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08 鈴の音

 晴翔は南校舎の三階にある生徒指導室へと急いだ。この階段を上ることは容易だ。ただ、今は多分、一階まで一気には下りられないだろう。二階に上がったところで、菅原が萌衣李と佳奈を連れて待機していた。


「やっぱり、ここの一階へは下りられんな」


 菅原が首を横に振る。晴翔は自分が決心を先送りにしていたばかりに、孝則をはじめとするサッカー部の面々やこの三人も巻き込んでしまったと、自責の念にかられた。


「こんなことってあるのね……信じられない……」


 下りられない階段に、佳奈が呆然とつぶやいていた。萌衣李は幾分顔色が悪い。


「えっと、そこから渡り廊下へ――」


 と言いかけた晴翔たちの耳を、微かな鈴の音が振るわす。


「何? 今の音……」

「誰かがカバンにつけてるキーホルダーの音だよ」


 萌衣李が怯えたように佳奈にしがみつく。佳奈が安心させるように言った。菅原が確認するように耳を側立てる。そして晴翔を見つめた。


「皆、聞こえてるんだなこの音は」

「私、鈴が鳴るキーホルダーつけてないよ? 佳奈は? 森下くんもつけてないよね?」

「萌衣李、考えすぎだよ。風に乗って聞こえるだけだって」

「とりあえず、一階に降りよう」


 晴翔が誘導し、菅原がしんがりを務めるようにして、渡り廊下を進んだ。鈴の音がだんだん近くなってくる。

 廊下の奥から何かが近づいてきた。


「鈴の音、さっきより大きくなってない?」


 萌衣李が怯える。佳奈も否定できない。菅原は顔を顰めている。

 晴翔は鈴の音のする前方へ、意識を研ぎ澄ませた。


 出口へと続く北校舎の渡り廊下の入り口から、着物姿の女性霊が静々と近づいてくる。小袖に打掛を羽織った女性に表情はない。感情も読み取れない。ただ無表情で歩いてくる。静かな霊だった。


 晴翔は困惑する。どう対処していいかわからない。

 女性霊は、そのまま穂を進め晴翔の前で立ち止まった。ただ。じっとしている。その目は何かを探すように彷徨っていた。


 怒りや悲しみなどの感情を表に出してくれたほうが対処しやすいのだと、晴翔はこの時初めて痛感した。でも元は人間だった存在――必ず感情があるはずだと、晴翔は女性霊を観察する。


 襲ってくるわけではない。震えてもいない。怒ってもいない。嘆いてもいなし。そこを退けとも言わない。ただ、晴翔には、どこか虚ろに見えた。

 すると晴翔の懐の中で初めて【写】の護符があたたかくなる。晴翔は【写】の護符を女性霊の向けてそっとかざした。

 脳裏に幾つかのビジョンが流れ込んでくる。


 お揃いの鈴。片方の鈴を若武者に差し出す女性。見上げてくる子供。心配そうに見つめる侍女。頷く若武者。槍や弓で武装した従者たち。嘶く馬。


 ――これらはこの女性の記憶?


 晴翔は瞬きした。【写】の護符の力で過去の場面を晴翔の脳裏に焼き付けた。

 若武者の顔をどこかで見た覚えがある。校庭にいたかいなかったか記憶が定かでない。


 「森下、大丈夫か?」


 止まったまま動かない晴翔の様子を訝しんで、菅原が声をかける。その声で記憶の氾濫から我に帰った晴翔は手を挙げて、菅原に大丈夫だという旨を伝える。


 鈴の音が一際高く響く。女性霊が口を開き、静かな声で尋ねる。


『ソナタハ、殿ヲ見タカ?』


 殿とは誰のことだろうと、晴翔は答えに困った。

 この女性霊の服装から察するに、高貴な方なのだろう。そんな方に「殿」と呼ばれる存在……。先程祓った武者霊のどなたかの奥方だろうか。


「南の校庭……戦場に、武者の方々が多数おられましたが……成仏されました」


 すると女性霊は首を横に振る。

 戦場跡の校庭にいる霊は皆祓ったはずだ。まだいるのだろうか。そういえば校庭の武者たちは「殿」が危ないとか急ぐとか言っていたのを、晴翔は思い出した。


「ですが、殿はお見かけしていません」

『ソウカ』


 そう言い置いて、女性霊は来た道を静々と引き返して行った。




 晴翔たちは、渡り廊下を渡り終えてきた校舎の階段を降りる。出口は廊下の突き当たりにある。


「あれ? 出口がないんだけど?」


 萌衣李が焦ったように言う。佳奈も不思議そうにつぶやく。


「ここ、行き止まりだったっけ? 壁になってる……」

「藤田、宮永、そこへは近づくな!」


 危険を察知した菅原が叫ぶ。多分菅原にも見えているのだろう。出口があるべき場所に、首なしの武者が陣取っていた。首なし武者が刀を振り下ろそうとしている。


 晴翔は焦った。咄嗟に【封】の護符をかざして、刃の動きを食い止める。


「みんな、下がって!」


 晴翔は首なし武者と対峙し、ジリジリと後ずさる。

 【封】の護符は動きを止めるだけた。だが手元に【祓】の護符はもうない【写】の護符で記憶を写すにも頭がないから効かない気がするし、【導】に納得するような状態の霊ではない。


 首なし武者は、まるで何かを守らんとする忠義の器かのように、闇雲に刀を振るう。実体のない刀で人間を傷つけられることはないが、その波動が風になって空気を引き裂く。それを避けつつ晴翔は力を欲した。

 【祓】の力が必要なのだ。この首なし武者を落ち着かせる力――想いを込めた文字もまた力――そうだ、書けばいいと晴翔は、宙に【祓】を描き出す。


 その人差し指の軌跡が光となって浮かび上がり、首なし武者を霧散させた。


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