10 明けた空
いつも通りの朝の騒がしい登校風景だが、空気が軽くなっていることを感じる。
晴翔は教室へ行く前に、生徒指導室に顔を出した。そこには、菅原だけでなく、佳奈と萌衣李の姿もある。
「怪我はないか?」
「はい、まぁなんとか」
菅原と晴翔の会話に割って入るように萌衣李が明るく挨拶する。
「おはよ、森下くん!」
萌衣李の顔色はいい。佳奈の方はというと、ためらって言葉を選んでいる。
「あの……昨日は信じられない現象ばかりだったから……なんて言っていいか……その……」
無理もない。佳奈の反応の方が普通だ。説明のつかな怪異をすぐに受け入れられる人間はいないだろう。多分、佳奈の目にいは晴翔さえ奇妙な存在に映っているかもしれない。
「昨日のことは、わかってるだろうが口外無用だ。いいな。藤田、宮永。俺たちの、秘密だ」
菅原が口止めする。口止めしなくても、誰も信じないだろう。
「先生は知ってたんですか? 階段がああなったり、出口がああなったり、森下くんが幽霊見える人だってこと――」
萌衣李が目を輝かせて菅原に尋ねるが、菅原はかわす。
「さぁ、もうホームルームが始まるぞ、教室へ帰った帰った。あ、森下はちょっと残れ」
「ずるい先生。後日談があるなら私も聞きたい」
萌衣李が不満をたらす。佳奈が気を利かせて、萌衣李の手を引いて生徒指導室からの退出を促した。
「佳奈も気にならないの?」
「今はまだ……頭の中を整理しないと」
「えぇ〜? あ、森下くん、あとでね」
「口外無用だと言っただろ、わかってんのか? お前たち〜」
「はーい」
佳奈に引っ張られて、萌衣李も生徒指導室を退出していった。
「ったく、あいつらは。ところで森下。俺から礼を言わせてくれ」
「なんですか? 改まって……」
「この高校は救われた。公にはならないが、お前の活躍のおかげだ」
「僕は力を借りただけ」
晴翔の脳裏に、祖父の顔と、御使のカギ様タマ様の姿が思い出される。
あのあと、晴翔は自宅に帰って泥のように眠ってしまった。気づいたら朝になっていて、慌ててシャワーを浴びて登校した。
自分の両手を見つめる、力の発動と光の筋。今になって、指先がほんの少し震えていた。
菅原はそんな晴翔の肩をポンと叩いて、満足げにうなずく。
「空気の歪みがなくなったなぁ」
空は澄んだ青い色をたたえて、美しく晴れあがっていた。
◆完◆