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琴葉詩織と若菜新-1

 キーンコーンカーンコーン。午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「よっしゃー!限定のパン買ったるで!」

 売店に向け、叫びながら走る男子高校生が一人。

 カーブに差し掛かり、ブレーキを最小限に掛ける。

「げっ。」

「ぬ?若菜――!廊下を走るなと何度言ったら分かるんだ!」

「やばっ。リターン。」

 鬼教師として有名な岡田先生と鉢合わせたが、若菜が「リターン」と言うと世界の時が逆方向に動き出した。


 キーンコーンカーンコーン

「よっしゃー!ってここには岡田がいるんだった。」

 今回は歩いて廊下を移動する。岡田とすれ違ったことを確認し、直後に走り出す。

「ぬ?若菜――!廊下を走るなと何度言ったら分かるんだ!」

「へいへーい。これも限定パンの為なのだ。」

「こらー。若菜――。」

 廊下に岡田先生の声が反響していく。

 これが若菜の異能―やり直し―である。1場面のみ時間を戻すことができる。

 欠点としては、「リターン」と言う必要があること。1場面のみであること。学校場面では、授業1コマとか、休み時間とかを1場面としてカウントされるようだ。回数の制限などはないが、テスト後の休み時間に内容を確認し、テスト中へ戻るということは不可能なのだ。

 やや制限のある異能であるが、この内容を使って若菜は楽しんでいる。

「何やっても、元に戻るから楽で良いわ。」

 違法行為や迷惑行為(廊下を走る程度の事はしたが)はしていないが、自由を謳歌していた。あの女の本性に出会うまでは…。


「ふふふふふ。」

 図書室で、不気味な笑い声を上げているのは琴葉詩織。

 猫背気味の姿勢に、長髪が垂れ下がっているので、読書中はほとんど顔が見えない。

「この本も面白かった、ふふ。」

 読了した本が机の上に平積みされている。本に囲まれて、絶賛幸せ中だった。読んだ本を手でなぞり、うっとりする。

 しかし、途中で止まる。そして苦虫をかみつぶしたような顔になる。

「この、この本だけは認めない。いえ、認めてはいけない。」

 藁人形でも取り出すんじゃないかと言うくらいの恐怖をまき散らしている。その手にあるのは『高嶺の花も空回る』。エリート同士なのに恋愛だけ不器用と言うギャップに読者は心を躍らせる大人気ロマンス小説だ。特にお互い意識しているのになかなか付き合うことができずドギマギする描写がどこかもどかしくも、悩み、空回りする姿に共感の嵐を巻き起こすのだった。今回はその第2巻だ。そう、第2巻なのだ。

「1巻は、ほんっとに最高だったのに、なんで、なんで、ヒロインと主人公が結ばれないのよっ。」

 小声で呟いたが、周りからもブチギレしているのが分かる。

「どうしてくれようか。ふふふ。ふふふ。」

 不敵な笑みを漏らすのだった。


 琴葉詩織は本が好きだ。正に本の虫。小さい頃から好きな場所は図書館。暇さえあれば本を読み漁った。

 本にはあらゆる情報があり、あらゆる物語がある。特に好きなのが、小学生の時に読んだ『高嶺の花も空回る』である。図書館で何度も読み返し、お小遣いでも買い(読書用と保存用、布教用と3冊)、1冊はボロボロになっているくらい読み込んだ。

 だからこそ、この異能は私にとって天恵であった。


・【琴葉詩織】異能―本を一冊、保存・修正できる。


 丁度、そのタイミングで『高嶺の花も空回る』の第二巻が発売され、発売日に本屋へ行き、例のごとく3冊買い、そのうち1冊を異能の対象とした。

(ああ、これでこの1冊は永久に保存される)

 歓喜に震えた。私の幸せの全てがこの本に込められている。さあ、あの感動をもう一度。いや、更なる感動を…と、手に取って1冊、1ページ、1行、1文字の全てに熱意をかけて読んだ。

 読んだ結果ーーー。

「えっ?なにこれ。最低。駄作、失敗作、愚策、出来損ない、不出来、つまらない、面白くない、退屈、中身もない、意外性もない、見る価値もない、平凡以下、取るに足りない、二流未満、三流、筆者は、編集者は何をしているの!」

 琴葉は激怒した。人生最大の憤慨である。筆者の名前を確認すると、第一巻と違う。

(どういうこと?)

 あとがきを読むと、


 本作品第一巻の著者恋色茜先生が急逝され、身辺整理をしていたところ、第二巻のプロットが途中まででしたが発見されました。そのまま埋もれさせておくのは勿体ないと感じ、筆を執った次第であります。


「ふざけんな!!」

 琴葉は生まれて初めて本を投げた。

「作家をなめるんじゃねーよ。何が“勿体ない”だ。こんな作品を世に出すぐらいだったら、棺桶と一緒に御焚き上げしろよ。作家のさの字も知らねーような奴が茜さんの作品を引き継ぐんじゃなねーよ。死後の汚点になるじゃねーか。編集者や出版社も止めろよ。売るのが仕事か?いや、仕事だけど、いい作品であるのが大前提だろうが。」

 投げっぱなしにする訳にもいかず、本を拾い上げる。癪だけど。


「図書室は今日も静かで素晴らしい。」

 琴葉しかいないこの部屋が心地よい。ガラス越しに日差しが入る。暖房が底冷えしない程度に効いている。近くには本が山積み。右を見ても左を見ても本に囲まれている。とても安心する。何と言っても、この静寂。喧噪から抜け出し、落ち着いた雰囲気に悦に入る。

「うわっ、やべ。」

 この静寂を破壊する人物が現れる。若菜新である。いつも先生に追いかけられているヤンチャ者という印象しかない。

 突如現れた異分子に嫌悪感をあからさまに出す。

「ちょっと隠れさせて。」

 返事を待たずに、琴葉の近くに隠れる。周囲を見ると、先生らしき人物がキョロキョロと辺りを見渡している。

「ちょっと何やってんの?」

「良いからちょっとだけ。」

 追い出すように声を掛ける。ただ、若菜は断る。

「というか何してんのよ?いつも先生怒らせて。」

「いやー、今朝、教頭のカツラとって遊んだだけなんだよ。ちょっとした悪戯ってやつだよ。」

「ほんと、何やってんのよ…。」

 呆れ果てて、本に目を戻す。意に返さない調子で若菜は続ける。

「ほんと、その場で怒ればいいのに、そしたら過去に飛べばいいだけなんだけど。」

「へー、それが貴方の異能なのね。」

「そう。1場面前に戻る能力。さすがに朝までは戻れないからな。」

「それって、回数制限とかあるの?」

「ないよ。なのに、いくら戻っても教室の前で待ち構えてるんだもん。」

「“だもん”じゃねーよ。」と、こめかみを押さえ、溜息をつく。ここで、非常に良い案が浮かぶ。自然と口角が上がり、口が三日月型になる。そっと若菜の耳元に顔を近づけ、悪魔の囁きを耳元で告げる。

「ねえ、絶対に見つからない場所あるんだけど、案内しようか?」

「えっ!」

 急に蠱惑的な声で発せられた言葉にドキッとする。ちょっとかわいいかも…。

「案内するね。」

「うん。」

「じゃあ、これ見て。」

 と例の『高嶺の花も空回る』の第二巻の栞を挟んだページを開ける。若菜は何も警戒せずに覗き込む。

「ゲート・イン・ブック」

「え?」

 若菜の体が本の中に吸い込まれていった。

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