相川すずと相良紬-1
時は遡り、〈アスター〉による始業式の事件から2月経った頃。夏の暖かさがやや顔を出し始めた。
その頃ミッションをすることを決意した人物がいた。相川すずである。
「すずー。週末のWデートなんだけど…。」
相川の周りには人が入れ替わり立ち替わり訪れる。
相川すずも例のごとくミッションを課されたのだが、正直深く考えてなかった。普段の会話の中でもよくミッションの話題が出るが、相川は「秘密―。」とか言って誤魔化す。そうすれば深く聞かないのがクラス中の暗黙の了解となっていた。しかし、そろそろ行動に移らなければならない。相川のミッションは時間を要するのだ。
【相川すず】ミッション:テストで学年1位を取る。
尚、相川の学力は下の上から中の下である。要するに“良くもなく悪くもない”というところである。正直必死に勉強をする必要性も感じないし、それなりにできればどうでもいい。意欲もない、能力もない。真っ当な方法では、順位を大きく上げるのは非常に困難である。そこで、使えるのが異能である。相川の異能はクラスメイト一人の思考を読む、というものである。
そして、思考を読む相手は無論、成績上位の常連。相良紬、通称『ガリ勉君』である。
『ガリ勉君』については何の感情もなかった。ただのクラスメイト。会話も数える程しかない。ただ、テスト中は異能が使えなかった。不正はNGということだろう。試しに授業中に異能を使ってみた。
0<θ<π2のとき
上の図より△OAB、弧ABとする扇形OAB、△OACの面積はそれぞれ
12sinθ<12θ<12tanθ
⇒ sinθ<θ<tanθ
となる。さらにそれぞれをsinθで割ると
1<θsinθ<1cosθ
またθ→0のときlimθ→01cosθ=1であるため挟みうちの原理より
limθ→0θsinθ=1
つまり0<θ<π2のときlimθ→0sinθθ=1となる。
−π2<θ<0のときも同様にlimθ→0sinθθ=1となる。
よって
limθ→0sinθθ=1
うん。何言ってるか分からない。恐らく、今先生が説明しているところなのだろうが、チンプンカンプンである。私、この人に勝たないといけないの?無理ゲーじゃん。
とは言え、とりあえず机に向かう。30分、勉強をしてみた。宿題はほとんど忘れないが、今回は+αの勉強だ。なんかレベルが上がった気がする。明日はきっと大丈夫なはず。
再度、授業中に『ガリ勉君』の思考を読んでみた。
y=axとし、対数関数にすると
x=logay
yで微分すると対数関数の導関数より
dxdy=1yloga
逆数にすると
dydx=(ax)′=yloga=axloga
よって
(ax)′=axloga
またa=eとするとloge=1なので
(ex)′=ex
うん。全く分からん。昨日勉強したところだったのに。こんなことを繰り返した。相川の不満が日々増加している。正に指数関数的な右肩上がりである。
「どうなってるのよ。」
耐えられず相良の机を叩く。驚いた相良がビクっと体が跳びあげる。椅子から数センチ浮いたかもしれない。
「俺、何かしましたっけ?」
自分の記憶を探りながら返事をするが、実際何もしていないので、心当たりはない。
「ここ!」
先程、授業中にあった問題を指差す。
「えーと、この問題が何か?」
「何でこうなるの?」
「えーと、それは…。」
「だから、それは―が―で、―が―すると、―で―。」
「ここは何でこうなるの?」
「ここは前習った公式の―――。」
思いの外、相良の特別講義は盛り上がり、次の授業開始のチャイムまで続いた。
「ねえ、すずの彼氏ってどんな人?」
相川と谷﨑が話している。女子高生の話題ナンバーワン、恋バナである。
相川も頬を緩ませ、スマホを片手に自慢をする。
「この人―。大学生なんだけど、何か理系で、PCとかとても詳しいんだ。でも、根暗って訳じゃなくて、デートでも率先してリードしてるし、“大人”って感じ。将来はIT関連の会社に勤めるって言って…。」
幸せの絶頂であるかのように、幸福を振りまく。
「そういえば、Wデートは明日だったよね。」
谷﨑が日程の確認を行う。
「そうだよ。慎也バイト休みとれたって。」
「えー、何それ。」
「いいなー。」
「週明け、感想とか教えてよ。」
話を聞きつけた数人が加わり、教室の一角が花が咲いたように盛り上がる。
「おーい。こっち。」
相川が手を振って、友達に位置を知らせる。
「ごめん、ごめん。待った?」
「待ってないよ。」
「あっ。」
谷﨑が既に待っていた相川に対して謝る。隣には彼氏の八木がいる。
二人はどこかで待ち合わせてから来たのか、たまたま会ったのか、手を繋いでいたことに気付き、手を放す。無意識に手を繋いでいたのだろう。何かずるい。
「ところで、深津さんは?」
「うーん、ちょっと遅れてるみたい。もう少しで来るだろうから、待ってもらっていい?」
「いいよ。」
「ごめんね。せっかくのデートなのに…。」
慎也が来たのはそれから15分後、約束の時間からは10遅れてからだった。
「わりぃ、わりぃ。」
「別に待ってないよ。」
「えーと、遥ちゃんと八木君だっけ?遅れてごめんねー。」
「いえいえ。大丈夫ですよ。」
「深津さんは大学生なんですよね。勉強とか就活とか忙しいですよね?」
「まあ、そういう訳じゃないけど…、とりあえずどっか行こうか?」
慎也の誘導にて、場所を移動させるのであった。
ということで、水族館に来た。Wデートとはいえ、ずっと4人一緒に行動するのではデートとは言えないだろう。その為、水族館を回る時には見える範囲で少し距離を取り、昼食などは一緒にと計画していた。
「うおーー。凄ーーい。見てみて奏多。」
「おおー、デカいな。スゲーー。」
「ねえねえ、写真撮ろう。写真。はいチーズ。」
魚をバックにキャッキャウフフしている。その隣5m程開けて、相川達も会話を繰り広げる。
「ねえ、この魚形が面白いね。」
「そうだね。」
「ねえねえ、エイの裏側ってこんな顔なんだね。」
「そうだね。」
慎也はスマホを操作しながら、相槌を打つ。
もしかして、水族館が好きじゃなかった?と気になりはするものの、谷﨑たちもいるので今更場所を変える訳にもいかない。
相川はめげずに慎也に一方的に話しかけ続ける。
お昼時になったので、水族館内でランチをすることになった。
4人テーブルである。谷﨑はイルカが描いてあるパンケーキ、八木は魚のフライがあるカレーを注文した。水族館で魚を食べるのは気が引けないだろうか…。と思いながら、相川は魚のキャラクターがこれでもかとデザインされているパンケーキとパフェ、深津はカルボナーラを注文した。カルボナーラにはスプーンに魚が印刷されただけだった。
「それでどうだった?」
「凄くおもしろかったです。」
「寧ろ、私達ばっかりはしゃいじゃってすみません。」
慎也の問いに谷﨑カップルが答える。
「いいよ。いいよ。それに楽しんでいる遥ちゃんを見てると、俺も楽しくなるし。」
「そう言ってもらえると有難いです。」
「ちなみに、遥ちゃんは大学はどこに行くの?」
「竹ノ内大学を目指してます。」
「竹ノ内大学か。じゃあ、近くだね。実家から通うの?」
「そうですね。できれば一人暮らしもやってみたいですけど。」
「一人暮らしが良いよ。俺も一人暮らしだし、お世話になった不動産も紹介するから、ライン教えて。」
「いやー、それは…。」
グイグイと谷﨑に迫る慎也。
「はいはいはい。ちょっと待った。料理が来たよ。」
慎也がウエイトレスに目を向けた隙に、こっそり谷﨑が相川に「ありがとう」と感謝を伝える。
気まずい空気のまま昼食を終えた。




