上原結奈と緒方凛-1
例の始業式の日から数週間が経った。これまで目に見えるようなクラスメイトの暴走が起きていないのは、佐倉大翔の消失による怖さが上回っているからなのだろう。
ミッションに対しての受け止め方は、時期が来たらどうにかなるだろうと楽観視している者、日々追いつめられている者と多様だ。その中で最も影響を色濃く受けていたのは、上原結奈だろう。日に日に顔色が悪くなっている。
上原結奈―異能『感情の起伏を半分にする』、ミッション『弱みを見せる』、報酬『義父からのDVがなくなる』
上原結奈は義理の義父からのDVを受けていた。私が小学5年生の時、義父は突如現れた。
「結奈のお父さんになる人よ。」
ママが隣にいる男性を紹介する。幼い頃に父を失っている私にとって家族とは自分とママのみだった。小さい頃から上原はシングルマザーとして朝から夜遅くまで働いているママを心配していた。
「これでこれからは一緒にいれるわね。」
と私を抱きしめ、ギリギリ聞こえるくらいの声で呟いていたのを覚えている。
それから生活は一変した。ママと一緒にいる時間が増え、義父とも楽しく生活で来ていた。義父は会社を経営しているらしく、お金も持っていた。十分な衣食住が保証され、欲しいものだってすぐ買ってくれた。
ただ、その生活も長くは続かなかった。義父の会社の経営が上手く行かなくなったのだ。上手く行かないと言っても、倒産したり、借金まみれになったりしたと言う訳ではなく、上り調子だったのが、やや落ち気味になって来たというだけだった。業績は未だに黒字だし、コネや経験が増えたと思えば寧ろ成長過程ともいえる。しかし、成功体験しかなかった義父にはそのわずかな低下に耐えられなかったのだ。帰宅してママや私に暴力を振るうようになってきた。
「俺はもっとできるはずなんだ。お前たちが、お前たちが悪いんだ。俺は悪くない。」
声を張り上げ、拳を振り上げる義父。母娘でかばい合いながら、時が過ぎるのを待った。
高校に上がると、義父からの視線が変わって来た。“娘”としての視線ではなく、“女”としての視線に変わって来たのだ。筆舌しがたい嫌悪感に襲われ、物理的に義父とは距離を取って生活することにした。極力会わないようにし、できる限り義父の前では肌を露出しないように夏でも上着を羽織った。そうなると暴力の矛先はママに向けられる。もう“家族”とは言い難い暴君による支配ともいえる惨状だった。
小学校からの親友の緒方凛にもこのことは打ち明けてはいない。だが、何かを悟っているような様子ではある。事あるごとに「大丈夫?何かできることない?」と私に言ってくれるのだ。その時の表情が、「私に救わせてほしい。」と懇願しているように見えるのが印象的だった。
その願いを相談という形で叶えてあげられない自分に嫌気がさしていた。きっと言えば緒方は必死に助けてくれるだろう。でも、それは出来ない。許されない。そう思っていた。
なのに、〈アスター〉が現れて、訳分からないうちにミッションに参加させられることになった。課されたミッションは「弱みを見せる。」だった。誰に、何をとは書いてないものの、すぐに分かった。でも、今更どうしろと?きっと「なんでもっと早く言ってくれなかったの?」と責められる。そして嫌われる。そしたら私はもう生きていけない。家族も失い、親友すら失ったら…この世に生きる意味も価値も心残りも何もない。
異能「感情の起伏を半分にする」がなければ、最初の1週間目で生を終えていただろう。実際に始業式を終えたら自ら生涯を閉じるつもりだった。寧ろその方が良かった。そこで終わりなのだから。それがなければ、こんなに悩むことも心がすり減り続けることもなかっただろうから。しかし、その決意すらも半分にされた。
一時的な感情は異能で半分になったが、どす黒く渦巻いている感情は徐々に、だが確かに上原の心を蝕んでいった…。
2年生の生活に順応して来た頃。世の中の大半が待ち望んだイベントGW開始を明日に控えた日。例に漏れずこのクラスでも連休中何をするのか、どこに行くのか等、思い思いの予定を交換している。
「ゆ・い・な」
と緒方が上原の顔を覗き込む。
「あー、GWは…」
目線をそらす。自分の左腕を右手で掴む。
「結奈。大丈夫?最近特に顔色悪いよ。」
「…大丈夫だよ。」
「GWどっかで遊ばない?」
「…GWはちょっと難しいかな…。」
とやんわり断る。GWは義父から「絶対に家から一歩も出るなよ。」と念を押されている。その前に死ぬつもりだった為、肯定してしまっていた。凄く怖いが、今更断ることは出来ない。
「約束だからね。破ったらどうなるか分かんないよ。」
義父の虚ろな目をしたまま口角を片方だけ上げる姿が脳裏に焼き付く。思えば、既に首輪を付けられているようなものだと自嘲的になる。
「なら、今日一緒に帰ろう。」
とカバンを持って、アピールする緒方。「帰るだけなら大丈夫だろう。」と了承する。しかし、この決断を上原はこの上なく後悔するのだった。
3話目にして早くも鬱展開の予感ーーー。




