06 やるべきこと
登校する間際に、晴翔は祖父から護符をもらったと同時に困惑する。
「ありがとう。って――じいちゃん、こんなに? 護符同士がケンカしない?」
「なあに全部うちの神社のものだし、相性の悪いもんじゃあない。ジャケットの内ポケットに入れておきな」
和紙にメインの漢字一文字と神社名が書かれ、朱印が押してある和紙だった。
【祓】【封】【写】【導】の四種類の護符を晴翔はじっと見つめる。
神社名が書かれているのはわかるとして、メインが絵やヲシテ文字ではなく、漢字一文字なのが晴翔には意外だった。
「じいちゃん、これってどういう――」
「意味や使い方はそのうちわかる。ほれ、遅刻するぞ」
晴翔は詳しく祖父に教えて欲しかったが、家を出ないと遅刻してしまいそうな時間になっていた。後ろ髪を引かれる思いで、晴翔は登校した。
廊下から教室に入ろうとした時、ふっと晴翔の耳に藤田萌衣李と宮永佳奈の会話が聞こえた。萌衣李が自身ありげな様子で佳奈に語っている。
「森下くんは、絶対幽霊見える人だと思う!」
「根拠はなぁに? 神秘的なオーラ持ってる人だとは思うけど、それだけじゃぁ……」
「だって時々、誰もいない空間をじっと見つめてるってることあるもん」
「萌衣李、よく見てるのね」
「佳奈ほどじゃないよ」
「私は別に……そういうんじゃぁ……ただ、目の保養っていうか」
「森下くん狙いの女子、割といるかも。案外幽霊女子にモテモテだったりして」
幽霊にモテるなんて冗談じゃないなと、晴翔はゲンナリした。
すると後ろからクラスメイトの木都孝則が晴翔の背中を軽く叩く。
「よっ。入んねぇの? やーやー萌衣李ちゃん佳奈ちゃん、イケメン孝則くん参上!」
屈託のない明るさで教室へ入っていく。
「イケメンはあんたじゃないっつーの! バカのり」
「萌衣李、ひっでぇな。佳奈ちゃん笑ってないで慰めてくれよ〜」
萌衣李と孝則は幼馴染らしい。孝則の登場によって場が和んだおかげか晴翔は、教室に入りやすくなった。
「あ、おはよ、森下くん」
「おっす」
佳奈が晴翔に気づいて声をかける。晴翔も挨拶を返して自席についた。
幽霊が見えないフリをしているのに、萌衣李に勘づかれているのを知って晴翔は気を引き締めた。今日はあれを見ないように黒板へ視線を逸らす。
そして今朝、祖父からもらった護符に思考を集中した。
【祓】は、本来、穢れを取り除き清める意味だから、多分悪霊に効く気がする。【封】も封印とか封じる意味だから、似たような働きかもしれない。【導】はどう導くんだ。悪霊を地獄へ? 【写】に至ってはさっぱりわからない。写真? 写す?
晴翔は黒板に視線を固定したまま首を傾げる。
午前十一時、外から一瞬だが視線を感じた。多分今日もあれは階下へ落ちていったのだろう。気配でわかる。
できれば関わりたくない。でもあれは自分に何かを訴えている。悪さするでもなく毎日落ちてゆく。
晴翔はノートに視線を移し、【祓】【封】【写】【導】と書き落としていた。
落ちてくる落武者の首と校庭から突き出ている無数の手は、ここが古戦場跡だと言うことに関係しているのだろう。だが。無限階段と北校舎の鈴の音がよくわからない。
晴翔に授与されたのは四種類の護符だ。これは祖父からのメッセージで、この学校の怪異を解決できるのかもしれない。しかしなぜ自分がやらなければならないのだろうかと、晴翔はまた首を傾げる。
昼休みに、晴翔は菅原に呼ばれて生徒指導室を訪れていた。菅原が晴翔に尋ねる。
「おう、森下。その後、問題ないか?」
「はい、とりあえず」
「俺の方も問題ないんだ。あれから俺は、夜まで学校に残った日が結構あったが、何も起こらない。お前がいたあの夕闇の中だけで起こった怪異だ。これはどう言うことだと思う?」
「どうと言われても……」
晴翔は視線を床に落とす。
「おそらくこの学校を彷徨うものたちは、お前に救いを求めているんじゃないかと俺は思うんだ」
「……」
「そんな力はないって言いたいか? だが、お前がやらなきゃならんことだと思う」
落ちてくる落武者の、絶望を写した目が脳裏にチラつく。ジャケットの内ポケットには祖父から授与された力がある。晴翔はしばらく目を閉じ、そして決然と目を見開いた。
放課後、晴翔は大きな白いアグリッパ像を抱えて廊下を歩いている。
北校舎の一階から二階へ階段を昇っていた。この高校の授業に美術はないが美術部はある。この高校には美術大学を目雑生徒もいるからだ。美術部員の佳奈に頼まれ、萌衣李と一緒に美術部の引越しの手伝いをしている。
「ほんと、ごめんね。力仕事頼んじゃって」
佳奈が額縁を数枚持ちつつ、申し訳なさげに謝る。
「いいよ。夕方、菅原に呼ばれてるからそれまでなら手伝える」
アグリッパ像は嵩張るが、実際そう重くなはい。むしろ縁起熊手のようが重く感じる。
「え? 菅原に? なんかやらかした?」
「やらかしてないって。えーっと、進路のことでちょっとね」
晴翔は言葉を濁す。
「神道系の学科がある大学に行くの?」
「まだそこまで具体的には――」
「難しいことはわからないけど、森下くん、狩衣とか絶対似合うよ、姿勢いいし」
「あぁ、うん、そうかな?」
などと他愛無い話をしながらまた一階に戻った時、引越し元の一階に残っていた萌衣李が教室の隅で震えていた。
「萌衣李? どうしたの!」
佳奈が驚いて駆け寄る。萌衣李は真っ青な顔をしていった。
「さっき窓にいっぱい黒い影が――横切ってった……」
おそらく校庭を彷徨う落武者の群霊だ。晴翔はとっさに感じた。
「宮永さん、藤田さんを連れてすぐ生徒指導室へ」
「え? 森下くん?」
「大丈夫、二階の渡り廊下を通って南校舎三階の菅原んとこへ、」
今の階段は、上ることはできる。
「わ、わかった」
佳奈がさっと反応する。
――もう目を逸らしてはいられない。
晴翔は群霊の気配を辿って、校庭へ駆け出していた。