駿河蓮と黛蒼空-1
11月末、U-18の全国サッカー大会が実施される。国内外の将来有望なサッカー選手が集まり、その実力を競う。無論、日本においても能力の高い高校生を招集されている。
このクラスにも実力者が一人いるが、辞退をしたのだ。
「どうして駿河選手は出場を辞退したのでしょうか?」
「もしかして怪我をしているのでしょうか?」
「チームとの契約はどうするつもりなのでしょうか?契約破棄をするでしょうか?」
「まだ、詳細については不明です。彼は学生です。その他の学生生活もありますので、これ以上の取材はお控えください。」
「取材拒否ですか?」
「何か隠してるんですか?」
取材陣が大勢学校に来て校門を取り囲んでいる。サッカーチームからは「怪我はないが、本人の強い意思により辞退する」と公式発表されているが世間では好き勝手な憶測が広まる。先生達が対応をしているが、中々上手く行っていないようだ。
「それで、どうして辞退したの?」
クラスの女子が無遠慮に聞いてくる。
「別に…。」
「別に…って何よ。怪我してる訳じゃないんでしょ?」
「怪我はしてないけど、別に良いだろ。」
授業開始の鐘が鳴る。女子達は不満な様子で席に戻る。進藤から取材陣について説明後、通常通りの授業に戻る。強いて違いがあるとすれば、体育が外のマラソンから体育館での授業に切り替わったくらいだ。
通常の授業中も、手紙が回って来る。内容は「で、何で辞退したの?」と簡潔なものだった。差出人は親しい間柄の男友達だった。別に無視してもいいが、とりあえず「知るかよ。」と返す。
「知るかよって何だよ。自分の事だろ?」
「いや、ミッションが世界大会の辞退なんだよ。」
「マジか?やば!でも了解。納得した。ドンマイ。」
そんなやりとりを数人と繰り返した。ドンマイってなんだよ。
「ほーら、パスパス。」
「行け行け、シュート。」
公園で子供達がボールを追いかけて、走り回っている。
「ほらー、行くぞー。」
その中心で知り合いの顔を見つけた。黛蒼空だ。もう2学期終盤に差し掛かっているが、正直ほとんど話したこともない。あのチケットを渡した時ぐらいである。
いつも始業ギリギリに来て、授業終わるとすぐに教室を出るので、話しかける隙が無いのだ。子供達に合わせて、丁度の所にパスを出している。確かに上手だ。ただ、クラスメイトに子供と公園で遊んでいるところを見られるのも気恥ずかしいだろうと、その場を離れようとする。
「よーし、シュート。」
子供の一人がシュートをするも、大きく外れ、駿河の近くに転がって来る。遠くへ行ったボールを捕りに行くのは、必然的に黛であり、
「おっ、駿河じゃん。」
気付かれるのは必然だった。
「お兄ちゃんは友達とお話してるから、少しの間、仲良く遊んでてね。」
「はーい。」
「何かあったら、すぐ言うんだよ。」
「分かってるー。」
子供の一人がボールを片手に手を振っている。
「弟いたんだ。」
「いないよ。」
「えっ?」
「あの子は近所の子。遊んであげる代わりに、バイト代貰ってる。」
黛が子どもに目を向けたまま淡々と答える。
「うちの家、貧乏でね。他にも学校には内緒でバイトしてる。でも、昼間ってバレやすいから、分かりやすいバイトができないんだよね。」
少し苦笑いをしながら、目は子供達から離さない。
(何か気まずい…話題を変えなくては…)
「よく、俺だって分かったな。ほら、サングラスしてたのに。」
「あー、よく子供達を見ているからね。人の雰囲気とかで何となく。」
「他の人は気づかないと思うよ。」
と頭を掻いて、答える。
「あっ。」
急に黛が立ち上がり、一人の子供に駆け寄る。子供が転んだようで、泣きじゃくっている。
「ほーら、ほら。大丈夫だよ。痛いの痛いの飛んで行けー。」
「うぇーん。えーん、えっ、ひくっ、ひっ。ひ…。」
徐々に流れる涙が減っていく。
「また、続きしよう。」
サッカーの続きを勧めるも、首を横に振る子供。
「どうしたの?」
「ぼ、僕、何しても上手くいかないんだ。サッカーも鬼ごっこも力も弱いし…。大久保君に勝てないんだ…」
上を向いてギャンギャン泣いていた子供が、今度は肩を窄め、俯く。さあ、黛。どうするか、と様子を見ていると、
「なーんだ。そんなことか。」
と笑い飛ばした。
「大丈夫。今度の算数のテストがあるだろ?大久保君のテスト結果を見てみ。きっと豊田君の方が大久保君より良いはずだよ。」
「でも、大久保君は頭も良いんだ。きっと勝てないよ。」
「大丈夫。大久保君は今のところが苦手なんだ。だから、豊田君が頑張れば勝てるよ。」
「ほんと?勝てる?」
期待の目で黛を見つめる。泣いていた顔がどんどん明るくなる。
「ああ、勝てるさ。どんと負かしてやれ。」
背中を軽く叩くと、豊田君は独りでに走り出していった。
豊田君が再度サッカーをし始めて十数分―――。
今度は豊田君が黛を迎えに来た。
「お兄ちゃんも来て。やって。」
「分かった分かった。」
隣にいた駿河の方を見る。豊田君も悟ったようで、
「お兄ちゃんの友達も来るの。」
と強引に引っ張り出す。駿河は困った顔で黛を見るが、黛は首を横に振り、
「こうなったらどうもできないよ、存分にやってくれ。」
寧ろゴーサインを出してきた。まあ、世界大会を辞退した選手が子供達と近くの公園でサッカーしてるとは思わないわな。
結果、存分にやってやった。一方的だが、わざと分かりやすいような派手なドリブルをしたり、翻弄してみたり、軽くリフティングをしたりして、子供達を楽しませていた。
「ねえねえ。お兄ちゃんは、アレできないの?」
子供達よ、その技は世界最高峰なのだよ…。それを知ってか知らずか、駿河が黛にパスを出した。そしてゴーサインを出してきた。
(さっきの仕返しだな、こんにゃろ。)
とりあえず、片足に乗せてみた。意外といけるもんだな。普段は子供達に花を持たせるために、パスに専念していたので不思議な気持ちだった。
次に何回かリフティングしてみた。うん、できる。ヘディング、背中に乗せてみる。
おっと、危ない。利き足と逆の足、ヒールでバランスをとる。
右、右、右、左、もも、右、頭、後ろに落としてヒール、左、右…リズムよくボールをコントロールしていく。全身でジャグリングをしているような感覚になる。
子供達もギャラリーになって、食い入りように見ている。
「おりゃあ。」
我慢できなくなったのか、急にギャラリーになっていた一人がボールを奪いに来た。しかし、その行動も虚しく、さっと躱される。その勢いで他の子供達も奪いに来る。もはやサッカーではない。ボール取り合戦だ。それでも楽しそうだ。子供達も、黛も。
その中、驚愕の目を向ける人物がいる。駿河だ。
(えっ、今どうやった?なんでボールがあっちに?え?)
黛のプレーに困惑している。無論、今の黛と1対1や、実際の試合では勝てる自信はある。でも、それでも…
「今のできるかな…?」
その場にあった他のボールを拝借し、やってみる。一回じゃできない。
「えっ?」
上手くいかなかったことに更なる驚愕。
「あー、あっちのお兄ちゃんもボール蹴ってるー。」
子供の一人が駿河を指差して叫んでからは、もう覚えていない。
「あー、楽しかった。」
「ごめんな、手伝ってもらって。」
「いやいや、こっちもいろいろ溜まってたから、いい気分転換になったよ。」
「そういってくれると助かるよ。」
お互い疲れたようにして、にこやかに会話する。ただ、駿河は「疲れた」と言いつつも、顔には疲労感がない。寧ろすっきりした快感で満たされている様子だ。
「にしても、黛、サッカー上手いね。」
「いや、駿河に言われても…。でも、ありがとう。」
「冗談でも、気遣いでもないよ。本気。」
「本気って、ありがとう。でも、俺も明日仕事あるから。」
黛は自宅へ走り始める。
「楽しかったー。ありがとう。」
数十メートル先で振り返り、大声でお礼を言う。
その姿を真剣な表情でしかと見ていた。そして顔が綻んだ。




