琴葉詩織と若菜新-3
時代はやや遡り、5年前の日本。ある高校が舞台。
この梅原高校はどこにでもある普通の学校である。唯一異なるのが、ここが小説の中であるということ。これを知っているのは若菜と小説の持ち主である琴葉のみである。
どうしたものかと周囲を見渡していると、
「おう、若菜。」
いきなり後ろから肩に手を回し、飛びつく人物が一人。
(この世界に俺を知る人はいないはずだが…)
振り返るとやはり見たこともない男子高校生がいた。
(いや誰だよ?)
心の奥でツッコんだが、それに答えたのは琴葉詩織だった。
「彼はモブである。名前はまだない。」
「“吾輩は猫である。名前はまだない”みたいに言うな。」
「それは良いとして。アンタごときが転校生イベントができるとでも?残念だったわね。転校生イベントはヒロインの専売特許なのよ。アンタもモブよモブ。ただ、モブだとしても友人もいないと逆に浮いてしまうわ。だから友人を用意してやったのよ。それに彼は役立つモブよ。せいぜい名前でも付けて仲よくなることね。」
「モブ連呼すんな。」
「さあ、名前を読んであげなさい。」
(くそっ。こんな理不尽はいつ振りだ…)
「鬼塚宏弥―――。」
考えなしに思いついたのは、夢を諦めさせた投手の名前だった。
「おう。そうだよ。お前の親友、鬼塚だよ。」
呟く程度の声だったが、しっかりと聞かれたようだ。
自分で“親友”と言うのはちょっとウザい。
教室に行き、不本意ながら鬼塚宏弥と名付けてしまった自称親友君と談笑する。
「それでさ、今日転入生が来るって。」
(って、いきなりヒロイン登場かよ)
思いがけない情報を得た時、教室に先生と一人の女子高生が現れた。
明らかに他とは一線を画す美女。引き締まったスレンダーなプロポーションに加え、滑らかな肌、大きな目、ふっくらとした唇、艶やかな髪、その全てが有無も言わせない美しさをまじまじと感じさせる。
誰もが本能で理解させられる。彼女こそがヒロインなのだと。
「一ノ瀬和葉と言います。よろしくお願いします。」
簡単な挨拶をし、一礼をした後、一ノ瀬はただでさえ大きい目を更に大きく見開く。その視線の先には天堂尊がいた。天堂もやや驚いた顔をしている。
「アンタはあの時の―――。」
しかし、その後は言い淀み、目線は外す。その空気を察したのか、教師が一人得心がいったように指示を出す。
「お前ら知り合いなのか。なら丁度いい、天堂の隣が空いてるから、使ってくれ。」
一瞬不満げな顔を見せたが、一ノ瀬は指示通りに天堂の隣に着席する。
「なあ、なあ。あの二人ってどんな関係だ?」
「ああー、あの二人はな…。」
鬼塚はぺらぺらと話してくれた。うん、実に都合がいい親友だ。
まとめると下記の通りだった。
・二人は学力、運動、見た目、家柄ともに最高峰
・常に一ノ瀬が2位、天堂が1位
・出会うことはなかったがお互いに意識をしていた。
・その二人が出会ってしまった。
「で、実際どんな感じなの?」
「あー。」
今まで饒舌だった鬼塚が言葉に詰まる。
「どうした?」
「うーん。ちょっとね。二人には内緒だぞ。」
(そう来なくては!やっぱり便利だ!)
あるテニスコートで男女それぞれの表彰が行われた。
無論一ノ瀬、天堂それぞれ優勝した。表彰式の最後に大会の主催者の西堀元プロが思わぬ発言をした。
「実に素晴らしいプレーだった。過去1番の盛り上がりだったと思う。そこで…今回優勝した天堂選手と天堂選手対私の2対1で試合をしてみないかい?」
世界4大大会を制覇した――。全盛期からは20年以上経過しているが、経験と技術は衰えることを知らない。対して二人は即席のコンビである。打ち合わせもそこそこに試合が行われた。
試合が始まって序盤は均衡を保っていた。しかし、徐々に男女の差がプレーに現れていく。女性である一ノ瀬では前衛では速さに反応ができない、後衛ではパワーが足りない。
セットを奪われた。焦りなのかミスも増えていく。このまま敗北が決定するかと思われたが、天堂が一ノ瀬の分もカバーをするように守備範囲を広げていく。
更に西堀が現役からのブランク期間の長さ、体力的な衰えにより、ミスショットが増え始めた。セットを奪い返し、最後には天堂のスマッシュが相手コートに突き刺さった。
「ありがとう。勝てて良かった。今度は私が天堂を引っ張っていけるように頑張るから。」
一ノ瀬は喜びと感謝を天堂伝える。しかし、それに返って来たのは意外な言葉だった。
「俺が負けることはない。だから俺と組んでいる間は一ノ瀬も負けることはない。」
共に戦う仲間にかける言葉とは思えない内容に一ノ瀬のこめかみがぴくっと反応する。
「舐めないで。こう見えて私は文武両道なの。勉強でもスポーツでも天堂に勝てるわ。」
「そんな訳ない。この前の模試でもスポーツの大会でも1位だったし。成績と名の付くものはかれこれここ数年は1位しかとっていないから。」
「はあ?絶対勝つから。見ておきなさい。」
「おうおう。じゃあ、俺に勝てたら何でも言うこと聞いてやるよ。」
「言ったからな。後で後悔しても知らないから。」
「その”後で”がいつになることやら。」
「何ですって!」
自信満々の天堂に対し、売り言葉に買い言葉。勝者が試合後に言い合う様子は関係者の中で若干の話題になったのだった。




