雪乃陽葵-1
7月――。学生にとっては最も楽しい時期、夏休みが始まる。
ある者は部活や勉学に励み、ある者は青春を謳歌する。学生に許された最大の休暇であり、自由である。
誰もが未来を見据えるこの時期にたった一人、雪乃陽葵だけは過去を見ていた。恵まれた容姿、素晴らしい環境、成績も優秀。まさに完全無欠、理想の女子高生。
だが、第三者と本人の感覚は全く異なっていた。
「はあ。」
溜息を漏らす。
「あら、雪乃までいくと溜息も絵になるね。」
「そんなんじゃないからー。」
友達にも恵まれている。唯一、雪乃の不満は家族についてだった。
雪乃の家族は両親のみである。父は証券マン、母は看護師。二人とも優しく、収入も安定して高い。それに雪乃は両親から愛されている自信があった。
ただ、両親が揃うのは、雪乃の誕生日のみ。どれ程何かに熱中しようとも、どれ程好きな物を与えられようとも、雪乃の心が満たされることはなかった。
(ただ心の中心だけが満たされない、そんな状況が今後も続くのだろうか…)
だから、私に与えられた報酬に心惹かれた。
【報酬】両親の思いに気付く
(父と母は普段何を思い、どのようなことをしているのだろう?)
それを知りたいという思いで、雪乃はミッションに取り組むことを決めたのだった。
「お疲れ様です。」
「お、お疲れさまー?」
ある会社の一角。雪乃は違和感満載のいで立ちで佇んでいた。
これも雪乃のミッションを達成する為である。雪乃のミッションは17種(①事務・管理系②営業系③販売・接客・サービス系④理美容・調理系⑤介護・福祉系⑥保育・教育系⑦医療・看護・保健系⑧製造・修理系⑨技術・専門系⑩建築・土木系⑪警備・施設管理系⑫運輸・物流系⑬清掃・軽作業系⑭農業・林業・漁業系⑮IT・Web系⑯金融・保険系⑰警察・消防・法律)の仕事を見学すること。そして異能は自己のプロフィールの改竄。
“女子高生”というプロフィールを“○○社職員”にすることで職員として認識される。さらに“観葉植物”や“空気”など人間以外にも変更可能である。周囲の人間・セキュリティを騙せるだけで、実際に体が変化したり、無くなったりする訳ではないので、声を出せば話す観葉植物の出来上がりである。
とりあえず“会社関係者”として佇んでみたものの、何をしたらいいか分からず、その場に立っている。関係者と認識されているが、「えっ、あの人って何の人?」という疑いの目で見られている気がする。
そろそろ居たたまれなく感じ“空気”になる。瞬時に疑問の表情が消え、「あれ?なんかあった気がするけど、まあいいや。」と通常業務に戻る。“プロフィールの改竄”は、前後の修正機能まで付与される。
1学期中に10社程、見学をした。最初の数社は黙って見ているだけだった。しかし、ただ見ているのにも飽き、ある質問をするようになった。
「なぜ、あなたはこの仕事をしているのですか?」
ある人は答えた。
「そりゃあ、生きていくためだよ。金がなきゃ生活できないからね。寧ろ他に理由ある?」
ある人は答えた。
「就活してて、たまたまこの会社に拾ってもらって。後は惰性かな?」
ある人は答えた。
「この仕事が向いていると思うからかな。自分の得意なことで、皆から感謝されるのって素敵なことじゃん。」
雪乃の中ではどれも「ふーん」と言う感じだった。お金と言われても、正直今まで困ったことはないのでピンとこない。偶然からの惰性と言うのも如何なものかと思う。最後の人の言うことは分からないでもないが、「では私の得意なことって何だ?」という気になる。自分で言うのも何だが、大抵のことは人より上手くできる自信がある。それに感謝だってされている。つまり今と変わらないってこと?
“働く”って何だろう?
夏休みに入り、残りの見学を行い、残り2社となった。残るは⑦医療・看護・保健系と⑯金融・保険系である。
意図して残したわけじゃない…と思う。ただ、気乗りしなかっただけ…。それでも行く会社はどこか決めている。両親の所だ。
まずは父のところに行く。
父は俗に言う証券マンである。お客様から投資の相談を受け、受注し、その手数料が会社の利益になる。国内株や国内債券もあるが、海外株や海外債券もある為、仕事中の父は英語やビジネス用語が多い。見学していた雪乃自身、半分も意味を理解していない。
ただ、相談者に対して親身になっているのが良く分かる。
「現在の収入と今後の収入の予定。そしてお子さんを2人ご希望ですと、将来的には年に○○万円必要になる計算になります。過去のデータからの推測で、それに適したプランはこちらになります。また、ご主人様との老後に余裕を持たせたいのであれば―――。」
お客様のご希望のプラン、そしてプラスアルファのプランを提示する。まさに仕事のできる人である。今回も契約と勝ち取り、お客様も満足気に店を出る。これだけできれば、楽しく働けると思う。
だが、全てが上手くいくはずはない。勿論、上手く行かないお客様もいるし、クレームの対応などもある。
そこで、休憩時間に例の質問をしてみる。
「雪乃さんはどうしてこの仕事をしているんですか?」
自分の父に「雪乃さん」と話しかけるのは少し変な気分だった。
「うーん、そうだな。」
と手を顎に当てる父。考えている時の癖だ。
「そうだな。お金とか立場とかいろいろあるけど。俺には高校生の娘がいるんだよ。これがよくできた娘でね。優しいし、性格いいし、すごく良い娘なんだよ。こんな小さい頃も可愛かったし、高校生になってもすっごく綺麗になったんだよ。友達にも恵まれてね。特に最近はよく友達と遊びに行ってるんだよ。成績も大学の合格ラインではあるんだけど、最近遊び過ぎてるのが心配かな。」
と、一点の曇りもなく、少年のように笑う。相手はその自慢の娘なのだが…。
まさか自分の話になるとは思っていなかった雪乃は話を戻して恥ずかしさを誤魔化す。
「良い娘さんですね。それで、この仕事の理由は?」
「あー、そうそう。それで家の娘や妻にはできるだけのことをしてあげたいんだ。お金のこともそうだし。勉強や習い事、友人関係とかいろいろある。あの時あれしとけばいいなとか、逆にあれさせなければ良かったなとか後悔したくないじゃん。」
「ありがとうございます。では、私も休憩終わりなので戻りますね。」
とその場を離れようとする。
「あ、あと一つ。」
と父が呼び止める。
「娘自慢のお父さんでいたいじゃん。」
「ええ。きっとお嬢さんから見ても、素晴らしい自慢のお父さんですよ。」
心からの本心で伝える。
「そうか。私の為…、家族の為か…。」
雪乃は呟き、その後も父の職場を“見学”をしに戻った。その足取りはいつもよりも弾んでいた。
それから数日雪乃の父はご機嫌だった。




