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誘拐事件-2

 新港近くにある今は使われていない物置倉庫―――。

 工場地帯の近くにあり、物置や荷物の配達の中間地点としての役割を果たしていた。時代は流れ、工場の移転に伴い、廃れた空っぽの張りぼてしか残らなかった。

 その一角。腕を後ろに回し、支柱に繋がれた状態で日高由衣は誘拐犯を睨んでいた。

「おいおい、そんな目で見たところで怖くねーぞ。」

 小柄な女子高生である日高に睨まれたところで、チワワが吠えた程度の事である。

「しっかし、こいつ元気すぎやしないか?」

 誘拐後に間違えても死なないように配慮はしているとはいえ、何度も暴力を浴びせられている。それでも数秒したら何事もなかったように睨み返す。

「お前の腕が落ちたんじゃねーの?」

 とケラケラ笑い会う誘拐犯。

 その中でも日高が怯えていないのは、彼女の生い立ち故だけではない。異能――治癒によるものである。ケガは瞬時に治すことができる。誘拐犯の口ぶりから殺す意図がないのが明確なので何とかなるだろうという腹積もりもある。

「そんなことより分かってるんだろうな。もし、失敗でもしたら…。」

「分かってるよ、その時は…。」

 誘拐犯たちは胸元の小さな薬品に触れ、呟く。


「で、どうなんだよ。」

 大久保が谷﨑に問いかける。倉庫の扉の前で谷﨑が透視して内部を確認する。

「いる。一人が柱に繋がれていて、その周り4人。」

「なるほど、4対4。数的には同じだが…。戦える異能は本田だけだもんな…。」

「ないものを嘆いたって仕方ない。作戦通りで行こう。」

 作戦はシンプル。本田が周りにある、鉄パイプだが何だがを投げ、その隙に日高を救出する予定だ。

「いくぞ!」

「「「「おう!!」」」」


「ゴーン、ゴーン、ゴーン」と倉庫中に音が鳴り響く。

「なんだ?どうした?」と誘拐犯が状況を共有しようとする。音の鳴る扉を全員が向いた瞬間。轟音と共に扉が壊され倒れる。そのから現れたのは

「えっ、倒れるの?」

 と気の抜けた声を発したのは本田だった。扉をこじ開けるつもりだったが、扉自体が力に耐えられず倒れてしまった。予想外の結果に目も点になっている。だが、ここは戦場である。気持ちを切り替え予定通り攻撃に移る。

「おりゃあ。」

 と、これまた気の抜けた掛け声と共に鉄パイプを投げる。20m以上あろう距離を剛速球が突き抜け、反対側の壁に刺さり止まる。

 これを見た誘拐犯もすぐに異常事態だと判断。すぐさま行動に移す。日高を人質にしようと近づくが、目の前をレンガが通る。

「やっぱこっちの方が投げやすいな。あと変な気を起こさないようにね。」

 と入り口付近に積まれていたレンガで牽制し、鉄パイプで最も近かった誘拐犯を殴るも、逆に誘拐犯二人が本田に襲い掛かる。本田も武術に関してはからっきしである。何とか異能を使い鉄パイプなどで牽制しながら、一人また一人と倒していく。

 それと同時に裏から他のメンバーが日高の元に向かう。ロープを切り、日高と逃げようとすると、

「おい、何してんだ。どっから湧いてきた。」

 誘拐犯にバレた。誘拐犯の一人がナイフで日高を取り戻そうと襲い掛かる。

「何してくれとんのか。お前らはっ!!」

 全員の動きが止まる。

「アタシに対してならある程度は大目に見てやる。だが、アタシを救いに来てくれたダチにナイフを向けるとはどういう領分だ。お前ら。」

 声の主は何と日高だった。

「「「えっ?」」」

 余りの豹変に、助けに来たはずの大瀬良達も動きを止める。その隙を見逃すはずもなく、今まで睨むだけで、だんまりだった日高に驚いた誘拐犯を日高は回し蹴り一発で喰らわせる。

「はあ、ざまあみろ。これで後いっぴk」

 日高の腹部に強い衝撃を感じる。「あれっ?」と日高が目線を落とすと、ナイフが刺さり、血が滲んでいる。「あっ、これヤバい奴だ。」と直感的に察知する。その場に崩れ落ちる日高。

 刺した犯人はナイフから震える手を放し、後ずさる。

「お前が悪いんだからな。俺は、俺は殺すつもりはなかったんだ。」

 その時――。

 警察のサイレン音が鳴り響く。

「やばい。」

 と出口に向かって走り出す。

「日高、おい日高。」

 皆が呼びかけるが、「うるせえ。ちょっと待ってろ。」と誤魔化す。しかし、傷口が自然と閉まっていく。ナイフが押し出されるように日高の体からゆっくり抜けていく。

 ありえない光景に全員が固まる。しかし、傷口は完全に治癒しているもの顔色が戻らない。

「ねえ、これどうしたら良いの?」

「救急車。救急車呼ばなきゃ!」

「でも、それで間に合う?マジでヤバそうだけど…。」

 パニックになる3人を他所に大瀬良は落ちたナイフを見つめる。手に取り、覚悟を決める。そして―――自分の腹部に刺した。

「痛――――――っ!!」

 大瀬良が涙を流しながら叫ぶ。

「何してんだよ!!」

 周囲からすると、ただの自暴自棄にしか見えない行為だ。しかし、大瀬良の瞳はまだ諦めてはいなかった。大瀬良が痛みに耐えながら、震える手を日高に伸ばす。手が日高の体に触れた瞬間、日高の顔色が戻る。大瀬良の異能―解毒はあらゆる毒を無効化する。そしてその対象は自分だけに留まらない。第三者にも有効である。勿論制限もある。一つは無効化する相手に触れること。もう一つが毒を体内に取り入れること。日高の傷が治るが体調が戻らない事、そして自身に与えられた異能が解毒である事から、現在日高を蝕んでいるのは毒だと予想し、日高を救う為に自らの腹部を刺したのだ。

 しかし、大瀬良にも予期せぬことが起きた。それは”毒を取り入れる事”のが条件であり、わざわざ腹部を刺す必要がなかったのだ。例えば、ナイフを一舐めするか、軽く薄皮を切るだけで良かったものの、混乱していた大瀬良はそこまで考えられていなかった。

 そして、自分の腹部にナイフを刺すという初めての経験とパニック状態であったが故に、力加減を忘れ、行動をしてしまった。

「良かった。」

 と日高の回復を喜びながら、「あれ?今度は俺の番?」と意識が消えかける。

「たっく、救おうとした奴が死にかけてどうすんだよ。まあ、なんだこれも借りだからな。しっかりと利子付けて返してやるよ。」

 日高が大瀬良にそっと口づける。周りが「キャー」と悲鳴を上げるが、日高は気にせず、どや顔で返す。

「これからも宜しくな、大瀬良理久!」


「ったく、何だよあのバケモンは。」

 逃げ出した誘拐犯が倉庫から離れようと走りながら愚痴を零す。

 そして何か手段がないかと周りを見渡す。するとこれ見よがしに車とその持ち主であろう若い男性が運転席で休んでいた。

 丁度いいと思った彼は車のドアを開け、運転席にいる人物に命令をする。

「おい、車を出せ。すぐにだ。」

 ナイフを突き出し、逃亡の幇助を強制しようとする。しかし、返って来たのは危機感のない声だった。

「良いですけど。行先は警察署ですね。」

「ふざけるな。良いから出せ。行先は指示を出す。」

「何でですか?誘拐犯なら行先は警察署ですよ。」

 なぜこいつが知ってる?と疑問が頭を過るが、今は時間が惜しい。

「良いから出せ。これが見えねーのか?」

 とナイフを動かす。

「そういうの良いですから。」

 と運転席の男は手を伸ばす。すぐにナイフに当たるが、刃先からナイフが溶け、蒸発していく。無論、おもちゃのナイフではない。ちゃんとした刃物である。折れる、刃こぼれする訳でもなく、ゆっくりと溶け、消えていくのだ。しかも、熱がある訳でもない。ただただ元からそこになかったかのように無くなっていく。

 更に手は止まらず、誘拐犯の頭に触れ、意識を刈り取っていく。


「じゃあ、自首しましょうか。」

「はい。」

 車を発進させるのは、進藤龍善の愛車フィアットだった。

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