卒業式
この学校の中で、最も大きい部屋。体育館ならではの底冷え。
入学時より遥かに大きく、しっかりと育った高校生最後のイベント。卒業証書授与式である。
3年生、教職員の全員と多くの保護者が集まっている。学校中から集められたパイプ椅子が所狭しと並んでいる。そこに座る保護者は正装をし、我が子の卒業を涙ながらに祝福する。
「あの子がこんなに立派になって…。」
保護者はハンカチを片手にカメラを向けている。特に3年1組は4月に比べ、前向きになった、明るくなったと評判である。誰も彼もが成長した姿を発揮している。
ステージに目を向けると、日本国旗と校章が掲げられている。
「相川すず」
マイクを通した進藤の声が体育館に響き渡る。普段の緩い声ではなく、キレのあるはっきりとした声である。
「はいっ。」
地声であるにもかかわらず、相川の声が体育館の一番後ろまでも届く。
相川がステージ中央で校長から紙を1枚受け取る。
この時ばかりは、同級生や学校への別れに思いを馳せている。しかし、このクラスだけは分かっていた。この後のホームルームこそが本番なのだと。
2時間半に及ぶ式を経て、教室にて最後のホームルームが始まるのだった。
「先生、そろそろ泣き止んでくださいよ。」
「そうですよ。最後なんですから、ビシっと締めてくださいよ。」
「だって、だって、本当にお前たちは成長した。大きくなった。体も心も。これから社会に出てから、たくさんの困難があると思うが、お前達なら、大丈夫だ。感動した。」
宥める高校生に対し、進藤先生が泣きじゃくる合間に言葉を紡ぐ。本当ならビシっと別れの言葉を伝えるべきなのだろうが、(まあ、この先生なら仕方ないよね…)というのがクラスでの共通意識であった。これも進藤のキャラクターなのだろう。数分間の慰めの後、進藤が落ち着きを取り戻す。
「よし、もう大丈夫だ。本当なら一人ひとりに言葉を手向けたかったが、途中で泣き始めると思うから、全員に一回で伝える。」
教室の空気が和む。一呼吸置いて、話を続ける。
「正直、入学式の時、お前たちの顔を見て、大丈夫か?まとまっていけるか?って心配だった。だって、沈んでる顔している人が多かった。希望の光が見えていないんじゃないかって子もいた。でも、日が経つに連れて一人、また一人と顔が明るくなった。明日に、将来に希望を持つ子が増えていった。各々自分の力や他者の力を借りて改善していったのだと思う。他者を頼るのは悪い事じゃない。だから、最後に大人として、これから大人の仲間入りをするお前達にアドバイス。“驕るな、そして一歩づつ前に進め”世の中、お前達より仕事ができるやつ、給料が良いやつ、面白いやつ、見た目が良いやつ、いろいろいる。それを受け入れられないで、“俺ならできる、もっと上手くできる”って思い込んで、大きなミスをしてしまう人をたっくさん見てきた。そんな時は人を頼れ。そして学んで少しづつでいい。一歩一歩前に進んで成長していってほしい。これはお前たちがこの2年でやってきたことだ。だから卒業後も続けてほしい。だって最高の2年間だっただろ?」
日頃、ゆるゆるの空気だった人が、はっきり物を言うと、ここまで変わるのだろうか?卒業生の心に言葉が染み込んでいるのが分かる。全員の顔を見回し、今日一番の笑顔で、
「俺も楽しかった。最高の2年間だった。お前たちは最高だ。」
今までこらえていた涙が再び流れ始めた。つられて、子供達も泣き始める。
進藤がハンカチを取り出し、涙を拭う。両目からの雫を拭き終え、顔を上げると、それまでコロコロ変わっていた表情が、無くなった。
〈アスター〉との最後の対峙である。
クラスの誰もが忘れられない存在。
クラス全員と出会うのは3年生になってすぐの始業式以来であるが、〈アスター〉をはっきりと認識できる。涙を拭い、顔を上げた瞬間、その人物が担任の進藤ではないことが肌感触で把握した。
感情が溢れていた空気がなくなった。そして、あの時と同じように指を鳴らす。
「またかよ。」
「やっぱり出てきたわね。」
「今更何の用だよ。」
口々に不満を吐露する。しかし、行動には起こさない。それでどうこうできないのは、既に分かっているから。
〈アスター〉から出た言葉は想定外だったものだった。
「本日は皆さんにお別れとお詫びを言いに来ました。」
「お詫びって何だよ。」
「急にどうしたんだよ。」
「相変わらず何考えてんのか分かんねえやつ。」
〈アスター〉は教室全体を見渡し、ゆっくりと話す。
「約2年前、皆さんには異能を授け、ミッションを提示しました。異能を用いながら多くの方はミッションを達成しました。残るは僅かの人だけです。」
〈アスター〉は特定の人物に視線を送る。鋭い人は“僅かの人”が誰か分かっただろう。
「結局、お前は何がしたかったんだよ?」
「私は、貴方たちができないことができる。指一つで時間を止められるし、相手の思考をコントロールすることもできる。一瞬で日本列島を太平洋に沈めることもできる。」
「何?自慢?」
「そういうつもりではないんですが…。そこまでできると、逆に何もできないんです。私達にもいろいろあるんでね。」
「私達って、お前みたいなやつが何人もいるのかよ。」
「いますよ。それなりにってくらいですけど…。そんなことより、100%の力の内、実際に使えるのは、髪の毛一本の、その先程度。これじゃあ、面白くない。私は面白いを探し続けた。そして、貴方達を見つけたんです。実に面白い、面白い。」
「面白い」を繰り返す。
「どうしたらもっと面白いか考えた。考えて、実行した。そしたら、もっと面白い。そう面白い。」
〈アスター〉が徐々に興奮していく。
約2年前は生気もなく、ただ無機質な音声が流れているような違和感があった。しかし、今の〈アスター〉は人間と何ら変わらない声だと感じる。そこには感情がはっきりとあった。
「しかし、残念ながら、私と会うのは今日で最後です。単なる青春の1ページであり、今後は徐々に色褪せていく記憶となる。私は本来ここにいないはずの存在だから。それが今はとても悲しい。異能についても今日の24時までしか使えないので、気をつけてください。皆さん、本当に、本当に申し訳ない。ありがとう。そして、最後に卒業おめでとう。」
最後の〈アスター〉は湿っぽかった。だが、その思いは本物だったと感じられた。




