浅沼博と八木奏多-2
ーー浅沼サイドーー
「新田さん。こんにちは。」
「浅沼君、こんにちは。学校の帰りかい?」
浅沼は新田に挨拶をする。新田は棚にあるフィギュアを見比べながら挨拶を返す。
「良いのありますか?」
「いや、今日はそんなにかな。」
フィギュアについての問いだが、今日は空振りだったようだ。
「というか本当にフィギュアとか好きですよね、新田さん?」
「まあね。浅沼君と会ったのも、アニメの導きだったし。」
「“導き”って言わないでください。たまたま案内しただけです。」
浅沼は当時のことを思い出して、苦笑いをするのだった。
浅沼が下校中、周りをキョロキョロと見渡す青年男性がいた。スーツを着こなし、真面目そうな立ち姿である。こちらを見つけると一瞬悩んだようにして、問うてきた。
「すみません。ここ探しているんですけど分かりますか?」
「えーと、案内しますよ。」
帰り道近くの小売店を探しているとのこと。帰り道の近くだった為、案内を了承する。
「じゃあ、ここで俺は…。」
浅沼は退散しようとしたが、
「ちょっと待ってください。せっかくなんで、ちょっと話しましょう。」
新田さんは浅沼の背中を押し、おずおずと店内へ導く。
「へー、本当にここにあるんかな?」
「何が目的だったんですか?」
「これっ!」
見せてきたスマホの画面にはフィギュアが大きく表示されている。
「いやー、これが数量限定版で、どこに行ってもなかったんだよ。それでも探していたところ、ここにならあるってネットに書いてあって。半信半疑でやって来たけど、見て見て。あったよ。」
興奮した表情で、新田さんが語り始める。子どものように燥ぐ彼は、それまでの印象とは全く異なって見えた。
それからというのも、朝沼は時を見てこの小売店に足を運んだ。
「やあ、今日も来たのかい?」
いつも通りフィギュアやグッズ類を手に、新田さんは笑って話しかける。
「はい。寧ろ新田さんこそ、いつもいますね。仕事とか大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。基本的に外仕事だし、自分の事務所だから仕事時間なんて決まってないようなもんだし。」
「事務所って何やってるんですか?」
「あー。」
新田は一瞬躊躇いを見せたが、「まあいいか。」と言い、答える。
「俺、弁護士だから。」
「凄っ。」
あまりにも意外過ぎて、目を丸くする。
見せられた名刺には確かに「弁護士―新田久志」と書いてあった。
他の日、いつもの小売店に行くと、新田さんが店の人と話している。アニメグッズを見ている時のような子供らしい顔ではなく、真剣な目で話している。
店員がこちらに気づいたようで、お辞儀をしてその場を離れる。
「やあ、今日も来たのかい?」
この前と同じ言葉だが、別のニュアンスを感じる。
「はい…。ところで、何かありましたか?」
「何かって?」
「…いや、別にいいです。」
更に深く聞くのは無理だと判断する。
「ねえ、それよりもこれ見てよ。プレミアムなんだよ。」
諦めていつもの日常に戻っていく。微かな違和感を残して…。
ーー八木サイドーー
八木は捕まった万引き犯について気掛かりな点があった。
犯人が転んだ時に出血はないかなど容体を見ていたが、ある物が目に入った。
それは診断書、病名の欄には「適応障害」の文字。気になってもう一枚めくると彼の人生の経緯がまとめられていた。診断時に医師に提出したもののコピーであろう。
彼は順風満帆な人生を謳歌していた。余りにも順調な人生であった。
そこそこの大学を卒業し、それなりに大きな企業に就職をした。業績も同期の中では上の方であったし、上司からの評価も高かった。不満があるとしたら多忙過ぎて彼女がいなかったことぐらいである。
そんな平穏な生活が崩壊したのは、直属の上司が人事異動によって変わってからである。
それまでの上司は部下にも優しく、仕事もできた。しかし、優秀過ぎたのだ。本部へ栄転が決まった。後任について心配な一言を発していた。
「実は俺と入れ替わりで本部からやって来る奴は、ちょっと問題で…。パワハラやセクハラがあったらしい。」
悩ましい内容であったが、折角の上司の新たな門出に無用な心配をさせないよう、皆で明るく返す。
「大丈夫ですよ。向こうでも頑張ってくださいね。」
そんな話をしたと思う。
それから新しい上司が転勤してきたが、初日から衝撃的だった。
短パンにTシャツで出社したのだ。
「これからよろしく。」
と挨拶も簡素なものだった。その後も
「すみません。この書類に不備があるようですので、確認して頂けますか?」
「あー、適当にやっといて。じゃあ、俺は外回り行ってくるから。」
そんな日が続いた。最早、会社にいること自体が珍しい。
終いには、
「俺のハンコもお前の判断で使って良いから。その他もお前の判断で宜しく。」
と言われる始末。
たまに顔を見せたと思えば、「こんな簡単なこともできないのか」「お前みたいな役立たずは人間の屑だ。」などと罵詈雑言。耐えきれずに1人、2人と止めていく。
その結果、仕事が終わらず更に疲弊し、また1人辞めると負のスパイラルに嵌まっていった。無論本部にも報告したが、返事は「調査中」の一言のみ。
この生活が2年も続いたある日。自宅のベットから起き上がれなくなった。意識はあるし、体に痛みなどはない。ただ、突如として起き上がれなくなったのだ。
仕方なくその日は休暇を申請した。病院に行き、診断を受けた結果が、鬱病と適応障害だった。
異能で透明化し、留置所を覗きに行く。名札には和田直哉の文字。無気力にだらしなく座る和田。ふとした瞬間に静かに泣く和田。稀に人目も憚らずに号泣する和田。
人と形容するのも困難に見える物体に八木は非常に興味を惹かれたのだった。




