相川の想い
ファミレス会議―教室―Ver.―を終え、各々が帰路に着く中、相良はスマホを操作する。
(明日は図書館に14時で良い?)
L〇NEのトーク履歴の一番上に受信履歴があった。相手は彼女の相川すずである。
(いや、学校にしよう。)
返信を送信し、歩みを進める。その足取りは未だかつてない程に重かった。
春休みは他の長期休みとは大きく異なる。次の学年に向けた準備期間であり、過去との決別の期間とも言える。多くの学生達は英気を養うべく、自らの趣味に没頭したり、ダラダラと過ごしたりしている。
しかし、終業式の翌日、ある男女が教室にいた。補習ではない。寧ろクラスでも、いや、学年でもトップクラスの成績を収めている。机を向かい合わせて、それぞれの学習に集中している。時折、話すことと言えば、
「ねえ、ここの問題って…。」
「ああ、これはここの公式を使って…。」
「ああ、なるほど。ありがとう。」
そんな味気ないものばかりだった。ただ、これも“デート”なのだ。素っ気ないやりとりでもどこか温かさを感じる。しかし、突如として雰囲気が一変する。相川が可能な限り落ち着いた声で気になっていた点を問う。できるだけ言葉に感情が乗らないように。不安な気持ちが伝わらないように。
「今日、何で教室にしたの?いつもの図書館じゃなくて。」
その瞬間、相良のシャーペンの芯が折れた。明らかに動揺している。
「…別に。」
誤魔化すような発言に、相川は感情をむき出しにする。怒りである。それも普通の怒りではない。激怒である。席を立ち、大きな歩幅で相良に迫っていく。
「バチンッ」
相良の頬を両側から強く挟み込む。もう相川に触れられることに嫌悪感は一切ない。寧ろもっと、もっと、と思う。しかし、手の温もりを感じている場合ではない。
「どうしたんだよ。」
「“どうしたんだよ”じゃない。約束したでしょ。秘密はなしって。」
相良の目が一瞬大きく開き、すぐに背ける。確かにクリスマスに告白をして付き合うにあたって、相川はたった一つのお願いをした。それが「隠し事は無し」であった。経緯を知っている相良は二つ返事で了承していた。
「ちゃんとこっちを見て。」
「分かった。ちゃんと話すよ。実は元から話すつもりだったんだ。だから教室にしたんだ。ちょっと言い出しにくくてね。」
そこまで言うと、両頬を挟んでいた手がするりと落ち、ゴトッと音が鳴る。目の前では相川が崩れ落ちている。震えた声で問う。
「私を…捨てるの…?」
「違う違う違う。」
慌てて否定する。
「えっ?」
「いや、何でそう思うんだよ?」
「だって、“言い出しにくいこと”って別れ話じゃ…。」
「そんな訳ないだろ。俺にはすずしかいないから。これからもずっと傍にいてほしい。」
自分の中途半端な言動が彼女を傷つけたことを悔いた。付き合うに当たった経緯を考えるともっと配慮をするべきだった。「あのな、落ち着いて聞いて。」と前置きをして話を続ける。
「今日話そうとしていたのは、例の投票についてだ。」
「へ?」
相川の頭上に?が出てくる。ただ別れ話ではないことは理解したようで徐々に力が抜けていく。
「なんだ、そんなことか。良かった。」
相川にとって、相良と別れることに比べたら異能関連何て“そんなこと”とすら思える。安心して自然と笑みが零れる。相良は不意な表情にドキッとしたが、話を続けることを優先させる。
「俺は“いいえ”に投票した。そして次回も“いいえ”に投票するつもりだ。何度やり直しになっても、変えるつもりはない。」
「何で…?」
そこには確固たる意志が感じられた。
「動物というのは基本的に自分ができる能力しか身に付けないと俺は思っている。例えば陸上最速のチーターは時速110㎞で走るが、コントロールできずに木にぶつかるなんてことは滅多にない。仮に人間の全員が時速110㎞でいきなり走れるようになったとしたら、認知能力や情報の処理能力が追い付かず、事故が多発するだろう。」
「でも、高速道路って100㎞近くまで出るけど、事故は多くないじゃん。」
「確かに、時速100㎞近く出したら絶対事故に遭うということではない。でも、高速道路という全員が同じ方向にほぼ同じ速度で走り、道も勾配やカーブの角度を計算された専用のものを使って漸く利用が許される程度のものなんだ。しかも、車は免許制であり、誰でもできるって訳じゃないんだよ。でも、今回の異能は違う。ただ、同時期に同じクラスになったという個々の能力とは全く関係ない理由で超常の力を手に入れた。手に入れさせられたと言うのが適切だろう。いつ、誰がその力を暴走させてもおかしくない。」
「でも、この1年、何も問題は起きなかったじゃん。」
「表面上はな。裏で何かやっていたかもしれない。誰もすぐに表立って行動するやつはいないだろう。佐倉の消失と言う見せしめがあったからな。それに、初めての経験でそれどころじゃないってのもあったと思う。それに、昨日の〈アスター〉には多少の人間味のようなものを感じさせた。それは甘さに繋がる。加えて2年目ともなると皆慣れてくるだろう。何か起きてからでは遅いんだよ。異能は人類には早すぎる。」
「そんなこと…。」
相川は俯いた。目から落ちた涙が床に溜まる。
「で、でも、私はこの異能があったから紬と付き合えたっ。」
相良は息を飲んだ。突かれたら最も痛い所だったからである。
「異能がなければ、きっと今もあいつのお人形やってた。あいつの隣でただただ隣でニコニコするだけのお人形。」
「そんなことない…。」
「そんなことある。あれだけショックを受けても、またL〇NEが来たら“仕方ない”って自分自身を誤魔化して。真実に目を向けるのが怖くて。答えを出さない自問自答を繰り返して、傷のない自傷行為を続けて、ただただ日々を浪費していってた。そんな地獄から救いの手を差し伸ばしてくれたのが紬なんだよ。そして紬と私を繋いでくれたのが私の異能なんだよ。」
相川が懇願するように声を上げる。しかし、相良もおいそれと引き下がるわけにはいかない。
「それはたまたま上手くいっただけで。」
「たまたまじゃない。私は紬のことを分かっていなかった。ただのガリ勉の根暗だと思っていた。元々学年1位を取ってミッションを達成する為に近づいたんだ。勉強の教え方もぶっきらぼうで、言葉足らずなこともあって。でも、どこか優しくて。普段からいろんなことを考えていて。気づかれないようにサポートをしてくれてた。良い事は褒めてくれるし、悪いことはダメだと言ってくれる。次第に惹かれていった。大好きなんだよ。どうしようもないくらい。理性では紬のことを信頼してる。でも、まだ怖いの。時々、紬の思考が頭に入って来ると安心できた。後1年、この安心を手放したくない。」
「俺が信じられないか?」と問うことはできなかった。相川の境遇を鑑みると、やるせない気持ちになったからだ。
「皆、爆弾を抱えているようなもんなんだよ。いつ爆発させるか分からない。」
「分かってる。でも、この1年がとっても大事になると思うの。もっと、皆を、私を信じてくれない?」
「―――っ!!」
相良は返事をすることができなかった。相川は話を続ける。
「多分、紬の言っていることは正しいんだよ。でも、私は“正しいか”じゃなくて“必要か”を見てほしい。私には紬が必要で、異能も今の私にとっては必要なんだよ。少なくとも私と紬は絶対にダメなことはしない。紬は私の気持ちと異能と言う不安要素の排除、どっちが大事?」
「―――ずるいよ。」
今度は相良が俯く。その顔を再度両手で包み込む。今度は赤子に触れるように優しさに満ち溢れた触れ方だった。
「分かってる。こんな言い方はずるいと思う。でも、それだけ真剣なの。それに―――。」
茶目っ気たっぷりに屈託のない笑顔を見せる。
「私に何かあったら、紬が助けてくれるでしょ?勿論、紬に何かあったら、私が文字通り命がけで助けるから。」
「―――分かったよ。」
相良は目を真っ直ぐに見て、相川に了承する。
「だから、今度こそはお互い秘密は禁止ね。」
「悪かったよ。」
「じゃあ、ルール違反のペナルティは何にしようかな?」
「ペナルティがある何て聞いてないぞ。」
「あるに決まってじゃん。じゃあ、帰りにコンビニのスイーツ奢ってよ。」
「分かったよ。」
表情はコロコロ変わるが、芯を強く一本通った女性。すず本人の事より俺の事を考えてくれる女性。どんなことがあっても話を聞いて、自分の意見も言ってくれる、前向きに話し合いができる女性。だからこそ、すずを愛しているんだと改めて思った。




