相川すずと相良紬-4
「よし、これくらいで良いか。」
自習室での勉強を終え、帰路に着く。何となしに、相川の顔が浮かび、今朝見かけた場所に立ち寄る。
「―――っ。」
そこには今朝と同じ場所に相川がいた。違うのは涙の跡が顔に残り、目も腫れている。座り込んでスマホも見てはうなだれ、またスマホを見るのを繰り返す。
周りが幸せそうな雰囲気に包まれているだけに、そこだけ別空間になっているかのように錯覚をしてしまう。通行人にも見えているはずなのに、まるでそこにいないかのように通り過ぎる。
あの元気な、頑張り屋な、彼氏のことを幸せそうに話す相川をこのままにはできないと謎の使命感に駆られた相良は自然と歩みを進める。
「で、何?笑いたいの?こんな私…。」
近くの公園で椅子に座って話す。視線は5m先の地面を見つめ、生気が感じられない。完全に自暴自棄になっている。放っておいたら自死を選択してしまうような危うさがある。
ただ、伝えられる言葉が見当たらない。だからと言って、そのまま解散する気もない。気まずさを感じていると、涙を流しながら、縋るように話し始めた。
「私、今日デートだったんだ。付き合って初めてのクリスマスデートだから、美容室にも行って、服や靴も新しいの買って、何度も何度もデートのシミュレーションして…。なのに今日になって、“ごめん、今日なしで”って。信じられないでしょ。私がどんなに楽しみにしていたか。どんなに張り切って準備したか。どんなに彼を好きだったのか。もう、分かんない。分かんないよ。ねえ、どうしたら良いの?何でも知ってるんでしょ。教えてよ。いつもみたいに。ねえ。」
狂気じみた顔でこっちを見る。瞳孔は開いているのに、黒目が虚ろになる。顔はこっちを向いているのに、焦点が合っていない気もする。
「…どうしたらって言われても…。」
言い淀む。
(…そんな奴、別れなよ。)
思考が伝わって来る。
「そんな奴って何!彼のこと知らないくせに!」
相川が立ち上がり、相良の胸倉を掴み、引き上げる。掴む瞬間相良の肩がビクっと跳ねる。
「俺、そんなこと言ってない。」
(そりゃ、別れた方が良いって。)
「ほら、そう思ってんじゃん。」
「思ってないって。」
(思ってる。別れろよ。俺なら蔑ろにしない。)
「何よ…。俺ならって…。」
「だから何の話だって。」
2人の顔がすぐ近くにある。相川が叫び、相良が混乱を露わにする。
(だって、あいつ浮気してる。他の奴とキスしてた。)
「―――嘘。」
手を放し、その場に崩れ落ちる。糸が切れたマリオネットのように力が入っていない。
「フハハハハハ。」
急に笑い出す相川。
「もうどうでも良いよ。何?私は遊ばれてただけ?私とは手も握らない癖に、キスまでしてんだ。まあ、大学生だもんね。いろいろ経験してるだろうし。浮気相手は私だったってこと?馬鹿みたい。いや、私は浮気相手ですらない。ただの置物。彼女と都合が合わない時に隣でニコニコしているお人形。そりゃあ、手も出してくれないよね。人形と本気で恋愛する人はいないもんね。ハハハハ。」
相川は完全に狂い始め、体の全てから力が抜けている。そんな相川に何を言えば良いのだろう?どうしたら笑顔に戻ってくれるだろう?どんなに勉強をしても、模試で好成績を残そうとも、こんな時にいい言葉が思いつかない。頭が回らない。ただ、このままではダメだということだけは分かる。言葉が出ないならと、手を伸ばす。が、相川に届く前に引っ込めてしまう。再度、チャレンジをする。だが、途中で止まる。そんなことを2、3度繰り返してしまう。こんな自分自身が嫌になる。
「何?あんたも私に触れたくないの?こんな馬鹿な女に―――っ。」
相川が顔を上げた時、相良は意を決して相川を―――抱きしめた。手が無理なら、体ごと行くしかない。
「えっ?」
狙ったわけではないが、想像の斜め上の行動に、相川はちょっと素に戻った声を出す。
「ちょっと放し―――。」
「ごめん。放さない。このまま聞いて。」
いつも落ち着いている相良の切羽詰まった声に驚き、震える体を突き放す気もなくなってしまう。
「実は、俺、女性が苦手なんだ。母子家庭で、父さんが他所に女を作って俺達を捨てた。それまでは幸せな家族だったんだ。もう、父さんの顔もはっきりは思い出せないけど、俺の記憶にある父さんと母さんは確かに幸せそうに笑っていたんだ。でも、それからの母さんからは父さんがどれだけ酷い人なのか、ずっと聞かされてきた。勿論、父さんは許せないけど、それより、母さんがずっとずっと男性の悪口を言っているのを聞いて、女性は皆、男性を憎んでいる、取り繕っていても、きっと腹の底では嫌っているんじゃないか、俺も皆から嫌われてるんじゃないかって思ったら、女性と話したくない、触れたくない、嫌われたくないって避けるようになった。」
「じゃあ、どうして今…?」
肩を抱きしめたまま、顔だけ正面を見て、
「好きだから。相川すずが好きだから。だから、そんな顔で泣いてほしくないから…。好きだ。」
ほんとにまとまっていない。もしかしたら、ちゃんと通じていないかもしれない。でも、いい。誰かが、俺が、相川を想っている人がこの世に少なくとも一人はいることさえ伝わればいい。それだけでも、生きてくれると思うから。
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―クラスメイトAの証言―
びっくりしましたよ。なんせ水族館デート行ったんですよ。その時も大人だなーって思ってたんです。私達なんてワイワイしているだけで、恥ずかしい。奏多も盛り上がっちゃって。えっ?私達のことはどうでもいい?仕方ないな。だから、別れたって聞いてビックリしちゃった。それだけじゃなく、あのガリベ…、相良君と付き合う何て、タイプも違うし、どうしたんだろうね?
―クラスメイトBの証言―
いやー、驚くのなんの。初詣に行ったら、相川と相良が仲良さそうにしてるもんだから。手なんて繋いじゃって。大学生の彼氏がいるってことは周知の事実だったから、新年早々大イベントですよ。もう、急いでL〇NEですよ。本人に聞き取り→拡散→新学期に直接聞き取りの流れですよ。いやーいい仕事したわ。もう満足。大スクープ。最高の1年になりそうですわ。
―クラスメイトCの証言―
相川って彼氏には結構デレデレするタイプだったんですね。彼氏の情報はすぐ言ってくれるけど、そういうイチャイチャ系の話は聞いたことがなかったから、何か新鮮!そういえば、大学生の彼氏とは何で別れたんだろう?そういうのも言ってくれないんだけどね。まあ、あんなに幸せそうなら、改めて聞くのも野暮ってもんでしょ。ちょっと待って。ということは相良君の略奪!キャ――っ!相良君も意外と大胆なことするのね。
上記にあるように、2人は付き合うことになった。
高校生とは多感な時期―――。余りにも恰好のスキャンダル。しかも予想外の組み合わせのスクープに目をキラキラしたクラスメイトによる記者会見が開かれた。元カレについては全て黙秘したが、交際を認めたことで、この大騒動にも終止符が打たれた。
クリスマスからは早かった。年内に交際を始め、初詣デート。その後も勉強会と銘打ってデートをしていた。隠すつもりもなかったので、すぐに明るみになった。相川はと言うと、今まで我慢していた分を取り返すように積極的になった。正にラブラブカップルである。隙あれば、相川が相良の傍らに行き、腕に抱き着くなど積極的にスキンシップをする。通常のカップル違うのは、
「ねえ、紬。大好き!」
「今、勉強中!」
「はい。」
叱られた犬のように、しゅんとする。勉強中、授業中はイチャイチャ禁止という条件を付けた。その代わり、
「そういうのは勉強が終わってからね。」
「うんっ!」
散歩に行くぞ!と言われた犬のように明るくなった。本当に犬みたい。よくそんなにころころ表情が変わるものだと感じる。まあ、そういうところも好きなんだけど。
このエピソードでのミッション達成者
・相川すず―異能『心を読む』、ミッション『テストで学年1位を取る』、報酬『愛してくれる人と結ばれる』
・相良紬―異能『鑑定』、ミッション『告白』、報酬『ある出来事に関する記憶を消去する権利』




