初めてのサッカー観戦-2
駿河蓮には悩みがあった。
駿河は高校の日本代表になる程のサッカーの能力を持つ。実際、プロとしてチームに所属している。将来も日本代表として世界有数のプロ選手としての活躍を期待されている。業界人視点では、誰からもお近づきになりたい人物の一人であろう。
しかし、寧ろ彼がお近づきになりたい人が同じクラスにいる。黛蒼空である。普段はパッとしない生徒という印象であり、駿河と黛は住む世界が違う人物というのが一般的な解釈である。
「起立、気をつけ、礼。」
「「「ありがとうございました。」」」
今日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「なあ、黛。今度良かったら…。」
「悪い。用事あるから。また今度。」
身支度を済ませ、教室を走って出ていく。
「いや、今度っていつだよ。」
「また振られてやんの。」
「茶化すなよ。」
首に腕を回され、クラスメイトから揶揄われる。
「あいつには才がある。俺には分かる。」
「俺には才がないのかよ。こんにゃろ。」
明るく誤魔化す友人を他所に校門を走り抜ける黛を見ていた。
何度も駿河は黛に声を掛けようとするが、朝はギリギリに登校、放課後は速攻帰る。休み時間にはその日に出された宿題や勉強をしている。話しかける隙が無いのだ。これならば公式戦の相手の方が隙がありそうなくらいだ。
しかし、その日は違っていた。
「なあ、駿河。申し訳ないんだけど、サッカーのチケットどうにか融通したりできないだろうか?」
黛から話しかけてきたのだ。余りにも以外な行動に驚き、手が丸くなる。思考も止まり、やっと言葉に出たのは
「良いよ。何枚欲しい?」
と簡単な言葉だけだった。今度は黛が驚き、考えを巡らせるように目を動かす。恐る恐る震える指を4本立て、依頼をする。
「高校生1枚と子ども3枚、お願いできるかな?」
「そんなんでいいの?すぐ手配するよ。今週の土曜で良い?」
「ああ、よろしく。」
どんな数を依頼されるのかと心構えをしていたので、実際に提示された数とのギャップで笑いそうになった。それ以上に黛がサッカーに興味を持ってくれたのが嬉しかった。
駿河はチームの監督室の前にいる。
コンコンとノックをすると、渋い声で返事がある。
「入りなさい。」
「失礼します。」
ゆっくりとドアを開け、部屋に入る。
「どうした駿河。珍しいじゃないか、監督室に来るなんて。」
「今日は、折り入ってご相談が…。」
「おいおい。本当にどうした。そういうキャラじゃないだろ。何か、怪我か?」
「怪我じゃないです。」
本当に良い監督に恵まれたと思う。選手のことを第一に考えてくれる。
「ただ…。」
「ただ?」
ごくりと喉を鳴らす。
「実は、次の試合、俺を先発させてください。そして前半で交代させてください。」
頭を深々と下げる。
「俺は駿河が学生であることも含め、ゴメスと先発か休みか当日の様子を見て決めている。そう言えば、チームにチケットの依頼をしていたな。それと関係あるのか?」
「はい。」
短く回答をする。
「それは駿河にとって大事なことなんだな?」
ここで初めて顔を上げて、はっきり目を見て答える。
「はい。大事です。何よりも。」
「そうか…。」
手を顎に当て、数秒考えた様子をした。
「なら仕方ない。ゴメスには俺から言っておく。後でお礼でも言っておけ。」
「良いんですか?」
「俺は人の見る目は良いはずだ。その俺の直感が言っている。お前の本心だと。」
「ありがとうございます。」
再び頭を下げた。
「良いよ良いよ。」
と朗らかに返すケリー監督。
「失礼しました。」
と笑顔で監督室を後にしたが、出る直前に言われたアレは何だったのだろうか?
「ただ、ゴメスの性格的に少し悪戯されるかもな…駿河か招待した相手か…。」
試合当日―――。
「おおーーーっ!!」
勇ましい掛け声とともにアップをする。
「おっ、今日、気合入ってるじゃん。」
駿河の鬼気迫る迫力にチームメイトが声を掛ける。
「まあ、今日はクラスメイトが見に来るんで。」
「なんだよ、彼女か?」
「彼女じゃないっすよ。男です。」
「えっ、駿河そっちなの?」
「違いますって。」
チームメイトが明後日方向の誤解をしていたので、しっかりと否定する。
「ただ、凄い奴なんで、カッコいいところ見せたいんすよ。」
「そうかそうか、頑張れ。それも青春の1ページだよな。」
ガハハハと笑いながら、背中を荒々しく叩いてくる。少し痛い。
そんな会話をしていると、黛が子どもを3人連れてきた。連れてきたと言っても、挨拶があるとか言葉を交わしたとかがある訳ではなく、ただ見に来ただけである。実際チケットを貰っても見に来ない人は多くいるので、来てくれたことに胸を撫で下ろす。が、その変化を見逃さなかった人物がもう一人。ゴメスである。
彼はシュートを外したかのように見せかけて、わざと黛の所にボールを蹴ったのだ。にやにやした顔で、手を振るゴメス。明らかに“ここまで蹴って見せろ”という挑発である。流石に応援席からゴメスのいる位置は30メートル近くある。素人ではまず届かせることすら不可能であろう距離。
クラスメイトが挑発を受けている中、駿河はというと、ワクワクしていた。
「さあ、黛!どうする!」
瞳孔は開き、口角は上がる。瞬きすらも忘れ、胸を高まらせる。
すると黛は感触を確かめるようにリフティングを数回し、ボールを高々と蹴り上げる。助走をとり、落ちてきたボールにしっかりとタイミングを合わせて右足を振り抜いた。
しかも、さっきチームメイトがシュートしたような高い打点からのキックだった。
放たれたボールは一直線にゴメスの足元に届く。ボールを受け取ったゴメスは目を見開き、黛を見返す。一方黛は子供達とハイタッチをしたり、ハグをしたりして喜び合っている。
「おいおい。一体、何モンなんだよ。」
驚愕の表情をするチームメイト。だが、構う余裕はない。
「いいね。間違いない。お前は日本を、いや、世界を背負うプレイヤーになるよ。」
こんなに楽しいのは初めてだから。
約束通り、監督は先発に起用してくれた。
我儘を聞いてくれた監督やチームメイトに恩返しをするため、そして見に来てくれた黛に良いところを見せるため、文字通り全身全霊でプレーをした。
サッカーという競技は長期戦でありながら、その中に短距離走があるような少し変わった球技である。だからこそメリハリが大事だし、悪い言い方をすれば手を抜く時もある。しかし、今日の駿河は違う。前半の45分に命を懸けている。
「ほら、俺。パス、パス。俺に回せ。」
誰よりも声を出し、誰よりも積極的にプレーをした。
しかし無情にも、ゴールの好機は現れなかった。先述の通り、前後半45分ずつの合計90分の試合をして0対0何てのもざらである。ラグビーのように100点が入ることもないし、テニスのように絶対に点数が入る訳でもない。
残酷にも時間は刻一刻と過ぎていく。過ぎていく程に焦りが積もる。
「クソっ。」
焦れば、ミスをする。悪循環のドツボに嵌まっていた。
前半が終わる直前。アディショナルタイム。もう一度笛が鳴ると、前半が終わる。
ボールが相手コートのゴールラインを割ろうと、転がっていく。その場の全員が前半0対0で終える未来を予想する。ただ一人、駿河蓮を除いて。
「終わらせてたまるかーーーッ。」
叫びとともに、ボールを追いかける。スライディングをし、ギリギリとところで白線を超えるのを防いだ。
ハーフタイムになると思っていた相手チームは急いで守りに切り替える。だが、その一瞬の隙を見逃すのはプロのやることではない。
一人を抜き、ペナルティエリアに侵入していく。ゴール前でフリーの味方選手が目に入るが、駿河はドリブルを止めない。右足を振り抜き、放たれたボールはゴールネットを揺らす。
「ゴ―――――ルッ!!!」
観客が歓喜の声を上げ、ファンへガッツポーズを向ける。チームメイトが喜びを分かち合おうと駿河に集まっていく。
「見たか。黛。今度はお前と勝負だ。」
黛に指を差して、アピールをする。これからのサッカー人生が楽しみで仕方がない。
このエピソードでのミッション達成者
・黛蒼空―異能『現在の能力(異能を除く)が分かる』、ミッション『プロサッカーの公式戦を観戦する』、報酬『貧困からの脱却』




