浅沼博の祖父
浅沼博―――。僕は自分で言うのも何だがお爺ちゃん子である。
両親も健在であるが、年を重ねるごとにソリが合わなくなった。両親は高校に入ると勉強面に口を出すようになった。今までは比較的自由にしてきたし、勉強もそれなりにしてきた。実際成績が下がった訳ではない。上がってもいないが…。テストがある度に点数や偏差値を見て、今回はどの教科が下がっただの、前回を同じミスをしただのぐだぐだ言ってくる。
対してお爺ちゃんは自由にしてくれた。何をするにも「いいよ。いいよ。」と言ってくれるし、小さい頃は竹トンボのつくり方も教えてくれた。とても楽しい日々だった。最近はお爺ちゃん家に行くことも減って、長期休暇でしか会うことができない。
当たり前ではあるが、両親には毎日顔を合わせる。次第に何も言われなくてもイライラする。反抗期なのだろう。自分で反抗期だと分かっている時点で他の人よりマシだと思いたい。
そんなことを考えながら、僕は後部座席で外を見ている。流れる景色がだんだんと田舎になっていく。景色が変わるに連れて、頬が緩んでいく。そう、今日はお爺ちゃん家に向かっているのだ。
「あと少しだな。博も楽しみにしてただろ。」
「…うるせえ。」
ハンドルを握る父がバックミラー越しに茶化した。
大体、今時“博”って何だよ。と今更過ぎるツッコミをする。もっと今風な名前が良かった…とぼやく。
「そういうなよ。そういや1年振りだっけ?」
「………。」
確かに1年振りであるのは、朝沼も分かっていた。ただ返すのも面倒だから聞こえないふりをしてみた。そしたら、「ちょっと…。」と助手席の母が父の太ももを叩く。
「そ、そうね。今回は2泊3日だからね。」
お爺ちゃんのこととなると急に歯切れが悪くなる母。
見慣れた山々、河を横目にすれ違う車の数が目に見えて減って来る。
途中、道の駅に寄って軽食を購入し、車内で食べる。
「どうせ、爺ちゃん家に行ったら、死ぬほど食わされるんだから…。」
と母。
既に道幅は対向車が来たら離合せざるを得ないくらいに狭い。ガードレールすらなく、道の両側には用水路を挟み向こうは田んぼが広がる。ここまで来ると、思い出の土地である。
「あそこで野球したな」とか「あの用水路に落ちて大泣きしたな」とか頭の中で回顧する。
到着をするとお爺ちゃんが畑で仕事をしていた。仕事と言っても、どこかに売っているのではなく、自分達用に作り、余った分はご近所さんへのお裾分けである。
「やあ、博。おかえり。」
いつもの柔らかい声で孫の帰宅を喜ぶ。元々細い人だったが、更に痩せたように見える。
田舎だが、いや、田舎だからこそなのか、お爺ちゃん家はそれなりにでかい。そして、お隣さんはちょっと遠い。夜中に「ちょっとお隣さんに回覧板届けて来て!」と言われて、迷子になったのはいい思い出である。
到着したのは夕方だったが、自家製の芋の天ぷら、赤飯。スーパーで買ったであろうオードブルに取り寄せたのか寿司も大量にある。しかも特上。
基本的に帰省した日に山ほどの食事が並び、それを数日かけて消費していく。
その日、僕以外の家族は全員酒を飲み、どんちゃん騒ぎをしていった。
「お父さん、そんなに飲んだら体に障りますよ。」
「なあに、今更飲んだって変わりゃしないよ。」
「ったく、あなたからもちゃんと言ってくださいな。」
「まあ落ち着いて。」
「そうよ。この人はずっと前からこうなんだから。もう変わらないさ。」
心配する母に対して、父、祖父、祖母の全員暢気なものだ。痩せては来ているが、お爺ちゃんは健在だ。頭もしっかりしてボケる気配もない。
アルコールの入った家族のノリについて行けず、未成年の僕は縁側へ行き、夜風に当たる。
「酒ってそんなに楽しいものなのかな?」
自然と出た問に答える者はいない。
♪~くもり硝子の向こうは風の街~♪
お爺ちゃんが歌って聞かせた歌を口遊む。
「ところでどうだ、博。良い人は見つかったか?」
お爺ちゃんが缶ビール片手に隣に座る。
「飲み過ぎだよ。」
「そう言うなって、あと何回飲めるか分からないんだ。今日が最後かもしれない。だったら飲んだ方が得だろ?」
(お爺ちゃんよ、あなたの年じゃ冗談に聞こえないんだよ。)
と心の中でツッコむ。
「で、良い人いないのか?俺がお前の年の頃は…。」
と何度目かも分からない過去の恋愛話をされた。だが、今回は少し様子が違うようだ。
「…なんて得意げに話してきたが、私もまた、忘れられない相手がいる。」
(お婆ちゃんには内緒だぞ…)とほくそ笑む。
過去の恋愛武勇伝は多く聞いてきた。いつも楽しそうに話すお爺ちゃんだが、今回は少し寂しそうな、哀愁のようなものを感じさせる目をしている。
「それは社会人になってすぐの頃。田舎の工場で務めていたが、そこの取引先にいた女性だった年齢も少し上くらいで、気さくに話しかけてくれる彼女に惹かれていった。」
お爺ちゃんの話に聞き入る。
「元々男ばっかりの職場だったし、一目惚れだった。何度も頼み込んで、デートをしてもらった。それが2回、3回と重ね、ついに告白かってところで、彼女が遠くへ転勤が決まったんだ。そしたら彼女がわざわざ呼び出して笑顔で言うんだよ。“楽しかったよ。さようなら”って。その笑顔を見ると“仕事を辞めて俺の嫁になれよ”って言えなくてな。」
「それからどうなったの?」
「どうもないよ。数年後に結婚報告の手紙が届いただけ。良くある話だよ。」
お爺ちゃんは横に置いた缶ビールを手に取り、口を付ける。
「でも、未だに思い出すんだよ。」
夜空には綺麗な星が瞬いていた。
帰省2日目―。
「次はここに行こう!」
僕はお爺ちゃんの手を引き、目当ての乗り物へ誘導する。僕らはお爺ちゃん家近くの某テーマパークへ来ている。
「ほらほら。」
と次から次にお爺ちゃんを連れ回す。お爺ちゃんは少し困った顔をするが、ゆっくりと着いて来てくれる。
「ちょっと休憩。ここで待ってるから、博だけで行きなさい。」
流石に疲れたのか、そんな提案をしてくる。年齢のこともあるし、これ以上の無理強いは厳しいかと思い了承する。
一緒には乗れなかったジェットコースターなど激しめの乗り物を優先する。ジェットコースターのカーブで丁度お爺ちゃんが目の端に入る。手を振ると手を振り返してくれる。
僕、やっぱりお爺ちゃんが大好きだ。
夕方には先日のご飯の残りを食べた。その後に何度かお爺ちゃんの部屋を訪れてみたが、勝手に散歩に行ったり、買い物に行ったりしていたようで、会うことはできなかった。
母にどこに行ったのか問いただしても、「そのうち帰って来るから、早く寝なさい。」と叱られる。
翌日、朝早くにお爺ちゃん家を出ることになった。
「じゃあ、また来るね!」
「ああ、またね。」
お婆ちゃんが返事をし、お爺ちゃんも手を振ってくれた。
―――だから、お爺ちゃんが亡くなるなんて思ってもいなかった…。




