史的な夜話 おまけ4
以前、フィラリアについて書いたことを思い出し、なんとなく読み直して書いてみました。
粗筋にも書きましたが、深い意味はありません。それでも誰かが今後、執筆される時の参考になれば良いかな、その様にも思います。
以前、「史的な夜話」の二回目で八丈小島のマレー糸状虫について書いたことがあります。
本来、日本に居ないはずのマレー糸状虫がどの様にして八丈小島で繁栄するに至ったのか、その経緯はわからず終いですし、今後も答えが出てくることは無いでしょう。
例えば私たちがマレー糸状虫の視点に立つことは難しいかもしれませんが、推定できるルートを一つ一つ検証していく旅のような、そう言う物語が書けたら面白いかな、最近そのように思いました。
テレビで言うところの旅番組、ドキュメンタリー番組のように案内人が想定されるルートを辿っていくような感じです。
Wikipediaに書かれているように南方の人が何らかの事情で八丈小島へ流れ着いたのか、それとも八丈小島の人が遠方へ漁へ行った折にマレー糸状虫を持ち帰ることとなったのか、マレー糸状虫がいつ、どの様にして八丈小島へ渡って来たのか、本当に謎のままです。
台風か何かでマレー糸状虫を含んだ蚊が八丈小島へ飛ばされて来た、その様にも考えましたが、距離が離れすぎていますし、無理があります。
我が国が鎖国するまでの間、貿易で多くの人が行き来しています。その中に罪を得た人が居て八丈島へ流され、さらに隔離として八丈小島へ移った人が居たのかもしれない。
一方で隣の八丈島にマレー糸状虫が渡らなかったのも謎です。また八丈島も含めて日本にはバンクロフト糸状虫は昔から知られており、西郷隆盛さんも患っておられますが、このバンクロフト糸状虫は八丈小島へは渡っていないそうです。
八丈小島でマレー糸状虫を媒介していたトウゴウヤブカは日本全土、台湾やマレーシアなどにも棲んでおり、マレー糸状虫が周辺国から日本へ入る可能性はいくらでもあったと言えるでしょう。
海外と交流が有った時代、交易などで人や物の行き来が有った際に海外から未知の病気が入ってくる可能性は充分あったでしょうし、実際にマレー糸状虫が入ってきた可能性はあります。運良く拡がらなかったのか、それとも怪しい病としてどこかへ隔離されて拡がらないようにしたのか、闇へ葬られた可能性もあります。
例えば江戸時代、明治時代でもかまいませんが、八丈小島のマレー糸状虫が意図せず、島の外へ出て江戸の街とかに拡がっていたらどうなっていたのでしょうか。日本史に少しは影響を与えていたのでしょうか?
急激に拡がることは無かったでしょうし、既存のバンクロフト糸状虫と症状が似ていますから同じ病として片付けられた可能性の方が大きいでしょう。
今、糸状虫に関しては特効薬がありますから特に案じる必要は無いかと思います。しかし、国内では根絶できているとは言え、海外ではまだ糸状虫が引き起こすフィラリアは残っていますし、誰かが意図せず国内へ持ち込み、急激に拡がった時、対応が間に合うのか、気になるところでもあります。
それこそ創作ならば初期の対応が間に合わず、国内へ拡がってパニックが生じる内容となるでしょうか。
本来ならば有るはずの特効薬の在庫が無く、慌てて生産しようとしても何らかの利害関係で生産ラインを確保できなかったとか、いかにも創作らしい理由で薬品が間に合わず、犠牲者が増えていく、そういう感じでしょうか。
実際、国内にはフィラリアの特効薬はどれだけの在庫があるのでしょうか、少し気になるところです。
それにしても蚊の小さな身体の中に糸状虫という寄生虫が棲んでいることに改めて驚きも感じますし、糸状虫が蚊と人間の身体を行き来して生活しているのも驚きです。
バンクロフト糸状虫やマレー糸状虫が何故、この様に進化したのか、残念ながら今の私にはわかりませんが、その進化の歴史を辿って行けたらそれはそれで面白いのかもしれません。
今回、糸状虫やフィラリアについてWikipediaで調べていた折、興味が湧いたので梅毒についても一読してみました。
近年、日本では感染者が増えているそうです。厚生労働省のホームページに寄りますと二〇一〇年には全国で感染者は六二一人だったそうですが、二〇二三年には一五〇五五人になって過去最高となったそうです。
ちなみに二〇二二年は一三二二一人、二〇二四年は一四八二九人、二〇二五年は一三五三〇人だそうです。
この梅毒ですが、元々ヨーロッパ辺りに古くから存在した病気とも言われる一方、コロンブス一行がアメリカへ行った際、持ち帰った病気との説も有り、この論争は今も続いています。
コロンブス一行が初めてアメリカを目指したのは一四九二年八月、スペインへ帰国したのは翌年三月ですが、一四九五年にフランス国王シャルル八世がイタリアへ軍を進め、ナポリを包囲した時に軍隊で梅毒が大流行、ここからヨーロッパへ一気に拡がったそうです。
フランス軍にはコロンブスらと共に海を渡った人が複数、傭兵としてフランス軍へ加わっており、この人らが梅毒を患っていたのではないか、その様に言われております。
我が国では一五一二(永正九)年、一五一三(永正十)年に梅毒の記録が残っています。
約二十年で梅毒が日本まで拡がったことになりますし、これが現代ならばヨーロッパから日本まで何日で到達するのか、気になるところです。
二〇一九年十二月に新型コロナウイルスが出現してあっと言う間に世界へと拡がりました。同じように今も世界のどこかで未知の寄生虫、菌類やウイルスが地球上のどこかで息を潜めているかもしれません。
どこかの洞窟とか、絶海の孤島とか、もしかすると身近な廃村とかに人類を滅ぼしかねない、何かが存在するかもしれません。
明日、明後日にそう言う未知の病が人類と接触して大騒ぎになるかもしれません。
現実化するかもしれませんからこれ以上書くのは控えておきます。
未知の病が世界的に大流行するとか、そう言う内容の漫画や小説、ドラマや映画は多くありますし、私には未知の病と向き合う医療従事者を描いた、緊張感のある作品は描けませんが、一方で過去に未知の病と向き合ってきた医療従事者はどれだけ描かれてきたのだろう、そこは気になるところです。
個人的には八丈小島のマレー糸状虫を根絶した佐々學さんと協力者の皆さんとかを書いてみたいですね。勿論、佐々さんよりも前に何人か八丈小島を訪問した人も含めて描きたいです。
ところで歴史×医療って需要有るんですかね?
自分でも何を伝えたいのか、よくわからないし、書くだけ無駄かと思いつつも気が付いたことを書き並べてみました。




