初からソレを出せよッ!」
それにコイツは一体いくつ絆創膏を持ってるんだ、どれだけ怪我をする予定があるのか…。
俺は無地の絆創膏を溜め息と共に受け取って、手に貼ろうとしてふと戦慄する。
…普通に受け取ってしまったが、最初は貰わないつもりじゃ無かったか。
これは、『最初に無理難題を押し付けて本題を受け入れさせる』と言う交渉事の上級スキルじゃないか…!
まさか、夜坂はわざと?
恐る恐る視線を向けると、ニコニコと笑う夜坂と目が合う。
「どしたの? やっぱア○パンマンにする?」
天然か、わざとか…? 恐ろしい、伊達に教祖はやっていないと言う訳か。
とりあえずアンパン○ンは黙殺し、せっかくだからありがたく絆創膏を使う事にして、絆創膏の両端を摘まんで勢いよく引っ張る。
バリッ
絆創膏は中心のガーゼ部分で二つに破れた。
……そうだった、今の俺は化け物級の馬鹿力だったな…
「悪い、もう一枚くれないか」
「いいよー」
気を付けて、もう一度やろう。
再び渡された無地の絆創膏を、今度は細心の注意をはらって引っ張る。
バリッ
…よし、止めよう。絆創膏が無駄になるだけだ。
俺は力のコントロールを早々に諦めて、生暖かい笑みを浮かべた。
卵を割ろうとして握り潰す子供を見た気分を、自分で味わえるとは考えても見なかった。
「貼ったげよーか?」
「断る」
○ンパンマンの絆創膏を持って首をかしげる夜坂に、俺は笑顔で拒否を示してから振り返る。
そこには俺達に放って置かれて困っている青年Aが、俺と夜坂を交互に見ながら立ち尽くしていた。
「あんた、布とか持って無いか?」
もう血も乾いてきているが、夜坂の視線が痛いので拭くぐらいはしよう。
俺に物を聞かれた青年Aは何故か嬉しそうに背筋を伸ばし、身に付けていたスカーフを取ろうとした。が、何かに思いたったように手を止めた。
『ルファー様、手当てするのは構いませんが、先に血を必要とする契約をすまされては?』
「…は? 契約?」
間抜けにも聞き返した俺に気を悪くした風でも無く、青年Aはすっと腕をあげて部屋の奥を指指した。
それは、この部屋に入った時からいやに存在感を放っていた物体。
聖剣よろしく台座にぶっ刺さった長剣があった。
「え、嘘何アレ契約とかすんの?」
『はい』
「血で?」
『はい』
「…俺が?」
『はいッ!』
ど、どうしろと?
俺としてはアレはめんどくさそうだからスルー、とか考えてたんだけど?
「契約…なんかカッコいいね!」
夜坂の目が光輝いた瞬間、俺はがっくりと頭を下げ、抵抗を止めた。
…嫌だと駄々をこねる方がめんどくさそうだと思って。
青年Aの影が薄い…ていうか未だに名前すら出せて無いです…
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