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05 御使

 休日の夕方、カギ様とタマ様が見守る中、晴翔は深呼吸をしてから和紙の上で筆を滑らせる。


 祖父は、御朱印を書くにあたって気持ちが大事だと言ったが、やっぱり綺麗で立派な文字で書かないとという想いが先行する。その結果いまいち納得のいく文字が書けず、何枚かの和紙を無駄にした。


『何事も鍛錬ぞ』

『はるちゃん、頑張れ!』


 カギ様とタマ様が応援してくれるが、晴翔はため息しか出なかった。


 印も侮れない。朱肉をつけすぎると全体的に膨張するし、少ないと掠れる。しかも力を満遍なくかけないと、印が欠ける。朱印が欠けては御朱印の意味がないと思う。


 御朱印書きの練習初日は、ダメダメな滑り出しだった。


『心が乱れているようだの』

「普通です。ただ、ネットに晒されても恥ずかしくない程度には仕上げないと……」


 晴翔は下唇を噛んで思っていることを口にする。


『普通じゃないでしょ〜、焦ってるよ?』

「別に焦ってなんか……」

『焦ってるって』

『心の乱れは、文字に出るものだ。少し外の空気を吸ってきてはどうか?』

「……はい」


 子供扱いされているわけではない。しかしカギ様タマ様コンピの前ではなぜか子供っぽくなってしまう。


 世間一般から見れば十六歳という年齢は子供に分類されるのだろうけれど、大人と子供の分け方を年齢だけで括るのはどうかと晴翔は思う。

 精神年齢的には、自分は大人だと晴翔は思っているが、カギ様タマ様からすれば赤子のような存在なのかもしれない。




 カギ様とタマ様に出会ったのは、六〜七歳の頃だと晴翔は記憶している。白銀の耳としっぱを持つ女性の姿をした御使の方々だが、昔はお二人とも晴翔に対してよそよそしかった。


 ある寒い日のこと。境内の、ちょうど雨がしのげる軒先にダンボールが置いてあった。学校帰りの晴翔が中を覗くと一匹の子猫がタオルに包まれてそこにいた。鳴く気力さえないほど、その子猫は寒さに震え弱っていたのだ。

 晴翔はためらわずに子猫をタオルごと抱き上げ、自宅に連れ帰った。この近くには動物病院がない。当時、母は買い物に出ており、祖父と父も不在だった。晴翔が今頼れるのはカギ様とタマ様だった。


「カギ様、タマ様。この子を助けて」


 晴翔は願い出る。すると目の前に狐の耳と尻尾を持った女性姿の霊体が現れる。しかし応えは実にそっけないものだった。


『自然の掟』

『仕方ないよ』

「カギ様のわからずや! タマ様のいじわる!」


 その時、母がパートから帰ってきた。


「なあに? 晴翔、大きな声出して」


 母は、半泣きの晴翔と弱った子猫の状況を見て察する。タオルをふかふかなものに変え、湯たんぽを用意してダンボールの中に入れた。


「母さん、この子助かるかな」

「今は温めて様子を見るしかないわ」


 晴翔は、一晩付きっきりで様子を見ていたつもりが、いつの間にか眠ってしまっていた。


 翌日、子猫はだいぶ回復していてミルクを飲めるようになっていた。母と父と祖父が交代で見ていてくれたようだった。そんな子猫を囲んで家族会議が始まる。


「ねぇ、この子飼ってもいい?」

「ダメよ。誰が面倒見るの。命を預かるというのは大変なことなのよ」


 主に晴翔と母の押し問答だ。


「僕が見る」

「昨日真っ先に寝ちゃったのは誰?」


 事実に反論できない晴翔へ祖父が援護射撃をする。


「飼ってもいいんじゃないかい?」


 しかし、父がくしゃみをしながら、話に入る。


「父さん、猫アレルギーなんだよ」


 決定打だった。晴翔は食い下がった。


「じゃあせめて新しい飼い主が見つかるまで」


「ちゃんと責任持って新しい飼い主を探しなさい。これは晴翔の任務よ」

「わかった!」


 子猫を見る分担を決めた。昼間は神社の授与所兼社務所で母や祖父が、夜は晴翔が担当した。里親探しのビラ作りを父に手伝ってもらい、晴翔は神社の参拝客たちに一生懸命ビラを配った。


 晴翔のそんな姿をカギ様とタマ様はずっと眺めていた。


 願ったり祈ったりするだけなら誰にもできる。しかしその想いから、良い方向へ行動に移すことの大切さを、少年は手探りながら実践していた。


『なかなか、見守りがいのある子だよね』

『これからの成長が楽しみだ』

『あ、でも私、いじわるって言われちゃったんだっけ。嫌われたかも〜』

『私はわからずやだ。だが――あの子のために一肌脱いでやるか』

『そうね、神様に取り持って、良縁のご利益(りやく)を授けましょ』


 数日後……無事に里親が見つかり、晴翔の任務は完了した。

 しばらく経ち、子猫を引き取ってくれた人が、再び神社に訪れた。猫は現在。その人の店の看板猫として活躍を始めたという。




 外の空気を吸ってリフレッシュした晴翔は、また、御朱印書きの練習を始める。晴翔は知らない。この十年ずっと成長を見守り続けてくれている御使の心情を。


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