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プラスチック・スマイル

 彼女が悠太の肘に細い腕をまわしてきた。

――ちょ…ムネ…あたってる…――

 悠太は耳まで真っ赤にして中央通りの雑踏を歩く。モデル並みのスタイルの長身黒服メイドが、冴えない男子高生と腕を組んで歩いている。ただでさえあがり症の悠太がテンパらないわけがない。

 メイドの“さやか”は一向にかまわない素振りで、気の強そうな切れ長の目でただ前方だけを見つめつづけている。

 ドンキの前にさしかかったところで、さやかは突然、「こっちを向け」と言うなり悠太を壁に押し付け、抱きついてきた。巨乳がもろ悠太の貧相な胸を圧迫する。

「ちょ、ちょっとちょっと…!」

 悠太はパニクるが、彼女の細い両腕がしっかり背中までからまり、じたばたするのみ。ストレートの黒髪から、ほんのかすかに甘い匂いがただよってくる。

「つきあってるフリをして目を逸らす。もう“あいつら”の圏内に入ってるからな」

 土曜の昼下がりの通行人たちは、ドンキの前で男子高生が、自分より背の高いメイドに抱きすくめられているのに、一瞥もくれようとはしない。ドンキの店員も悠太たちが空気ででもあるかのように声高にニンテンドー3DSを売り出している。

「きたぞ」

 さやかが耳元でささやく。

「えっ??」

 さやかの息にドキドキしながら悠太は首だけ回す。

 左手、総武線ガード方面の雑踏の中、金髪をベリーショートに刈り込み耳と唇にプラチナのピアスをした高校生が歩いてくる。悠太とは別の高校の制服だ。

 ――カズヤ…!――

 悠太の心臓が、再びハネあがった。

「なんで!? あいつは札幌に引っ越したはず…」

「あれがお前の決意を鈍らせている“コンプレックス”の一つだ」そう言って、さやかは「けど、いったんやり過ごそう」と、悠太の顔を正面から見つめた。

「キスするぞ」

「え!!」

 今度は心臓が大ジャンプした。

「気づかれたいのか!?」きれいな眉をピクリともさせず、さやかは言う。「正面からだと手間がかかりそうだ。後から不意討ちする」

 彼女の肩越しにどうにか携帯を覗くと、「警戒せよ」というアラート・メールが届いている。

 さやかは何のためらいもなく唇を近づける。

――う、うわ、うわ…初キス…!!――

 悠太のアタマが暴発しそうになった時、

「あれ、ユータじゃん」

「バカユータ!?」

 横断歩道の向こう側、ツクモ方面から女子高生が二人、悠太たちを指さし爆笑しながら駆けてくる。悠太と同じ学校の制服だ。

「ゲッ、熊田、早川!」

「お前こんなとこで、なにメイドと調子ブッコイてんだよあ!」

 茶髪で内巻きカールの方がデコだらけの爪を悠太に向ける。

 チッ、さやかが舌打ちした。秋葉原駅方面を振り返る。カズヤが雑踏の中、悠太たちを睨んでいる。

「気づかれた…」

 さやかは悠太から体を離すと背後へ跳躍した。

「悠太…!」カズヤの眉間にしわが寄り、とてつもなく凶悪な目つきになった。「お前、どうしてオレの命令通り、ビッグマック買って来ねえんだ? ゴッルア!」両ポケットに突っ込んでいた手を出して叫ぶなり、悠太の方へ足早に近づいてきた。

「フルボッコ、すんゾ!」

 鋼の分厚いリングをはめた拳をあげる。

 直接面識が無いはずなのに、熊田と早川も肩から提げた紺のバッグを揺らしカズヤにキャーキャー声援を送っている。

「うわ、わ、わ…」

 ツクモ前の雑踏に紛れるように後ろを向いた悠太に、街灯のオブジェに乗るさやかが叫んだ。

「ケータイだ! もう忘れたか!?」

 短い黒スカートが風にはためき、長い脚があらわになる。

 一瞬、自分の手のひらの中の携帯を見つめる悠太。

「あっ、いや、っし、知ってるけど…」

 手にしたガラケーを慌てて開き、メニューを選ぶ。その間も、カズヤはどんどん間をつめる。

「バカっ! 早く『シュート』モードを選択しろ! そう…それで、『決定』ボタンを押せばいいんだっ!」

 さやかの指示が届いた瞬間、ものすごい勢いでカズヤが悠太の襟をつかんだ。

「ッら”ァ、ンダ? デメぇ! なにシカトぶっコイてんだ? あ”?」

「あ、わわわわ…べつに、べつに」

 悠太は襟首をつかまれたまま前後に揺さぶられ、首が前に後ろにと力なく屈曲する。

「あ”? あ”? なに、調子に、乗ってん、だ、ア”!?」今度は離した片手で悠太の頭をコヅきだした。一声発する度に一発見舞われる。カズヤの目と唇の端は嗜虐的な笑みでゆがんでいる。「ア”? ア”?」

「早く、押せ!」さやかが上から叫ぶ。「こんなとこで、手こずるつもりか!」

「アウ、…いや…うあ…やめっ!」

 悠太の目が潤んでくる。

「仕方ない…」

 さやかはため息とともに自分の携帯を取り出すと、アンテナ部分をカズヤに向けた。その時、悠太の手元にあった携帯から青白い光が出、カズヤの胸元で大きな閃光の塊になった。閃光は目も当てられないほどのまばゆさになると、一瞬で悠太とカズヤをつつむ。

「うおっ!」

 一瞬驚愕の表情を浮かべ、靴底をやや浮かせたと見える間もなく、ボンッ、にぶい破裂音とかすかな蒸気だけ残してカズヤが消えた。

 同時に叫んだ悠太も、突然の手元の閃光にはじかれるように尻もちをついた。

 家族連れにカップル、他のメイドやオタクなど、周囲の人間たちは、この二人の“格闘”に全く関心がないように通り過ぎていく。

「…まったく…世話の焼けるやつだな…」自分の携帯を引っ込め、降下してくるさやか。「偶然ボタンに指が触れたからいいけど…時間だって限られてるんだ」

「…消えちゃった…」

 悠太は呆然とつぶやいた後、急に我に返ったように叫んだ。

「カズヤ消えちゃったけど、本当に、大丈夫!? やっぱ、これって」

 言いかけた悠太の耳元を、デコネイルが空気を切り裂いて飛び、背後のアスファルトを砕いた。

「ひっ!」

 悠太が振り返ると、さきほどのクラスメート二人組、熊田と早川が恐ろしい形相で髪とカバンとスカートふりみだして駆けてくる。

「ユータのくせに!」

「バカユータのくせに!」

「生意気だ!」

 ショルダーバッグを思いきりふりかぶり、熊田がフル・スイングの姿勢に入った。

「うわわわわっっ!」

 悠太は中腰になるが腰がひけている。

「跳べっ!」

 さやかが叫ぶ。

 バッグが悠太の眼前にせまった。次の瞬間、無意識に歩道を蹴った悠太は、車道の真上を“跳んで”いた。

 ――うわっ…すげ…浮いてる…!?――

 悠太の下には中央通りを走る車たちがあり、目を転ずればイシマルデンキや肉の万世の向こう、大手町方面のビルまで見えた。

 悠太は車道を飛び越え、斜向かいの携帯ショップの前に着地した。衝撃は感じない。さやかも一緒に降りてきた。

「休むな、後ろを向け。携帯スタンバイだ」

「チョー生意気! メイドが一緒だからって」再び五本の指をこちらに向けると、「マジありえねー!」と叫び、黒髪でやせている早川がデコネイルを一斉射撃した。

「わわわわ!」

 両腕で目の前を覆った瞬間、さやかが悠太をかかえて跳躍した。ネイル弾は背後の通行人たちに当たり、通行人たちは風船のように破裂し、跡形もない。

「なんど言ったら分かるんだ! 携帯を使え!」

 さやかは空中で叫んだ。はち切れそうな胸のふくらみを目の前に、悠太はふたたびノボせ「ハ、はい…」頷き、携帯を取り出す。

 地上に降りると、今度は茶髪でポッチャリ系の熊田が、行き交う車のボンネットを踏みつぶして向かってくる。周囲の通行人は、相変わらず無関心だ。

 携帯を向けるものの、悠太の親指はまだ「決定」ボタンの上で震えている。

「どうして撃たない!? 時間も限られてるんだ」

「やっぱ、やっぱ…撃てないよ…」

 悠太は情けない声でさやかを見た。

「もう二度と言わない。前にも説明した通りだ。平行世界では、彼らはお前の心のコンプレックスの反映に過ぎない。お前の心が生み出した幻影なんだ」

「う、うん…」

 それは、分かってる。しかし、いざクラスメイトを前にすると、悠太の手が動かなくなる。

「いいか」さやかは悠太の両頬を手のひらで包むと、悠太の目をきれいな目で覗き込んだ。また髪の毛の、いいにおいがした。「彼らを消していくこと、それが、お前の心の障壁を乗り越えることなんだ。忘れたか? お前が、なぜわたしたちのところに来たのかを」

「うん…」

 悠太もようやく再び腰を上げた。

「ヘタレのくせに!」

 悠太たちの歩道に、熊田が降りたった。指をこちらに向けている。

「くそっ…」

 悠太は、携帯を熊田に向ける。

「その“障壁”ひとつひとつを乗り越えてはじめて、お前は成長できるんだろ」

「そ、そうだ…よ…ね」

 「決定」ボタンになんとか指をかける。

「ありえねーから! マヂありえねーから!」

 叫び笑いしながら跳びあがり、熊田は突如デコネイルを発射してきた。

「うわっ」

 悠太がボタンを押したのと熊田がネイルを発射したのと、ほぼ同時だった。悠太の携帯のアンテナから青白い光が出ると、

「ぎゃっ」

 カールした茶髪を一瞬だけ乱し、熊田は蒸気とともに消えた。デコネイルが悠太の頬をかすめた。

「マブダチを!」今度はヒョロ長い早川が、行き交う車を“蹴散らし”ながら、悠太とさやかにせまってきた。手には剣のように長いハンドミラーを持っている。「お前ら、ハンパなく許さねェ!」

 早川はハンドミラーをさおりに振りおろした。歩道の地面が砕ける。ギリギリでかわし、右側へ跳躍するさやか。左肩の袖口が、ぱっくり裂けている。

「さやかさん…!」

 次の瞬間、悠太は携帯を構え、早川に向けてボタンを押していた。

「ぎゃっ」

 ボン、再び光で破裂し、煙となった早川。

「大丈夫…ですか!?」

 悠太はさやかにかけ寄る。

「あたしは大丈夫」肩から白い肌があらわになるのも一向に気にせず、立ち上がったさやかは秋葉原駅方面を指差す。「それより、そろそろあっちに向かった方がいい」

 悠太も立ち上がり、秋葉原駅方面を眺める。

 週末の昼下がり、ひしめく人々を見下ろすソフマップ、アオキ、ラムラタなどの専門店のビル。それらビルを更に見下ろすように、高壮な水色のダイビルが立つ。

 悠太の携帯が鳴った。

「柏木からだ!」悠太はフリップを開く。メールが一通。「『ついたよ。電気街口の、UDXビル方面の出口にいるね』…て言ってる」

「待たせるな。予定より時間がない」さやかは駅方面を見つめたまま言った。「リミットがあっただろう」

 悠太は携帯を見つめ、コクン、うなずく。携帯の画面は“残り時間”の「五分」をカウントダウンし始めた。

「いくぞ」

 さやかが跳ぶ。黒髪が陽に映え、軽くなびく。悠太も後に続く。

 二人とも軽がると中央通りを跳び越え、ソフマップ前の角に着地した。そのまま神田明神通りを、UDXビル前広場までふたたびジャンプしようとしたその瞬間、地響きのような音が聞こえた。

 次の瞬間、右手頭上で鉄骨がきしむ音がすると、ダイビルの上部が崩れ落ちてきた。

「…!」

 ガラス、鉄筋、コンクリート等々、降りしきる瓦礫を跳びのいて避けながら、二人で上を見上げる。瓦礫にあたった通行人たちが、ポン、ポン、次々消えてゆく。

 右斜め前、ダイビルの崩落面の上から、巨大な人間の顔がのぞいた。

「さ、さやか…さん…! あ…あれ…!」

 悠太は立ち止まり、口をあんぐりさせたままその“顔”を指さした。

「やっぱり出たか…」やれやれといった表情のさやか。「簡単には終わらないようだな」

「うわ…」指さしたまま、悠太は声を振り絞るように言った。「…ぼくだ!!」

 悠太の顔をした巨人が、生気のない目で崩壊したダイビル越しにこちら側を見つめて、ブツブツつぶやいている。

「あれがお前の、最後にして最大の“コンプレックス”のようだな」

「どうしてぼくが…」

 情けなくもあり、めちゃくちゃ恥ずかしくもあり、悠太はまた真っ赤になった。

「うう…か、かし、かしわ、カシワギ…柏木…さん」どもる“巨大悠太”は本人同様赤面すると、「ああ~あー! 好きだあ、けど、言えない! ああ~ん!」

「うわ、めちゃ恥ずかしい!あいつ…ほんとにぼくっぽい」

「それより、“待ち合わせ”場所は、あっちだな」

 構わず、悠太の手を引いて駆け出すさやか。

 ユニクロのパーカーにアバクロのカーゴ・パンツといった、冴えないいでたちの巨大悠太が頭を抱えている間、二人はエクセルシオール・カフェの角を曲がり、ダイビルの東側、電気街口に面した広場へ回り込む。

 遠くJR改札を出たところに、ポニーテールにパンダ目が印象的な女の子が佇んでいた。

「柏木!」

 悠太は叫ぶ。その時、

 轟音と共に、目の前に巨大なニューバランスのスニーカーが降りてきた。UDXビルの歩行者デッキがつぶれた。

「わっ、わわわっ!」

 突然天からが落ちてきて進路をもろに遮断されたため、悠太はスニーカーの前でのけぞった。巨大悠太の右足だった。

 右上を見上げる。巨大悠太と目が合う。

「っか、かかっ、カシワギさんは、おれオレのもの…」

 今度は怒りで目まで充血させている。

「撃てっ」携帯を持った悠太の右手をとるさやか。手のひらがひんやり冷たい。「お前の負け犬根性が、成功を無条件に否定する概念となって肥大化した。あいつは、そのシンボルだ」

「じゃ、ジャマすんな!」

 さやかに気づいたのか、巨大悠太はますます興奮した。重心を前へ移動すると、踏み出していた右足を軸に左足を上げ、悠太たちの頭上に踏みおろす。

 二人は軽く跳躍してUDXビルの二階デッキへ着地した。今度はためらいもなく巨大悠太へ携帯のアンテナを向けると、悠太は「決定」ボタンを押す。

 青白い光線が巨大悠太の左肩に照射される。しかし巨大悠太の左肩の上で小さな白煙があがるだけで、一向に効いた様子はない。

 ほんのちょっとだけ左目の端をゆがめた巨大悠太はさらに怒りに逆上し、巨大携帯を取り出すと、アンテナ先から黄色い光線を発した。

 悠太の反応が遅れた。

 ――あ…やべ…――

 ものすごい衝撃があり、悠太は駅前の広場に転がっていた。光を見たと感じるか感じないかの瞬間の、強い感触が左肩に残っている。起き上がると、幸いにも右肩と右ひざのすり傷以外、目立ったダメージはなさそうだ。歩行者デッキのみならず、UDXビルの三階部分までがぽっかりえぐられるように消えている。

 砂ぼこりがしずまると、エクセルシオール・カフェの前に、黒いメイド服が倒れている。

「う…」

 袈裟がけに破れたメイド服を着たさやかが起き上がる。右腕が地面に転がり、先がなくなった右肩から、火花が散り、コードがむき出しになっている。

「さやかさん!」

 先ほど突き飛ばしてくれた“手”がさやかのものであると気づき、駆け寄ろうとする悠太。

「大丈夫!」残った腕を突き出し、さやかは上を見て立ち上がる。「それより、携帯の攻撃モードを『サテライト』にしろ。時間がない!」

「けど、腕が…!!」

「リミットが切れれば、お前の目的は達成されない! あたしの役割は、お前を成長させることだ!」

 毅然とこちらを向き、叫ぶさやか。あらわになった右肩からは、相変わらず青白い火花とスチール骨格が見える。

 携帯を見ると、リミット時間は一分を切っている。悠太は画面の攻撃モードを「サテライト」に切り換えた。

「急げ!」

 その時、キャ、という悲鳴が聞こえると、巨大悠太が駅出口の柏木由香に手をのばしているのが見えた。

「か、か、柏木さん、ひ、ひまですかあ…ぐふふ」

「わ、バカ、やめろ!」だらしない巨人の顔つきに、悠太本人が顔をおおう。「なにやってんだ!」

「恥ずかしがってる場合か!」

 悠太に業を煮やしてか、大きく跳躍したさやかは巨大悠太の伸ばした腕にドロップキックを入れる。

 その瞬間、巨大悠太の左手が空中のさやかをがっちりつかんだ。

「離せ、くそっ…」

 残った腕とあらわな両足とでもがくが、携帯を持たぬ今、さやかに力はない。

「おま、おまえ、さっきから、う、うざい」

 目の前にさやかを持ち上げ、ぎりぎり締め上げる。

「悠太っっ! “ポインタ”を、こいつに照射しろ!」

 手元の悠太の携帯から、赤いレーザー光が常射され、物質を爆破することなくどこまでも伸びていた。

動かすと、立ちはだかった巨大悠太の身体に当たり、その上に赤いポイントが示される。

「そうだ!そいつをこいつの身体に当てたまま、『決定』を押せ!」

「押すと、どうなるの!?」

 さやかは左手で天空を指さした。

「特殊衛星から『ヘリオスの雷』が降って、こいつが蒸発する!」

「それじゃ、さやかさんも」共に“蒸発”してしまう。

「いいんだ、やれ!」

「できないよ!」

 悠太は巨大悠太の額にレーザーポインタを照射したまま、首を振った。

「携帯を見ろ! 本当に、時間がないんだ。こちらは大丈夫だから、早くしろ!」

 携帯の別ウィンドウ上のタイマーは残り二十秒を切っていた。「決定」ボタンに指をかけては、また離し、由香とさやかを交互に見つめる悠太。

「だめだ…」悠太は携帯を下ろした。「さやかさんを、失えない」

「バカ野郎!」さやかが絶叫した。「お前が目的を達成できないと、こちらの苦労も無駄になるんだ! その方が、あたしたちにとっては、もっと辛い!」

 悠太の肩がふるえた。

「目を覚ませ! あたしたちにとっては、お前が彼女と結ばれること、これだけがゴールなんだ!」

「ひゃ、ひゃ、ひゃ」

 巨大悠太は高らかに笑う。

「…お前の…巨大なコンプレックスの塊、これがお前の行動を…阻害している」

 苦しそうにもがくさやか。

 悠太は駅出口に目を向ける。心配そうに見守る由香のまなざしが、悠太を捉えた。その瞬間、心の中で何かが“ハズれ”た。

「柏木…」

 そう言うと、携帯を再び巨大悠太に向け、赤いレーザーを巨大悠太の首元に当てる。さやかが心配そうにこっちを見ている。“リミット”は三秒を切っている。

「…わかった」

 そう言い、「決定」ボタンを押した。

 その瞬間

 太く青白い円筒形の光の束が巨大悠太の真上に降りた。

 次の瞬間、ぷぎゃ、叫ぶと、巨大悠太はさやかもろとも、白い煙を出して消え去っていた。

 

 駅出入口には、柏木由香が安らぎの目で佇んでいる。

 周囲の人間は、何事もなかったかのように駅から出、また入っていく。

 悠太は頬の汚れを腕で拭きとると、瓦礫を乗り越え、彼女に近づいていった。

「柏木…」

「…」

 由香は悠太を見上げた。

「前から、気になってたんだけど…」

 自信にあふれた悠太の目。

「わたしも…」

 由香は微笑んだ。

 

 悠太は、目を開く。

 店内の喧噪が、フェイド・インしてくる。白い天井の白熱灯と傍の観葉植物の濃緑が、目に入る。

「おつかれ」

 先に起きていたさやかが、隣のリクライニング・シートで上半身を起こし、悠太を見ていた。美しい黒髪に清潔なホワイト・ブリムがまぶしい。

「さやかさん…! 無事で…」

 悠太は満面の笑みを浮かべた。

「当たり前だ。平行世界での話だ」

 さやかはきれいなままのメイド服のしわをのばす。

「おわった…んですか…?」

 起き上がり、ヘッドセットを外す。

「ああ。成功だろう」さやかも両手でヘッドセットを外すと、リクライニング・シートから降りた。「よくやった」

 悠太は恥ずかしそうに頭をかき、うつむく。

「さやかさんの、お陰っす」

「あたしは、通常業務を遂行したまでだ」そう言うと、スタスタ会計カウンターへ歩き去る。「シンクロした平行世界の、ガイドに過ぎない。お前たちが『変わる』手伝いをするだけだ」

 周囲には、悠太に似たような高校生もいれば、スーツを着た若いサラリーマンもいるし、女性の姿も見える。そしてみんな、さやかのように黒いメイド服を着た様々な個性の店員たちと語ったり、悠太たちのように“シンクロナイザー”を装着し“セラピー”に入っている客もいる。

――そう言えば…――

 店に入るまでの、暗くて重たい気持ちが、吹き飛んだかのような爽快感がある。

――感動する映画みて、マジ泣きした後のスッキリ感というか…――

 悠太はそれだけで、スキップしたい気分になってくる。

「さやかさん。なんか、…本当にいけそうな気が…」

 料金を払いながら、悠太は弾んだ声で言った。

「けど…本当にこんな額で…?」

「入店時にも説明しただろう。昇華されたお前たちのネガティヴ・エネルギーがリサイクルできれば、当店は利益がある。そんなことは、お前たちの心配することでは、ない」

 「Ceramic Girl」と銀色ロゴの入った看板を掲げた出入り口を出ると、そこは雑居ビルに外付けされた階段で、週末の午後の陽射しがまぶしい。中央通りの喧噪と車の行きかう音が、裏路地のここまで漂ってくる。

「あ…ありがとうございます」

 悠太は耳まで真っ赤にして、おじぎした。

「喜ぶのは早い。これからがじっさいの勝負だ」

 さやかは相変わらず冷静に言い放つ。

「う、うん…がんばります」

 悠太は階段を降りかけた。

 その時、背後からかすかな声が聞こえた。

「ありがとな」

「え?」

 悠太は立ち止まり、後ろを見上げた。

 言ってから、あわててガラスのスイング・ドアを閉めかけたさやかがいた。

「…あの時、救おうとしてくれて」

 口早に言うと、すぐにドアを閉め、店内に引っ込んでしまった。気のせいか、頬がほんのり紅く見えた。

 悠太はしばらくぼんやりと、ガラスのドアをながめていたが、やがて自分のほっぺをパチン、両手でたたくと、勢いよく階段を降りた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] さやかのキャラが萌えますね(笑)いわゆる「ツンデレ」というか、一貫して強い女性が描かれているが故に、ラストの恥ずかしげなお礼のシーンがいいですね。ちょっと余韻の残るような締め方も上手いと思…
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