雪乃陽葵-2
雪乃の父が通常運転になった頃。雪乃は次の“見学”の為に行動を起こした。
次は母の職場である。雪乃の母は看護師である。それも割と大きな病院の中での看護師リーダーである。
その日も、担当の患者さんだけではなく、同僚の看護師の相談、医者との連携、廊下などで出会った患者さんとのコミュニケーションなどせわしなく動き回っている。休憩時間に話しかけようとするも…できなかった。単純に休憩時間と呼べる時間がなかったのだ。
だから仕事終わりまで、待つことにした。日が暮れ、睡魔が顔を出した頃、ようやく母の仕事が終わった。
「あれ?今日宿直だっけ?」
ようやく母が待機スペースに入って来た。
「あのー、ちょっと聞きたいことがあって…。」
「いいですよ。それより、眠そうな顔して。ほら。」
と手に持っていた書類を置き、自販機で飲み物を買い、雪乃に渡す。渡された缶コーヒーを開け、一口飲む。うん、苦い。大人の味だ。誰にでもこんな風に接してるんだろうな、と内心嬉しくなる。
「で、聞きたいことって?」
「はい。実は…雪乃さんってどうしてこの仕事を選んだんですか?」
「えっ、何?後悔してるの?」
冗談交じりで答える。「そういう訳ではないですけど…」と茶を濁す。何か職場の母だとつい敬語になってしまう。これが職場モードってやつなのか。
「えーと。何で看護師をしているかってことだったね。」
雪乃は頷く。
「看護師は患者と一番近い存在でしょ?医師は“私は体調が悪いです”って自己申告をした人を診る訳。で、入院中も何か大きな変化や検査結果が出て対応をする。勿論それも素晴らしい仕事。」
なぜか医師について話し出す母。小さい頃はもっとスパッという性格だったのに、最近は遠回りをするように話す。こういう時は静かに聞くのが吉であることを知っている。
「それに対して看護師は、患者との距離が近い。毎日の問診や血圧測定。雑談をしながらベットのシーツを取り替えたり、食事の手伝いをしたりする。だからちょっとした変化とか、本人ですら気づいていない症状に気付いたりする。」
答えが焦らされているようで、急かしたくなってしまうが我慢する。
「実は私、医師免許持ってるんだよ。」
「えっ?」
急に衝撃の事実を言われる。
「驚いたでしょ。わざわざ皆に言って回ったりはしないけど、持ってるんだ。医師になろうと思っていたけど、娘ができた。それで、娘が体調悪くなった時のことを想像して見た。
そして思ったんだ。「あれ?これって病院行けば私じゃなくても良くない?」って。だって目の前で倒れても、検査もなしに手術とかできないし、メスを持ち歩くわけにもいかない。だったら、「何か体調悪そうだな。」って気づいたり、「救急車呼んでから来るまでの数分間にできることやる」ことが大事かなって。じゃあ、看護師の方が良いじゃんって。私、馬鹿だよね。」
照れ隠しで笑う。ちょっと悪戯したくなる。
「それって、患者で練習してるってことですか?」
「うーん。」
バツが悪そうに腕を組む。
「そうかも。でも、勿論、真剣に向き合っている。患者も誰かの家族なんだし。」
「でも、こんな遅くまで、働いてるとお嬢さんとの時間も作れなくないですか?」
「えーと…。」
ここで初めて目線をずらした。「誰にも言わないでよ。」と前置きして話を進めて、腕時計を見せる。デジタルの最新のハイテクっぽい時計だ。私も母から同じ腕時計をプレゼントされている。
「見ててね。」
心電図が現れる。そして左上には雪乃陽葵の名前。つまりこれが表すことは…。
「私の娘の心拍と血圧がリアルタイムで表示されるの。あっ、今ビクってなった。何かあったのかしら。」
(おわー、やべー、いつの間にそんなものを…)
「で、現在地も見ようと思えば見れるんだけど、よっぽどのことがない限り見ないようにはしてる。」
と、時計の表示を時間に戻す。
(あっぶねー。今現在地見られたら、怪しまれるところだった。)
「本当にお嬢さんの事大切にしてるんですね。」
「勿論!」
これ以上ないくらいの笑顔で返す。
驚いたこともあったけど、もう何でもいいや。
結局仕事って何なのか、分からなかったけど、“大切な人の為”になるなら仕事も良いなと思った。今の私にとっては“大切な人”は間違いなく両親である。そのために何ができるか。とりあえず、明日二人に「ありがとう」を言おう。会えなくても絶対に伝えよう、と心に決めるのだった。
このエピソードでのミッション達成者
・雪乃陽葵―異能『自己のプロフィールの改竄』、ミッション『17種の仕事を見学する』、報酬『両親の思いに気付く』




